誰かの助けがあれば問題ない。 可愛いお姫様は護られたって問題ない? でも気付いてるかいレディ。 お前のせいで騎士が死んだら泣くのは君だぜ。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 5-29:そして、再会。
エイリア襲来と、予告された時間まであと僅か。レーゼは考えこんでいた。 音村が言った言葉の意味を。
『僕は未来が見えても、全ての悲劇は変えられない』
擦れ違い様、音村はそう囁いてきた。
『覚悟だけはしておいて。…目の前にどんな絶望が広がったとしても』
いつも静かな笑みを浮かべている音村が−−なんだか少し、悲しそうに見え た。 彼が悲劇的な未来を見たのは間違いない。しかしそれがどんな未来かまでは 分からなかった。語らなかったという事はつまり、彼の裁量で“語れなかった” 事も意味する。語ればより悲惨な未来を招くと想定したのかもしれない。こん な時、見える力に特化していない己を恨めしく思う。 自分はまだ祝祭の魔女として未完成。さらに、魔女の力を極力封じなければ ならない現状がある。覚醒しきれば見えるようになるのかもしれないが、どち らにせよ無い物強請りをしても仕方ない。
−−これ以上の悲劇…アルルネシアの手で雷門が皆殺しになる…とか?
そんなこと、考えたくもない。レーゼは身震いして、悪寒を振り払った。キ ッ、とフィールドの反対側を見遣る。相手チームが現れるであろう、その場所 を。
−−そういえば…デザーム様は時間にものすごくキッチリした人だったな。
もうすぐ、五分前。
−−必ず五分前に来て、約束に遅れた事なんか…無かった。
ざあ、と風が吹く。 ベンチの脇で車椅子に座り、ぼんやりと俯いていたゼルが−−ゆっくり顔を 上げた。その眼はまだ濁っていたし、心が戻ってきたわけでも無かっただろう が−−でも。 それでも何かを、感じたのだろうか。
ぐわん。
空間が歪む、音。フィールドの真ん中に黒いシミが現れた。最初は小さな点 だったのが徐々に広がり、人の形を成す。 現れたのは、黒いコートを纏いフードを被った、小柄な人物。
「…誰だ」
円堂が代表して口を開く。誰の眼にも見覚えがない姿。その人物が男か女か も分からない−−少なくともこの距離では。
「………」
黒コートの−−体型からして子供だろう−−人物は。無言のまま右手を上 げ、パチンと指を鳴らした。その瞬間。 ぼわん、と形容しがたい音が連鎖して。彼らが−−姿を現した。
「−−−ッ!!」
誰もが息を呑む。音村だけだ−−全てが分かっていたと言わんばかりの悲し げな眼差しで(実際彼には分かっていたのだろう、だから自分にあんな忠告を したのだ)、彼らを見つめていた。 殊にレーゼは絶句し、言葉も出ない。
「そん、な…」
どうして、とは誰も言わない。理由も原因も分かりきっている。
「デザーム、お前ら…」
塔子の呆然とした声に反応し、ゆるゆると瞼を開くデザーム、そしてイプシ ロンのメンバー。開かれたその眼は、血のように紅かった。黒コートの子供の 左右に並んだメンバーは十人。ゼル以外の、生存が絶望視されていたイプシロ ンメンバーが−−そこに、いた。
「五分前行動なんて、律儀よねぇ。うっかり出遅れちゃったじゃない」
吐き気のする、艶を含んだ声が鳴る。その声が響いただけで、世界は重力を 増し、空気に悪意の毒が混じる。 デザームのすぐ隣に黒い靄が弾け、女は姿を現した。災禍の魔女アルルネシ ア――醜悪な美貌の魔女は、ニタリと笑みを浮かべてデザームの首に腕を絡め る。 デザームは何の反応も示さない。
「アルルネシア、貴様…イプシロンに何をした!」
聖也が吼えると、アルルネシアはきょとんとした顔になる。 「あらやだ、何言ってるのよ、とっくに分かってるくせにィ。イプシロンは粛 正されたの。だってせっかくあたしが可愛がってあげようって言うのに、研究 所から逃げ出すんだもの」 「みんな殺したっていうのか…!」 「まぁねぇ。でもあたしも悪いと思ってるのよ?だから生き返らせてあげたっ てワケ。これでこの子達はこれからずぅっとあたしの僕。魔法が続く限り、い つまでも生きている事ができる…どーぉ、素敵でしょ?」 「ふざけた事抜かしてんじゃねぇぞ…!」 イプシロンが−−魔女の手に。 いや、予想の範疇だった筈だ。イプシロンが処刑された可能性が高いと分か った時点で。デザームを気に入っていた魔女が、そうやすやすと彼を手放す筈 はない。殺されてしまっただけで悲劇だというのに−−悲劇がただの悲劇で終 わる筈もない。 佐久間と源田、風丸と同じ。同じ事がまた、繰り返されてしまった。いや違 う。意図的に繰り返されたのだ。悪意を好む悪戯な手によって。
「…リバースを助けたそうね。だったら知ってる筈よね?あたしがこの子達を 使って、どんな実験をしようとしているか」
実験。ああ、そうだ。そうだったのだ。思い出したレーゼの顔から血の気が 引いていく。エイリア学園サードランクチーム“タルタロス”がキャプテン、 リバース。不動明王のもう一つの、名。エイリアを追われた彼が魔女から奪っ てきたマイクロチップには、凄惨な実験の詳細が記されていた。それをこの、 沖縄の戦いで行おうとしている事も。
「あたしが主人。一人は“親”。残りは“子”。主人であるあたしが指示を出 し、“親”が生きている限り“子”の脳に埋め込んだチップは働き続ける…」
すっ、と。アルルネシアの手が、デザームの胸元に触れた。心臓の、真上に。
「“親”はこの子。この子の心臓に埋め込んだ装置を破壊しなければ…あるい はこの子が死ななければ。“親”も“子”もずぅっとあたしの奴隷」
さぁどうする?と愉しげに魔女は嗤う。本気で虫酸が走る。レーゼは二本の キーブレードを出現させ、身構えた。
「汚い手でデザーム様に触るな。その人は貴様なんぞが触れていい人じゃない …!」
本当は今すぐ魔女に斬りかかりたい。生きたまま腸を引きずり出して、首を ねじ曲げて殺してやりたい。 しかしそんな光景を皆に見せる訳にはいかないし(何よりこの試合にも中継 は入っているのだ)、アルルネシアには聞き出さなければならない。どうすれ ば装置を外せるのか、彼らの洗脳を解く方法が別にないかを。 デザームを殺さなければ、皆は操り人形のまま?そんなの、冗談じゃない。
「そんな風に怒っても可愛いだけよ?食べちゃいたいくらい…うふふ。どっか のお馬鹿さんと違って賢いアナタに、特別サービスをしてあげる」
どっかの馬鹿呼ばわりされた聖也が明らかにムッとする顔をしたが、アルル ネシアは綺麗にスルーした。デザームから離れ、一歩前に進み出る。
「古の掟に従い、“災禍の魔女”アルルネシアの名の下、審判の領域を召喚す る…」
アルルネシアはスペルを詠唱し、右手を高く掲げた。その手に現れる、金色 のハンマー。青かった空が曇り、ゴロゴロと雷雲が天を鳴らし始める。 空間の密度が増していく。重苦しい空気−−場に満ちる威圧感。レーゼは舌 打ちをした。魔女として、この力を知っている。自分にも出来る事だから、分 かる。アルルネシアが何をしようとしているのかを。
「“魔女の夜会(サバト)”発動」
ピシャァン!と。雷がアルルネシアのハンマーに落ちた。しかし魔女は涼し い顔で電撃を浴びている。痛覚が無いのか、彼女だけは感電しない何かがある のか。 アルルネシアを中心に、闇色の光がフィールドに広がり、そして消えた。こ の場に結界が張られたのだ。これでもう自分達はフィールドから出られない− −勝負を終わらせない限り。 “魔女の夜会”。それは魔女達の命懸けにしてスリリングな遊びだ。ルール の上では対等な条件。負けた者は最初に起動者によって定められた事を実行す るか、罰ゲームを受けさせられる事になる。時にはドギツイ条件を設定しすぎ て、夜会のせいで命を落とす者もいるそうだ。
「これでもうあたし達は誰も逃げられない。あなた達が試合で勝ったら、イプ シロンの洗脳は一時的に解いてあげる…でも」
女は顔を愉悦にゆがめ、気が触れたような声で高笑った。
「でもあたしが勝ったら…貴方達には罰ゲームを受けてもらう。フフッ…ど ぉ?悪い条件じゃないでしょ?」
馬鹿にしやがって。レーゼは射殺さんばかりに魔女を睨みつけた。つまり− −それもこれもみんな、アルルネシアにとっては余興に過ぎないという事。見 ていて面白ければ、何も問題はない。イプシロンが勝とうと負けようと、彼ら が命を落とそうとも。 魔女の夜会は闇のゲーム。勝てればいいがもし負ける事になったら−−雷門 の全員が命の危険に晒される事になる。せれだけは避けなければならない。
「…貴女も魔女ならば、“赤き真実”は使える筈だね」
音村が静かな声で言った。赤き真実。それは魔女と魔術師のみが使える高位 魔法の一つだ。魔女は魔術師はある事実についての真実を制限つきで知る事が でき、それを赤文字で宣言する事ができるのだ。赤で宣言された事は必ず真実。 同時に、耳にした人間を無条件で信じさせる事が可能だ。 ただし赤文字使用回数には制限がある。使用者はその制限回数を他者に悟ら れてはならない。また、赤き文字は自らの潔白証明に使う事は出来ない。 他にも細かな制約はあるが−−とりあえずざっくり説明すればこんな感じ だ。 「アルルネシア、貴女に赤き真実で復唱要求。“この試合に雷門が勝った場合、 イプシロンの洗脳を解く”!」 「さすが旋律の魔術師・音村楽也。赤き真実についても理解してるようね。い いわ宣言してあげる」 アルルネシアはニヤニヤしながら言葉を紡いだ。
「【この試合に雷門が勝ったら、イプシロンの洗脳はちゃぁんと解ける。魔女 の夜会のルールとして、織り込み済みよ】」
赤い文字が浮かび上がり、魔女の周りをくるくると回って消えた。赤き真実、 有効。これで試合後に約束が反故される事は無くなった。彼女が制定した今回 の“魔女の夜会”の規約として、それは既に決められた事。赤で宣言された真 実は、いかにアルルネシアとて取り消す事は出来ないのだ。 「満足?じゃああたしも念の為貴方に復唱要求するわ。“この試合にイプシロ ンが勝ったら、雷門は大人しく罰ゲームを受ける”とね」 「…分かった」 音村は−−笑った。負けはしない。そう宣言するかのように。
「旋律の魔術師、音村楽也の名において誓う。【雷門がイプシロンに負けた時、 しかるべき罰を受ける】」
さっきのアルルネシアと同じ。音村の周りにも赤い文字が浮かび上がり、煙 のように消えた。音村は本当に、赤き真実を使いこなしている。レーゼはただ ただ敬服した。 しかしこれで自分達はもう逃げれない。音村は負けた時罰を受ける事を、赤 き真実で宣言したのだから。
「そうそう、最後に一つ。この子を紹介するわ」
魔女は黒いコートの人物を指し示した。
「破滅の魔女・グレイシア。あたしの一番可愛い家具よ」
フードのせいで、その人物の顔は見えない。見えたのは、細い顎と口元だけ だ。 グレイシアは嗤っていた。まるでこの状況が、楽しくて仕方ないとでも言う ように。
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身勝手姫に天罰を。