こんな自分にも色がつけられるなら。
 黒でいい、どうか全て塗りつぶして。
 素敵な事がしたいと思うよ。
 たとえ駄作のガラス細工でも。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
5-34:なる、射手座。
 
 
 
 
 
 神が放つ聖なる矢−−サジタリウス。必殺技の原案を考えたのは照美だが、
名前をつけたのは聖也だ。天使の羽根で羽ばたき、細い指先で華麗に弓を放つ。
その様があまりに美しくて−−見惚れてしまったから。
 本当は未完成な状態で打たせたくはなかったのだけど。当の照美はといえば
“せっかく凄い威力があるのに勿体無いじゃない”の一点張り。なんと言って
も聞きやしない。なんとか現状は一試合一発までで聞き分けさせているが、果
たしてそれもいつまで保つやら。
 実際、このシュートは一発打つだけで意味があるのは確かだ。そう、ゴール
に入る必要さえない。その威力を見せつけるだけで相手に畏怖を抱かせ、警戒
させ、立派なブラフとなる。
 その必殺技が来るかもしれない。あるいは、そんなテを出す訳がない。相手
にそのどちらかを思わせた時点で大きなアドバンテージとなる。勝負とは、そ
ういうものだ。サッカーとて例外ではない。
 しかし勝つ為だからといって、仲間に必要以上の無茶を強いていい筈はない
のだ。
「…照美。お前、変な事考えてねぇだろうな?」
「変な事って何さ。君じゃあるまいし」
 ふふっといつもながら艶やかな笑みを浮かべる照美。これで男だなんて世の
中どうなっちゃってるんだろうなぁ、まあ美人は男でも女でも個人的には大歓
迎−−とそーゆー事ではなくて!
 危うく脱線しかけた思考を無理矢理通常に戻すべく、ぶんぶんと首を振る聖
也。ホントもう、シリアスな試合くらいどっか逝け煩悩。我ながら情けないっ
たらない。
 
「サジタリウスのリスクは分かってんだろ。無茶厳禁だぞ?」
 
 サジタリウスは、聖也には殆ど負担がかからない。こっちは普段抑えに抑え
てる馬鹿力を思い切り解放するだけでいいのだから。寧ろ気分爽快ってなもん
である。
 しかし照美は違う。その聖也の馬鹿力を全身で制御して撃ち出さなければな
らないのだ。乱発すれば体中に反動を食らう羽目になる。佐久間達と同じ目に
遭わないとも限らないのだ。
 本当はそんな危険な賭はしたくなかったのだけれど。サジタリウスが齎す
様々な効果を思えばチームの為必要なのは確かだったし、皇帝ペンギン1号の
ような個人技でもない。いざとなれば自分が照美の無茶に首輪をつければいい
だけの話だ。なんなら手加減して初撃を放てばいい。−−そう思って、いたの
だが。
 照美は聖也が思っていた以上に頑固だった。ついでに意地っ張りだった。も
っと言えばサジタリウスは手加減して打てるような甘い技でない事も発覚。若
干後悔したものの後の祭である。
 
「大丈夫だよ、聖也」
 
 にっこり微笑み、照美は吹雪からのパスを受けた。
 
「自分の身体だもの。自分が一番分かってる。君はただ勝つことだけ考えてい
ればいい」
 
 そのままドリブルで上がっていってしまったので、話はそこで中断された。
聖也は慌てて照美の背中を追いかける。サジタリウスを撃つならば、自分は照
美のすぐ後方にいなければならない。
 華奢な背中を見つめて、聖也は思う。
 
−−分かってても無茶するから心配なんだろうが…馬鹿野郎。
 
 前半だけ頑張ってくれればいい、と言われた照美。後半になったら彼をレー
ゼに代える−−それが瞳子達の考えだろう。体力のない照美をフル出場させな
い、無理をさせない−−その考えは大賛成だ。しかしどうもそれが、裏目に出
そうな気がしてならない。
 さっき照美はレーゼを見ていた。イプシロンの登場、言動−−それらに対す
るレーゼの激しい動揺もすぐ様見抜いたことだろう。ならば彼の分も頑張らな
きゃと思うのが照美だ。前半しか出れないからこそ、いつもの120%の力を出
し切るつもりで戦う。後半を任せるレーゼの荷が軽くなるように。−−さしず
め、そんなことでも考えてるに違いない。
 
−−でもな。お前だって本当は分かってんだろ?
 
 聖也は切なくなる。
 どうしてどの子もみんな、誰かの為に自分を追い込むのだろう。頑張りすぎ
てしまうのだろう。優しい子達なのはわかる。でも。
 時々聖也は言いたくなるのだ。君達はまだ子供でいい。甘えたって、頼った
って構わないんだよ−−と。
 
−−お前がそうやって無茶して倒れたら。一番ショックを受けるのは…他なら
ぬリュウなんだぜ?
 
 どうすればこの声は届くのだろう?
 どうすれば自分は彼らを救えるのだろう?
 
「聖也!」
 
 照美がバックパスをしてきた。いよいよか。聖也は腹を括ってシュート体制
に入る。デザームがニヤリと嗤った。目の前にいるのは、魔女に操られた悲し
い子供。本当ならば彼の誇りを守った人生は、もう終わっていた筈なのに。
 
「届け…!」
 
 光よ、どうか照らして。
 闇を掻き消すのではない。闇さえ包み込み、受け止める光を。
 
「こいつが俺達の希望の光だ!」
 
 聖也の足下に魔法陣が出現する。蹴り上げたボールは、自分には不似合いな
真っ白な光とともに空高く登り、その先で羽ばたいた天使を祝福する。
 純白の翼で飛び立った照美は、文字通り女神のごとき微笑を浮かべて弓を引
いた。パワーを集約したボールを射抜く銀の矢。聖なる光の尾を引いて、シュ
ートは流れ星のごとくゴールへと飛来する。
「うわぁっ!」
「きゃああっ!」
 シュートブロックしようとしたケンビルとモールが、威力に負けて吹っ飛ば
された。時折ある事だ。シュートの威力にブロッカーのテクニックが大きく負
けていた場合、シュートブロックの必殺技を出す事から失敗してしまう、と。
 
「素晴らしい…!」
 
 デザームは一瞬、まるでシュートに見惚れたかのように眼を細めた。そして。
 
「こうでなくては潰しがいがないというもの。…ワームホール!!
 
 両手を広げ、大きな重力場を生み出した。ブラックホールのごとく、中心に
吸いこまれていくボール。しかしあまりにシュートとパワーが大きかったせい
か、空間が歪み、みしみしと音を立てている。
 
「ぐっ…」
 
 デザームが呻いた。途端、まるで風船を割るのように重力場が弾け飛ぶ。シ
ュートと圧力に耐えきれなくなったのだ。どうにか踏みとどまり、吹き飛ばさ
れるのを回避したデザームだったが、ボールはゴールネットを揺らしていた。
 
「よっしゃ!先制点!!
 
 これで1対0。ここまでこぎつけるのに若干手間はかかったが、念願の先取
点ゲットだ。聖也のテンションもアゲアゲである。照美とハイタッチを交わす。
 
「くくくっ…どうやら新たな力を手にしたのは我々だけではないようだな」
 
 しかし。ゴールを割られたというのに、デザームは余裕の笑みを崩さない。
それが少々不気味だった。確かにまだ試合は始まったばかりでいくらでも逆転
の余地はあるかもしれないが−−どうにもそれだけでは無さそうである。
 
「試合、再開だ」
 
 雷門が点を決めた事で、次はイプシロンボールからの再開となる。グレイシ
アがメトロンにボールを渡し−−直後、ものすごいスピードで駆け上がってき
た。
 
−−おいおいおいマジですか。
 
 なんて俊足だ。聖也は慌てて追いかけ、マークに走る。奴を今自由にさせて
はいけない。直感的にそう思った。
「またガイアブレイク打たれちゃたまんねぇ!メトロンとマキュアの抑えは
任せた!」
「しゃーないね」
 イプシロンの必勝パターンは分かっている。相手を翻弄して掻き回し、マー
クを外し−−メトロン、マキュア、グレイシアでガイアブレイクを決める。大
阪での試合ではグレイシアのポジションにゼルがいた。グレイシアが代わりを
出来た事は驚いたが、いつまでもただビックリしているわけにはいかない。
 恐らくはガイアブレイクが、イプシロン最強の必殺技だ。裏を返せばガイア
ブレイクさえしのぐ、あるいは打てないように封じれば、連中は決定打を欠く。
 ガイアブレイクは強力な必殺技だが、マキュア、メトロン、グレイシア(ゼ
ル)の三人がフリーでポジションをとれなければ打つのが難しい。大阪の時も
彼らのマークを徹底させる事で勝機に繋げたと言っていいだろう。
 今回も同じ手が通用するかと思われた−−しかし。
 
「甘いな」
 
 マークされる寸前、なんとメトロンはボールを自らの後方へ下げてきたの
だ。ボールはスオームへ。そして本人はマキュアと共に、ゴール前に上がって
いく。なるほど、ゴール前でロングパスを受けるつもりなのか。
 ならばこちらにも考えがある。眼があった春奈が、こくりと頷いた。どうや
ら彼女も同じ考えらしい。
 
「壁山君、木暮君!パターンC8!」
 
 暗号で作戦を伝える。彼らはまだ暗号の全てを把握できていないだろうが、
これはよく使うものだからと優先的に覚えさせたパターンだ。マキュアに塔
子、メトロンに音村、グレイシアに聖也。三人をがっちりマークすると同時に、
オフサイドトラップで足を止めさせる。その為には壁山と木暮の素早い判断が
必要だ。
 けれど。イプシロンは自分達が予想だにしていなかった方法でゴールを狙っ
てきたのである。ボールを受けたスオームはさらにタイタンまでボールを下げ
てきたのだ。
 
−−何やらかす気だよあいつら…!
 
 嫌な予感しかしない。かといってグレイシアから気を逸らす訳にもいかな
い。聖也が考えあぐねたコンマ数秒。それが勝負の分かれ目となった。なんと
イプシロンは最後尾のデザームまでボールを下げ、そして。
 
「受けてみろ」
 
 デザームの身体が、紫色のオーラで覆われた。その身体が一瞬地面に沈んだ
かに思われたが、すぐに違うと気付く。デザームは転移したのだ−−世界の裏
側へ。空間を超えてみせたのである。
 気付いた面々が驚き、固まった瞬間。異空間から強烈なシュートが時空を飛
び越え、空から飛来してきたのである。紫色の光を纏った天からの一撃。それ
はまるで、神が放った槍であるかのよう。
 
 
 
「グングニル…!」
 
 
 
 馬鹿な。聖也は目を見開いた。ゴール前から−−最も遠い距離から放たれた、
超ロングシュート。にも関わらずなんだこの凄まじい威力は。プレッシャーは。
 
「止めろぉぉっ!」
 
 マズい。非常にマズい。聖也は叫んでいた。皆、ガイアブレイク組のマーク
に集中していたせいでロングシュートへの警戒が緩んでしまっていた。いや、
仮に警戒していたとしても−−誰が、ゴールキーパーからのこれほど凄まじい
奇襲を予想しただろう?
 
「くそぉっ!ザ・タワー!!
 
 間一髪。塔子がマキュアの側から離れ、シュートブロックに転じる。彼女以
外は誰も間に合わなかった。そして到底塔子一人でどうにかなるシュートでは
なく。
 
「ぐはっ…!」
 
 粉砕される石の塔。塔子は苦悶の声を上げ、地面に落下する。威力は若干弱
まったが、まだまだ勢いがあるシュート。しかしあとは円堂に頼る他ない。
 
「円堂ぉ!!
 
 円堂が身構えるのが見えた。ここで決められたら、流れが変わってしまう。
聖也は祈るように、我らがキャプテンの名を叫んだ。
 正なる義の鉄拳は。果たして神の槍にも打ち勝てるだろうか。
 
 
 
NEXT
 

 

いつか、いつか、変わりたいの。