滲む流血の中で騒ぐ。
 狂おしく咲き乱れる夢は花と散る。
 一つ願いと、苦痛と悪寒。
 囚われてまた、ヒトリ。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
5-32:説の騎士と、異世界の侵略者。
 
 
 
 
 
 彼らが完全に彼らでなくなっていたら。その方がまだ、幸せだったのだろう
か。照美はちらりとベンチの方を見る。ベンチの横に立つレーゼの顔色は真っ
青だった。想定されていようと悲劇は悲劇。またデザーム達の記憶が改竄され
てしまっている現実。知った彼の衝撃は計り知れまい。
 
−−このペースで走り回ったら、どこまで保つか怪しい。
 
 照美は自らの体力を自覚していた。瞳子にも言われている。吹雪のような環
境から来るスタミナ不足はある程度克服可能だが、照美の場合はそうもいかな
い。何故なら照美の体力が保たないのは、神のアクアによる後遺症が原因だか
らだ。
 本当ならサッカー自体やめた方がいいと言われている。この身体は保ってあ
と二年。サッカーによる激しい運動は、その短い寿命をさらに縮めかねないと
−−そう宣告されていた。
 それでも照美がフィールドに戻ってきたのは、意味を見つける為。あの日ど
うして自分一人が生き残ったのか。それがさだめならば何か果たすべき使命が
ある筈だ、と。
 そして。悪い夢を終わらせてくれた雷門に、恩返しをする為でもある。神よ
りも凄いのが人の力。人の願う力は時に神さえ超えた奇跡を引き起こすと、彼
らは証明してみせた。自分も彼らのように、奇跡を起こし救いたい。もう二度
と自分と同じ過ちを繰り返す人間がいないように、と。
 とにかく。確かなのはよほど効率よく動かない限り、照美はどこかで充電切
れを起こすという事だった。だが、自分の代わりを務める事になるであろうレ
ーゼはあの様子。どこまで落ち着いてプレーできるかは怪しい。
 
−−出来る限り。私がなんとかしなくちゃ。
 
 ツナミブーストを止められてしまったのも驚いたが。止められたボールをあ
んなにガッチリキャッチされてしまうとは思いもしなかった。精々パンチング
で弾き飛ばされるのが関の山と考えていたのに−−。
 シュートブロックしたケンビルだけではない。デザームのキャッチ力もまた
上がっている。となれば必然的に必殺技の威力も向上していることだろう。
 パンチングで弾かれる事を想定して、こぼれ球を拾うべく自分、吹雪、音村
でゴール前まで上がってきたが。キャッチされてしまったとなると話は別だ。
 
−−デザームが普通のキーパーだったら問題なかったんだけど。
 
「作戦コード、G2」
 
 ニヤリ、とデザームが笑った。
「マキュア、メトロン、グレイシア!行け、作戦時間は4,5秒!」
Yes, My lord!」
 
−−あいつはハンドボール選手並の…強肩だ。
 
 デザームが投げたボールは、照美の頭上を遥かに超えてセンターラインの方
へ飛んでいく。キックであれくらいを飛ばせる選手はザラにいるが、投げてこ
こまでの飛距離を出せる奴はそうそういない。キックが命のサッカー選手なら
尚更だ。
 ボールはマキュアのところまですっ飛んでいく。ギリギリのところで聖也が
マークに走っていた。二人は競り合って、ボールの取り合いになる。
「そこの可愛いお嬢ちゃん、ボールを譲ってくれんかねぇ?」
「ぜーったい嫌。しつこい男ってマキュア嫌い!」
「うわショック、嫌われちまったぜ!」
 体格でもパワーでも聖也が上回る筈だが、テクニックではマキュアに軍配が
上がるだろう。最終的にボールは二人の足に当たり、明後日方向に飛んでいく。
こぼれたそれを雷門側が確保出来れば良かったのが、そこに走りこんでいたの
はスオームだった。
 
「壁山君!木暮君!宮坂君!」
 
 走りながら春奈が指示を出す。ここまで攻め込まれているとなれば、ボール
奪取とシュートブロックの両方を意識しなければならない。どちらにどれだけ
の人員を割き、どの場所に割り振るか。司令塔にはそういった判断も求められ
るのだ。
「メテオシャワー!」
「どわっ!」
 スオームのメテオシャワーが、綱海に襲いかかる。次々降り注ぐ炎に包まれ
た隕石。わたわたしながらも直撃を避ける綱海はさすがだが、そうなるとボー
ルを奪う余裕など皆無なわけで。
 最後は自爆してすっころんだ綱海の横を悠々と抜けて、スオームは走り去っ
ていった。
 
−−イプシロンの作戦コードなんて分かる筈もないけど。
 
 照美は考える。考えることをやめてはならない。相手の策を可能な限り読み
切らなければ。それを指揮官任せにしていては彼らの負担が増すだけだし、何
より自分達が成長出来ない。
 デザームが指示を出した時、名前を呼んだのは三人。メトロン、マキュア、
グレイシアだ。グレイシアの能力は依然未知数だがあとの二人のことは多少把
握している。メトロンとマキュアは前の試合、ゼルと共にガイアブレイクを放
った攻撃の要だ。
 
−−ガイアブレイクが来るのか…?
 
 しかし、ゼルがいない以上前と同じメンバーとはいかない。ならばグレイシ
アが代役になるしかないのだが−−あの技は生半可な技術で出来る技じゃな
い。グレイシアに代わりが務まるのだろうか?
 だがいずれにせよ、彼らをマークするに越した事はないのだ。皆もそれは理
解している筈である。
 スオームがメトロンにパスを出した。位置が高い。パスミスかと思われた−
−しかし。
 
「なっ…!」
 
 マークについた春奈を振り切り、メトロンは高くジャンプ。なんとヘディン
グ以上の高さにあったボールを足で受けてしまったのだ。その並大抵でない跳
躍力に誰もが愕然とする。そしてその驚きが、隙になってしまった。
 塔子を振り切り、マキュアが最前線に躍り出る。そしてメトロンのパスを受
ける。ゴール前に人が密集し混戦状態の今、オフサイドトラップは使えない。
柄にもなく照美も舌打ちしたくなる。
 中央にマキュア。サイドにメトロンとグレイシア。マズい。どう見てもガイ
アブレイクの体制だ。
「見せてあげる…これが生まれ変わった我々、イプシロン改の力!」
「エイリアに仇なす不届き者…我々が叩き潰してくれる!!
 洗脳された者達の台詞だった。グレイシアだけがただ無言。彼ないし彼女は、
一体何を考えているのか。意志を持ったまま操り人形となった彼らを、心の中
で嘲笑っているのかもしれない。
 マキュア、メトロン、グレイシアが大地に向けてパワーを集約する。大地が
怒るように唸りを上げ、フィールドがひび割れて斥力で浮かび上がった。明ら
かに前の時より規模が大きい。
 まるで星のような形で宙に浮いた岩の固まりを、三人が強烈なキックで打ち
出した。
 
「ガイアブレイク・改!!
 
 一直線にゴールに向かうシュート。まずは壁山がシュートブロックの体制に
入った。
 
「ザ・ウォール!!
 
 巨大な岩壁が競り上がり、シュートコースを塞ぐ。ガイアブレイクは元々S
ランク技である上、メトロン達の必殺技も進化している。いくら力量を上げて
きたとはいえ壁山一人で止めきれるものではない。本人もそれは分かっている
だろう。
 しかし、それでも構わない。雷門のスタイルは全員サッカー、イプシロンに
も負けない連携力が武器だ。壁山がブロックするのはシュートの威力を下げる
だけではなく、時間を稼ぐ意味もある。時間−−そう、春奈と宮坂が戻るまで
の。
「宮坂君!」
OK!」
 春奈と宮坂の息はぴったりだ。春奈が差し出した手を踏み台にして、宮坂が
思い切りジャンプする。脚力が武器なだけあってその高さはメトロンにも劣ら
ない。飛び上がった宮坂は向かってきたシュートに向けて大きく蹴りを繰り出
した。
 
「シューティングスター・改ッ!」
 
 蹴りの威力とそこから発生する衝撃波により、壁山のおかげでパワーダウン
していたシュートが大きく揺らいだ。事前計算した通りなら(シュートブロッ
クを練習する際、今まで受けた事のあるシュートのパワーレベルからそれぞれ
計算し、成功率を割り出すという事をしたのである。ガイアブレイクも結果は
出してあった)ザ・ウォールかもしくはザ・タワーとシューティングスターで
完全に止めきれる確率は九割を超えていた。しかし。
 
−−まさか!
 
 驚愕する照美。宮坂が呻き、体制を崩しながらもどうにか地面に着地してい
た。ガイアブレイクの軌道は大きく逸れ、ゴールポストに当たった。木暮が慌
てて零れ玉を広い、一端円堂に渡す。
 シュートブロックはほぼ成功。そう、結果としては成功なのだが。実際はシ
ュートを止めきれず、どうにか軌道だけ逸らした形になってしまったのだ。計
算が甘かったのか。否−−イプシロンが想像以上に強くなっていたのである。
 
−−アルルネシアはただイプシロンを蘇らせただけじゃない…可能な限り、強
化したんだ。
 
 それが努力を対価にして得た“正当な”進化だったら−−どれだけ良かった
事だろう。だが、“そんな筈はない”事は痛いほど知ってしまっている。彼ら
は確かに死者だったのだ。それをねじ曲げ強化蘇生するという、神をも畏れぬ
魔女がいた。それも、自分の喜悦と快楽の為ならば他者の存在をいくらでも踏
みにじられる最悪な魔女が。
 きっと無理な改造をたくさん、している。少なくとも不動が齎した情報通り
ならば、彼らは記憶以外の面でも脳をいじくり回され、生きたままマイクロチ
ップを埋め込まれているのだ。副作用がない筈もない。このまま戦い続けたら
どんな悪影響が出る事か。考えるだけで恐ろしい。
 
「よく止めた」
 
 メトロンがその秀麗な顔に、嘲りと見下しの笑みを浮かべて言う。
「そう簡単に決まっちゃ面白く無かったしな。お前達にはたっぷり後悔して貰
わなくちゃならない」
「メトロン…君は…」
 その可能性に思い至り、照美は口を開いた。
 
「ひょっとして…覚えてないの?大阪の試合も、私達の事も」
 
 あの時分かり合えたこと、全部。
 彼らは忘れてしまっているのだろうか。
 
「……覚えてるさ。忘れる訳がないだろう」
 
 その途端、メトロンは笑みを消し−−ギロリとこちらを睨みつけてきた。気
圧される照美。その瞳にあったのは極めて純度の高い、憎しみだった。
 
「お前達が卑怯な手を使ったせいで…デザーム様は危うく命を落としかけ
た!あの時は決着がつかなかったが…俺達は言ったな。この借りは必ず返す
と!」
 
 ああ。やはり、そういう事なのか。
 アルルネシアはそういった形に、彼らの記憶を改竄したのだ。あの時雷門が
勝った筈の試合はドローに。アルルネシアの実験の後遺症で喀血して倒れた筈
のデザームは、雷門のせいでという事に。
 漸く話が繋がった。エイリアに楯突く不届き者、そう蔑みながらもそれ以上
の感情が彼らに見え隠れした訳。それは、キャプテンを不合理に傷つけられた
憎しみと怒りがあったせいなのだ。
 
「お前達の悪夢はこれからだ…覚悟するがいい!」
 
 照美はもう、何も言う事が出来なかった。ただただ悲しくて仕方なかった。
 自らが醒めない悪夢の中にいると、気付いている者と気付かない者。彼らイ
プシロンが前者で自分達雷門を後者とするならば。
 果たして本当に不幸なのは、一体どちらであるのだろう?
 
 
 
NEXT
 

 

ただ貴方を待っていたの。