僕等は夢を忘れてないか?
未来に怯えていないか?
 怖いもの知らずでも身の程知らずでもいい。
無鉄砲ほど子供の武器だ。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
5-12:猫と、未来線。
 
 
 
 
 
 予知のできる超能力者が相手とは。まさかの展開に、一之瀬も頭を悩ます他
ない。まあいずれアルルネシアと戦う時の為の予行演習と思えば非常に価値が
あるが−−その為の戦略など、一体どうすればいいのやら。
「オフサイドトラップは使えないと思っておいた方がいいな。ゾーンディフェ
ンスで守りに徹するのも危険だろう」
「爆発力はあるけど穴が空きやすくて隙を突かれると痛い戦法はとれないっ
て事ですよね。その隙自体をあっさり読まれてしまう可能性が高いから」
「その通り」
 春奈の言葉を肯定する。彼女の言うように、不意打ちありきの作戦は逆に自
分達の首を締めてしまうのだ。ならば読まれて尚止められないような戦法を考
えるしかない。
 彼女のパソコンを拝借し、データを出す。大海原中の地区大会までの記録な
ら残っていた筈だ。
 
「キャプテン音村の指示により統制が取れ、かつ失点に揺らがないプレイング
のできるチーム…か」
 
 参考としてプロの評価が乗っている。飛び抜けたパワーやスピードがあるわ
けではないが安定した連携とメンタルを持つ。これはなかなか厄介だ。時とし
て相手の精神に揺さぶりをかけ、ミスを誘発するのもまた作戦なのだから。
 個人選手達のデータも出して来る。GKの首里巌。その巨体と怪力で鉄壁の
守備力を誇り、豊富なキーパー技を持っている。得点元は古謝秀載と、シャー
クこと池宮城波留のツートップ。この二人と音村の三人で放たれる必殺技、“イ
ーグルバスター”が脅威になりそうだ。
 あとは音村と綱海。この試合、まず音村を封じないと話にならないだろう。
その上で綱海にロングシュートを打たれないよう細心の注意を払わなければ
ならない。“ツナミブースト”はシュートブロック次第で止められなくもない
だろうが、そのつどディフェンス陣を激しく消耗させてしまっては意味がない
のだ。
 考えた末、一之瀬は賭に出る事に決めた。多少リスキーでも力技で攻めてい
くしかない。紙に書き、皆に提示した。
 
 
FWリカ 聖也 照美 レーゼ 一之瀬
MF   春奈 宮坂 土門
DF    塔子 壁山
GK      円堂
 
 
「うわあ、“スーパー☆5”キタコレ」
 
 マジですか、マジでやるんですか、と土門の顔には書いてある。分かってい
るのだ、そんな事。秋葉名戸が使う無謀極まりないファイブトップ。真っ当な
神経なら試そうとも思うまい。
 だが力技の勝負に持ち込まねば、勝機はない。止めに来ても止められないオ
フェンスをし、分かっていても向こうが圧し負けるようなディフェンスをす
る。単純だがそれ以外に手段はない。
「メンバーで悟っただろうけど、今回役割分担がハッキリしてる。FW五人は
ひたすら攻めて最前線に張り付く、塔子と壁山は殆どゴール前から動かなくて
いい。むしろ上がるな」
「中盤が滅茶苦茶薄くなるんじゃ…」
「リカと俺で最低限のフォローはするけど基本的には期待しないで。春奈と宮
坂と土門、かなり走り回ってもらう事になると思う。ドギツイけど頑張って。
君達が一番体力マシそうだからMFに採用したってのもあるんだから」
「いえっさー…です」
 宮坂が苦笑い。彼は長距離もやっていた。スタミナ値は端から見ても相当高
い。連携技の配置もあるが、何より彼の体力に期待してMFのセンターに置い
たのだ。
 指示は春奈が出してくれるだろう。彼女ならギリギリまで全員の運動量を押
さえる回し方が出来る筈だ。そして土門。何気に強力なロングシュートを持っ
ている彼は勝利の為の切り札になるだろう。
「それとアフロディに聖也。君達の連携必殺技って完成してるの?」
「ん〜あともうちょいってとこ。今の段階だと一試合に一発が限界だし」
 渋い顔の聖也。一試合に一発−−つまりまだ役に立つ段階ではないという事
か。彼らの必殺技コンセプトは聞いている。聖也のパワーを照美が制御するタ
イプのシュートだ。多用できないのは照美の負担を考えての事だろう。
 そして聖也の性格からして仲間の事を考えての“一発が限界”は信用してい
い。本当は二発打てるシュートでも彼は一発だと言うだろう。一発ならば安全
圏だからだ。普段ちゃらけた男だが、己の場合はともかく仲間に無理を強いる
事は絶対言わない。これは信じていい。
 だから一之瀬はこう言うのだ。
「分かった。じゃあアフロディか聖也がボールとったら即やって」
「いいっ!?
 普通、切り札は試合の最後まで取っておきたいもの。ではそれをあえて序盤
で使うメリットは何か?
 そう、ブラフ−−牽制だ。相手は彼らの連携シュートの制約を知らない。こ
れだけのパワーを持つシュートがあるんだと序盤に思わせる事で相手に威圧
感を与え警戒心を植えつけるのだ。
 
「ビビらせたら勝ち、だよ。音村に見破られる可能性がなきにもあらずだけど
…他のメンバーを少しでも翻弄させられたら儲けもんじゃない?」
 
 打てる手は全て打つ。でなければ到底勝てはしない。照美と聖也は一瞬不安
げな顔をしたが、やがて頷いた。
 
「さあて。…始めるとしますかね。魔術師との勝負ってヤツを」
 
 全員が配置につく。一之瀬はさっと大海原中フィールドをを見回した。大海
原中の陣型はデスゾーン型に近いが、若干位置が違う。基礎に近い、極めて安
定したフォーメーションだ。
 
 
FW  古謝 池宮城
MF音村      喜屋武
     東江
DF綱海  渡具知  赤嶺
   平良   基保
GK    首里
 
 
−−印象としては、守備が厚く守り重視の陣型に見えるけど…。
 
 見せかけの守備陣型、は自分達もイプシロン戦でやっている。見た目だけの
判断は危険だ。
 
「土門」
 
 一之瀬は素早く土門の場所に行き、作戦を伝える。次に塔子の所へ。
「音村は俺か土門が基本的にマークにつく。お前は綱海に目を配ってくれ。あ
いつにボールを渡したらどこにいてもシュートを打たれるからな」
「分かった」
 音村のマークに常に誰か一人を張り付ける余裕はないだろう。だから一之瀬
か土門、どちらか手空きな方が入る。それは連携のとりやすい相手がいいので
土門を選んだ。自分達ならいざとなったらサインプレーが可能だ。
 本当は全員でサインプレーをさせたかったが、まだサインが完成してないの
でどうしようもない。自分達と同じ英語を元にしたサインや暗号では、円堂や
壁山に死亡フラグが立つだろう。
 
「試合、開始だ」
 
 笛が鳴った。雷門ボールからのスタート。上がっていくのはレーゼだ。
 
−−さぁ、どのタイミングで仕掛けてくる?
 
 大海原のツートップがまず動いていた。古謝のシャークが、レーゼを囲みに
かかる。チェックが早いとみるや、レーゼはすぐ様こちらにパスを出していた。
「一之瀬!」
「オッケィ!」
 いい判断だ。必殺技はなるべく序盤から多用したくない−−スタミナの消耗
が激しいからだ。本音はシュート技以外は暫く封印しておきたいところ。自分
達はまだこの沖縄の暑さに慣れていないのだから。
 すぐ様音村が一之瀬の前に立ちはだかってくる。こいつが一番厄介だ。紫色
の瞳に、全てを見透かされているような気になってくる。そして一之瀬が右に
動けばすぐ様彼も動いてくる。余計な動きにはつられない。これも未来を見て
の事か、観察眼が鋭いだけか。
 半端なフェイントは時間を無駄に消費するだけ。そして時間を使えば使うほ
ど、大海原の他メンバーが詰めてくる。一之瀬は動いた。シザーズ三回からの
ラボーナキック。これは読みきれなかったのか、パスが通った。ボールは再び
レーゼへ。
 
「派手なリズムだけじゃない…小さな音も操る技術を持っている…か」
 
 音村が楽しげに口笛を吹く。
「君が今の司令塔ってところかな」
「まあね」
 雷門の−−本当の意味での司令塔は、もういない。そしてディフェンダー達
の指揮官であった彼も。鬼道と風丸。彼らの存在がいかに大きなモノであった
かを思い知り、いかに彼らに頼りすぎていたかを痛感した自分達。
 自分達はチームだ。チームの為に戦う。でもそれは個を犠牲にしていいとい
う意味ではない。自分達は分かっていたつもりで、何も分かっていなかった。
彼らの死はそんな自分達への罰だったのかもしれないと一之瀬は思う。
 だから自分達は、誰か一人に負担を押し付けるようなサッカーはしないと決
めた。
 
「でも今の司令塔は、俺一人じゃないよ」
 
 だから司令塔も、もう一人ではない。誰一人孤独な戦いは、しない。
 
「頼もしい司令塔はもう一人いる。俺達は二人でこのチームに指示を出す!だ
から…一人で引っ張るチームには負けないぜ」
 
 春奈を見る。彼女は凛とした眼差しでボールの行方を追っていた。自分と彼
女。ダブル司令塔でこのチームを支える。今は亡き者達に誇り、その意志を受
け継ぐ為に。
 
「アフロディ!」
 
 レーゼが照美にパスを出した。その瞬間。
 音村が、ニヤリと笑った。
 
「悪いけど…僕らの主旋律も一人で奏でるものじゃないんだ。聴かせてあげる
よ、僕らの歌を!」
 
 東江が空中でパスをカットしていた。レーゼと照美、双方の目が見開かれる。
それでもすぐ判断力を取り戻して追いかけたのはさすがだろう。
 だが東江はパスを受けてすぐ必殺技の体制に入っていた。古謝とシャークの
二人が、東江の後ろから追走していき−−。
 
「トリプルダッシュ!」
 
 三人同時にダッシュアクセルを発動する、Sクラスのドリブル技。三人分の
突風が巻き起こり、照美とレーゼの身体が吹き飛ばされた。
 
「アフロディ!リュウ!」
 
 聖也が叫ぶ。
「超攻撃型陣型が災いしたね?最初の五人を抜き去ってしまえばあとはもう
スカスカだ。中盤が薄すぎるのは分かっていただろう?」
「くっ…」
 やはり中盤の薄さを突いてきたか。一之瀬は悔しさに唇を噛み締める。だが
いつまでも悔しがっている暇はない。時計は動き続けているのだ。
 一之瀬は素早く土門にサインを出していた。トリプルダッシュは大技ゆえス
タミナ消費が激しく、かつ連携技だという弱点がある。連携技は、三人のうち
誰か一人でも動けなくなれば使えなくなるからだ。
 
「了解だぜ!」
 
 土門が東江のコースを塞ぎにかかった。トリプルダッシュを出して来ようが
来まいがどちらでも構わない。止められるに越した事はないが、スタミナを削
れるだけでも上出来だ。
 
「ボルケイノカット!」
 
 土門が足を振り下ろす。弧を描き、噴き出すマグマ。東江はトリプルダッシ
ュを使って来なかった。そのまま炎に煽られて転倒する。
「くそっ…!」
「頂きだ!!
 ボール奪取成功。土門がちらりとこちらを見てきたので一之瀬は首を振っ
た。まだだ。まだ土門の切り札を出すのは早い。
 
−−さて…次はどうしよっかな。
 
 土門が宮坂にパスを出すのを見ながら考える。チェスと同じだ。何手先まで
読み勝てるかが勝負の分かれ目となる。
 
−−チェックメイトを宣言するのは俺達だ。
 
 負けるわけにはいかない。いずれ来る魔女との対決で勝利する為にも。
 
 
 
NEXT
 

 

支配された鎖を引きちぎれ。