ハッピーエンドの鍵は何処にあるのでしょう。
 トゥルーエンドは柩行きですか?
 ナイフ片手に振り回したら
 あら不思議、楽しくなってきちゃった。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
5-45:兎と、カトリーヌ。
 
 
 
 
 
 作戦決行が今日になってしまったのは、いろいろと誤算があったせいだ。名古
屋のアジトについて調べていくうちに分かった新情報。アジトにある地下通路が
繋がる先やら、アジトの地上にある不動産屋の休みなど、その他諸々、と。鬼瓦
は説明を受けたがイマイチ納得してなかった。自分達と一緒に作戦を実行する二
人組−−クジャとスコールに、緊張感の欠片もなかった為である。
 この作戦の重要度を−−彼らはちゃんと理解しているのだろうか。豪炎寺夕香
を救出しない限り、豪炎寺修也はいつまで経っても動くことができない。そして
捕らわれているのは豪炎寺夕香だけではない。政財界の大物、エイリアが都合よ
く事を運ぶ為に囚われた者達−−。この事実が明るみに出れば、エイリアの今後
の動きを大幅に阻害することができる。
 そして未だ見えぬ真実も−−明らかになっていくことだろう。絶対に失敗でき
ない。一刑事としても、鬼瓦個人としても絶対にだ。
 だから同じ真剣味を彼らにも持って欲しいし、彼らとてそれは分かってくれて
いる筈なのだが−−二人は鬼瓦にとって、明らかに未知の人種だった。長い刑事
人生で初めて出逢う類の人間だ。考えていることが読めそうでまったく読めない。
何を問いかけても全てのらりくらりとかわされてしまう。本能でそれが、分かる
のだ。
 百戦錬磨とは、こういう事なのか。刑事といっても自分は本物の戦場を見た世
代ではない。
 
「なんか僕、一番楽な役割をあてられちゃったような気がする」
 
 はぁ、と車の運転席で、高木がため息をついた。
「全然楽じゃないわよ。緊張感持ちなさい高木君。下手したら銃撃戦になるんだ
からね!」
「はぁい…」
「高木君は確かに射撃の成績は微妙かもしれないけど、世の中なるようになって
るんだからきっと大丈夫よ」
「…慰めになってないです、佐藤さん…」
 うなだれる高木に、斜め上のフォローをする佐藤。二人は付き合ってるらしい
と噂だが、これでは恋人というより気の強いお姉ちゃんとヘタレな弟の図だ。な
んだか微笑ましい気分になる鬼瓦である。
 今回。高木はビルのすぐ脇に停めた車で待機する事になった。万が一アジトか
らエイリアの配下が逃げ出してきた時、押さえにかかる役目である。
 無論それは最終手段であって、自分達からすればビルから一人も逃がさない腹
づもりではあるのだが。
 その時、鬼瓦の携帯が震えた。メール着信である。
「鬼瓦警部補。メール、来ました?」
「ああ」
 差出人はスコールだ。彼とクジャは既に、物件を探しに来た客になりすまして
不動産屋に潜入している。不動産屋自体はエイリアと関係ないが、会社の中には
エイリアの配下が紛れている筈だ。地下のアジトへの入口を守り、橋渡しするの
が連中の役目。スコール達は一足先に不動産屋に入り、紛れ込んだ敵を見極めに
行ったのだ。
 そう簡単に分かるものなんだろうか。確かに自分も刑事の勘を頼りに犯罪者の
目星をつけることはあるし、一階の不動産屋はオフィスが全て丸見えになってい
る仕組みだから社員を殆ど見渡せる。だが相手は普通の企業に入り込み、息を潜
めるプロ。短時間で見つけるにはなかなか難易度の高いミッションだと−−そう
思っていたのだが。
 
 
 
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受信者:鬼瓦源五郎
送信者:スコール=レオンハート
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 計二人
 
 左奥 眼鏡黒スーツネクタイ
 カウンター右二 大柄灰スーツ紺ネクタイ
 
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「うっそ。こんなに早く見つけるとか…ナニモノ」
「…奴らもプロだな」
 客のフリをしてるわけだから、不動産屋の接客を受けつつ観察するしかない。
エイリアの配下はもちろん、社員達に不審がられるわけにもいかない。そんな中
敵を探し出し、気づかれずメールをよこしたのだから、流石としか言いようがな
い。
 
「二人か。好都合だな。もっと人数が多かったら厄介だった」
 
 無論、これも偶然ではないのだろう。クジャ達は、エイリアの奴らの出入りが
一番少ない−−つまり一番手薄であろう日を選んだのだ。正確な情報網と技術が
あるというのは確かだったらしい。
「よし。…行くぞ、佐藤」
「はい」
 佐藤美和子巡査部長の返事は実に勇ましい。運転席でしなしななってる彼氏よ
りよほど男らしいと言える。だから上手くいってるのだろうか。割れ鍋に綴じ蓋
といった具合で。
 不動産の自動ドアをくぐる。いらっしゃいませ、と言いかけたスタッフの声が
固まった。スーツにコートの男女。妙な威圧感。明らかに普通の職業ではないこ
とが見てとれたからだろう。
 隠す必要はない。鬼瓦はあっさり言った。
「あーお仕事中すみませんねえ。…主任さんでも何でもいい。ここで一番偉い人、
いるかい?警視庁の鬼瓦ってもんだが」
「同じく、本庁の佐藤です」
「刑事さん…ですか?」
 何で警察がここに、と。最初に応対した女性スタッフは、戸惑いの表情で二人
の警察手帳を見た。
 しかも愛知県警ではない、東京からわざわざ捜査一課の人間が来るなんて−−
そうそうある事ではない。
 
「いえ…ちょっとした聞き込み調査でしてね。我々が追ってる麻薬密売組織の関
係者を、この近辺で見かけたなんて情報を得たもんですから」
 
 素早くオフィスを見回す。左奥の眼鏡に黒スーツの男−−いた。特別美形でも
なければ不細工でもない、至って地味な男だ。年は三十路くらいか。あれがエイ
リアの関係者なのか。どう見ても武闘派には見えないが。
 もう一人右二番目に灰色スーツの大柄の男は、初老といっていい年齢だろう。
若いカップルを相手に接客中のようで、人好きのする笑みを浮かべている。それ
なりの地位なのかバッチの色も違うような。彼もさっきの男とは別の理由で、闇
組織関係者には見えない。
 しかし。どちらもさりげなく、鬼瓦の方を気にしていた。視線があいそうにな
り、慌てて逸らすを繰り返している。やはり、スコール達の予測は正しそうだ。
人は見た目によらないものである。
 
−−そりゃ潜伏して監視を担ってる身としちゃあ、どんな理由であれ刑事なんて
歓迎したくねぇ存在だよな。
 
 追い返す為、何か手を打ってくるかもしれない。眼鏡の男はともかく初老の男
は、なかなか口が回りそうだ。
 だが自分達もそう簡単に押し負けるわけにはいかない。現役無駄に長い叩き上
げ刑事をナメんなよ、ってなもんである。伊達に修羅場は潜ってないのだ。
「ねぇ…やっぱり僕こっちの物件がいいなぁ」
「は?…お前さっきと言ってること違うぞ」
「だってさぁ。駅近なだけじゃなくて…よくよく見たらここ先日オープンした“マ
ルコ”のすぐ側じゃない。毎日お買い物し放題だなんて素敵じゃないか」
「駄目だ、絶対駄目。お前の浪費癖にはうんざりしてるんだ。…それに部屋が西
向きなんて論外。西日が暑くてたまらないだろうが。…あの、もう少し高くても
いいので…他の物件ありませんか。例えば南区なら」
「南区ですか?でしたら…」
 スコールとクジャも頑張っている。どいやらクジャがわざと我が儘を言って話
をややこしくさせ、スコールが軌道修正をしつつ代替案を出す−−そんな役割の
ようだ。結果話が長くなる。嘘とはいえ予算はかなり高く提示された筈なので、
接客する社員も必死だ。この客を逃がすまいと、多少不自然に会話が長くなって
も気づかない様子である。
 鬼瓦と佐藤。そしてスコールとクジャ。自分達の最初の仕事は、時間稼ぎだ。
 
「たとえば…この写真の人物とか。見覚えありませんかね?」
 
 適当にでっち上げた写真を見せ、鬼瓦も仕事を開始する。待たなくてはならな
い。合図が来る、それまでは。
 
 
 
 
 
 
 
 もうすぐ退院だって聞いていたのに、なんでまたこんな所に押し込められてる
んだろう。豪炎寺夕香はその実かなり気性の荒い娘だった。強気で、存外に短気
だった。やっと外で遊べるようになった矢先に誘拐されるなんて、災難だとしか
言いようがない。何より、退屈だ。全てその漢字二文字に帰結する。
 牢屋のような、冷たいコンクリートの部屋。ベッドは以外にあったかいし、食
事は三食出るし、トイレやお風呂もついている。部屋からはなかなか出れないが、
鎖に繋がれてたり縄で縛られたりなんてお約束なことはない。ただテレビがない
のが不満だ。これではやれる事など限られているではないか。自分はまだ携帯は
持っていないし、持っていてもここでは圏外になりそうだし。
 そんな夕香が唯一楽しみと言えること。それは、来訪者の存在だ。
 
「研崎のおじさん!」
 
 その人は久々に、夕香の元にやってきた。青白い顔に痩せた長身。最初見た時
はぶっちゃけ幽霊みたいだと思ったものだが−−話してみれば礼儀正しいし、案
外子供に優しい人物だった。
 彼は夕香に対し小さく笑みを浮かべると、食事を乗せたトレイをミニテーブル
の上に置く。
「…相変わらずおかしな人ですね、あなたは。何でそんな嬉しそうなんですか。
私があなたを浚った組織の人間なのは分かってるでしょうに」
「だっておじさんと話すの楽しいもん!おじさんもサッカー大好きなんでしょ
う?夕香も大好き〜!」
 多分、ちゃんとサッカーを勉強した人なんだろう。その考え方を見る限り、選
手としてというより、指導員としての勉強であったようだが−−とにかくそれが、
夕香にとっては新鮮で興味深い内容だったのだ。
 これでも夕香は兄の大好きなサッカーを知りたくて、ルールもしっかり覚えた
しそれなりに知識もある。こんな退屈な場所だが、研崎とサッカーの話をするの
は楽しかった。
 
「お兄さんに似て、剛胆ですね。…本当は、あなたをこんな所に閉じ込めたくは
なかったのですが」
 
 少し悲しそうに研崎は言う。何故自分をここに連れてきたのか。それは夕香自
身も気になっていたことだ。どうやら兄と関係があるらしいのだが。
「それ、私も気になる。理由、教えて貰ってもいい?」
「そうですね…」
 研崎は少し考えて−−やがて口を開いた。
 
「悪い人に狙われていた…あなたのお兄さんを護る為に。…そう言ったら、信じ
てくれますか?」
 
 彼は真っ直ぐ、夕香の目を見て言った。嘘を吐く人はすぐに分かるよ−−と、
兄が以前言っていたのを思い出す。だから夕香もじっと見た。そこにある真実は、
誰にも偽れないものである筈だから。
 
「うん。信じる」
 
 夕香は思う。研崎は嘘を言ってないと。
 
「サッカーが好きな人に、悪い人はいない。研崎おじさんは悪い人じゃないよ」
 
 その時だった。ズン、と重い爆発音がして、部屋の外が急に慌ただしくなった
のは。研崎ははっとしてドアを振り向き、やがて呟く。
 
「…始まったようですね」
 
 何が、と尋ねるより先に、研崎は言った。哀愁をその声に乗せて。
「残念ながら…お別れです、豪炎寺夕香さん。どうやら貴方のお迎えが来たよう
ですよ」
「ま、待って」
 去っていく背中を、夕香は呼んだ。だがもう、研崎が振り返る事はなかった。
 
 
 
NEXT
 

 

逃げろ、逃げろ、一目散に。