君が主役の聖なる夜。
 ワインをどうぞ、お菓子をどうぞ。
 酸いも甘いも忘れましょう
 さあみんなで、クレイジーな宴を。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
5-46:撃と、正面突破。
 
 
 
 
 
 上田ビル。いかにも平凡な名前のそのビルが、今回の作戦場所である。その一
階より上は、普通の不動産屋やらソフトウェア会社が入っているが、地下は違う。
その地下から繋がるエイリアのアジトこそ、鬼瓦達の目的地である。
 問題は地階が表向き閉鎖されて久しいことと(表向きは手入れのされていない
荒れ放題の空きスペースということになっている)、ビルのおかしな構造のせい
で一階の不動産屋のオフィスを通らなければ地階に行けないということ。
 さらに噂によればガラス破片やら資材やらが散乱していて危ないから、誰も近
寄らせていない−−というのが不動産屋の言い分だそうだ。多分社員の殆どはそ
れを真面目に信じているし、階段入り口のシャッターには常に鍵がかけられてい
る。さりげなく吹き込んで回ったのは不動産屋に潜入しているエイリア配下達だ
ろう。
 
−−よくここまでの情報を集めたもんだぜ。
 
 鬼瓦は素直に感嘆した。豪炎寺修也からの情報が彼らに渡ったのはつい最近で
ある。確かにアジトの場所自体は分かっていたが、敵の動向や突入場所まで正確
に把握するのは極めて難しい筈だ。
 
−−不動産屋は直接犯罪に関わってねぇ。明確な証拠がない状態じゃ、令状を出
すわけにはいかない。
 
 地階へ続く階段のシャッター。鍵を管理しているのは実質その不動産屋。いず
れ不動産会社内も捜索させてもらわなければならないが、それは明確な証拠あっ
て初めて許されることだ。彼らの仕事を妨げるのは間違いないのだから。
 ならば、どうやって堂々と地階へ入るか?その大義名分を得るか?
 簡単だ。警察が突入せざるをえない事態を起こしてやればいい。
 
「ここで働いてたって言われましても…」
 
 主任らしい男性が、困ったように鬼瓦を見上げる。
 
「私には残念ながら見覚えがないですねぇ。ここに来てから十二年になるのです
が」
 
 見覚えなくて当然だ。写真は口実、それっぽいものを取り繕ったに過ぎないの
だから。しかしこちらも時間稼ぎに来ている。はいそうですか、と引き下がるわ
けにはいかない。
「よく思い出してください。容疑者はここで働いてたと口にしたらしいですから」
「そう言われましてもね」
 佐藤美和子巡査部長の演技力はなかなかだ。適材適所だろう。高木にやらせた
らあっさりボロが出そうだ。彼女とは違い、良くも悪くも素直で真っ直ぐな青年
なのだ。
 さて、そろそろ次の手を打つか。鬼瓦がそう思い、手帳を捲った時だった。
 
 ズズンッ!
 
「!」
 
 低く唸るような爆発音と地鳴り。不動産屋の社員達も偶々来ていた客達も、な
んだなんだとざわつき始める。今のが爆発音に聞こえた奴もそうでない奴も、何
か起きたのは分かった筈だ。
 その震源地が、非常に近い場所であることも。
「…今の音はなんですか?地下からみたいですけど」
「わ、私にもなんだか…」
「調べさせて貰いますよ。構いませんね?」
 いけしゃあしゃあと言う佐藤。有無を言わさず彼女はオフィスに足を踏み入れ
る。鬼瓦も後から続いた。今のは合図。裏から侵入したもう二人の仲間が、わざ
と爆発を起こしたのだ。
 自分達が堂々と地下へ降りられるように。
 
「ま、待って下さい!」
 
 地下へ続くシャッターの前。慌てて前に飛び出してきたのは眼鏡の男性だ。エ
イリアの配下である可能性が高いとスコールが認定したうちの一人である。名札
には“高崎景太”とあった。
「地階は危ないんです。硝子や資材も散乱してるしあちこち崩れてるし前に社員
の一人がそれで事故に遭って…!」
「危ないのは承知してるわ。でもあんな爆発音、確かめないわけにいかないでし
ょう。死人が出るかもしれないのよ」
「ですが…!」
「それとも何かね?」
 佐藤の言葉に反論しかけた高崎を遮り、鬼瓦は言った。
 
「我々警察が行くと、まずいことでもあるんですか?」
 
 ぐっ、と。高崎は言葉に詰まる。バレていると−−言い逃れられない状況だと
彼が悟るまで、数瞬。
 
「行くなって…行ってるだろぅがぁぁっ!」
 
 見た目に反して気が短かったようだ。銃を振りかざして高崎が怒鳴る。ああ、
思っていたよりずっと小物だ。さすがに予想外だった。なにが困るってあまりに
早くブチきれてくれるものだから、こっちの対応が間に合わないということ。
 高崎の指が引き金にかかる。こりゃ防弾チョッキに賭けるしかないかな、肋二
三本は持っていかれるかな、と。鬼瓦が仕方なしに覚悟を決めた瞬間。
 
「これだから雑魚は嫌いだ」
 
 一瞬にも満たないほどの間。鬼瓦がまばたきをした次の瞬間にはもう、高崎の
体が吹っ飛んでいた。すたっと。鬼瓦と高崎の間に着地するスコール。あまりの
スピードに、隣の佐藤はぽかんと口を開けて固まっている。
 どうやら、スコールが高崎をその長い足で蹴り飛ばしたらしい。残念ながらそ
の瞬間をおさめるにはあまりに、鬼瓦の眼な一般人レベルのものだった。
 人間の動きが、速すぎて見えなくなるなんて。
 怪物。その単語を、鬼瓦は胸の奥に押し込んだ。
 
「ほら。いつまで突っ立ってる気?」
 
 いつの間にかクジャまで自分達の横にいる。移動したことにも、その気配にも
気付けなかった。なんて技術なのか。鬼瓦の背筋が寒くなる。
 
「楽しいお祭りはこれからだよ。呆けてる暇なんて無いんだから、ね」
 
 クジャはその癖のある銀の髪をかきあげ、妖艶に微笑む。性別を誤認してしま
いそうなほど妖しい色香。やけに耳に甘ったるく残る声。しかしそれは通常の異
性に惑う感覚とは本質的に違う。ぞっとするのだ−−美しければ、美しいほどに。
 未知のイキモノはどこまでいっても未知のままだ。常識に縛られてきた一般人
には踏み込みようのない領域を感じて立ち止まる。景色は見えるのに、目の前の
タイルが足場か落とし穴かまったく判別がつかない。にも関わらず案内板通りに
進むしかない−−そんな状況だとでも言えばいいのか。
 そんな鬼瓦の感情を知ってか知らずか、クジャはスタスタとシャッターの前へ。
そして。
 
「ホーリー・スター」
 
 光が弾ける。シャッターがいきなり消し飛んだ。まさかクジャが何かやったの
か?
「…まったく、これくらいで驚かないの。サッカーの必殺技だと思っといてよ」
「…あー…確かに似てんな」
「でしょ。さ、早いとこ可愛いお姫様を救出しないとね」
 しかし、と鬼瓦はあたりを見回す。クジャたちをさっきまで接客していたスタ
ッフも、他の不動産屋の社員達も皆、開いた口が塞がらない様子で唖然としてい
る。
 この状況、あとで愛知県警やらなんやらにどう説明すればいいのか。派手にや
りすぎだ。若干頭が痛い、鬼瓦だった。
 
 
 
 
 
 
 
 あちこちから爆音が鳴り始める。潮時か、と研崎は思った。いつかこうなるの
は分かっていたし−−寧ろ狙い通りと言っていい。ただし、そんな研崎の思惑を
理解している人間は、本当に僅かしかいないのだろうが。
 
「敵の人数は?」
 
 部屋に飛び込んできた部下に研崎は尋ねる。敵−−本当の敵ではないと知って
いるけれど、今はそう呼んでみる。彼らを正式に名称する手段が見当たらない。
「恐らく…六人、かと」
「六人?…少数精鋭というわけですか」
「しかし手練揃いで…我々の手に負えません」
 普段は冷静な部下の顔が青ざめている。よほどの実力者なのだろう。もっと大
人数で来ると踏んでいたので予想外だったが、強い奴らなら好都合だ。
 自分達もある程度抵抗する“フリ”くらいはしなければならない。弱すぎる相
手ではその演技も格段にハードルが上がるというもの。
「落ち着きなさい。…想定通りです。ある程度応戦したら、ルートパターンDで
脱出しなさい。通常の脱出路ではありませんから、あそこなら奴らも押さえてい
ないでしょう」
「け、研崎様は…?」
「私には迎えがきています。ご心配なく」
 部屋の闇の中。ゆらり、と。何かの陰が蠢いた。ひっ、と部下が声を上げる。
確かにその登場の仕方はいささかホラーじみているだろう。ましてや現れたその
人物が、絶世と呼んでも過言でない美少女とあっては。
 
「…まさか、豪炎寺修也脅迫の黒幕が貴様だったとはな」
 
 彼女−−ウルビダが、いささか顔をしかめて言う。
「グランもバーンも怒っていたぞ、やり方が卑怯だと。こんな方法で勝ちたくな
いとな」
「そうでしょうね。…そうでなくては困ります」
「…どういう事なんだ?」
 ウルビダも気持ちは同じなのだろう。ただ彼女は、研崎が裏で色々と工作して
いる事を知っている分、疑念も抱いている筈だ。そもそも本当に雷門の力を削ぐ
為、豪炎寺を脅したのなら−−こんなあっさり、夕香とアジトを手放す筈がない。
 
「…豪炎寺修也は、二ノ宮に目をつけられていたんですよ。彼の素質か魂か…私
には分かり兼ねるところですが、何かが彼女の目に止まった。だからあの魔女は、
事故に見せかけて豪炎寺修也を殺害し、遺体を使って実験するつもりでいた。…
イプシロンや源田幸次郎、佐久間次郎にそうしたように」
 
 研崎がそれを知ったのも偶然に過ぎない。しかし、知ったこともまた運命だと
思ったのだ。
 豪炎寺本人に特に愛着があるわけでもなく、データくらいでしか知らない存在。
だがもっと純粋なところで、研崎には赦せなかった。お日様園の子供達のみなら
ず−−また罪なき子供を犠牲にしようとしているあの女が。
 それに豪炎寺を使った実験が成功すれば、二ノ宮はその結果を使い、さらに過
酷な人体実験をエイリア学園の子供達に課すだろう。それだけは避けなければな
らない。考えた瞬間、研崎の体は思うより先に動いていた。
 魔女の先手を打つ。しかし豪炎寺本人を攫うのは様々な意味でリスクが高すぎ
る。万に一つ、二ノ宮にその身柄が渡ってしまえば元も子もない。加えて、まだ
二ノ宮に知られるわけにはいかなかった。
 自分がとっくの昔に、彼女に反旗を翻していることを。
 
「私は先手を打ちました。豪炎寺夕香を浚い、脅迫することで…豪炎寺修也が自
発的に行方を眩ますよう仕向けたのです。そうすれば豪炎寺修也の行方は私達に
さえ分からない…魔女に掴まれることもない」
 
 雷門の地力ならば、豪炎寺抜きでもイプシロンレベルくらいまでなら戦える。
そう分析していたのも理由の一つだった。
 
「しかし…そろそろ潮時です。豪炎寺の力がなければ、イプシロン改やジェネシ
スに勝つのは難しい。それとなく駒を動かして、夕香を解放するつもりではいま
したが…バーン様もガゼル様も、私の想像以上に強く…優しい子達でしたね」
 
 自分が焚き付けるまでもなく、彼らは。
「…バレたらただじゃ済まないだろ、あんたは。なのに、何で?」
「…さあ。何ででしょうね」
 疑惑が困惑へ。戸惑いの表情を見せたウルビダに、研崎は笑う。本当のところ
は自分でさえ分からない。それでも、ただ一つだけハッキリしている。
 
「ただシナリオをブチ壊したかった。それだけですよ」
 
 気に入らなかったのだ。魔女の描く、腐った喜劇が。
 
 
 
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どうしたらいい、隠れればいい?