愚かに生きてました。
それでも僕は幸せでした。
 猛るほど行き急ぐさだめ。
隠せぬ想い抱いて、眠れぬ朧。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
5-13:の想いと、五千の距離と。
 
 
 
 
 
 ボールを貰い、宮坂は走る。
 とにかくまずは先取点。それで流れを掴むしかない。
 
−−最終防衛ラインの塔子さんと壁山君まで、ボールを下げられないようにし
ないと…二人の負担を増やす訳にはいかない。
 
 前線でボールをキープし続けるのが理想だが、そうは問屋が下ろすまい。な
んせあちらには音村がいる。さっきまでの一之瀬との攻防−−必殺技の派手さ
もなく時間にすれば僅か数秒だったが。宮坂を戦慄させるには充分だった。
 自分が音村と競り合いになったらとても読み勝てる気がしない。ならば競り
合いにならないように注意を払うしかない。幸い足の速さならまだこちらに分
がある。速さで掻き回して勝機を見つけるしかない。
 
「疾風ダッシュ!」
 
 風を巻き起こし、一瞬にしてキャンを抜き去った。自分達が信じてきた風。
磨いてきた技。そして敬愛する先輩が残してくれた力。
 自分はその全てを以て戦う。痛みも苦しみも怒りも悲しみも、全て自分自身。
それさえ大切な人を救う力に出来るなら、何も恥じることはない−−そう知っ
たから。
 
「アフロディさん!」
 
 照美にパスを出す。素早くスペースを見つけて走り込んだ彼はさすがだ。音
村と綱海も要注意だが、さっきの攻防でもう一人目を配らなければならない相
手が出来てしまった。東江だ。彼にボールを渡せばまたトリプルダッシュで抜
かれてしまう。
 目下、あの技を単体で止める手段はなさそうだ。一対一になってしまったら
真正面から打ち勝つのは難しい。もしかしたら聖也の“アポカリプス”で止め
られるかもしれないが、そもそも彼は今回最前線にいるし、彼の場合止めた後
が問題だ。なんせシュートのみならずパスの精度もよろしくない。これで本業
がミッドフィールダーなのだから絶対間違っている。
 
−−とにかく、まずは一点決めないと。
 
 なんとかボールは最前線に繋がった。ここから巻き返すしかない。照美と聖
也に連携技を決めさせて心理的にも先手を打つ。それは大海原に精神的ダメー
ジを与えると同時に、雷門イレブンのモチベーションを上げる効果もある。
 
「行かせるかっ!」
 
 赤嶺が照美にタックルを仕掛けてきた。照美は脚力もテクニックも素晴らし
いがフィジカルが弱い。今までの試合を見てきても吹っ飛ばされてしまう機会
は非常に多かった。
 だが。いつまでも大きな弱点(あな)を空けたままにしておくような彼では
ない。宮坂の角度からは見えていた−−照美は小さく笑みを浮かべたのを。
 
「甘くみないでね?動きが大雑把すぎるよっ!」
 
 バックステップで、一歩。たった一歩彼が身を翻しただけで状況はひっくり
返っていた。体ごとぶつかりに行った赤嶺の方がバランスを崩して転倒する。
一見偶然にも見えるだろうがそうではない−−照美はしっかり赤嶺の動きを
見切り、ギリギリまで引きつけてから動く事で、赤嶺が転ぶようし向けたのだ。
 手も触れずに相手を倒す。まるで魔法のよう。動きとしてはシンプルだが、
高度な観察眼と身体能力が要求される。彼は自らの体格の無さをカバーする
為、スピードと“眼”に磨きをかけていたのだ。
「聖也!」
「あいあいさー!!
 ボールが聖也に渡った。来る。宮坂は不思議と気分が高揚していた。凄いモ
ノが見れるかもしれないという、期待に。
 聖也の周りに魔法陣が出現。彼がボールを蹴り上げると、光の柱が天に向け
て昇った。その先には、ゴッドノウズの翼を羽ばたかせて舞い上がる照美の姿
が。
 本物の天使様みたいだ。宮坂は幼い頃、幼稚園の教会で見た天使像を思い出
していた。照美は綺麗だった。同性の宮坂が見惚れてしまうほどに。
 
「全てを、貫け」
 
 凛とした照美の声がフィールドに響いた。彼の手には光る弓。照美はその弓
を引き、光の柱に押し上げられて宙に浮かび上がったボールに狙いを定めた。
 そして。
 
「サジタリウス!!
 
 矢が、放たれた。天使の一撃は真っ直ぐに大海原のゴールへ向かう。
 
「首里!」
 
 音村が鋭く自チームのキーパーを呼ぶ。巨漢の守護神は頷き、必殺技の構え
をとった。地面に手をつき、なんと土をひっくり返し始めたのである。
 
「おおおっ!卓袱台返しぃっ!」
 
 ちょ、その元ネタは巨●の星ですか。今の子供達みんな知らないんじゃない
!?と宮坂は心の中で盛大ツッコミ。
 しかしそんな冗談のようなネーミングとは裏腹に、それは高い守備力を誇る
技だった。まるでちゃぶ台をひっくり返すがごとく自分の目の前の地面を掴ん
で裏返し。シュートの盾にしてしまったのである。なんて怪力なのか。恐れ入
る。
 
「悪いけど、“サジタリウス”は止められないよ」
 
 ふわり、と照美が地面に着地した。妖艶に、その名のごとく美の女神アフロ
ディーテが降臨したかのごとく−−少年は妖艶に微笑んでみせた。
 
「護る為なら…私達は神さえ超えた“人間”になってやる」
 
 ビシリ、と。シュートを受け止めた土の壁に罅が入る。ひょっとしたらそれ
は僅か数コマ単位の出来事であったのかもしれない。土の盾は一瞬にして砕け
散り、シュートは大海原中ゴールへ突き刺さっていた。
 
「ぐおおっ!」
 
 首里の巨体がネットまで吹っ飛ぶ。跳ね返り、ころころ、と勢いをなくした
ボールがフィールドへ転がってきた。一瞬の間の後、雷門サイドから上がる歓
声。
 
「や、やった!先取点とった!!
 
 宮坂は嬉しいやら驚いたやら。なんて威力だ−−“サジタリウス”。まだ未
完成の段階でここまでならば、完成したらどれだけのパワーになるのだろう。
 問題は現時点で、この技は一試合に一回しか使えないという事。照美は平気
そうな顔をしているが、それもやせ我慢かもしれないし、二回目をやったらど
うなるか分かったもんじゃない。
 このシュートは一回しか打てない。それをいかにして大海原中に悟られない
ようにするか−−それも今後の鍵である。演技力を磨く意味でも、この試合は
うってつけかもしれない。
 
「宮坂君」
 
 春奈がととと、とこちらに歩いてくる。
「さっきのパス、いい判断だったね!この後なんだけど…あの技を警戒して、
大海原中は二人のマークを徹底してくると思う。私ならそうするし」
「あーやっぱり」
 照美はほぼ動きを封じられるだろう。いかに技術を磨いても、複数人がかり
で取り囲まれたら相当キツい。同じ状況でも聖也の方なら自力突破できそうだ
が彼の場合はやっぱり突破の後のパスに難があるわけで。照美ならその問題は
ないが、そもそも彼のの腕力で自力突破は期待しない方が無難だろう。
 彼らが徹底的にマークされるならば、寧ろそれを逆手に取るべきだ。マーク
に人数を割けば割くほど、他メンバーが手薄になるのだから。
 
−−…さっきの卓袱台返し。サジタリウスだからゴールを割れたけど、並大抵
な必殺技じゃ無理だろうな。
 
 となれば、アレで行くべきか。ちらり、とレーゼを見る。彼も宮坂の視線に
気付き、頷き返してきた。
 ユニバースブラスト。
 あれならばきっと安全にゴールを決められる。今までトラブルが続いて試合
の中で打てる機会が少なかったが−−福岡でタイミングの最終調整もできた。
あとは実戦あるのみだ。
 
「私が指示するまでも無かったみたいだね」
 
 春奈が笑って言う。どうやら彼女の考えと自分の考えは同じであったらし
い。
 
「ただ…気をつけて。あの首里ってゴールキーパー、他にもまだ必殺技を隠し
てるって話だから」
 
 それに、と彼女が続ける。
 
「音村さんが、このまま終わらせるとは思えない。次は本当に“魔法”を仕掛
けてくるかもしれないわ」
 
 それは全員に共通した危惧。音村が、旋律の魔術師が。このままみすみすリ
ードを許す筈がない。必ず、何かやってくる。
 そしてあちらにはただでさえ地の利がある。自分達は沖縄の暑さにも湿気に
も慣れてない。体力の消耗スピードはハンパない。一点限りのリード、いつま
でも守れると思わない方がいい。寧ろ守りに入ったら負けるだろう。
 自分達に出来るのは、とにかく点をとってとってとりまくる事。十点入れら
れても十一点入れて勝つような、そんなサッカーをやるしかない。
 
「…君達は面白いね。実に興味深いメロディーだ」
 
 はっとして顔を上げる宮坂。音村だった。にこにこ。そんな擬態語がつきそ
うなほど人好きのする笑み。
 なのに何故だろう。得体が知れない−−そんな印象を覚えるのは。
 
「一之瀬一哉に音無春奈。そうか今は君達が指揮者か。鬼道君が指揮を担って
いたフットボールフロンティアの時とはまた違う味がある、いい音だ。お仲間
も増えて新しい華やかさも加わったみたいだし」
 
 音村が魔術師と呼ばれる所以を思い出す。彼は試合を音楽に例える。そして
その音楽を巧みに指揮するコンダクターのごとく操ってしまう。
 つまり、ここからが本領。
 
「だけど…君達のスコアは見切ったよ」
 
 穏やかなのに、威圧感のある、コエ。
 
「君達の旋律は、この沖縄では少々繊細すぎるようだ。残念だけど響かない。
…僕達の音で掻き消してあげる」
 
 やはり、自分達のスタミナ面の不安が見抜かれている。宮坂の背を冷たい汗
が流れた。まずい。もし長期戦を仕掛けられたら。
 
−−いや、ネガティブに考えるな…!その前に短期決戦に持ち込む事だけ考え
ればいい!
 
 嫌な予感を振り払い、宮坂はきっと相手を見据えた。大丈夫。今フィールド
には春奈がいる。いざとなったら自分達の連携技で、シューティングスターで
止めてやればいい。
 試合再開。先取点は雷門だったので、大海原からのキックオフになる。
 皆、やるべき事は分かっている筈だ。古謝がシャークにボールを渡したら、
FWセンター二人が一斉に奪いに行く。まずは東江にボールが渡るのを阻止し
なければならない。
 
 ピィィ。
 
 笛が鳴った。古謝のキックオフから始まる。宮坂は身構えて−−次の瞬間、
息を飲んだ。
 
「東江に直接…だと!?
 
 土門の叫びはそのまま皆の心を代弁している。古謝はシャークではなく、ミ
ッドフィールダーの東江に直接ボールを渡した。確かにルール上は、キックオ
フの際センターにボールをパスしても問題は、ない。
 だが、東江の位置はツートップよりだいぶ離れていた。だから油断したのだ、
自分達は。まさか再開早々、あんなにボールを下げて来ようとは。
「くっ…不意を打たれたが、やる事は同じだ!」
「ああ!」
 照美とレーゼが止めに走る。二人がかりで、さらに必殺技を発動させる前に
止めに行けばまだ勝機はある。
 しかし−−遅かった。
 
「トリプルダッシュ!」
 
 東江、古謝、シャークの必殺技が炸裂する。照美とレーゼは二人とも風にや
られて吹っ飛ばされた。なんとか転倒は免れたようだが、抜き去られてしまっ
た事は変わりない。
 自分が止めなければ。宮坂が動こうとしたその時。
 
「君は、行かせないよ」
 
 驚愕。いつの間に上がってきたのだろう。
 音村がいた。宮坂の、すぐ目の前に。
 
 
 
NEXT
 

 

この世は独り。