もしも君が願うなら。
 眩しい明日が来るように。
 何度だって僕が探しに行くよ。
美しいこの世界、君に必ず見せる為。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
5-25:インハルトと、戦士の絆。
 
 
 
 
 
 エイリアが人間だ、というのは既に知っていたことだ。だが風丸はそれ以上
のことは何も知らなかった。自分には鬼道のような洞察力も、塔子のような情
報網もない。ただガムシャラに戦うしか出来ていなかったのだと、今更ながら
思い知らされる。
 
「…わたし達は、お父様に育てられた孤児。エイリア学園は元はといえば“お
日様園”という名の孤児院だった」
 
 暗い通路に、アイシーの声だけが響く。
「でも…それを覚えているのはわたし達マスターランクの3チームだけ。あと
の子達は全員記憶をいじられて人格さえ歪まされて…自分達は宇宙人でお父
様はエイリア皇帝陛下だと思いこまされてしまっているの」
「デザームも、レーゼもか」
「……ええ」
 風丸は唇を噛み締める。レーゼのことを思い出した。彼は何度その記憶を身
勝手に書き換えられてきたのだろう。エイリア皇帝の為に、全てを捧げてきた
自分。それ以前の、孤児として人間として過ごしてきた自分。最後はそれら全
てを壊されて、消し飛ばされて。
 彼は少しずつ、かつての記憶を思い出しかけていた。けれどそれさえ、本当
の記憶かは怪しい。思い出した記憶を疑い、記憶に疑われ。自らの立ち位置さ
え分からない−−それはどれほどの恐怖だろうか。
 エイリア学園時代を思い出しても、それは本来の彼の姿ではない。上書きに
上書きを重ねられた世界で、果たして彼は人間としての自分を取り戻せるのだ
ろうか。そんな日は、来るのだろうか。
 
−−許せない…。
 
 レーゼの苦悩を知っている分、風丸の怒りは大きかった。全部全部、あの魔
女のせい。そして魔女にたぶらかれた“お父様”のせいではないか。大人達の
都合で弄ばれ、踊らされ、虐げられる子供達。惨いにも、ほどがある。
 子供は大人の道具でも玩具でもない。エイリアの子供達は何も悪くない。こ
れ以上彼らに罪を重ねさせるのも、彼らが傷つくのもたくさんだ。
 記憶を失い、虚ろな眼でさ迷っていたレーゼ。
 血の海に沈み、死を前にして尚誇りを失わなかったデザーム。
 虐待されたボロボロの身体で、それでも何かを守ろうとしていたガゼル。
 そして、壊れかけた心で、声にならない声で助けを求めていたグラン。
 
「これ以上、悲劇は繰り返させない」
 
 キッと前を睨み据える風丸。
 
「俺が終わらせてやる。全ての悲しいことを…悪い夢を」
 
 エイリアの子供達も、吉良星二郎も、瞳子監督も。あまりにも悲しい夢を見
続けている。十年前に死んでしまった子の幻と、終わった筈の惨劇と共に。
 彼らを救えるとしたら、自分達だけ。絶望を乗り越えてエイリアと向き合っ
てきた、雷門イレブンだけだ。
 
「…貴方なら、そう言ってくれると思いました」
 
 アイキューは小さく笑みを浮かべた。
「あの部屋です。念のためあまり物音は立てないで下さい」
「防犯カメラついてるみたいだけど…?」
「システムにクラックして、過去映像を流させました。一定時間だけなら大丈
夫です」
 あっさり言ってくれたが、それって実はとんでもないことじゃないのか。一
般的中学生にすぎない風丸はあっけにとられるしかない。
 彼に指示されるまま、部屋の中に入る。ベッドと机と小さな椅子。それは研
究所に似つかわしくない、普通の中高生の部屋と何ら変わらぬ空間だった。広
さも広すぎず狭すぎず。どこか安心感を覚える一室だ。
 
「よく見つけてくれたな、アイシーにアイキュー」
 
 中には、三人の人物がいた。今口を開いたのは黄色がかった銀髪に、碧眼の
少年。その隣にいるのは、燃えるようなダークレッドの髪に鋭い金眼の少年。
 そして、あと一人は。
 
「ガゼル…!?
 
 ガゼルだった。彼はあの時よりしっかりした眼差しを風丸に向けてきた。驚
いたのは、その身体にあった傷が大幅に減っていることである。まだ手や首に
は包帯が巻かれているが、イプシロン戦で現れた時とは比べるべくもない。
 あれだけの傷を一体どうやって治してきたのか。とてもこの短期間でどうに
かなる怪我ではなかった筈だ。これもエイリア学園の技術力、なんだろうか。
 
「まさかこんな形で君と再会することになるとは、ね」
 
 ガゼルは自嘲の笑みを浮かべる。
「まさか君が、次の犠牲者だとは。…さすが災禍の魔女。吐き気がするほどの
悪意だな」
「ガゼル、お前…」
 彼を心配していた雷門メンバーは多い。風丸も例外ではない。こうしてまだ
無事な姿を確認できたことは喜ぶべきだが−−いざ逢ってみると、なんと言え
ばいいか分からなかった。
 
「大丈夫……なのか?その…」
 
 結局出て来たのは、そんな在り来たりな言葉だけ。
 大丈夫な筈が、ないではないか。身も心もズタズタで、どうにかして生きて
いる状況に違いないのに−−。
 
「大丈夫じゃなくても、大丈夫だと思うしかないんだよ…私達は」
 
 ガゼルは皮肉げに唇の端を持ち上げて言った。
「紹介してやる。…あっちの銀髪がヒート。隣の赤いチューリップ頭がバーン」
「ちょっと待て誰がチューリップ頭だコラ」
「二人ともマスターランクチーム・プロミネンスのメンバー。これでもバーン
はキャプテンだ」
「完璧にスルーだなオイ…」
 売った喧嘩さえ綺麗に流されて、バーンがふてくされた顔になる。仲が良い、
のだろうかこれは。思いがけない愉快(?)な掛け合いに、つい小さく吹き出
してしまう風丸である。
 そのバーンもガゼルと同じように、腕や首筋から包帯が覗いていた。
「よろしく。バーンにヒート。…そういえばデザームが言ってたな。マスター
ランクチームは三つあると」
「ああ。でもって」
 ドカリ、とバーンが足を崩して座りなおす。
 
「今エイリアでまともに動けるのは、そのマスターランクだけだ。ジェミニは
記憶消されて大半が行方不明。イプシロンは脱走企てて処刑。元・サードラン
ク以下のメンバーでエイリアに残ってる奴はみんな、魔女様のモルモットにさ
れて廃人寸前だ」
 
 淡々と告げられる、現実。思っていた以上にエイリア学園は切迫しており、
極めて危険な状況にあると言わざるをえない。
 このままではマスターランクチームもいつ廃人にされるか、虐待死させられ
るか分かったものではない。ことは一刻も争う。手遅れになる前に、彼らを魔
女の手から救い出さねばなるまい。
 その為には、まず。
 
「念の為確認したい。…お前達の目的は、願いはなんだ?」
 
 風丸にとって、それが何より重要な事だった。彼らが魔女に反抗心を持って
いるのは分かる。だが、どこまで立ち向かう勇気があるか、覚悟を決めている
かはまた別の話だ。
 生半可な決意では、あのアリルネシアを倒す事は出来まい。
 
「…俺達は」
 
 口を開いたのは、ヒートだった。
 
「俺達は。…父さんさえ幸せならそれでいいと…ずっと思っていたんだ」
 
 父さん−−吉良星二郎の事だ。彼らにとって唯一無二の大切な義父であり、
瞳子監督の実父でもある。
「間違ってる事は、最初から分かってた。今まで一緒に遊んで飯食ってきた奴
らが次々…洗脳されて、生体実験で酷い目に遭って。でも…俺達にはデザーム
みたいに…治兄ぃみたいな、勇気は持てなくて」
「治…それがデザームの本当の名前か」
「ああ。あの人がずっと俺達のリーダーだったんだ。本当ならガイア配属予定
だったのに、二ノ宮に…アルルネシアに逆らってレーゼを助けようとして……
あの人も…」
 イプシロンの部下達に心底慕われ、愛されていた彼の事を思い出す。記憶を、
人格を書き換えられても−−その奥の正義感や優しさは消えなかったのだろ
う。そんなデザームも魔女の手にかかって、そして−−また。
 風丸は俯く。世界はどうしてこんなにも残酷なんだろう。彼に、彼らに一体
何の罪があったというのか。
 
「どんなに惨い実験でも犯罪でも…それがあの女の手管でも。従う事で父さん
が幸せになれるならそれでいいと思ってたさ…痛いのも苦しいのもみんなで
我慢しようって、言い合ってた。でも…」
 
 ギリ、とバーンが唇を噛み締める。
 
「もう…限界だ。これ以上は耐えられねぇ…これ以上誰かが死ぬのも悲しむの
めたくさんなんだよ!それにあの女は俺達を慰みものにして愉しんでるだけ
だ…父さんの事なんざ何一つ考えちゃいねぇ!」
 
 握りしめられたバーンの手を見つめる。彼の怪我はガゼルと同程度のものに
見えた。ひょっとしたら二人一緒に虐待されたのかもしれない。
 そしてよくよく見ればここにいる誰の身体にも、治りかけだったり治ったば
かりの古傷の跡が全身にあった。彼らが今までどれほどギリギリの環境で過ご
してきたかを窺わせるように。
 
「魔女を倒し、父さんを救う。今度こそ…みんなで幸せになれるように」
 
 ガゼルが皆の意志をまとめるように言った。
 
「それが私達の…ダイヤモンドダストとプロミネンスの総意だ」
 
 なんて強い子供達なのだろう。彼らのボスが−−“お父様”がまだ魔女の洗
脳下にある以上、それはエイリア学園そのものへの反逆を意味する。彼らの敬
愛される父は裏切られたと思うかもしれない。そして逆らった結果血祭りに挙
げられたイプシロンの悲劇を彼らは見ている筈なのだ。それなのに。
 
「…俺に出来る事があったら言ってくれ」
 
 風丸は思った。
 この子達を、死なせてはならない。彼らは生きるべき存在だ。この世界の為
にも、未来の為にも。悲しい終わりを迎えて尚終われなかったデザーム達の為
にも。
 
「協力は、惜しまない」
 
 そして何より−−風丸自身の為に。
 彼らを救いたい自分の為に。
 
「…ありがとう」
 
 ガゼルはそう言って、ささやかだけども笑みを浮かべた。なんだ、ちゃんと
笑えるんじゃないか。今まで暗い表情しか見てこなかったので、ほっとする。
「お前は雷門に帰って貰う。そして…お前が見たありのままを話せ」
「ありのまま…」
 記憶を掠めたのは、グレイシアの事。あの破滅の魔女の素顔を、ここにいる
皆は知っているのだろうか。
 
「グレイシアの正体とか…か?」
 
 疑問を口にした途端、バーン達の空気が凍った。
「お前っ…グレイシアの顔を見たのか!?
「教えて!何なのよあいつは!?
 身を乗り出して矢継ぎ早に言ってくるヒートとアイシー。その過剰な反応
に、驚いて動きが止まる風丸。
「…私達がアルルネシアに拷問を受けた時、奴もその場にいた。直接参加はし
なかったがな」
「なっ…!」
 ガゼルの言葉に、目を見開く風丸。
 
「ついでに言うと…ガイアの奴が…コーマが。グレイシアに斬られて結構な怪
我、してる」
 
 バーンが忌々しげに言う。風丸は言葉も出ない。グレイシアが、ガゼルとバ
ーンが傷つくのを見過ごした?コーマを斬った?
 じゃあ、やっぱり彼は−−否“彼女”は。
 
「洗脳されてるんだ…グレイシアも。あいつの正体は…」
 
 そこまで言いかけた時だった。
 
 ガシャン!
 
 建物の何処かから硝子の割れる音。そして、悲鳴。
 部屋の中にいたメンバーに、一気に緊張が走った。
 
 
 
NEXT
 

 

全てが煌く時まで。