誰かの為に祈る。
 想いは胸に、刻まれる
 こんな過ちさえ赦されると。
 信じる事は愚かなのか。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
5-38:の、タクト。
 
 
 
 
 
 それはまるで、盛大なオーケストラ。敵ながらデザームは感心していた。こん
なサッカーもあると初めて知る。ハーモニーを奏でるように滑らかで心地良いリ
ズム。音村の動きに合わせて、滑るようにボールが動いていく。
 単にこちらの隙を突く技術もさすがだが。その隙を完璧に読み取る音村がまず
凄い。まるで自分達がこう動くと分かっているかのよう。それこそ、未来を予知
するかの如く。
 
−−旋律の魔術師、音村楽也…か。
 
 鬼道有人が死んでからの雷門、指揮は音無春奈と一之瀬一哉で分担されていた。
なるほど、事の善悪は別として、彼らも優れた司令塔ではあったのだろう。
 しかし、“読み”に関して、彼らにはまだまだ甘いところがあった。また一之
瀬はともかく春奈のテクニックは兄に遠く及ばず、自らのゲームメイクに技術が
追いつかないのが難点だっただろう。
 それが。音村の“予知”と“センス”に全て委ねる事で−−読み足りなさがカ
バーされた。またプレーに集中できるため、彼ら自身の隙も減った。
 音村はただ予知したままの指示を出しているわけではない。パスする人間、さ
れる人間の技量を完全に見切っている。だから無茶なゲームメイクもない。試合
は流れるように、見ていて爽快なほど美しく進むのだ。
 
「面白い。…こうでなくては潰し甲斐がない…!」
 
 残念でならない。彼らが“卑怯者の強者”である事が。デザームは思い出して
いた。あの大阪の試合を。
 
『これは、聖戦。貴方達は選ばれた精鋭』
 
 エイリア皇帝陛下の御言葉と共に。地球に降り立ち、地球に住まう者達と戦っ
てきた自分達。
 
『地球を。あるべきエイリアの手に取り戻すのです』
 
 かつて地球は、我々エイリアの民が住んでいた。それを“奴らは侵略”し、“先
住民達を皆殺し”にして乗っ取ったのだ。到底許せる筈もない。自分達はなんと
しても勝たなければならないのだ。死んだ同胞達の無念を晴らし、正義の旗を掲
げる為に。
 しかし地球の住人は、遙か時をえても尚卑怯なままだった。彼らが提示した正
式なる決闘−−そのルールたる“サッカー”で勝負を挑んだ筈なのに。奴らはそ
の神聖なルールさえ嗤いながら侵してみせたのだ。
 
『あはははっ!とんでもない大馬鹿野郎どもだぜっ!!
 
 吹雪にシュートを決められて。しかしゼル、マキュア、メトロンが負けずにガ
イアブレイクで一点を返した時。まず、あの諸悪の根源とも言うべき終焉の魔女・
桜美聖也が本性を表した。ベンチにいたにも関わらず試合に乱入し、刃物でデザ
ームを刺したのである。
 瀕死のデザームを、アフロディや風丸が嬉々として蹴り飛ばし傷を広げ。仲間
達が悲鳴を上げる中、ゼルの身柄を拘束してしまった。
 
『こいつを返して欲しかったら、沖縄に来いよ』
 
 あの円堂守は。ゼルを殴り倒して、ニヤニヤと笑っていた。
 
 
 
『そしたら今度はもっと…楽シイ、サッカーやろうぜ?』
 
 
 
 そうして−−捕らわれてしまったイプシロンの副官。デザームはちらりとベン
チを見る。ゼルは車椅子に座ったまま、ぼんやりと宙を見つめたまま動かない。
まるで心が壊れてしまったかのよう。一体何を見たらああなってしまうのか。彼
はどんな目に遭わされてしまったのか。
 そう思うとやり切れない。ゼルは必ず取り戻す−−この試合に必ず勝つと、仲
間達に誓った。そしてその為には、あらよる策を弄し全力を尽くす事も。
 
−−なのに…何故。
 
『思い出してくれ!大阪の試合…何もかも望んだ形じゃなかったかもしれないけ
ど。俺達は出来てた筈だ。本気の、本当のサッカーが!!
 
 円堂の言葉がリピートする。何かがちぐはぐで、胸の奥に引っかかるのだ。記
憶の中にいる円堂はあんな純粋な眼をしていたか?あんな真っ直ぐな声で想いを
叫んだか?
 記憶は記憶。自分の記憶ほど信頼の置けるものはない筈なのに。どうしてもデ
ザームには、あの円堂と今目の前にいる円堂が同じ存在とは思えなかった。
 そもそもさっきからの連中の態度と言葉。開き直りにしても何かおかしいよう
な−−。
 
「ぐっ…!」
 
『これは、聖戦よ。陛下の役に立ちたいのでしょう?』
 
「か…はっ…!」
 
『敵は人の皮を被った悪魔。騙されては駄目。貴方達はこの試合に勝ち、陛下に
貢献し、愛しい仲間を取り戻す事だけに集中するのよ』
 
「ある、る…ネシア…様」
 
『その為ならば容赦してはならないわ。もう二度と卑怯なテなど使わないよう、
徹底的に粛清しておやりなさい』
 
 自分達が信望するエイリア皇帝陛下、その守護神とも言うべき“正義の”魔女
アルルネシア。悪しき魔女・キーシクスこと桜美聖也を打ち倒す為協力してくれ
ている彼女の言葉が、デザームの思考を赤く塗りつぶしていく。
 
−−駄目だ。このままでは………え?
 
 危険だ。呑まれてはいけないなどと−−どうしてそう思ったのだろう。彼女は
正しい筈。自分達は間違ってない筈。いやしかし、円堂は、彼らのサッカーは−
−。
 やがて全ての思考は血の色に染まりきり、ぐずぐずに溶けていった。何も考え
られない。何も。−−否。
 
−−試合に、勝ち。ゼルを助けること、だけを。
 
 考れば、いい。壊れた脳がそう結論を出した時、デザームは唇の端を笑みの形
に持ち上げていた。
 
 
 
 
 
 
 
 音村はやっぱり天才だ。綱海はつくづく思う。必殺タクティクス・神の指揮<
タクト>で面白いほどパスが通る。音村には見えているのだ。自分がこう動く時、
次に奴らはどちらへ向かうか。どの方向に意識を向けどの方向に逸らすか。
 その読みを確実にする為、前半の最初を使ったのである。予知自体はすぐにで
も可能だったがろうが、皆がどこまでついていけるかは別問題。多少慣らす手間
は必要だったのである。
 ボールが回る。まるで波を乗りこなすサーフボードのように。個々の必殺技さ
え必要ない。ボールを奪おうとスオームが春奈に迫った時には、さっきまでスオ
ームのいたスペースに走り込んだ宮坂にボールが渡っているのだ。
 そして宮坂のパスは綱海へ。音村が指揮したそのままの流れだ。パスを受けた
時綱海は完全にフリーだったのだから。
 
「綱海!」
 
 音村の手が滑る。そのままシュートを決めろ、とのお達しだ。今度こそイプシ
ロンゴールに、ドデカい一発を叩き込んでやる。
 
「行くぜっ!ツナミブースト!!
 
 渾身の一撃。吹雪は絶不調。もう照美は二発もサジタリウスを打ってしまって
いる。既にオーバーワークの彼には頼れない。元より前半のみ出場させるつもり
だったのだ。
 ここで逆転させておかなければ。音村のお陰でシュートコースはガラ空き、今
ならシュートブロックもされない。ここで決めなければいつ決めるというのか。
 ただ一つ気がかりな事がある。そもそも前の一回、何故ツナミブーストはあん
な完璧にブロックされてしまったのか、だ。単なる力負けではなく、もし自分の
予想した通りなら−−。
 
「ドリルスマッシャー」
 
 デザームが必殺技で止めにきた。シュートがぶつかる直前、綱海は確かに見た。
彼が半歩、左脚を下げたのを。
 
−−くそっ、やっぱりそういう事かよ!
 
 綱海が敗北を悟ると同時に、デザームが勢いよくシュートを弾き飛ばしていた
ボールはタイタンへ。カウンターが来る。皆が一斉に戻り始める。
 塔子にも説明したが。ツナミブースト自体の威力はそう大きなものではない。
にも関わらず強大な壁をも打ち破るに至るのは、ひとえに綱海がサーフィンで鍛
えたバランス感覚と、他者のバランスを見抜く眼あっての事だ。
 綱海は相手がバランスを崩すポイントを、ほぼ直感的に理解し、そこにシュー
トを叩き込む事が出来る。よろめいて浮いた片足に石をぶつけて転ばせるような
ものだ。まだ綱海のコントロールが荒い為、一番のポイントに当てるには至らな
いのだが−−それでも大抵のキーパーは、本来の力を十分に出し切れず吹っ飛ぶ
事になる。
 しかし。デザームは綱海のそんな“直感力”を知っていた。あるいは試合の中
で気付いたのかもしれない。シュートが当たる寸前でポイントをずらし、本来の
力で止めに来たのである。並大抵の技術では、ない。
 
−−そして俺のシュートを止めたのはデザームだけじゃねぇ…。
 
 最初の一撃を止めたのはケンビルだ。だとすればそれもデザームが指示した結
果という事になる。
 
−−あるいは…。
 
 ちらり、とグレイシアの方へ目線を向ける。相変わらずその顔はフードに隠れ
て見える気配がない。
 ボールはケイソンへ、ファドラへと渡っていく。必殺タクティクス・神のタク
トはまずこちらがボールを取らなければ始まらない。その為の策を−−と思って
音村の方を向き、綱海は目を見開いた。
 
「考える事はどいつも同じだなオイ!」
 
 イプシロンは音村に二枚マークをつけている。さっきの、たった一度の攻防だ
けで判断したのだ−−他の守りを薄くしてでも音村を抑えるべきだと。大柄なタ
イタンと小柄なスオームのせいで、音村の姿自体が隠れてしまった。先の雷門と
の戦いでやられたのと同じ手だ。どんなに未来が予測出来ようとも、指示そのも
のが出せなければ全く意味がない。
 音村のタクティクスは、音村の動きそのものが指揮者の振るタクトに等しい。
彼の姿が見えなければどうしようもない。
 
−−でも俺達だって、それを予想して無かったわけじゃねぇ。
 
 そして雷門の時と違うことが二つある。雷門は音村に四人もマークをつけてき
たが、イプシロンは二人だけだ。さすがに雷門のような、中盤をガラ空きにする
大博打は打てなかったという事か。
 しかしだからこそ、こちらにとっては好機となる。綱海の視界の端で、塔子と
木暮が動くのが見えた。木暮が動くと、雷門の最終ラインは壁山一人になる。そ
の時は基本的に綱海が下がるように−−とは事前に決めてあった事だ。守りあっ
ての攻め、攻めあっての守りなのだから。
 
「ザ・タワー…V2!!
 
 ボールがファドラからマキュアに渡るタイミングで、塔子が必殺技を発動させ
た。雷が踊り、感電したファドラがパスミスする。すかさずそこで塔子がボール
を奪った。
 
「木暮!」
 
 そして木暮にパスが繋がる。木暮はまるで、相手が避ける方向が見えているか
のようにスムーズにドリブルしていった。
「いけっ!」
「任せろっ!」
 そして面白いほど綺麗にパスが通る。受けたのは、聖也だ。
 
「馬鹿な…神のタクトが機能している!?音村は抑えてるのに…!」
 
 ファドラが驚愕の声を上げる。綱海はニヤリと笑っていった。
「残念無念。こー来る事は予想済みだぜ。同じ手を何度も食らうほど、我らが大
海原のキャプテンは間抜けじゃねぇんだよな!」
「何だと?」
 まあ彼らは練習試合の事は見ていないだろうし。雷門が使ってきた戦術がどう
だったかなど知る由もないだろうが。
 
「種明かしして欲しーってかい?」
 
 自分達のサッカーは日々進化する。自分達が諦めない限り、必ず。
 
 
 
NEXT
 

 

絡み合い、手を伸ばす。