もういいかい、もういいよ。
 君のことなんか忘れられそうにないけど。
 せめて私の中で愛させて
 大好きな君でいて欲しいの。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
5-47:は、奇なり。
 
 
 
 
 
 照美、聖也、緑川。今度の作戦でスリートップになった三人の中で、一番フィ
ジカルに強いのは聖也である。照美と緑川に比べ体格に恵まれているし、パワー
もある。正面突破に向いた人材と言えなくもない。
 
−−なるほど…こういう狙いもあったのか。
 
 照美は感心しつつ、ちらりと春奈を振り返る。普段は普通の、どちらかといえ
ば文化系の彼女が−−塔子をブン殴ってまで正せたのはビックリさせられた。彼
女にそこまで苛烈な感情が眠っていたこともそうだし、何よりそれほどまで兄を
想っていたのだと知らされたわけだから。
 あれが、ただの兄妹愛である筈がない。ハッキリ言葉に出さないまでも、皆が
悟った筈だ。春奈は鬼道が好きだったのである。妹としてだけでなく、一人の少
女として。きっと塔子を尊敬すると同時に、羨んでいたのだ。春奈にあって、塔
子にけして手に入らないものがあるように。逆もまた然りなのだから。
 春奈がどれだけの覚悟を背負ってそこにいるかは、彼女自身にしか分からない。
自分達に伝わるのは切れ端程度の心だけだ。それでも分かるのである。後半、兄
を敵に回してでも兄を救うと−−そう決めた時。彼女の目つきが変わったことを。
 何かを乗り越えて、そこにいるから。絶望を知って、さらにそれを越えられる
事を知っているから。彼女の策はイレブンというスコアを華麗に演奏し、美しい
メロディーで戦場を駆けるのである。
 その期待に答える。照美は春奈の無言に従い、ボールを聖也にパスした。
 
−−まずはいかにゴールまでボールを運ぶか。それが私達の課題だ。
 
 デザームがボールをとってくれなければ、この作戦に意味はない。シュートブ
ロックされるのは喜ばしくない。だから、迂闊に長距離砲は打てない。
 地道にボールをゴールまで運ぶ。グレイシアこと鬼道の予知は音村が掻き回し
てくれるからいいが、単純なテクニック勝負での勝ちは薄い。
 格下の勝負は昔から乱戦と決まっている。兵は奇なり。トリックプレイで勝機
を見つける。
「おらぁっ!」
「ぐっ…」
 聖也が力任せに鬼道のディフェンスを突破した。やはり、単純な力勝負ではい
くら鬼道でも聖也相手に勝ち目はないとみえる。というか、パワーで聖也に勝て
る奴はいるんだろうか?
「流石パワーバカ!」
「よくやった馬鹿力!」
「今初めてお前が怪力馬鹿で良かったと思ったよ!」
「なんか全っ然誉められてる気がしねぇぇ!!
 聖也が涙目になりながらレーゼにパス。彼のやや斜め後ろを走っていたレーゼ
は、迫るメトロンを軽やかにかわして前へと駆ける。
 相手がディフェンスを仕掛けてきたら、斜め後ろに追走していた味方へパス。
あるいはオフサイドに引っかからないのであれば横や斜め前の味方にパスを出し
てもいい。
 上から見れば分かるだろう、常にボール保持者の周りには三角形ができている
事に。さらにはいつでもポジションを移れるよう、横に追走する味方。ポジショ
ン上は照美と聖也とレーゼのスリートップだが、実際はサイドハーフの一之瀬と
音村もその役目を担っている。実質はファイブトップに近い。
 その5人でパスを回しながら、力技と軽やかさの両方で前に進んでいく。剛と
柔を兼ね備えた超攻撃的陣型。無論全体的に前へ上がってしまう為、カウンター
を食らうとキツい面はあるが。
 その時まで一度もボールを奪われなければ問題はない。そもそも安全策で勝て
る相手ではないのだ。
 
「これは…!」
 
 ゴール前、デザームが目を見開く。照美はニヤリと笑った。
 
「必殺タクティクス…ゴッドトライアングル!」
 
 息が切れる。身体が悲鳴を上げる。なのに−−気分が高揚している。こんな緊
迫感のあるゲームなのに、絶対負けられない試合なのに−−楽しいと、そう思う
のは何故だろう。
 ああ。そうか。
 自分が今−−“幸せ”だから、なんだ。
「手ぇ貸しな、リュウ!」
「ああ!」
 ボールが聖也に渡る。彼らの新技だ。二人が飛び上がり、空中に紫に光る魔法
陣が浮かび上がる。二人の魔女だからできる、必殺魔法。イプシロン最後の砦、
ケンビルとモールがはっとした顔になる。だがもう遅い。
 
「ブリタニアクロス!」
 
 魔法陣から発射された十字の光が、フィールドを斬り裂いた。
 
「うわあああっ!」
 
 イプシロンの二人が余波で吹っ飛ばされる。もう遮るものは何もない。
 
「この距離なら…!いけ!」
 
 聖也が緑川へパス。緑川は既にシュートの為に構えている。
 
「アストロ…ブレイク!V!!
 
 進化したアストロブレイクがデザームに迫る。しかしデザームは余裕を崩さな
い。互いに分かりきったこと。少し進化した程度のアストロブレイクでは、デザ
ームの防御は崩せない。
 
「この程度、ドリルスマッシャーを出すまでもない…。ワームホール!」
 
 やはり、ワームホールで止めに来た。予想通りだ。照美はそれとなく辺りを見
回す。一之瀬、聖也、レーゼ、音村。目があった全員が頷いた。
 ドリルスマッシャーはパンチング技だ。ここでドリルスマッシャーを出されて
いたら、デザームがグングニルで反撃してくる可能性は低かった。ドリルスマッ
シャーでもキャッチできる事はあるが、それは余程の運と力の差がなければ難し
い。
 デザームはレーゼの力を熟知している。互いの力量の差を把握している。だか
らこそ意味があった。あえて彼が一番レベルを分かってるレーゼに、あえてワー
ムホールでキャッチできるくらいのシュートを打たせたのだ。
 全て−−春奈の指示である。
 
「さて…そろそろトドメを刺させて貰おうか」
 
 ボールをキャッチしたデザームがシュート体制に入る。このままカウンターを
食らえば、前線に五人も出ている雷門はひとたまりもない。だから照美は慌てて
後ろに下がろうとする−−フリをした。わざと皆に「戻れ!」と嘘の指示をしな
がら。
 
「グングニル!」
 
 デザームの姿が消失し、次の瞬間強烈な超長距離砲が放たれた。ここまでは狙
い通り。ここからが−−綱渡り、だ。綱から落ちたら自分達の負けが確定する。
「聖也!春奈!宮坂!」
「任せろやっ!」
 一之瀬の鋭い声が飛び、聖也がシュートブロックの構えをとった。撃ち出され
たすぐの場所。シュートの威力が最も高いタイミングでのシュートブロック。か
なりのハードミッションだ。
 
「アポカリプス…V2!」
 
 だが、照美は信じていた。仲間達の力を。
 
「シューティングスター・改!!
 
 彼らなら、きっと。
 
「うおおおおっ!!
 
 聖也が繰り出した魔法陣から光が立ち上り、シュートを遮る。そこに宮坂と春
奈の連携必殺技、シューティングスターを叩き込む。雷門が誇る中盤の最強ディ
フェンス陣だ。想いは負けない。絶望を知って尚立ち上がった彼らは−−強い。
 
「ぶっ飛べぇぇぇ−−!!
 
 宮坂が叫ぶと同時に、ボールは弾き飛ばされてきた−−照美の方へと。彼らは
シュートブロックに成功したばかりか、ボールを正確に狙った方にパスしてきた
のだ。
 この期待に応えなければ、男じゃない!
 
「これで、決めるッ!!
 
 たった今グングニルを打ち、異空間から戻ってきたばかりのデザームの眼が見
開かれる。グングニルが完璧にシュートブロックされただけでなく、素早い連携
で次のシュートに繋げられたのは脅威だっだろう。
 しかしこれで終わりではない。これが、最後の綱渡り。
 
「ゴッドノウズ…改ッ!!
 
 白銀の翼で羽ばたき、空へ舞い上がり−−解き放つ。身体がぎしぎしと音を立
てて軋む。呼吸が止まる。激痛に意識が遠ざかりそうになる。その全てを気合い
でねじ伏せ、コントロールした。
 保ってくれ、なんてお願いはしない。ふざけんじゃねぇ、と心の中で罵倒して
無理矢理ねじ伏せる。言う事を聞け、自分の身体。自分自身にさえ、邪魔されて
なるものか!
 
「はああああっ!」
 
 眩い光の中、どうにかデザームが体制を立て直したのが見えた。だがそれだけ
だった。技を出す暇なく−−ボールと一緒に、彼の身体は吹っ飛ばされる。ネッ
トに魂ごと突き刺さる。
 一瞬の静寂の後−−笛が、鳴った。
 
「ゴォォール!2-2、雷門追いついたああっ!」
 
 実況の角馬が絶叫する。わあっ、とあちこちから歓声が上がった。雷門の選手
達だけではない。試合を観戦していた多くの者達が喜びに踊っていた。
 
「…見たかい、デザーム。そしてイプシロン」
 
 照美は微笑み、言った。
 
「これが雷門のサッカーで…私達の真実」
 
 急激に霞む景色。反転する色。ブラックアウト。
 
「お願い…君達も……思い出して」
 
 そして−−天使は緩やかに、地に墜ちた。
 
 
 
 
 
 
 
 白銀の羽根がはらはらと散り、光となって消える。どさり、と照美の身体がフ
ィールドへ崩れ落ちた。
 
「照美!」
 
 聖也は慌てて駆け寄る。眼を堅く瞑った照美の顔は真っ青だ。意識がない。辛
うじて息はしているが呼吸音は不規則でか細く、喉元で引っかかったような音に
なっている。耳を胸元に押し当てて心音を聴く。鼓動は鳴っている。しかし。
 
−−馬鹿がっ…呼吸困難と心室細動起こしかけてやがる。ふざけんじゃねぇぞ!
 
「ケアルラ!リジェネ!」
 
 白魔法のスペルを唱え、応急処置をする。少し呼吸が安定したが、まだ危険な
状態に変わりはない。本音は強い魔法で一気回復させてしまいたいが、それは照
美の身体に大きく負担をかける。弱った彼の体力では保たないだろう。
 
「聖也!アフロディはっ…!?
 
 円堂が、皆が駆け寄ってくる。誰もが心配そうな顔でこちらを覗きこんでくる
のを見て、聖也はどこか安堵していた。
 照美がまだ、心の隅に世宇子での一件を引きずっていることは知っている。本
当はまだ仲間として認められていないんじゃないか、皆に赦されていないんじゃ
ないかと−−そんな不安を抱えている事も。
 
−−心配すんなよ、照美ちゃん。
 
 聖也は照美のほっそりした手を握る。
 
−−お前はもう…立派な雷門イレブンの一員だ。俺達の仲間なんだ。
 
 だから、戻って来い。まだそっちに行くには早い。そこに楽園なんてありはし
ないのだから。
 
「…体力の限界で…一気にガタが来たな。神のアクアの後遺症が一番残ってんの
が心肺機能だって言ってたし…正直、危ない状態だ。本来なら病院に連れて行く
べきだろうが、エイリア石の成分を医療機関が把握してない以上、通常の治療じ
ゃあんま効果がないかもしれねぇ」
 
 こうなった時の為に、一応薬はある。あとは安静にして、自分が魔力で処置を
続けるべきだろう。
 
「俺は照美と一緒にベンチに下がる。こいつは必ず助けてみせる。春奈。試合は、
お前らに託したぜ」
 
 聖也は皆を見回した。自分の役目はここまでのようだ。あとは彼らに全てを託
す。ここからが本当の勝負だ。
「…分かった。春奈、一之瀬、音村。次の作戦を練ろう」
「…はい」
 すぐに切り替えて前を向く円堂。その背中には信頼。自分も応えなければ。照
美の頑張りに、見合うように。
 
 
 
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会いたい想いが、曖昧な君の手に跳ねるの