大胆不敵に参りましょうか。 みなさん集まりましょう、聖者の行進。 此処は宴、鋼の檻。 そら、花火も一つ盛大に。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 5-15:青い、落書き。
その後は一進一退の攻防が続いた。両者一歩も譲らず、しかし終始押してい るのは大海原の方。どちらも決定点を入れられないまま、前半終了を迎える事 となった。
−−うーむ…こりゃまずいんでないの?
塔子は周りをぐるりと見回して思う。
−−みんなだいぶヘバってる。まああたしも疲れてるっちゃ疲れてるけど…。
皆が頑張ってくれたおかげで、最後尾までボールが来る機会は少なかった。 何より最初に一之瀬から“塔子と壁山はゴール前に張り付いてろ”と指示され ていたのもある。その為移動距離が少なく、体力の消耗は最低限で済んでいた。 しかし皆はそうもいかない。
−−宮坂は長距離選手なだけあってスタミナがあるな。でも土門と春奈はだい ぶキてる。
一番動いていたのは中盤と、センターフォワード。土門、春奈、照美、レー ゼがだいぶやられているようだ。仕方のない事だが、この暑さに適応しきれて ないのだろう。 塔子も暑くない筈はないが、こちとら四六時中分厚いスーツで駆けずり回る 職業だ。意外と暑さは平気だったりするのである。
−−まだまだイケますよ、なのは…宮坂、聖也、円堂くらいだな。土門、春奈、 照美はレッドゾーン。レーゼは意外と…ああでもやっぱキツいか。
作戦。戦略。雷門には今指揮官が二人いるが、だからといって彼らに全て放 り投げていい事にはならない。それでは鬼道に頼りきっていたかつての雷門と 同じ事になってしまう。誰が欠けても完璧ではないけれど、誰が欠けてもチー ムはチームでなければならない。その穴を誰もが埋められる組織でなければな らない。 本物の強さとは。絆とは、そういう事だ。
「あと五分」
不意に、春奈が口を開いた。 「あと少しだけ、私をフィールドに残して下さい。自分の限界は自分が一番よ く分かってます。後半十分で交代。そうじゃなきゃ皆さんの足を引っ張るだけ です」 「十分…な」 ううむ、とリカが顎に手をあてて考えるポーズ。 「その十分で何か仕掛ける気やっちゅう事やな」 「ええ。これ以上長引かせてもイイ事一つもないですから」 「キッパリ言うよるなぁアンタ」 しかし春奈の言うとおりだった。塔子は安心する。ちゃんと己の状態を把握 した上で作戦を立てようとする彼女の姿に。
「メンバーをところどころ交代します。これが私の作戦です」
FWリカ 照美 塔子 レーゼ 一之瀬 MF 春奈 宮坂 木暮 DF 聖也 吹雪 GK 円堂
結局“スーパー☆5”のままなのか。まあ大海原の厚いディフェンスを破る なら攻撃陣を厚く持ってこないとどうにもならないけれど。 と、そんな事よりも。 「あのだな春奈…何故ディフェンス専門のあたしがFW?」 「ディフェンス専門だから、ですよ」 その質問は想定の範囲内だったのだろう。春奈はあっさりと答える。 「さっきまでの展開を見ていてはっきりしました。前線でボールをキープしよ うにも、FWメンバーでボール奪取が得意な人が少なすぎるんです。聖也さん は本来ディフェンス要員で、サジタリウスが撃ち止めな今シュートじゃ殆ど役 に立ちません」 「もしもーし?」 分かっちゃいるけどもうちょいオブラートに包んでくれない?と聖也は涙 目だ。
「その点塔子さんが最前線いれば、ボールを奪ってすぐ攻撃に転じられます し。ディフェンス要員って言っても、塔子さんにはロングシュート“レインボ ーループ”があります。なら充分、戦える筈です」
やっぱりコイツは凄い。塔子は感心してしまう。少し前までは兄に頼るばか りのお姫様だったというのに−−いつの間にここまで成長したのか。観察力と 判断力。雷門のダブル司令塔の一角として申し分ない。 確かに、FWを勤めるようなメンバーは守備があまり得意でない場合が多い。 ディフェンス系必殺技も持ってなかったりする。吹雪のようなオールラウンダ ーは極めて稀なのだ。だから相手FWを止めきれず、人数がいながら中盤まで 突破されてしまいがちだった−−先程までは。 だがここで聖也と塔子の位置を入れ替える事で大きく構図が変わってくる。 塔子をセンターフォワードに据える事で相手からボールを奪い、両サイドのレ ーゼや照美に繋げる。これで一気にボール支配率を上げ中盤の負担を減らす狙 いだ。 加えて、聖也を最後列に下げたのもいい判断だ。攻撃はからっきしな聖也も ディフェンスなら頼れる。さらに彼はスタミナがあり、壁山と違って広く移動 しながらも守備が可能。彼と、俊足の吹雪が一番後ろに張り付いてくれれば、 シュートが円堂まで届く確率を大幅に下げられるだろう。
「十分って言ったけど。十分でどうケリつける気なんだよ」
後半から出る事になった木暮が質問する。 「まず音村にマッチアップされたら痛い目みるだろ。ただフィールドに立って るだけで面倒な指示出してくるってのに。綱海は長距離砲だし東江のトリプル ダッシュは破れないし」 「へぇ。ベンチで腐ってるかと思いきや、意外にちゃんと見てるじゃない。え らいえらい」 「う、うっせぇよ!」 春奈にからかわれ、顔を真っ赤にする木暮。身長差もあり、どう見てもお姉 ちゃんと弟の図だ。微笑ましさに、見ている塔子もついつい笑ってしまう。 まあそれはそれとして。 木暮の指摘は正しい。綱海と音村が厄介なのは最初から分かっていたが、意 外な伏兵も潜んでいた。まあ、元は全国区の大海原サッカー部だから、音村の ワンマンチームであったとも考えにくかったけれど。フットボールフロンティ アに出てこなかったのが非常に悔やまれる。 東江のトリプルダッシュを止めるのは至難の業。そして古謝とシャークと音 村の三人には必殺技・イーグルバスターがある。彼らにゴール前でボールを渡 すわけにはいかない。 他のメンバーも、まだまだ未知の必殺技を隠し持っている筈だ。なかなかハ ードミッションである。
「それなんですけどね」
木暮をひとしきりおちょくった後、春奈は真面目な顔になる。 「東江さんと古謝さんとシャークさん。トリプルダッシュをもう二回使ってま す。あれはかなり体力を使うので…後半、やる可能性はかなり低いと睨んでま す」 「何?」 「東江さん本人はともかく、古謝さんとシャークさんはFW。ならばシュート の為に体力を温存しておきたいと思うのは自然な流れではありませんか?」 塔子は目を見開く。確かに−−強力なシュート必殺技を持つFWが、シュー トの為にドリブル必殺技やディフェンス必殺技を出し惜しむのはよくある話 だ。シュートまで繋げて貰ったのに、そこで体力切れしてしまっていてはまっ たく意味がない。何より精神的ダメージが大きい。
「そして東江さんですが、あの人が前半で一番動いてます。いくら沖縄の気候 に慣れていても限度はあるでしょう。よって」
とん、と。春奈は大海原のフォーメーションをメモした紙を指でつつく。
「音村さんを封じる事に徹底集中。ちょっと賭に出ますんで皆さん耳貸して下 さい」
ごにょごにょごにょ、とみんなで内緒話のポーズ。そして春奈の言葉に誰も がひっくり返った。 「んな無茶苦茶なぁっ!」 「仕方ないでしょ、これくらいやらなきゃ不意を打てません!」 「せやけど、他ががら空きになるやん。どないすんの?」 「その為の聖也さんの吹雪さんです。聖也さん、死んだら骨くらい拾ってあげ ますから死んでも止めて下さい。吹雪さんは無理しないで下さいね」 「わかったよ」 「ちょっと待てやあ!俺の扱い最近さらに酷くなってね?ふぶちゃんに対す る態度とのこの差何!?」 「やかましいです黙ってて下さい。…で塔子さんなんですけど」 「完璧無視!俺泣いちゃう!」 わーわー騒ぐ面々(特に聖也)を華麗に流して、春奈は塔子を見た。塔子は といえばあまりにあまりな作戦内容に、空いた口が塞がらない状態だ。 「塔子さんは最初の一撃でボールを奪ったら、すぐ綱海さんのマンマークで す。そのままずっと張り付いていて下さい。こちらがボール取っても奪われて もずっと、です」 「あ、ああ。だけど…いいのかよ?」 一対一で延々と張り付かれれば、元よりサッカー初心者の綱海は動けなくな るだろう。加えて音村まで封じられてしまえば、大海原中の統率は乱れてくる に違いない。 しかし、賭である事は間違いないし。シュートに持ち込めたところで、あの キーパーから点が取れるかどうか。
「未来線を読める相手に、他に方法はありませんよ」
春奈はちらりと一之瀬を見る。塔子は気付いた。春奈の無茶な作戦にチーム の皆は口を揃えて異議を申し立てたが、一之瀬だけは何も言っていない。 つまり彼だけは、春奈の作戦に最初から賛同している。見込みがあると思っ ているのだ。
「未来が分かってもどうしようもない状況に追い込むんです。それが旋律の魔 術師・音村楽也を倒す唯一の方法。違いますか?」
彼女の目には決意と信頼があった。皆なら、自分達なら出来る。そう信じて いる者の瞳がそこにあった。
「みんな!」
パンッと円堂が手を叩いた。
「大丈夫!ゴールは“俺達”に任せろ!!一番強いのは俺達の魔法だって証明し てやろうぜ!!」
そしてニカッと笑う。円堂も変わったな、と塔子は思った。仲間達の度重な る離別と死。福岡での挫折は、彼を大きく成長させた。少し前の円堂ならば“ゴ ールは俺に任せろ”と言っていただろう。 今は違う。“俺達”−−円堂と吹雪と聖也。三人で守りきると宣言した。仲 間を愛しながらも心のどこかで頼りきれずにいた彼はもういない。試練を得 て、惨劇を乗り越えて。彼は一回り強くなった。本物のキャプテンになった。 一度沈み、登った太陽が見せるのは新しい朝。次なる夜明け。仲間と一緒に 輝ける事を知った彼は誰より強い。これから先何度絶望に沈んだとしても、そ の度這い上がって来る事だろう。 それが浄罪の魔術師、円堂守だからだ。
「…そうだよ」
照美が微笑んで言った。
「フットボールフロンティア決勝。あの戦いで君達は証明してくれた。神より 凄い人の力を…人の力で悪夢は打ち破れるという事を」
そうだ。 一番凄いのは、願い続ける人の意志。 「人の、私達の扱う魔法が最強だと見せてやるんだ。魔女や魔術師に負けたり しない…絶対に!」 「そうね。そしてちゃっかり音村君と綱海君をスカウトしようってクチなのよ ね?」 夏未の言葉に、ぎくりと肩を跳ねさせた数名−−春奈に照美に土門に円堂に 監督。何気にちゃっかりしてる。っていう瞳子監督、あんたも狙ってたんです か。 「さ、さあ!後半戦始まるわよ。位置について!!」 「は、はーい」 無理矢理終わらせた瞳子に、塔子は吹き出してしまった。 変わったといえば瞳子もだ。真実を分かち合えたからかもしれない。彼女は 前よりずっと親しみやすく−−そして表情が変わるようになった気がする。 自分達は皆、これからも変わっていけるだろう。強くなろうと、願う限り。
NEXT
|
其の断頭台をブチ壊せ。