自称ウブな君だって大歓迎。
 合言葉一つで即加入さ。
 目隠し完了、任務続行。
 さあ、クールに行こうか。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
5-48:の、慟哭。
 
 
 
 
 
 作戦を読み勝ち、かつ力量で上回らなければ勝負は決しない。瞳子はフィール
ドを鋭く睨んだ。自分も一緒に、戦うのだ。監督は選手のようにプレイで皆に示
すことが出来ない。けれど選手を守り、導くのが監督の役目だ。
 
−−アフロディ君が下がったことで、雷門の攻撃力は大幅に落ちたと言っていい。
 
 高い攻撃力の必殺技とそれに見合う脚力を備えた選手は、そう多くない。雷門
では照美と吹雪。レーゼでさえギリギリ及第点といったレベルだろう。
 その照美と吹雪が両方戦えなくなってしまう事態。想定はしていた事だ。ただ、
本来ならばそうなる前にこちらが二点以上リードしておく筈だった。ここにきて
同点というのは正直手痛いところである。
 
−−あとは聖也君も。彼の場合、代わりができる選手がいないわけじゃない。で
も…。
 
 聖也はいつまでも同じペースで走り続けられる唯一の人間であり、チーム一の
パワーと突破力を誇る。ゴッドトライアングルの要に起用するには非常に適して
いた。シュートは打たせられないが、守備においては信頼がおける。ここで彼が
外れるのは、同時に守備力が低下する事も意味している。
 攻撃も守備も劣化した今。残る戦力でいかに先手を打つか。先に流れを掴み、
逃げ切るか。圧倒的に不利でも考えるしかない。
 考えることをやめた時、敗北は確定するのだから。
 
「…なあ、瞳子監督」
 
 不意に声をかけられ、我に返る。聖也だった。照美の治療をしつつベンチに下
がった彼が、じっとこちらを見ている。
「野暮な話だけど。一つどうしても訊いておかなきゃならねぇことがある」
「…何かしら」
「あんた…デザームが…いや。砂木沼のことが、好きだったのか」
 とっさに、二の句が告げなくなった。彼の質問があまりに意表を突きすぎてい
たのもあるし、その問いに対する答えを把握してない自分に驚いたのもある。
 好き。
 その言葉が単なる母性的な愛や友愛、家族愛姉弟愛を指すわけでないのは明白
だ。一人の人間対一人の人間。固執と独占欲。それに連なる愛情を指していると
見て、間違いない。
 
「なあ。どうなんだよ」
 
 催促され、押し黙る瞳子。言わないのではない、言えなかったのだ。今はデザ
ームと呼ばれる彼に対し、自分がどんな感情を抱いていたか。その色がまったく
もって不鮮明で、掴めないことにたった今気付いたのである。
 好きか、と問われて。是とも否とも言えない自分がいる。最初は単なる姉のよ
うな気持ちであった筈だ。それは間違いない。年だって二桁離れている。出逢っ
た頃は彼がどんなに大人びていようと、子供の範疇でしかなかった筈である。
 その見方が変わったキッカケは確かにあった。自覚もあった。だけど自分は大
人で、彼は子供で。ぶっちゃけた話、彼はまだ自分が手を出せば犯罪になりそう
な年だ。仮に恋愛感情があったとすれば、それはとても背徳的なものではなかろ
うか。
 
「わたし、は…」
 
 違うなら、違うと一言言えば済む。この靄のかかったような気持ちに蓋をして、
燃えるゴミと一緒に出してしまえばいい。
 しかし感情は残念ながら火にくべても上手く燃えてはくれないのだ。蓋をした
隙間から溢れて、ゴミ箱を掴んだ手にべたべたと絡みつく。逃げられないよと、
甘い匂いを滴らせると知ってある。
 ならばゴミ箱ごと切り刻んでしまえばいいのに、否定の刃が見当たらないのだ。
それはつまり−−答えが出ているも同然、ということ。
 
「…私に……誰かを愛する権利が、あるのかしら」
 
 だから−−瞳子は言った。
 
「馬鹿げた自己満足のような…贖いと言うかもしれないけど。私は一生、誰とも
結婚しないつもりでいたのよ?」
 
 それは、限りなく。
 
「お日様園の子供達のことや、父のことだけじゃないの。死んだ兄さんには…好
きな子がいたの。日本に帰ってきたら告白するんだって、馬鹿みたいに純粋で、
可愛い話をしてくれたわ」
 
 限りなく肯定に近い、独白。
 
「…でも、それは叶わなかった。兄さんは可愛い恋一つできずに死んでいったの
よ?…私が…そんな兄さんを差し置いて幸せになっていい筈ないって思ってた」
 
 多分客観的に見て、瞳子はモテる方なのだろう。今まで何人もの男に告白され、
付き合った。しかしそれはまともに手を繋ぐことにも至らないまま、恋に成る前
に終わっていった。出来なかったというのが正しかったかもしれない。誰かと付
き合う度兄の笑顔や父の壊れていく姿を思い出し、そしたらもう全てが駄目にな
った。
 もしかしたら。誰かを好きだと思う前に全てが終わっていったのも。
 彼の存在があったせいなのだろうか。
 
「…本当に好きな奴相手だとさ、好きだってことにもすぐ気付けなかったりすん
だよな。隣にいるのが、当たり前過ぎて」
 
 聖也がやけに実感のこもったことを言う。
「な。あんたもそうだったんじゃねぇの?今ちょっと離れてみて…やっと大事な
ことが分かりかけてるんじゃないのか?」
「…そうかも、しれないわね」
 罪悪感を抱えていた。相手が誰だとか、そういう事以前の問題で。
 絶対に恋などするものかと思っていながら誰かと一緒にいたのは、寂しがった
せい。そして本物の感情は、本人の意志を乗り越えて襲ってくるから厄介極まり
ない。
 
「…この事件が終わっても、全てが終わりじゃない。私は一人の大人として、吉
良の娘として、全てにケリをつけなくちゃならない」
 
 それはきっと、言葉にするより辛い“事後処理”になる。
 
「でもその時…彼が隣にいてくれたらって思うのは……つまり、そういう事なん
でしょうね」
 
 まったく、私はなんて話をしてるのかしら。瞳子がそうぼやくと、聖也は声を
上げて笑った。
「いいんじゃねぇの。俺はここじゃ数少ない、あんたより“年上”の人間だぜ」
「そういえばそうだったわね。普段の行動があまりに幼いから、すっかり忘れて
たわ」
「うぉーう…年上相手にもドギツイぜ監督ぅ…。まあそんなツンデレなとこも好
みだけどな☆」
「はいはい」
 聖也は馬鹿だが、本当の馬鹿ではない。彼が唐突にアホくさいギャグをやらか
したり暴走したりするのは、皆の緊張を和らげたり皆の団結力を高める為でもあ
ると知っている。だからなんとなく憎めないのだ、この男は。つい、深い話をし
てもいいかという気になってしまう。
 
「……やっぱり、そうなんだよな」
 
 やがて聖也は、普段の彼らしからぬ沈んだ表情で−−言った。
 
「だとしたら…この試合。あんたにとってはどうしようもなく辛い結末になるか
もしれねぇな」
 
 どくん、と。心臓の音とともに、冷たい汗が背中を濡らす。それはつまり、ア
ルルネシアがイプシロンに化した実験−−それに連なる悲劇が起こることを、意
味している。
 
「…どういう意味」
 
 それでも、分からないフリして尋ねるのは、自分が弱いからか。弱いから分か
らないフリをするのに、弱いから答えを知りたがる。それで望んだ出口を見いだ
せるとも限らないのに。
「…分かってんだろ。イプシロンの洗脳を本当の意味で解くには、デザームの心
臓に埋め込まれた装置を壊すしかねぇ」
「……っでも!」
「魔女の夜会のルール。赤き真実でアルルネシアは誓った。敗北したら洗脳を解
くと。だが永遠に解くと言ったわけじゃない」
 時間が経ったら逆戻りな可能性もあるのだ、と。気付いた瞳子の顔から血の気
が引いた。
 この試合に勝てば、それで全て解決すると思っていたのに。それは甘かったと、
そういうことなのか。
 
「…外科手術で装置を取り外すのはほぼ不可能だろう。もしかしたら心臓ごと移
植手術ですげ替えればなんとかなるかもしれねぇが、相手はアルルネシアの進ん
だ科学技術。日本の現代医療じゃ相手が悪ィ」
 
 淡々と。理路整然と。正論を述べられ、目の前が暗くなる。
「しかもだ。仮に俺らがデザームを殺す選択をしたところで、それで全部終わる
保証もねぇ。なんせデザーム達は一回死んで生き返させられてる。つまり、今の
デザーム達の契約主はアルルネシア本人だ」
「…何が言いたいの」
「エンドレス・ナイトメア。…無限ループかもしれねぇ。何回殺してもデザーム
が魔女の駒として生き返っちまったら、このゲームは永遠に終わらない」
 じわじわと、実感が背中から這い上がる。自分達は思っていた以上に窮地に立
たされているのだと気付かされた。もし聖也の言が正しいのなら、下手をすると
この試合そのものが無意味になりかねない。
 袋小路の運命。その言葉がナチュラルに浮かび、痣となって脳に焼き付いた。
 
「そんな…じゃあ、どうすればいいの?」
 
 これでは手の打ちようが無いではないか。そう言いかけた瞳子に、聖也は首を
振ってみせた。
 
「いいや。…手はまだある。たった一つだけな」
 
 聖也の手が照美の金糸の髪を撫でる。薬を打って魔法をかけ続けた結果だろう。
彼の顔色も先程までよりだいぶマシになってきたようだ。
 
「…こいつが回復に向かってんのは、俺の魔力が強ぇからじゃねぇ。こいつが生
きようと頑張ってるからだ。人の願う力はそれほどまでに強い。時に運命を変え、
捻曲げてしまうほどに」
 
 運命を、捻曲げる。そう言われて瞳子が思い出したのは、円堂と風丸の一件だ。
アルルネシアが語った衝撃の過去。幼くして死ぬ筈だった風丸が、蘇らせられた
−−事実。
 アルルネシアは多分既に円堂に目を付けていたのだろう。だから彼女が現れた
のはきっと偶然ではない。しかし、理由はただそれだけでは無かったかもしれな
い。
 親友を死なせたくない。生きてまた一緒にサッカーがしたい。そう祈った円堂
の−−断罪の魔術師のあまりに強すぎる願いが。その力を持った災禍の魔女を、
引き寄せてしまったのかもしれない。
 
「…運命を変えるってのは、生易しいもんじゃねぇ。対価はとんでもなく高くつ
くぜ。そして雷門にいる大半の連中は、支払い以前の問題で門前払いを食らうだ
ろう」
 
 聖也が何が言いたいか、分かった気がした。
 
「私、なら…?」
 
 自分なら、吉良瞳子ならば。願いを叶える力と、対価を払う資格があると?
 
「…あとはアンタ次第だ。俺にはサポートするしか出来ない。そして再三言うが
運命をぶっ壊すのは生半可なことじゃない。高い支払いは覚悟しとけ。今も未来
も…失うもんがたくさんある。どうあったって辛い結末に変わりはないぜ」
 
 顔を上げた聖也と眼が合う。群青の瞳の中、揺れる自分の姿が映っていた。だ
から分かった。揺れているのは瞳子だけではない。本当は聖也も迷っていたのだ
ろう。この選択を、瞳子に提示することを。
 
「それでも…あんたは選べるか?天啓の魔術師、吉良瞳子」
 
 私が、魔術師。
 その名を呼ばれた時、瞳子の腹は決まっていた。
 
「…やるわ。それであの子を…あの子達を救えるなら」
 
 自分にできること。
 監督であるからこそ、すべきこと。
 
「私にも、あの子達が護れるなら、選んでみせる!」
 
 そして、瞳子は創造の魔女の手をとった。
 戦う為に。
 
 
 
NEXT
 

 

案外今日が来ないとしてもさ、ねぇ。