好きだよ。
 大好きだよ。
 恋してるよ。
 愛してるんだよ。ダカラ。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
5-28:り手と、救い手と。
 
 
 
 
 
 焦燥はあっても、なんだかんだでグッスリ寝てしまう。そんな己を若干情け
なく思いながらも、円堂は決戦の朝を迎えていた。
 予告によれば、エイリア襲来は今日の十時ということになっている。本日の
練習はなし。朝食後は各自適度なウォームアップをし、九時半には大海原のグ
ラウンドに来ているようにと瞳子には言われていた。また試合の作戦は相手の
様子を見た上で彼女と一之瀬と春奈で協議する、とも。
 そう、自分達は相手がどんなチームかまったく知らない。なんせエイリアは
今回の襲撃予告にあたり、チーム名さえ明かして来なかったのだ。こんなこと
は初めてである。
 
−−もしかしたらまた…ヒロト達と戦うことになるのかもしれない。
 
 彼らの強大な力を思い出す。そして最後に見たヒロトの涙を。
 あの時はまったく歯が立たなかった。瞳子や大海原との特訓でかなりレベル
を上げてきたつもりだし、今回は音村・綱海という心強い味方がいる。それで
も、彼らに勝てる自信があるかといえば微妙なところだった。
 しかし。もしもう一度戦えるなら、今度こそ彼らを救う絶好のチャンスであ
る。もうこれ以上の機会は巡ってこないかもしれない。いずれにせよ全力でぶ
つかってやるだけだ。どんな勝負にも“絶対”はないのだから。
 
「しっかし…だからこそ問題なんだよなぁ…」
 
 はぁ、とため息を吐く円堂。時刻は午前九時。予定よりずっと早くグラウン
ドに来てしまった。しかも、ボールを抱えて。
 特訓を重ねた末、どうにか新しい必殺技である“正義の鉄拳”の型はできた。
が、どうにも違和感が拭えない。祖父が残した裏ノートにあった究極奥義−−
にも関わらず、思ったほどの威力が出ないのだ。マジン・ザ・ハンドに比べて
出は早いので、最低限の目標は達成しているが−−しかし。
 
「究極奥義は未完成…か。どういう意味なんだ?」
 
 祖父のノートにあった、気になる記述。究極奥義は、未完成。ひょっとした
らこの必殺技は、大介でさえ完成するには至らなかったのだろうか。
 あの偉大な祖父が完成出来なかった技を、果たして自分が完成させることが
出来るのか。現状で何が欠けているのかも分からないというのに。考えれば考
えるほど、不安は募る。
 
「予想通り、ですねぇ」
 
 苦笑する声。円堂が振り向けば、そこにた立向居の姿が。しかも同じくボー
ルを持っている。
「アップがてら特訓したいな〜ってところでしょ」
「おおう、バレバレだぁ」
「あはは。俺も人のこと言えませんけどね」
 ぱっ、と立向居がボールを離し、足首に乗せて転がす。そのままお手玉でも
するかのように膝で弾ませ、高く上げたところをヘディングし、最後は背中で
受け止める。
 危うげのない、綺麗なリフティングだった。ミッドフィルダー歴が長かった
こともあるだろう。ポジションの中でも中盤が最も正確なコントロールを要求
されると言っていい。パスもシュートもバランスよくこなす為には、オールラ
ウンドなバランスのいいステータスが求められる。トップ下などは特にそう
だ。
 まあ、トップ下に置く人間をディフェンスとロングシューター専任にするな
らまた話は変わってくるのだが。陽花戸は多分、基本に忠実なタイプだっただ
ろう。客観的に見てコントロールの上手さなら円堂より彼の方が上に違いな
い。
 まったく同じ人間はいない。雷門のメンバーにも一芸型とバランス型がいる
が、同じバランス型でも当然差異がある。例えば一之瀬は中央から展開して、
カウンターから反撃するサッカーを得意とし、春奈はじっくり様子を見て隙を
見つけ、その隙を連携プレーで叩くサッカーが得意だ。みんな違ってみんない
い、とはよく言ったものである。
 ゴールキーパーも同じ。確かにコントロールは立向居の方が上だが、パワー
では円堂が圧倒することも互いに自覚している。だからこそ互いの弱点を補い
あい、長所を吸収するサッカーが出来るのだ。
 日々新しい発見と成長がある。それもまたサッカーの醍醐味の一つではない
だろうか。
「せっかくだ。立向居、彗星シュート打ってくれよ。お前のシュート、威力は
ないけどコントロール抜群だからな。まだヒントが見つかるしれない」
「ヒント?“正義の鉄拳”…のですか?」
「ああ」
 既に何回も立向居には特訓に付き合って貰っている。基礎の型が作れたのも
彼のおかげと言っていいだろう。
 今まで雷門には、円堂以外にゴールキーパー経験者がいなかった。立向居が
加入してくれたことは、そういった意味でも幸運だったと言っていい。同じキ
ーパーなら見ている視点もフィールドプレイヤー達とは違うし、もっと実践的
な意見を聞くことができる。立向居のおかげで気付くことができた問題点も多
い。
 
「一応できたにはできたけど…まだ何か足りないんだよな。でもそれが見つか
らなくて。…とりあえず一発、頼むな!」
 
 円堂は立向居から離れ、ゴール前で身構える。わかりました、と立向居が良
い子の返事をし、ボールを高く打ち上げた。青いオーラが、まるで星屑のよう
にキラキラとボールを包み込んでいく。
 
「彗星シュート!」
 
 その名のごとく、蒼い尾を引いてシュートがこちらに向かってくる。パン、
と一つ手を叩き、円堂は必殺技の体勢に入った。左脚を高く持ち上げ、まるで
魔球を投げるピッチャーのごとく−−振りかぶる。
 そしてまっすぐ、シュートに向けて拳を突き出す。
 
「“正義の鉄拳”!!
 
 黄金の拳が具現化し、彗星を見事弾き飛ばしていた。ゴッドハンドのグーパ
ンチバージョンみたいなイメージだ。マジン・ザ・ハンドより出が早く、また
一点にパワーを集中させる分威力も大きなものとなっている。
 なっているのだが。
 
「…うーん……やっぱ何か…何かだなぁ」
 
 頭を抱えて呻く円堂。パワーを一点集中させているのだから、もっとパワフ
ルになりそうなものなのに−−何かが足りない、そんなイメージだ。
 立向居も首を捻って言う。
「俺もちょっと感じました。…ボールキープできないパンチング技なので、集
中砲火を食らうと怖いなーってのもあるんですけど」
「うん。それは俺も思った」
「それだけじゃなくて…技が洗練されてないというかブレがあるというか…
あーなんて言ったらいいのかなぁ」
 珍しく、彼も表現に困っているらしい。
「喩えるなら。…ライオンはライオンでも、まだ子供を見ているような印象な
んですよ。鋭い牙も爪もあるけど未熟な面が否めないっていう」
「ライオンの子供…」
 そうきたか。しかし、漸くしっくりとしたイメージが出てきた気もする。必
殺技の型は出来た。つまりライオンにはなれた。けれどまだ未完成。大人のラ
イオンでは、ない。
「まだまだ改善の余地があるってことか」
「改善というより成長の余地、ですかね」
「むーう」
 むつかしい。頭脳労働は今まで他人に丸投げしてきた円堂である。いい加減
サッカー絡みくらいはなんとかせにゃと思ってはいるが、染み付いた体制はな
かなか変えられないものだ。
 人の思考に関してよく用いられる喩えが“走り”である。考えてから走るヤ
ツ。走ってから考えるヤツ。考えながら走るヤツ、などなど。円堂はどう見た
って“走ってから考えるヤツ”だ。うだうだ考えて立ち止まらないのはいい事
と言われたりもするが、その無鉄砲さでピンチを招く時があるのも否めない。
 でもいざ考えてみたところで出す結論は同じだったりする−−周りに説得
力のあるストッパーがいない限りは。
「とりあえずぶっつけ本番で試してから考えるか!」
「だと思いました。さすがは円堂さんです」
「…それ誉めてるのか?」
「そりゃ勿論」
「……」
 何やら立向居の笑顔に釈然としないものを感じながらも、円堂は特訓を続け
る事にした。でもそうなるとやっぱり、ある程度のシュートが打てる人材がほ
しくなってくる。立向居のシュートは正確だが、やはりパワーには欠けるのだ。
 集合時間を考えると、今から誰かを呼びにいくのも微妙なところ。さてどう
するかと考えた時、丁度良いタイミングで現れた人物がいた。
 
「円堂に立向居?早いな」
 
 レーゼだった。目をまん丸くしてこちらを見ている。その彼が押しているの
は、車椅子。座っている人物を見て、立向居が顔を歪めた。
「ゼルさん…ですか」
「ああ。…ちょっと早めに来て、外の空気を吸わせてあげたくて」
 どこか寂しそうな顔で微笑うレーゼ。車椅子の上のゼルは、自分達を見ても
何の反応も示さない。ただそこに座っているだけ。ぽかりと開かれた瞳は、此
処ではない場所を見つめたまま静止している。人形。ナチュラルにその単語が
浮かび、直後円堂は酷い自己嫌悪に陥った。
 彼は生きている。手を握れば温かい。重傷で、包帯だらけの身体だが−−心
臓は動いているし息もしている。ただ、その魂を遠い場所に置き去りにしてき
てしまっただけで。
「一体…どんな地獄を見たんだろうな。大阪じゃあんなに生き生きとサッカー
してたのに」
「話は聞いてます、円堂さん。大変な試合だったそうで」
 そういえば立向居は大阪の時はまだいなかったのだっけ、と思い出す。あま
りにも彼が雷門に馴染んでいるので忘れそうになる。自分は彼に何も話してい
ないが、どうやら誰かしらが彼に今までの詳細を話してくれていたようだ。ま
あテレビ中継もあったし、最初からそれなりの知識はあったのだろうが。
 
「…目の前で、今までずっと一緒だった仲間が次々と死んだんだ。無理もない」
 
 眼を伏せてレーゼは言う。
 
「…でも、この人の強さは私が一番よく知っている。必ずもう一度立ち上がっ
て…魔女に立ち向かってくれると、私はそう信じている」
 
 きぃ、と車椅子が鳴った。まるでレーゼの言葉に答えるように。
 円堂は彼の事を詳しくは知らない。知っているのは彼と彼のチームのサッカ
ーだけ。けれど、円堂にとってはそれが最も大切な事だった。試合をすれば分
かるその人が何を想い、何に情熱を傾けて戦うのか。そうして分かり合えたな
ら自分達はもう、友達だ。
 あの試合で。雷門とイプシロンで分かり合えた事が確かにある。少なくとも
円堂はそう信じている。
 
「焦っちゃダメ、だな。少しずつ…思い出していけばいいさ」
 
 近道などない。自分達にできるのは彼に雷門のサッカーを見て貰うこと。サ
ッカーで想いを伝える事だけだ。
 願えば叶う世界でなくとも。届く想いも、きっとある筈だから。
「よし!とゆーわけでレーゼ、俺達の特訓付き合って☆」
「今の会話の流れから何故そうなる…」
「だって丁度人手が足りなくてさあ!ゼルには俺達の練習から見て貰った方
がいいし〜」
「まったく都合がいいヤツめ」
 レーゼは失笑してボールを受け取ってくれた。満更でもない様子である。
 どんな闇を目にする事になったとしても、絶望の中だとしても、這い上がる
道はきっとある。自分達は皆、それを誰よりも実感していた。生きていられる。
それはそれだけで価値ある事であるのだと。
 
 
 
NEXT
 

 

狂おしいほど、身を焦がす。