茜射すは遠き夢。 今宵彩り、君に何を視る? ぬばたまの満月と、夜。 たおやかにもえいづるは我が心か。
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 5-37:硝子の、砕ける音。
自分勝手な奴だな。照美は己をそう評価し、嘲った。聖也が二発目のサジタリ ウスを打たせたくなかったのは、照美の事を想ってだと分かっている。ただでさ えこの暑さで体力の消耗が激しいのだ。必殺技まで無理をしたら、どこまで身体 が保つか分かったものではない。 それでも。照美は自分の願いの為、多少無茶してでも戦い続けるつもりでいた。 不調の吹雪の穴を埋める為だけではない。どんな言葉でも耳を塞いでしまう吹雪 を動かせるのは、ただただ懸命なプレイしかないと、そう思ったからだ。 福岡で。ボロボロになりながら、力の差な絶望しながら。それでもジェネシス に立ち向かった風丸の姿が、自分達の心を揺り動かしたように。 言葉は最大の武器だけど、絶対ではない。時にはあえて語らない事で伝わる想 いもあると知っている。
「絶望を打ち貫け…!」
聖也が空高くボールを打ち上げる。金色の翼で高く舞い上がった照美は、弓を 構えて引き絞った。
−−ぐっ…!
ぎしり、と身体が軋む。相変わらず聖也の怪力は凄まじい。制御する度、身体 中に痛みが走る。だが、手加減していてはこのシュートに意味はないのだ。 痛みに耐え、照美は矢を放った。天の射手の一撃が、再びイプシロンゴールを 襲う。
「ふん…同じ手が二度通用すると思うな。ケンビル!ケイソン!!」
デザームが笑い。ケンビルとケイソンが、シュートの軌道上に飛び出した。そ して。
「アストロイドベルト…改!!」
二人がかりでのアストロイドベルト。身体が無重力で浮き、いくつもの隕石が ボール目掛けて飛んでいく。シュートブロックだ。完全に止めきれなかったもの の、シュートの威力が大幅に殺された。 その先でデザームが両手を広げて待ち構える。ドリルスマッシャーではない− −ワームホールの体制だ。
「ワームホール・V2」
パワーダウンしたサジタリウスを、デザームはワームホールで完璧に受け止め てみせた。 「いいシュートだが…まだまだ未完成のようだな?」 「ぐっ…!」 バレている。地面に舞い降り、どうにか着地した照美は、しかし荒い息を吐い て膝を吐いた。 作戦指揮能力だけではない。デザームの洞察力が本当に怖いと思い知る。今の シュートを、彼はドリルスマッシャーで止めに来なかった。ワームホールで十分 なレベルまで威力が落ちたと判断した為だ。 イプシロンの最強キーパー技がドリルスマッシャーである事はほぼ間違いな い。しかしドリルスマッシャーはパンチング技であり、ボールをキャッチしてガ ッチリキープするには不向きなのである。弾き飛ばしたボールを、再び敵に拾わ れてしまうかもしれないというリスクがある。 反面、ワームホールはキャッチに適しているので、ボールが零れる可能性が低 い上スタミナ消耗も少なく済む。その代わりドリルスマッシャーと比べると防御 力が落ちる。シュートが来た時どちらの必殺技を出すかは、デザームの判断次第 なのである。 シュートを読んでケンビルとケイソンを配置した上、こちらの切り札の威力を 見切って冷静に凌いでみせた。これは驚異と言わざるをえない。 そして制限の大きいサジタリウスの二発目を防がれてしまった。これも雷門に とってはかなりの痛手だ。
「くそがっ…横からシャシャリ出てきやがって」
ちっ、と忌々しげに舌打ちする吹雪−−否、アツヤ。 「そんな疲れきった身体でゴール割れる訳ないだろが。シュートは俺に任せとけ ばいいんだよ!」 「アツヤ…」 何時になく苛立ち、焦っている様子のアツヤ。照美は静かに首を振った。 「駄目だよ」 「……あ?」 「今の君に、デザームは倒せないよ」 本当はこんな残酷な事、言いたくはなかった。だが事実は事実なのだ。甘いフ ォローはできない。何故ならこれは吹雪自身が気付いて乗り越えなければならな い事だから。
「自分のサッカーを信じられない人間が、シュートなんて決められる訳ないよ」
増してや相手はあのデザームと、誇り高きイプシロンの戦士達。生半可なサッ カーは通用しない。いくら洗脳を受けていようとも、彼らの絆は何一つ変わって はいないのだから。
「この試合、ゴールは私達が決める」
決めてみせる。この身体が壊れようと、何発だってサジタリウスを打つ。 今自分に出来ることは、それだけなのだから。
「アフロディ君!」
後ろから駆けてきた音村が、鋭く自分を呼んだ。振り返る照美。 「頃合いだ。始めるよ、アレを」 「…わかった」 アレ−−即ち旋律の魔術師、音村楽也のサッカーを、だ。 必殺技とは何も、派手なシュートやブロックだけを指すものではない。時には 十一人全員の連携や作戦が、そのまま必殺技にも等しい決定打となる。 言うなれば十一人全員で放つ必殺技−−必殺タクティクスだ。この時の為、音 村を主軸に練習してきたのである。
「さぁ、始めようか」
音村が手を高く掲げた。
「必殺タクティクス…“神の指揮(タクト)”を」
男の子は泣くなと言われるけれど。やっぱり転ぶと痛いし涙は出る。サッカー ボールを持っていたせいで手がつけなかった少年は、膝を擦りむいてぐずりだし ていた。
「たくと!だいじょうぶ!?」
ぱたぱたと走ってくる幼なじみ。ピンクの髪を二つ結びにした、とっても可愛 い子だ。女の子だったら“将来お嫁さんになって!”と言ったかもしれない。残 念ながらその子−−蘭丸はれっきとした男の子だ。男の子と結婚はできない。何 故なら自分、拓人も男の子で、日本はそういう“ほうりつ”だからだそうだ。 蘭丸は可愛い。でも、ぶっちゃけ拓人よりずっと男らしい。転んだり喧嘩した り叱られたりするとすぐ泣いてしまう拓人に対し、蘭丸は絶対泣いたりしない。 むしろ泣き虫でいじめられがちな拓人をいつも助けてくれる。 この間幼稚園で喧嘩した時もだ。身体の大きい年長組のやつらに叩かれて泣い ていたら、蘭丸がやってきてあいつらをボコボコにしてしまった。その後保育士 の先生に叱られてたけど、“おれはわるくない!”と自分を曲げない。正直、か っこよくて憧れる。蘭丸じゃなくて自分が女の子だったら良かったのかもしれな い。 そんな拓人と蘭丸が今来ているのは、おきなわ、というとっても暑いところだ。 拓人の家族と蘭丸の家族で、一緒に旅行に来たのである。昨日は海でいっぱい遊 んで楽しかった。ふよふよしたクラゲと、ぬめぬめのナマコはちょっと気持ち悪 かったけど。海の青いいろは綺麗だし水は冷たくて気持ちがいい。 本当は今日も、家族で海に行く予定だったのだが。 「ないてるヒマないよたくと!サッカーもう始まっちゃってる!」 「う、うん…」 ごしごし。目のあたりを拭って立ち上がる。ちょっとヒリヒリしたけどこれは ガマンだ。サッカーの試合がおわってしまう。 拓人と蘭丸が大好きなサッカー。そのサッカーが今、たいへんなことになって るらしい。らしい、というのは拓人にはまだ半分くらいしか理解できなかったせ いだ。 つまりは。宇宙人、みたいな人達がこの国を襲ってきて。中学生のお兄さんお 姉さんが、その人達とサッカーで戦ってるらしい。なんでサッカーなの?とパパ とママに訊いたが二人もよく分からないそうだ。で、おきなわで今、その試合が やってる。見に行きたいと蘭丸と二人でゴネたはいいけど、二人とも寝坊しちゃ って大遅刻だ。 試合は中学校の校庭でやってるらしい。おれたちも小学生になったら、ひろい ところでサッカーできるんだぜ!と蘭丸は嬉しそうに言っていた。拓人も楽しみ だ。小学校より中学校の方がグラウンドが広いと思ったら、そうとも限らないみ たいで。小学校が同じくらい広い校庭だったらいいな、と密かに期待してみる拓 人である。
「わ…!」
やっぱり試合は始まってしまっていた。 宇宙人の、カラスみたいな真っ黒髪のキーパーがスローインする。宇宙人の一 人がボールを受けて、こっちのチームまで駆け上がってきた。 宇宙人の中にも、カッコイい人とかキレイな人はいるんだなぁと思う。今ボー ルをもらったくりくりした長い髪の白っぽい金髪のお姉さんは、もしかしたらマ マより美人かもしれない(なんて事を言ったらママは絶対怒るから言えないけれ ど)。
「えいりあん、なんだろ。あの人たち」
蘭丸が、なんだか不思議そうな顔をする。 「人間とあんまかわんないし。なんかそんなコワそうにみえないよ」 「蘭丸」 自分達を連れてきてくれた蘭丸のお母さんが、ちょっと怒った声を出す。これ はアレだ、みためにだまされちゃダメよ、とか言いたい声だ。 蘭丸は涼しい顔で受け流しちゃうから、大して意味はない。
「ねぇパパ。なんであの人だけ真っ黒なふくでおかおが見えないの?」
フィールドを走るメンバーの中に、一人だけおかしなカッコウの奴がいる。拓 人は不思議に思って、自分のパパに問いかけた。分からないことは、いつもまず パパとママにきく。 「さぁ。顔を隠したい理由でもあるのかもしれないな」 「なんで?」 「何でだろうね」 パパは珍しく、拓人の問いに答えてくれなかった。ただ、なんだか悲しそうな 目でフィールドを見ていた気がする。何か、つらい事でもあったのだろうか。
「あ…!」
蘭丸が声を上げた。拓人も見る。あの金髪の、キレイな宇宙人のお姉さんから、 金髪に黒っぽい肌のお兄さんがボールをとった。ひょっとしたらお姉さん、かも しれない。こっちもキレイなひとだ。 その人がボールをとった途端。水色髪にメガネのお兄さんが、さっと手を動か した。黒っぽい肌のお兄さんは、その方向にパスを出す。宇宙人の合間を抜ける ように、パスが通った。
「すご…」
パスを受けたのは、青っぽい髪のお姉さんだ。宇宙人をかわしながら、お姉さ んはドリブルしていく。そこでまた、メガネのお兄さんの手が動いた。何かに似 てる、なめらかでキレイな動き。
−−そうだ、あれだ。
クラシックの、真ん中で棒を振る人。パパは“コンダクター”って言ってた。 その動きに似てるんだ。 試合を、音楽のように。選手を、楽器を演奏するひとたちみたいに−−あやつ ってるんだ。 「まるで…カミサマの音楽みたい」 「カミサマ?」 「うん」 蘭丸がビミョーな顔をする。よく分からないのかも。でも、なんて言ったらい いか拓人自身にも分からない。 ただ、キレイだと思った。ずっと見ていたい、気持ちのいい試合。今までサッ カーを見て、アツくなったことは多いけど。気持ちがいいというのは初めてかも しれない。 メガネのお兄さんがまた、手を振り下ろす。それにあわせて青い髪のお姉さん が出したパスがまた通った。ぜんぶ、メガネのお兄さんの思うままだ。
「まるで…」
サッカーがオーケストラになるなんて、思ってもみなかった。
「まるで…神様がタクトを振ってるみたい…」
自分もあんな音楽が作れたら。 そう思った幼い日。そこで全ては始まったのかもしれない。
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伝えよう、秘めた想いを。