でもね、ちょっと不思議なの。 化け猫の眼に撫でられて感じたデジャヴュ。 もうさ、おうちに帰りましょうか。 ほらお空から何かが降って来る前に。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 5-22:君嘆く、セカイ。
結局。大半のメンバーが朝から浜辺で特訓を始めていた。朝ご飯に昼ご飯、 それらの時間以外はほぼ外に出ていた事だろう。 強くならねば、という切迫感がないわけではない。それぞれ多かれ少なかれ 悩みを抱えているのも間違いない。しかしそれ以上に、純粋に楽しくてサッカ ーに興じていたというのが大きい。大海原の者達は雷門以上に楽しそうにサッ カーをする。彼らと触れ合って、忘れそうになる大切な事を誰もが思い出した のだろう。 毎日の特訓には、殆どの場合大海原のメンバーも参加していた。雷門として も彼らの技術は学ぶところが多く、有り難い話である。 吹雪は今、瞳子の指示で照美と競り合っていた。一定時間が終了した時点で、 ボールを保持していた方が勝ちだ。そして何故自分と照美の組み合わせになっ たのかは、吹雪にもなんとなく予想がつく。 自分達は同じ弱点を抱えている。つまり、スタミナとフィジカル、だ。暑さ に壊滅的に弱い吹雪と、神のアクアの後遺症から長くフィールドに立つのが難 しい照美。そして体格から当たり負けしやすい自分達。原因は違えど、抱えて いる問題は似通っている。 「おっと!その手は食わないよ」 「くっ…」 ボールを掠めとろうとした足は空を切る。現在ボール保持者は照美だ。吹雪 はあと三分くらいで彼からボールを奪い返さなければならない。
−−僕達はどちらも体格に難アリだけど…その違うところもある。
例えば身長。華奢なせいで弱っちく見えるが、照美の身長はキャラバンメン バーの中では高い方に分類される。大人を除けば壁山、土門に次ぐだろう。対 し吹雪は円堂よりも小さい。木暮の次に小柄だ。よって足の長さは照美の方が 長いのである。 長身な人間は、足元の細かい動きが苦手な場合が多い。しかし、体が柔らか くテクニックのある照美にそれは当てはまらない。だから吹雪がボールを保持 した時、その足に絡めとられない距離と角度を維持し続けなくてはならなくな る。 反面、吹雪の方が有利な事もある。それは純粋な脚力。力技に持ち込めば間 違いなくこちらに分があるだろう。照美は今まで直接的なぶつかり合いを避 け、相手の動きを流す戦いをしてきている。それはつまり、彼自身がパワー不 足を自覚しているからに他ならない。 照美がゴッドノウズであれだけの威力を出せるようになったのは、彼の今ま での努力の賜物だろう。少ない力をボールに一点集中させ解き放つ。その技術 を磨くのに、どれだけの月日をかけたか計り知れない。 また、もう一つ吹雪が持つアドバンテージ。それはプレイスタイル。照美が 攻撃に寄ったMFであるのに対し、吹雪は攻守に長けたオールラウンダー。持 ち技のバランスもよく、ボールを奪ってすぐ次の行動に転じる事が出来る。照 美は有効なディフェンス技がまだ無い筈だから、彼の足技にさえ注意を払えば ボールを保持し続ける事も難しくない筈だ。
−−でも多分それは、アフロディ君も分かってるだろうし。
総評すると。自分達のスピードは互角。テクニックは照美が上でパワーは吹 雪が上だ。そして基本スピードが互角ならばボールを保持した方が遅くなるの が道理。本気でラッシュをかけ接近戦に持ち込めば負けない筈−−理論上は。 その理論を覆す可能性があるのが、照美の反応速度の早さとテクニックなわ けだが。
−−くそ…ぐだぐだ悩んでてもラチがあかないか…!
弟の顔を思い出す。攻撃は最大の防御だと主張し、強気な攻めが持ち味だっ たアツヤ。 彼なら言う筈だ。とにかく攻めて攻めて、勝機を見つけろと。
−−…仕掛ける!
吹雪は真正面から飛び出した。当然照美はかわしてくる。が、彼がかわした そのタイミングこそが狙い目だ。
「アイスグランド・改ッ!!」
振り向き様にアイスグランド。照美はまだ体勢が整っていない。避けきれな い筈だった。しかし。
「ヘブンズタイム・改!!」
なんと彼は吹雪が必殺技を使うとみるやいなや、不安な体勢にも関わらずヘ ブンズタイムを発動させてきた。照美に迫った氷の柱が、時間の波に押されて 止まる。はっとした瞬間、照美は吹雪を抜き去り大きく距離をとっていた。
「…やるね」
必殺技を進化させていたのは自分だけではなかったという事か。しかも今の 状態からヘブンズタイムとは。恐らく時を止めている間にバランスを立て直 し、吹雪の氷を避けて走り去ったのだろう。 もう時間がない。なんとかして照美からボールを奪い取らねば。だがアイス グランドをかなり先出ししないと、ヘブンズタイムでかわされてしまう。今の 攻防でハッキリした。ちょっと荒っぽいが、うまく踊らせて転倒するようにし 向けるか、今度こそ強引に力勝負に持ち込むか−−。
「そこまで!」
しかし。吹雪が再び考えこむ時間は無かったようである。鋭い瞳子の声が飛 んだ。どうやら時間切れらしい。 「お疲れ吹雪君アフロディ君。接戦だったね!」 「ありがとう」 秋がタオルとドリンクを渡してくれる。動きを止めた途端どっと汗が出た。 五分という短い勝負だったが、意外と体力を使う。動きながらの小競り合いで スタミナを維持するのはなかなか難しい。
「さて…まず一つ言うわ」
瞳子は吹雪と照美を交互に見て、言う。 「私は今わざと“間違った”事をしたんだけど。気がついた人、いる?」 「え?」 意味が分からず、困惑する吹雪。殆どの皆が似たり寄ったりな顔で顔を見合 わせている。そんな中、手を挙げたのが二人。音村とレーゼだ。 「じゃあ音村君。言ってみて」 「はい。…七分でしたよね、今」 「七分?」 「うん」 聞き返した木暮に、音村が頷く。
「関東は五分勝負と言ったのに、七分…正確には七分十五秒と時点で終わりを 宣言しました」
吹雪は目を見開く。まったく気付かなかった。確かに疲れはしたが、まさか 二分十五秒もオーバーしていただなんて。しかも勝負中の自分達も、見ていた 側も分からなかったとは。
「この勝負は単に吹雪君達の弱点を洗うだけじゃない。時間の感覚を身につけ て貰う為でもあるの。試合時間中頻繁に時計ばかり見るわけにはいかない。で も時間を把握していなければ、勝負を仕掛けるタイミングを見誤るわ」
それは確かにあるかもしれない。スタミナ。必殺技の出しどころ。それには 時間が大きく関わってくる。そして時間が分かっていれば、スタミナのない人 間にも効率的なペース配分が可能だ。 「三十分の試合で…できれば誤差十五秒以内。掴めるように訓練して貰うわ。 あとは距離も。相手から何メートル離れているか、自分の必殺技の射程が何メ ートルなのか。これは誤差二十センチ以内よ」 「違いねぇ。必要だな」 瞳子の言葉に聖也が同意する。 「これはサッカーだけじゃなく…通常戦闘にも役立つ。今後アルルネシアと戦 う時にも必要だ。魔法の射程は恐ろしく広いが死角がない訳じゃねぇし、ハン マーの射程は全然短い」 「そういう聖也はどうなんだよ。できんのか?」 「俺は距離しか訓練して来なかったんで、時間がサッパリだ!」 「胸張って言う事かいな…」 ハッキリ駄目っぷりを宣言する聖也に塔子が脱力する。時間が把握できると 言ったのは音村とレーゼ−−共に魔法に通じる二人だ。てっきり魔法が得意な 人間はそういった感覚にも優れているのかと思ったが、そういう訳でもないら しい。
「さて…本題。さっきの吹雪君照美君の勝負だけど。まず二人とも趣旨を間違 えてるわね」
はぁ、とため息を吐く瞳子。 「私は貴方達に、“五分後にボールをキープしていた方が勝ち”と言った。… つまり他四分五十九秒でボールを保持している必要はないの」 「あ…」 「時間を把握しきれてなかったせいもあるでしょうけど。貴方達は奪われたら すぐ奪い返そうと意固地になって体力を使ってしまう。ギリギリまで様子を見 る事をしていれば、そこまで疲れる事は無かった筈よ」 言われてみればその通り。吹雪は照美と顔を見合わせた。なんだかんだで負 けず嫌いな自分達。ボールを少しでも長く持っていようと意地なっていたのは 否定出来ない。 スタミナが無い人間がスタミナをつける努力をする。大事な事だ。しかし“そ もそも体力を消費しない”努力を怠ってはならない。自分達は少々考えが足り なかったようだ。
「そしてさっきの必殺技。吹雪君の“アイスグランド”を避ける為に、アフロ ディ君は“ヘブンズタイム”を出したけど」
さっきの攻防だ。何かまずい点があったのだろうか。 「…“ヘブンズタイム”を出さなくても、“アイスグランド”を避ける方法は あった。アフロディ君の判断ミスね」 「ええっ!?」 「どういう事ですか、監督!?」 円堂が、春奈が驚いて声を上げる。
「…“アイスグランド”はそれなりの高さに適応できるけど横に弱い。追尾も できない。つまり吹雪君の真正面の位置から素早く左右に逃げれば、かわす事 が可能よ。無論、かなりの反射速度の基本スピードは要求されるけど」
瞳子の言葉に、誰もがあっけにとられる。まさか一つ一つの必殺技の特性を、 そこまで見抜いていようとは。彼女の観察眼にただただ感心する他ない。 「アフロディ君は体勢を崩していた。そもそもバランスを崩さない動きをする べきだけどそれはひとまず置いといて…。アフロディ君の反射神経なら十分に できた。サッカーは地面に手をついちゃいけないというルールもないしね」 「なるほど…」 必殺技は状況をひっくり返す切り札であると同時に、体力を多く消耗する上 破られた時のダメージが大きい諸刃の剣だ。相手が必殺技を出してきたからと いって無闇やたらに必殺技で対抗するべきではない。理屈では分かっていて も、つい自分達は負けず嫌いを発揮してしまいがちだ。 そして時には相手に必殺技を連発させスタミナを消費させるのもテなので ある。
−−こうやって監督が自ら練習に細かい指示を出すのは始めてだけど…。
この人は、凄い。磨き上げられた観察力と判断力は、同じだけ彼女がサッカ ーの知識を学び努力してきた事を意味する。改めてその力量を実感し、ただた だ感嘆するばかりの吹雪。 ひょっとしたら自分達は、とんでもない人を味方につけたんじゃないだろう か。
「さあ、休んでる暇はないわ」
瞳子に言われるまでもなく、全員が立ち上がる。誰もが理解した事だろう。 この人についていけば、強くなれると。自分達のサッカーはまだまだ進化させ られると。 「次、音無さんと綱海君。今度は“五分間で多く点を入れた方が勝ち”よ。準 備して」 「はい!」 「いえっさー!!」 元気の良い二人の返事。彼らと入れ違いで吹雪はフィールドから出る。
−−強く、ならなくちゃ。
円堂や照美はどんな吹雪も必要だと言ってくれたけれど。実際チームに必要 なのはとにかく点を取れるFW−−アツヤの力である筈だ。 とにかく、力をつけて皆の役に立たなくては。彼らの信頼を裏切らないよう に−−失望されることの、ないように。
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落下してきた、鉄骨と。