夢見てた理想と引換えにして。
この歪んだ現実に罅を入れろ。
 犯した罪と愛の償いを。
探した罰と君の贖いを。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
5-16:の中、鍵一つ。
 
 
 
 
 
 さぁてどんな手を打ってくるか雷門。
 綱海は楽しくて仕方なかった。相手が強ければ強いほど、大きければ大きい
ほど燃える。サーフィンと同じだった。相手をどう攻略し流れを掴むか考える
のは、いかに高い波を乗りこなすか思案するのによく似ていた。
 それに、と綱海は音村を見る。
 
−−学校一の不思議野郎って聞いてたし、いつも笑ってて掴めないヤツだけ
ど。
 
 音村はヘッドホンを耳につけて、リズムを口ずさんでいる。あれが彼なりの
リラックス法であり、流れてくる曲のリズムを使って相手の呼吸を読んでいる
のだと知ったのはほんの一時間前の事である。
 今まで彼のサッカーを見た事は何度かあって、その度に凄いと思ったけれ
ど。こんなに楽しそうに見えたのは初めてだった。実際音村は完璧すぎた。本
当は今までずっと退屈してきたのかもしれない。
 でも雷門は、音村の予知と勝負感に食らいついていっている。音村がいくら
力ある言葉で揺さぶっても立ち上がってくる。ひょっとしたらそれは彼にとっ
て初めての経験で、面白いほどの刺激になっているのかもしれない。綱海と同
じように。
 
−−サッカーって、面白いんだな。
 
 それは、綱海の中にも芽生え始めた感情。
 
−−こーゆーサッカー…出来なくなったら、ヤだな。
 
 音村は見たのだろうか。雷門を待ち受ける運命がどのようなものであるの
か。沖縄での戦いがどんな結末を迎えるのかを。
 ひょっとしたらそれを回避する手段を見つけたくて、彼もまた足掻いている
のかもしれない。この試合もまたその手段なのかもしれない。
 
「おっといけね。試合に集中集中っと」
 
 ついつい思考が横道に逸れた。よそう。雷門は余所見して勝てる相手ではな
い。
 後半。試合は大海原ボールからの再開だ。シャークのキックオフ。彼がボー
ルを渡したのは。
 
「はいなっ!任せて〜!」
 
 巻き貝を被った、小さな愛らしい少女−−キャン。
 東江達のトリプルダッシュは前半で二回使っている。スタミナも考えて温存
させたいに違いない。切り札は後までとっておきたいのが通常の心理だ。それ
にキャンもその実いい必殺技を持っている。
 
「ぷうっ!」
 
 雷門のFW陣。リカと照美の前で、キャンは大きく息を吸い−−吐いた。キ
ャンの口から膨らんできたのは、大きなピンクのフーセンガム。なんとサッカ
ーボールの模様がついている。
 手品のようなトンデモ技。リカと照美の顔が揃ってひきつった。
 
「“フーセンガム”〜!」
 
 ぱぁんっ!
 
 とんでもない大きさまで膨らんだガム風船が破裂し、音と風で二人が吹っ飛
ばされる。あれは綱海も間近で食らいたくない。動けなくはないが、暫く耳が
キンキンするのはツラい。
 二人を突破し、キャンは悠々と走り去る−−筈だった。しかしそこに、狙い
済ましたがごとく塔子の姿が。
「行かせるかよ!“ザ・タワーV2!!
「キャッ!」
 大きく聳え立つ石の塔。そして放たれる雷。キャンは驚いて尻餅をついてし
まう。その隙に塔子はボールを奪って走りだしていた。
「リュウ!」
「ああ!!
 パスは緑川へ。このまま突破させてなるものか。綱海は迎え打とうと身構え
て。
 
「アンタに邪魔はさせないぜ!」
 
 なんと。塔子は緑川にボールを渡すと、その流れで綱海の方へやってきたの
だ。雷門ボールになり、追加点を入れる大チャンスなのに、何故。
「何しでかすか分かんないもん綱海は。悪いが試合終了まで付き合って貰う
ぜ」
「何ソレ告白か?」
「残念!あたしには心に決めた人がいるもんで!」
 軽口を叩きながら塔子が笑う。心に決めた人−−誰だろう。そこで思い出し
たのは、雷門イレブンの最初の“犠牲者”の事だ。
 雷門にはまだまだ男子選手がたくさんいる。それなのに綱海は−−彼だと思
った。ただの勘でしかないけれど。
 
「鬼道、ってヤツか?」
 
 一瞬、塔子の顔から笑みが消えた。当たりだと確信した、瞬間。
 
「…そうだよ」
 
 しかし、彼女が表情を消したのは一瞬。すぐまた笑顔に戻る。だがそれは、
どこか心の痛くなるような笑みで−−綱海は胸が苦しくなった。
 
「もういないけど、ずっと傍にいてくれる人。あたしが一番護りたくて…護れ
なかった、人。一緒にいた時間は短かったけどさ、あたしにはあいつ以外考え
られないんだ」
 
 どうして、そんな顔で笑うのだろう。綱海は皆の笑顔が大好きだった。塔子
だって仲間達と騒ぐ時の笑顔は眩しくて、お日様みたいで−−綱海も大好きな
笑顔だったのに。
 今の彼女の笑顔は、好きじゃない。泣きたいのに、どうにかして笑っていよ
うとする、そんなカオだ。
 泣きたいなら、泣けばいいのに。声に出して泣いた方がずっとスッキリする
のに−−どうして。
 
「…守りたかった、って言ったな」
 
 塔子とも雷門の彼らとも出逢ったばかりだけれど。綱海は思った。
 彼女に笑っていて欲しい、と。
 
「じゃあお前を護るのは、誰なんだ?」
 
 塔子は一瞬目を見開いて−−やがて肩をすくめて苦笑してみせた。
 
「あたしはいーんだよ、強ぇもん。今まで散々いろんな人に護って貰ってきた
んだ。これからは自分の身は自分で護るし、今度はあたしが大切な人を護りて
ーんだよ」
 
 それにね、と彼女は続ける。
 
「あたしを護ろうとして…大切な誰かが傷つくくらいなら。あたしが傷ついた
方が全然マシだ」
 
 何も−−言えなくなった。彼女は今までどれだけのモノを失ってきたのだろ
う。こんな少女にそこまでの決意をさせたのは、一体何だろう。
 俯いた彼女が、突然顔を上げ−−ニヤリと笑った。さっきまでの切ない顔が
嘘のように。
「ってか、よそ見してる暇あんのかよ?フィールドが大変な事になってる
ぜ?」
「え!?
 慌てて振り向く綱海。そして絶句した。音村が四人の選手に囲まれて、身動
きがとれなくなっている。
 
「大海原の選手は誰も彼も能力が高い。でも作戦指揮は音村に一任されてる。
ならば音村が動けず、指示も出せない状態にするだけだ」
 
 一気に理解が追いつく。塔子がボールを奪い、他FWに繋ぐ。そしてまず彼
女が綱海について、長距離砲であるツナミブーストを封じる。
 ボールを渡された緑川と照美はパスを出しながらゴール前へ駆け上がる。そ
してリカ、一之瀬、春奈、小暮が四人がかりで音村を囲みにかかるのだ。
 音村を二人がかりでマークに来る可能性は充分にあったが。まさか四人もつ
けてくるなんて一体誰が予想しただろう?
 四人はただ音村をマークしただけじゃない。彼を囲む事でブラインドの役目
を果たし、音村の姿を味方から隠してしまっている。これでは音村は“次の展
開が読めても周りに指示が出せない”。そして音村の指示がなければ大海原イ
レブンの統率は一気に乱れる。一発逆転を狙える綱海さえ、塔子に捕まってる
なら尚更だ。
 
「けど、音村にマーク四人もつけたら、他が一気にガラ空になるじゃねぇか
…!」
 
 東江達の能力の高さは前半嫌というほど見せつけた。だから彼らをもっと警
戒してくるだろうと誰もが踏んでいたのである。
 にも関わらず。雷門はなんと東江達をあっさりスルーして、こちらの心臓部
だけを徹底的に抑えてきた−−大博打まで打って。こんな状況、音村でさえ予
想できたかどうか。
「問題ねぇ。万が一カウンター食らっても、ゴール前には聖也と吹雪が張り付
いてるし円堂がしっかり守ってる。点は絶対にやらないさ」
「で、でも中盤は宮坂一人に…」
「その宮坂も」
 ちらり、と彼女はそちらを見た。
「今、いなくなったけどな」
「はあああっ!?
 いつの間にか宮坂まで前線に上がっている。照美と緑川をフォローするつも
りなのか。しかし。
 
−−中盤をゼロにするだと…!?
 
 サッカー初心者の綱海でさえ分かる。
 そんな作戦、見た事も聞いた事もない!!
 
「決められたエンディングなんてない。約束されたハッピーエンドなんてもっ
と有り得ない」
 
 塔子はまっすぐ綱海を見据えた。
 
「だからあたし達は、自分達の未来を自分達で描いていく。幸福な結末ってヤ
ツを、この手で創ってやるよ」
 
 緑川のワープドライブ。
 照美のヘブンズタイム。
 宮坂の烈風ダッシュ。
 三人は揃って協力なドリブル技を持っていた。その三人がかりで来られた
ら、並大抵のディフェンスでは止めようがない。カウンターすれば大逆転のチ
ャンスだったのに、彼らはその隙さえ自分達には与えてくれなかった。
 
「これがあたし達の答え。…魔法を超える力だ!」
 
 塔子の言葉と同時に。緑川と宮坂の体が空高く舞い上がっていた。
 
「ユニバースブラスト!!
 
 キーパーの首里が構える。卓袱台返しで防げるか−−否。同じ結論に到達し
たのだろう。彼が選択したのは別の技だ。
 
「ツナミ・ウォール!!
 
 首里が地面に両手を叩きつけた途端、大きな波がゴール前を塞いだ。一瞬、
照美がはっとしたような顔をしたのは気のせいだろうか。波の壁に、宇宙のパ
ワーを凝縮したシュートが突き刺さる。
 
「いっけぇぇ!!
 
 円堂の声。ざばん、と波が割れゴールを露出させる。ユニバースブラストが
波に打ち勝ったのだ。
 
「ぐぉぉっ!!
 
 もはや首里に為す術はない。ボールはゴールに吸い込まれた。
「よっしゃぁ!」
「やりましたね!!
 雷門ベンチャーから歓声が上がる。雷門の追加点。これで1対2−−このま
ま後半が終われば大海原は負けてしまう。
 だが−−綱海の気分は高揚していた。サッカーがこんなに面白いなんて。負
けているのに、楽しくてたまらない。次はどんな風にひっくり返してやろうか。
そう考えるだけでワクワクが止まらない。
 
「お前ら、最高だな!」
 
 思ったままを言うと、塔子はニカッと少年じみた笑みを浮かべる。さっきよ
りずっと明るくて素敵な笑顔だ。
 
「だろ!?あたしの自慢のチームなんだ!何回試合やっても新しい発見がある
んだもん、やめられないぜ」
 
 でも、と。ほんの少しだけ彼女は顔を曇らせる。
 
「風丸と…鬼道がいてくれたら。もっと最高だったんだけど…な」
 
 鬼道。またその名前。その名前が彼女の心に影を落とすのか。それほど彼女
が鬼道を想っている証拠ではあるのだろうが、でも。
 
−−死んだ人間は、帰って来ないんだぜ?
 
 綱海の父も、そうだった。漁師だった父は海で消えて−−それきり。遺体さ
え見つかっていない。その日海は大荒れに荒れていて、危ない事は分かってい
たが、父は船を心配して見に行ってしまったのだそうだ。その時綱海は八歳だ
った。もう五年も前になる。
 でも−−家族を喪った喪失感は、今でも胸を苛み続けている。
 
−−分かってても…人の心は不自由でいけねぇな。
 
 試合が再開される。雑念は振り払わねば。塔子の肩を一つ叩いて、綱海は早
足でポジションに戻っていった。
 
「無理、すんなよ。…塔子」
 
 全てが終われば、少しでも彼女達の痛みは報われるのだろうか。残念ながら
それもまた、誰も確約しようのない事だった。
 
 
 
NEXT
 

 

鏡に映る虚構は捨てて。