呼んでる。いつだって君の名前を。 何処にいたって、どこに至って。 もう悲しい歌は要らないって言えるまで。 コール。コール。聴こえてますか。 この背中に、白い翼は 無いとしても。 5-24:光色の、オルゴール。 今度のエイリアとの試合。本人達の要望と瞳子の要請により、綱海と音村の 二人が共に戦う事になっている。瞳子としては、今後もキャラバンに乗って戦 いに参加して欲しいのが本心だろう。だがそれは試合が終わった後に決めても 遅くはない。−−こいつ、本来は初心者…なんだよなぁ。流れで綱海に特訓に付き合って貰う事になった塔子。まじまじとその姿を見 て思う。−−それでこのレベルとか。マジ反則だっての。綱海の動きには経験に裏打ちされた精錬さはない。動きにもまだまだ素人く ささや玄人ならしないようなミスがある。だがその総合力はベテランにひけを取らないだろう。元々の身体能力がとん でもないのである。特にバランス感覚と体の柔軟性では、雷門の皆と比べても 頭一つ飛び抜けている。−−まだテクニックは荒削りだけど。育てれば育てるだけ化ける素材だろう な。だからこそ、いい練習相手になる。塔子はパチンと自分の顔を両手ではたき、 気を引き締めた。「よっしゃ!来い!!」 「おう、行くぜ!!」 ボールを持った綱海が、シュート体制に入る。ざばん、と大きく波が鳴った。 その上を、ボールをサーフボード代わりにして滑っていく綱海。何度見ても凄いと思う。綱海の、サーフィンで鍛えたバランス感覚あっての 必殺技だ。「ツナミブースト!!」 水圧の力を借りて、強烈なシュートが塔子に迫る。こいつを、止める。円堂や立向居のマザン・ザ・ハンドを破るほどの威力が あるのだ。これを止められるようになれば、キーパーである彼らの負担を一気 に軽くする事が出来る。「ザ・タワーV2!!」 進化させた石の塔がせり上がり、シュートを阻みにかかる。ボールが塔の中 腹にめり込んだ。このままでは砕かれてしまう。塔子は雷激を加え、一気に押 し戻しにかかる。「はああああっ!!」 しかし、やはり綱海のシュートの方が一枚上だった。びしりびしり、塔に罅 が入る音がして、やがて粉々に砕け散ってしまう。すんでのところで塔子は飛 び降りて、地面に叩きつけられずにすんだものの−−シュートブロック、失敗 だった。「くそっ…何で止められないんだ!」塔子は悔しさに唇を噛み締める。確かに綱海のシュートは凄いが、自分の ザ・タワーもレベルアップしている。なのに何故、シュートブロックできない のか。一体何が足りないのだろう。「あー…塔子。実はな、監督に言われたんだよ、今日」 頭を掻きながら綱海が言う。「実は理論上では、ツナミブーストでザ・タワーは破れない。実はツナミブー ストの威力自体は大した事ないらしいんだ」「は…?」ツナミブーストのパワーがさほどない?ザ・タワーに負ける?何を言ってい るのか。現に自分の必殺技も円堂や立向居の必殺技すら破られっぱなしだとい うのに。「さほど威力のないツナミブーストで相手を倒せる理由。それはズバリバラン ス感覚にあったらしいんだ」「バランス感覚?」「ああ」 パワーじゃなくて、バランス?意味が分からず首を傾げる塔子。「どんな技にも人にも弱点はある。…上手い奴はその弱点を綺麗に隠してみ せ、かつ相手の弱点をつくのが上手い。…俺は初心者だし頭脳はじゃないけど、 自分のバランスを安定させた上で、相手のバランス崩れを見抜くってのを無意 識にやってるらしーんだわ」綱海いわく。サーフィンで鍛えたバランス感覚と波を見抜く力が、シュート にも存分に発揮されているらしい。ツナミブーストが、彼の類い希なるバランス感覚が成せる技というのは前述 した通りだ。しかしサーフィンはただバランス感覚が優れていればいいという ものではない。来た波とこれから来る波を予測し、波に応じた最適なポジショ ニングをする。つまり“やって来る波のバランスを見抜く力”が要求されるの である。綱海はサーフィンをする中で、無意識にその力を磨き波を乗りこなし てきたらしい。サッカーも同じだ。シュートを打てば大抵ディフェンダーによるブロックや キーパーによるガードを受ける。だが、どんな選手もバランスを崩してしまう ポイントがある。バランス感覚が悪い人間はよりそれが顕著であり、殆どの人 間が偏りに癖を持つ。ではシュートを打つ際、敵キーパーやディフェンダーの 弱点となるポイントを狙えたならどうなる?少ない力で、相手の必殺技を破る事が出来る。綱海がやっているのはそうい う事なのだ。「ただ…俺もまだまだ素人でコントロール悪ぃからな。ポイントは分かって も、狙いは微妙にズレたりズレなかったりしてるらしいけど」「いや…でも凄いよ綱海。それが出来たら理論上はどんな敵にも勝てるって事 じゃんか!」塔子は純粋に感嘆していた。雷門はひょっとしたら、とんでもないヤツを味 方につけたのかもしれない。綱海の天性のバランス感覚と“見抜く眼”は、今 後の戦いにおいても大きな武器になる。「つまり…あたしに必要なのは、体幹を鍛えてバランスを安定させる事…か」ひょっとしたら。今までザ・タワーを破られてきたのは同じ理由もあったの かもしれない。構造上、ザ・タワーは高さを武器にしており、バランスの安定は必須だった。 この技を会得するまで何度転落し痣だらけになった事か。完成させた今、安定 したバランスにはそれなりに自身があった−−しかし。綱海にあっさり見抜かれたという事は、自分の体幹にはまたまだ隙があると いう事である。そして綱海にできるなら、同じような“眼”を持つ選手がエイ リアにいてもおかしくない。今までもそうして見抜かれたウィークポイントに、シュートをぶつけられて きたのだとしたら−−シュートブロックに失敗するのも頷ける話だ。「んでもって、ただ鍛えるだけじゃない。弱点と同じように、強固なポイント ってのも人にはある。ブロックの際ほんの少し体をズラして、そのポイントで シュートをブロックできるようになれば?」 無敵だろ?と綱海は笑う。まったくその通りだ。「綱海!あたしもバランス感覚を鍛えたい!サーフィン、教えてくれねぇ か!?」 簡単なスポーツじゃないのは分かっている。残った時間でやれる事はたかが 知れているだろう。しかし、バランスを感覚を鍛えるのにこれ以上最適な方法 はないと思う。 綱海は一瞬、苦い顔をする。「いいけど…危ねぇぞ?それにまあ…塔子は女の子だし」「あ?女がサーフィンやっちゃいけねぇってのかよ?」「いや、そうじゃなくて!」 ジト眼になった塔子に、慌てて首を振る綱海。「そうじゃなくて…怖くねぇのかな、って」 思わずキョトン、としてしまう。なんだ、軽そうに見えるくせに、この男。「心配してくれてんだ?」「……悪いか」「あははっ、まさか!」ああ、そうか。何だそういう事か。試合中の言葉だって全部、純粋に自分を 心配してくれただけなんだ。「優しいんだな、綱海って」 つい笑ってしまいながら言う塔子。ちょっとヘンなとこもあるけど。根っからの兄貴分なのだ、彼は。ちゃらけ て見えるがルックスもいいし、さぞかし学校じゃ女の子にモテる事だろう。「大丈夫だよ、あたし強ぇし丈夫だし!実はカナヅチです、なんてオチもねぇ から!」「カナヅチは笑えねぇなあ…泳げない人間助けるのは大変なんだぜ?」「そりゃそーだ」 あははは、と二人分の笑い声が上がる。「分かった。今日はもう時間が時間だから、明日…な。サーフボードは貸して やるよ」「ありがと綱海!」「いいっていいって」ふと時計を見てひっくり返る。もうすぐ七時ではないか。夕飯の開始時刻を 過ぎてしまっている。これは大目玉食らう事間違いなしだ。空はいつの間にかオレンジに藍色が混じり始めていた。夏は日が落ちるのが 遅い。時間の感覚を忘れそうになる。「そういや俺塔子を呼びに来たのに…ミイラ取りがミイラになっちまったわ」あっちゃー、と頭を掻く綱海。なんだか申し訳ない気分になってくる。彼も きっと怒られてしまうだろう。瞳子は夕飯を抜くような罰則はしないが、代わ りに鬼のように雑用をやらされる事間違いなしだ。「ごめんな綱海。あたしのせいで…」「いやいや、細けぇ事は気にすんなって。んなもん海の広さに比べたらちっぽ けなもんだ!」 また面白い事を言う。胸を張る綱海に、ついつい塔子はまた笑ってしまう。そうか。海の広さに比べれば−−何もかも小さな事、か。そう考えれば、自 分が悩んでいた事さえひどく矮小な事のように思えてくる。「んじゃさっさと戻るか。食いっぱぐれないうちに。……と、そうだ。なぁ塔 子」 駆け出しかけた綱海が立ち止まり、こちらを振り返った。そして。「鬼道って、どんなヤツだったんだ?」瞬間。時間が止まったような感覚。塔子はひきつりそうになる頬をどうにか 緩めて、笑顔を作る。「なーんで今それを訊くかな、綱海は」「そう、そのカオだ」「え?」「塔子の、そのカオが嫌なんだよな」 綱海は−−さっきまでの明るさを消して、苦い顔をこちらに向けた。「…泣きたいのに、無理して笑ってる顔。笑ってなくちゃダメだって思ってる 顔だ」とっさに、何も言い返せなくなった。そんな事ないよ、と言えなかった。あ まりにも的を射ていたから。「…本当はまだまだ辛いんだろ。大切だったヤツが死んじまったのが。…なら、 泣けばいいだろ。何でそんな顔して誤魔化すんだよ」何で綱海が、そんな顔を。そんな事を。いや分かってる。自分が彼にそこま で心配をかけさせてしまっている事くらいは。「…もう何日も前の事だ。いつまでもウジウジしてる訳にはいかねぇじゃん」「そうかもしれないけど。悲しみに時間なんて関係ねぇだろ。みんなの前じゃ 無理でも、信頼できる場所で泣いたらいいじゃん。それともなんだ」 ちょっとだけ言葉を切って−−綱海が言った。「お前が涙を見せてもいいヤツ。仲間の中には、いないのか」 その言葉が。塔子の胸を抉った。「……何言ってやがんだか」凍りついた世界を引き裂こうと、無理矢理に声を出した。震えて、情けない 声しか出なかった。「みんなの事は大好きだし、信頼してる。でも…そういうのはまたちょっと、 違うだろ?」 涙を見せていいと思った時。浮かんだのはやっぱり鬼道の顔で。「本気でヤバくなったらみんなの前でだって泣くさ。でも今はまだ我慢できる からその時じゃない」「……塔子」 まだ大丈夫。大丈夫。大丈夫。 自分は折れたりしない。護る為に、けして。「なら尚更…知りてぇな。お前にそんな顔させる…鬼道ってどんな奴だったの か」綱海が笑う。ズキリ、とまた胸が痛んだ。塔子は気付く。自分もきっと、同 じ顔をしていたんだと。「…いいぜ。聴かせてやるよ、あたしの嫁自慢!」「婿じゃなくて嫁かいな!」「細かい事は気にしない!!」 言い合いながら、浜辺を駆け出していく。陽は緩やかに、沈んでいこうとし ていた。 NEXT |
交響曲、一人きりではないメロディーを。