このカラダは全て、作り物でしかないけど。 この心だけは、君に捧げていよう。 もう一度巡り合う奇跡が起きるというのなら。 この世界に向かい、両手を広げて待ち続けましょう。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 5-33:耄碌した、羽虫達。
散歩を終えて病室へ。この瞬間が、佐久間はいつも憂鬱だった。また今日も ずっと寝ていなければならない。非常に億劫で、退屈な事だ。 “魔法”のおかげで回復は驚異的なスピードで進んでいる。もう車椅子では なく松葉杖で動けるようになったし、遅くともあと半月で、退院していいと言 われていた。生死の境をさ迷うほどの怪我をしたとは思えぬ快気ぶりだろう。 それでもあと半月ほどはろくに動けないのだ。それが嫌で嫌でたまらなかっ た。元々佐久間は気性が荒く、じっとしているのが苦手な性分だ。インドアな 生活なんてつまらない。やっぱり外に出てサッカーしたり買い物したりした い。学校も−−溜まりに溜まった課題さえなければ早く行きたいと思う。 病室の引き戸を空け(源田と二人部屋だから遠慮する必要はない)中へ入り −−佐久間は目を見開いた。
「起きてたのか、源田」
源田がベッドの上で上半身を起こし、パソコンを見ている。彼もこちらに気 付き、おう、と片手を上げてきた。 「今起きたばっかりだけどな。どうしてもテレビ見たくてさ」 「ってか大丈夫なのかよお前。まだ辛いんじゃないのか」 少し前、高熱で倒れた源田。真帝国で負った怪我のせいとは思えない、謎の 症状だった。それ以降、怪我よりも熱と腹痛頭痛に苦しんで、起きるのも辛そ うな様子だったが−−。
「それが不思議なんだけどな」
源田は首を傾げる。なんだか昨日よりずっと顔色が良く見える。気のせいだ ろうか?
「今日起きたら熱も完璧下がってて、全然ダルくないし超元気っていう。何だ ったんだろうなアレ」
それはこっちの台詞だと言いたい。元気になって機嫌もよくてニコニコ顔、 な源田に思わず脱力する。人がどれだけ心配したと思ってるんだか。文句の一 つも言ってやろうと口を開いたところで、ずずっと源田がパソコンを突き出し てきた。 「そんな事よりこれ見ろよ!雷門の試合!」 「あ?」 パソコン画面には動画が大写しになっている。もうちょっと表示サイズを小 さくした方が綺麗に見えるんじゃないかな−−とそういう事ではなく。
「そうだ、やばっ…今日沖縄戦の日だって事すっかり忘れてたぜ!」
沖縄で、雷門とエイリアの試合がある。しかも今回は相手チームの名前さえ 明らかにされていなかった筈。今度はどんなチームが相手なのだろう。あのジ ェネシス、とかいう連中だろうか。
「え…こいつらって…」
画面を確認した佐久間は困惑の声を上げた。相手のチームは、佐久間も中継 で見た覚えのある奴らだ。チーム・イプシロン。確かジェネシスより格下で− −粛正されて、副将のゼル以外の生存が絶望視されていたのでは無かったか? そんな奴らが、何故今になってまた雷門と戦うのか。生きていたのも不思議 だが、何か様子がおかしくはないか?
「紅い眼…」
そうだ。全員の瞳が血のように真っ赤な色に染まっている。気違いじみた狂 気の、色。それになんだか−−前見た試合とは何かが違う。大阪の試合ではこ んなに背筋が寒くなる事は無かった。
「…こいつら、二ノ宮に…アルルネシアに操られるんだ」
源田が眉を寄せる。 「笑い方。…壊すのが、傷つけるのが愉快で仕方ないってこのカオ…あいつに そっくりじゃないか」 「な…」 言われてみれば、確かに。胸に溜まっていた悪寒の理由を悟り、佐久間は愕 然とする。
「まさか…こいつらも俺達と同じ…?」
影山について調査を進め、辿り着いた愛媛の埠頭。そこで不動と洗脳された 真帝国メンバーに見つかった自分達は彼らに追われ、不運な事故にあった。崩 れた鉄骨や角材の下敷きになり、命を落としてしまったのである。 そこに、まるで図ったように災禍の魔女が現れて−−ああ、佐久間は源田よ り先に事切れたから直線その光景を見てはいないのだが−−瀕死の源田は魔 女に願ってしまったのだそうだ。佐久間を助けて欲しい、と。そこで自分の命 より佐久間を助ける事を優先させてしまうのだから、お人好しだとしか言いよ うがない。 アルルネシアは源田と佐久間、二人ともを生き返らせてはくれたものの。対 価として自分達は魔女の人形と化し、記憶と意志の一部を書き換えられてしま い。内なる憎しみに誘われるまま、雷門と戦ってしまったのである。その結果 が前より悲惨な怪我で病院に逆戻りなのだから、もはや笑うしかない。
−−イプシロンは副将以外全員死んだ可能性が高い…アルティミシアはそう 言ってた。
彼らが一度殺されて、生き返った存在なら。あの異様な気配も、壊れたよう な人格にも頷ける。 なんて惨い事を。理不尽に彼らの人生を奪っただけでなく、魂までも辱めよ うというのか。
『上がれーっみんな!』
画面の中で試合は続く。ゴール前から、円堂が思い切りボールを蹴った。ス コアはまだ0対0だが、明らかに雷門の方が追い込まれている。
『貰った!』
円堂がキックしたボールは、クリプトにカットされてしまった。すると彼女 を見た黒いフードの人物(ポジションからしてFWだろう)がすっと手を動か す。クリプトはそれを見て頷き、スオームにパス。さらに黒コートの指示でマ キュアにパスを出した。雷門はついていけず、翻弄される。それは単にパス回 しが早いからだけではない。彼らがマークを外し、スペースを見つけ走り込む のが格段に上手いせいだ。 そしてそれを手で合図しているのは全て、あの黒いコートの子供である。
「あいつ誰だ?大阪の時はいなかったよな?」
佐久間は訝しげに画面を注視する。荒れた画像と分厚いコートのせいで、そ の人物の性別さえ分からない。体格からしてまだ子供だろうとは予想できる が、顔を隠すフードが邪魔だ。 誰なのだろう、一体。少なくともイプシロンのメンバーじゃなさそうだ。彼 らのユニフォームではないし、何よりイプシロンのメンバーに控えはいない。 ゼルがいない今、残りは十人しかいなかった筈。アルルネシアが連れてきた補 充要員だろうか。 「破滅の魔女、グレイシア」 「…何それ」 「試合が始まった時、アルルネシアがそう紹介してたんだ。…なぁ佐久間」 源田は固い表情で、液晶の中のグレイシアを指差した。
「今のプレーを見てて…気付いちまった。こいつのサッカー、あいつにそっく りなんだ」
あいつ?あいつって−−。 反射的に問い返そうとした佐久間は、次の瞬間ぎょっとした顔でグレイシア を見、源田を見ていた。顔から血の気が引いていく。源田が何を言わんとして いるか、分かったせいだ。
「んな、馬鹿な…」
そんな筈ない。そう言いかけた唇が、しかし音を紡ぐ事はなかった。
あいつ、何者なんだ。 そういう問いかけをすれば、アルルネシアはニヤニヤしながらこう答える事 だろう−−破滅の魔女グレイシアってさっき紹介したてあげたでしょ、と。し かし円堂が疑問に思っているのは、そういうことではないのだ。 超次元サッカーではどうしても、派手な必殺技の応酬ばかりが目立つ。実際 それが魅力でもあるし、ゴールを決める際最終的に重要になってくるのは、キ ーパーとキッカーの必殺技、どちらのパワーが勝るかだろう。 しかし、そこまで持ち込むには当然、基礎が出来ていなければならない。フ ィールドという名の美しい盤面を、いかに美しく効率的に使うか。どこかに人 員が偏れば必ずその分どこかに隙が出来る。指揮官はいかに相手チームのその 隙を見抜き、かつ自チームの隙を少なくする(あるいは分かり辛くする)かを 考えなければならないのだ。 そういった意味でも、デザームの力量が優れている事は知っている。しかし 以前のイプシロンは、良くも悪くも彼を中心にまとまり過ぎていた。依存しき っていたと言ってもいい。デザームが後ろを守り、指示を出してくれるから安 心して攻められる。反面彼が崩れた時の動揺はあまりにも大きい。雷門にとっ てはそれこそが付け入る隙でもあったのだ。 けれど今のイプシロン−−いや、イプシロン改は。後ろからフィールド全体 を見て総司令を出すデザームに加え、細かなポジショニングを指揮できる存在 がもう一人いる。グレイシア。彼ないし彼女の指示は的確で、メンバーにも信 頼されているらしい。ダブル指令塔。これは非常に厄介だ。
−−だけど、指令塔が二人いるのはそっちだけじゃない…!いや。
今の雷門には指令を出し判断を下せる人間が三人もいる。春奈と一之瀬。そ して、音村。 連中の連携がいかに優れていようとも。このトリプル指令塔の作戦は、そう 簡単に崩せまい。否−−自分達全員が、崩させない。
「吹き飛べ…!」
メトロンが単体でシュート体制に入った。丁度いい。こちらも新たな力を見 せつけてやる絶好の機会だ。円堂は新たな必殺技の構えをとる。
「クロスドライブ!」
放たれたのは、十字を切り裂いて進む必殺シュート。奇遇にも宮坂と同じ技 だった。大丈夫、止めてみせる。円堂は気合いと共に、片足を振り上げた。ま るで野球の−−マサカリ投法と呼ばれたそれのように−−ボールを投げるピ ッチャーのごとくポーズを取り、振り下ろすのだ。 気合いとともに打ち出されるのは野球のボールではなく、黄金のパワーを集 約した巨大な拳。
「正義の鉄拳!!」
拳はシュートを真芯で捉えた。手応えを感じ、円堂はそのまま腕を振り抜く。 ボールは弾き返され、遙か彼方へと飛んでいった。
「いけぇぇっ!」
今度はちゃんとボールが味方に渡った。吹雪がトラップしたのを確認し、円 堂はガッツポーズを決める。メトロンのシュートは、他のイプシロンのシュー トと比べれば威力の劣るものだったが、しかしけして弱くはない。それをここ まで完璧に弾き返せた。やはり祖父の究極技は凄い。 「キャプテン…」 「ん?」 呼ぶ声に顔を上げれば、木暮が微妙な顔でこちらを見ている。敵方のロング シュートに備え、最低二人はゴール前に張り付いているようにと指示をしてあ った為だ。今はゴール前で木暮と壁山が待機している。 「…今度からキックじゃなくて、パンチングでボール飛ばした方がいいんじゃ ないの。何この威力の差」 「……ぶっちゃけ俺も思った」 必殺技の勢いを借りたとはいえ、最前線の吹雪のところまで飛んでいこうと は。確かにキーパーの自分は脚力より腕力ありきではあるが−−。
−−サッカー選手としてなんかとっても複雑…。
と、いけない。余計な事を考えている場合では無かったのだった。こうして いる間にも試合は進んでいる。ボールが吹雪から照美へ。彼がフリーになる隙 を突いたベストタイミングだ。 照美の後ろから聖也も走っている。サジタリウスを決めるつもりなのだろ う。これで先制点を決められるか否かが勝負の分かれ目になってくる。特にサ ジタリウスはまだ一試合に一回しか打てない。複数回打てるまでの調整は間に 合わなかったと聞いている。
−−まずは魔女の度肝を抜いてやれ。
見せてやるのだ。これが自分達の覚悟だと。
NEXT
|
誰も知らない歌を歌いましょう。