歪んでねじ込まれた傷口。 囲まれてココまで歩んではきたけど どこか誰も触れないで、私が壊れてしまうから。 履き違えた歌を今日も歌い続けてるんだ。 この背中に、白い翼は 無いとしても。 5-18:狼と、羊達の円舞曲。 バーンはガゼルを連れて練習場に向かっていた。自分達もやっと身体が動か せるようになってきたところである(その為に少々荒療治をした事は否めない が)。プロミネンスとダイヤモンドダストの合同訓練の許可をとったので、今 からその練習場に向かうところだった。「…豪炎寺と警察だけでは、とても豪炎寺夕香を救出出来なかっただろうが」 小さな声で、ガゼルが呟く。「創造の魔女が動くなら話は別だ。不動明王と小鳥遊忍を救出したのも奴の仲 間だったみたいだしな。あいつ専属の精鋭部隊でもいるんじゃないか」「まあ、いてもおかしくないわな」星の使徒研究所には大量の防犯カメラがある。反面、盗聴機はごく一部の部 屋にしかない。それでも、この場所では誰に聴かれるかわかったもんじゃない のだ。さらに集まって話し合えばまた不自然に思われる。平時の会話の中で作 戦会議をするしかなかった。実際、今回の合同訓練もプロミネンスとダイヤモンドダストの作戦会議の為 に企画されたようなものだ。そしてもう一つ。自分達の連携を高めておく為でもある。いつかプロミネン スとダイヤモンドダストが手を組んで魔女の一団と戦う事になった時、チーム ワークがバラバラではどうにもならない。「…ただ。もし救出が成功して豪炎寺修也が雷門に合流して…果たしてそれで 勝てるかどうか」それはバーンも危惧している事だった。雷門の実力を甘く見ている訳ではな いが過信も出来ない。新たな情報が入ってきた今は尚更だ。ヒートとコーマが出逢ったという、グレイシアという人物。思えば朧気な記 憶ながら、自分やガゼルが二ノ宮に暴行された時その姿があった気がする。黒 いコートにフードを被っていて顔は分からなかったが、ヒートいわく少年では ないかという話だ。そして謎の剣術の使い手。コーマを斬ったその動きがまっ たく見えなかったのだという。あの二ノ宮の忠実な僕というならば、それだけで十二分に注意が必要だが。 今グレイシア以上に重要なのは、彼が連れていたというもう一人の方だ。イプシロンのキャプテン、デザーム。研究所からの脱走を図り、魔女の手で 殺害された筈の、青年。「大海原中への襲撃予告。マスターランクのどのチームにも声がかからなかっ た。おかしいと思ってたが…まさかこんなクソな手使ってくるとはな」バーンは吐き捨てる。隣のガゼルの顔を見るのが辛かった。デザームを、イ プシロンを救えず地獄に送り出してしまった事を誰より後悔していた彼。なの に−−悲劇はまだ、終わっていなかった。誇りを護って死んだ筈の彼らを、魔女は生き返らせ。彼らが命懸けで護った その誇りさえも踏みにじろうとしている。身体だけでなく魂まで心まで、蹂躙 しようとしている。自分の招いた事態と結果。他人がいくら否定しようと、ガゼルはそう思って 己を責め立てているに違いなかった。彼の心は壊れる一歩手前である筈だ。今、 正気を保っているのが不思議なほどに。「バーン」 ガゼルに呼ばれ、バーンは彼の方を見る。ガゼルは、弱々しく笑った。「私は、大丈夫だから」 消え入りそうな声が、バーンの胸に突き刺さる。「…今度こそ、イプシロンを救う。そのチャンスが巡ってきたと思えばいい。 確かに二ノ宮のやろうとしている実験は残虐極まりないが、必ず手はある筈 だ。実験内容やシステムはハッキングしてある。きっと救う手だてはある、き っと…」札をよりも早口でまくしたてる。正気を保ってはいても冷静とは言い難い状 態。自分自身に必死で言い聞かせている言葉だった。バーンは唇を噛み締める。イプシロンを救う方法。確かに、隙がないわけではない。だからこそ自分達 は今動いているのだ。でも。確実な未来なんてない。むしろ成功率の低い賭をしている事に間違いはない のだ。もしそれでまたイプシロンを救えなかったら。二度までも失う事になっ たら。それはバーンにとっても恐怖だったが、それ以上に怖いのはガゼルの事 だ。これ以上喪ったら。傷ついたら。ガゼルはどうなってしまうだろう。今でさ えいつ張り裂けてしまうかも分からない状態だと言うのに。「……気になる事があるんだけどよ」駄目だ、とバーンは思った。失敗する事など考えてはならない。そもそも失 敗したら自分達自身の命も危うくなってくるのだ。前向きに、かつ楽観視せず。情報をまとめて動くしかない。これより他に、 生きていく道などないのだから。「イプシロンが戦うとして。…今あいつらは十人しかいない筈だぜ。もしかし て十人で雷門と戦う気なのか?」セカンドランク以上の5チームにはそれぞれ十一人ずつしか配置されてい ない。つまり控えが、いない。イプシロンもその例に漏れない筈だ。だが実際イプシロンのメンバーのうち一人だけ雷門のところに逃げ延び、匿 われている人物がいる。イプシロンの副将にしてFWのゼルだ。彼が今何処にいるかは知らないが、少なくとも二ノ宮の手の届く場所でないのは確かであ る。ゼルがいない分。欠員が出たままで戦うのか、あるいは補充要員がいるのか。 それが気になるところだ。「…グレイシア、かもしれない」「何?」「可能性はあるだろう。少なくとも奴の身体能力は高い。サッカーができても おかしくはない」ガゼルはそう言って額に皺を寄せた。なるほど、考えられる話ではある。た だそうなると、自分達の手元にはまったくデータのない相手という事である。頼みの綱はガゼルのハッキングだが。果たしてそれらしいデータがエイリア 学園のマザーコンピューターにあるかどうか。今まで自分達が一切その姿を見 かけなかったのも奇妙な話だ。「私も気掛かりがある。…バーン」 ガゼルが足を止めて、言った。「風丸一郎太。奴は何処へ消えたんだ?」言われてみれば。バーンは福岡での出来事を思い出していた。ガイアと雷門 イレブンの一戦。その中でウルビダが誤って−−風丸を死に至らしめてしまっ ている。不幸な事故だ。ウルビダは風丸を潰す気ではいただろうが、殺そうと までは思っていなかっただろうから。あの試合の後。風丸の遺体は二ノ宮の手で回収されてしまっている。ならば デザームのように生き返らせて、駒にする気であると考えるのが自然な流れ だ。まったく、虫酸が走る。「風丸を使う気なら。今はまだ施設のどこかに監禁されてるか、遺体のまま安 置されてるかのどっちか…って事だよな」「それなんだがな」 こつこつ、とガゼルが壁を叩く仕草をする。「私は風丸は、既に生き返らせられてこの何処かに囚われている可能性が高い と睨んでいる」「何でだ?」「私は魔法使いじゃないし、医療にも精通していないから…これは推測だが」 そこで一端言葉を切り、嫌な顔をする。「人間は、死んだら腐っていくだろう。今の季節を考えれば余計そのスピード は早いはず。死んだ直後の死体と腐乱した死体、生き返らせる手間がかからな いのは普通に考えて前者じゃないか。まして死者蘇生ともなれば、魔法にも制 約があってもおかしくない」 それは一理ある考えだった。今までバーンの知る限りで魔女が生き返らせたのは四人。時系列順に、風丸、 佐久間、源田、そしてデザームだ。その全員の死に二ノ宮は間接的、あるいは 直接的に関わり現場に居合わせている。もしかしたらそれは、彼らが死んです ぐでなければ生き返らせるのが困難だからもあるのではないだろうか。風丸が生きてこの施設にいるかもしれない。ならば−−自分達のやる事は決 まっているようなものだ。「…風丸のいそうな場所。徹底的に洗えるか」これもガゼルのハッキング頼みになりそうなのが辛いが。適材適所だから仕 方ない。ガゼルは頷いてくれた。「やってみる。…見つけて…もし奴がまだ二ノ宮の洗脳下になければ。我々の 味方になってくれる可能性は高い」意外なところで仕事が増えたが、これも必要な事だ。相応な実力もあり、正 義感の強い風丸が協力してくれれば一気に作戦成功は現実味を増してくる。何 より彼が戻ってくれば、雷門イレブンに精神面でも大きなプラスになるだろ う。何より。これ以上二ノ宮の被害者を増やしたくない。元は敵対していたとは いえ、今や誰もが真の敵を理解している。風丸もそれを分かっている筈だ。「なら事は早い方がいい。早く皆に知らせて…」そこでバーンは言葉を切った。通路の向こうからこちらに歩いてくる人物に 気付いた為だ。あの真っ赤な髪な遠目からでも分かる。 グランだった。いつの間に意識が戻ったのだろう。「ガゼル、バーン」 彼は青白い顔を、苦しげに歪ませた。「君達は何をしようとしているの」体調がまだ戻りきってないのもあるだろうが、それだけではない。彼の眼に あったのは、恐怖だった。こんな酷い眼をするグランは初めてかもしれない。 グランは死にそうなほどに怖れている。喪う事を−−今以上の惨劇を。「…君達がアルルネシアを止め、これ以上悲しい事が起こらないように頑張っ てくれてるのは…嬉しいよ。でも……コーマの話を聴く限り、かなり危ない事 までやってるみたいじゃない」「だからやめて欲しいってか?」「……」グランはそこで黙り込む。彼は心配でたまらないのだろう。でも、バーンと ガゼルの行いが正しい事も分かっている。だから、やめて欲しいとも言えない。どうすればいいか分からない。ただ怖くてたまらない。立ち向かう手段が見 つけられない。福岡の戦いは、それほどまでに彼の心に深い傷を刻んだのだ。「…危ない橋を渡っているのは、確かだ」 口を開いたのは、ガゼルが先だった。「でもこれが唯一、世界を変える方法。エイリア学園を、父さんを救う為のな。 …グラン、お前も雷門イレブンに…円堂守に期待してたんじゃないのか」円堂守。その名を出した途端、びくりと跳ねるグランの肩。その先をバーン が続けた。「期待して待つだけの時間は終わったんだ。…奴らはもう、俺達に手を差し出 してるぜ」『届いてるんだ』「思い出せよ。福岡での事は知ってる。風丸はお前になんて言った?」『お前の本当の声、みんなに届いてる。本当は誰かを傷つけるたび、痛くて痛 くて堪らなかったことも。…だから』「俺らから手を伸ばす努力をしてもいいんじゃねぇの?少なくとも俺達はそ う思って、足掻いてんだ」『だから…もう、いいんだ。終わらせよう…一緒に』 彼らとなら終わらせられるかもしれない。 全ての悲しい事を。悪い夢を。「安心しろ。俺らはそう簡単にくたばったりしねぇよ」 ぽん、と。グランの左肩をバーンが。右肩をガゼルが叩いた。「だからお前は…俺らの分まで父さんを護ってくれ」 グランが何か言いかけたが、その先をバーンが聴く事は無かった。願わくばいつかまた、昔のように彼ともサッカーができる日が来ればいい。 祈ったのは、そんなささやかな未来だった。 NEXT |
もう一度逢えるなら、逢えるなら!