目が合う率が高いって。
 自惚れちゃうのは誰のせい。
 愛に見立てた矛盾に恋する。
 ねぇもしかして、もしかして。
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
5-49:の、采配。
 
 
 
 
 
 ころころ、とネット際を転がるボールを見つめる。デザームは一つ息を吐いた。
さっきの攻撃は−−完敗だった。見事なまでの雷門の作戦勝ちである。
 
−−グングニルの弱点を突いてくるとはな…。
 
 グングニルを打てば暫くはドリルスマッシャーを使えない。というかグングニ
ルは異空間を経由する事で威力を上げるので、下手をすれば元の世界に戻ってく
るのが間に合わず通常のキャッチもできない。強い技にはそれだけの代償が伴う
のだ。
 ただしこの問題もクリアする方法がある。あるにはある。自分がGKでなくなれ
ばいいのだ。本来ならばその方が駒として正しい配置である。
 
−−しかし、その為には…私の代わりに誰かがGKを務めなければならない…。
 
 ゼル。その名を呟き、唇を噛み締める。雷門側のベンチで車椅子に座り微動だ
にしない彼。自分達の愛しい同胞。
 イプシロンの正GKは彼だった。自分はFW。にも関わらずポジションを逆にし
たのは幾つか理由がある。うち一つが、デザームの身体能力に他のメンバーがつ
いてこれなかった事だ。
 デザームのシュートならば、マスターランクからでも点を奪うことができる。
ただしマスターランクと互角に渡り合えたのはデザーム一人。各上の相手との戦
いになるとデザーム一人で走り回る羽目になった。チームプレイを重んじるサッ
カーでは、あまり好ましい事ではない。
 よってゼルとポジションを入れ替えたのだ。デザームがシュートを決めずとも、
イプシロンの地力で戦うことができたから。そう−−今までの相手ならば。
 
−−だがゼルは今囚われたまま…とすれば代わりが出来るのは…。
 
「丁度いいわ」
 
 やけに甘ったるいその声に、はっと顔を上げるデザーム。赤いルージュが弧を
描いている。アルルネシアはにんまりと笑って、こちらを見ていた。指示がある
らしい。慌ててそちらへ駆けていく。
「そろそろ本気を出しましょう。デザーム、ポジション交代よ」
!!
 どうやら自分と同じ事を彼女も考えていたらしい。だが。
「グレイシアに、GKが出来ると?」
「それは無理ね。…いいえ、あの子の力ならば何だって出来るけど、今はまだ切
り札はとっておきたいし。何より現段階、下手なことしたらあの子の器が壊れち
ゃうわ」
 今それは困るのよね、と彼女は溜め息をつく。それはグレイシアを心配してい
るというより、お気に入りの玩具が使えなくなるのを嘆くかのようで−−なんだ
か胸焼けしそうだった。
 魔女、アルルネシアが優秀なのは皆知っている。彼女の“魔法”はとても常識
で測れるものではないし、科学者としての知識も申し分ない。自分達をここまで
“強く”してくれたのも彼女だ。何より彼女は陛下の信望が厚い。自分達が嫌う
理由も疑う理由もない−−その筈だ。
 それなのに何故だろう。彼女と話していると、気持ちがささくれだってくるの
は。
「…モールがいるじゃない。知ってるのよ、あたしは。貴方、自分の技を彼女に
継がせたみたいじゃないの」
「!」
 デザームは目を見開いた。何故だ。何故アルルネシアがそれを知っている?確
かに自分はモールに自らの奥義を継承させた。GKは負傷率が高い。万が一−−な
んて事があってはならないが−−自分もゼルもGKができなくなった時の為に。デ
ザームは彼女に技を譲り渡した。それが彼女の希望でもあった為。
 しかしそれはイプシロンの秘密の特訓であり、チーム外の者は誰も知らない筈
だった。皇帝にさえ申告していない。それを何故、アルルネシアが知っている?
 
「驚くほどのことじゃないわ。偶々ね、見る機会があったってだけ」
 
 見る機会が、あった?
 いつ−−どこで?
 
「作戦はパターンEよ。みんなに指示出して、ポジションに着いて頂戴。そして
…」
 
 ぐい、とアルルネシアの顔が近付く。キスができそうなほどの距離。毒のよう
に甘い香水が鼻を刺す。逃げようとしたが、顎を捕まえられる。
 目の前に、妖艶に嗤う、魔女。
 
「雷門に、絶望を。思い知らせてやるのよ…エイリアに逆らう不届き者にね。ゼ
ルを取り戻したいんでしょ?」
 
 ゼル。そうだ、自分は負けられない。仲間を救う為に。仲間を守る為に。陛下
の意志に報いる為に。そして。
 
 
 
 あ の 頃 み た い に ま た。
 楽 し い サ ッ カ ー を 。
 
 
 
−−あの頃?楽しいサッカー?
 
 
 
 ズキリ、と頭に痛みが走り、デザームは呻いた。楽しいサッカー?なんだ、今
の思考は。サッカーは武器だ。侵略の為の手段だ。それ以上でもそれ以下でもな
い。
 
『言葉に出来なくても、シュートが何より語ってくれる。本当はサッカー大好き
で、もっと楽しいサッカーがやりたいんだって!』
 
 円堂の言葉が回る。回る。
 
『思い出してくれ!大阪の試合…何もかも望んだ形じゃなかったかもしれないけ
ど。俺達は出来てた筈だ。本気の、本当のサッカーが!!
 
 記憶が揺らぐ。揺れる。何だろう、この違和感は。何かとても大切なことを忘
れている気がする。円堂に関する事だけではない。
 自分は−−そうだ。ゼルに何か頼み事をしたような−−。
 
 
 
 
 
『ゼル、どうかイプシロンを頼む』
 
 
 
 
 
 それは、いつ?
 
 
 
 
 
『お前達が私の−−』
 
 
 
 
 
「どうかしたかしら?」
 
 はっとしてデザームは顔を上げる。どうやら半ば意識を遠くにやっていたらし
い。デザームは首を振り、言う。
「何でも…ありません」
「そぉ?ならいいけど。不調なら言ってね。貴方はあたしの“お気に入り”なん
だから」
「…失礼します」
 ニヤニヤ嗤うアルルネシアに背を向ける。心臓が煩い。冷たい汗が首を、背を
伝っていく。意味も分からぬ焦燥が怖い。この警鐘がどこから来るかもわからな
い。
 ただデザームは、この揺らぎを魔女に知られてはならないと思った。彼女は絶
対的な自分達の味方である筈なのに−−何故だかそう、思ったのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 イプシロンも作戦を変えて来たようだ。春奈は相手フィールドを睨む。このフ
ォーメーションは以前見た事があった。あれはそう−−フットボールフロンティ
ア全国大会。千羽山との一戦だ。
 
 
FW      デザーム
MF    鬼道  メトロン
  クリプト スオーム マキュア
DFタイタン ケンビル ケイソン ファドラ
GK      モール
 
 
 フォーメーション名、無限の壁。4-3-2-1の非常に守備に厚い陣型だ−−本来
ならば。だが春奈は考える。アルルネシアとイプシロンの性質上、守備重視の作
戦に持ってくるわけがない。それはデザームをFWに持ってきた事からしても明ら
かだ。
 さらに今コアは同点。イプシロンがリードしているなら逃げきりもあり得たが、
今は守りに入って勝負がつくような段階ではない。だとすれば奴らの狙いはなん
だ?
 
「音無さん」
 
 ベンチから声が飛ぶ。はっとして春奈はそちらを見た。瞳子の鋭いまなざしに
射抜かれる刹那。
 
「冷静に考えれば、彼らの狙いは明白よ。このフォーメーションは、上から見れ
ば山のような形になっている。そしてイプシロンの普段のフォーメーションを見
れば分かるように、彼らは縦方向の連携にめっぽう強いわ」
 
 そうか。春奈も理解が行き着く。これは守る為の陣型ではない。限りなく中央
を厚くした、正面突破の陣型だ。千羽山の場合は基本の突破力がさほどなく、か
つ高い守備力がウリだった為鉄壁防御のフォーメーションとなったが−−これを
イプシロンがやるとなると大きく意味が違ってくる。
 彼らは守りに入る気などさらさらなく、もはや細かい小細工を仕掛ける気さえ
ない。デザームを中央に据え、ほぼサイドからの展開を封じてまで真っ向勝負を
挑んでこようとしている。こちらに丸分かりなのを承知でだ。
 
−−まだ時間はある…だったら!
 
 対抗して、中央を厚く守っても意味はない。というか勝ち目がない。多少失点
をしてでも、奴らからボールを奪って攻めに転じなければ。
「リカさん!」
「はいよ。うちの出番やな!」
「お願いします!!
 春奈はリカを呼ぶ。全身全霊をこめた策で迎え撃つしかない。経験も技術もな
い自分には、兄譲りのこのアタマしかないのだから。
 
 
FW   緑川 リカ
MF一之瀬 音村 春奈 宮坂
DF立向居 土門 綱海 塔子
GK    円堂
 
 
 フォーメーション名、GRID442。御影専農が使う組織的な陣型だ。イプシロンの
それに比べると縦に薄いが、サイドからの切り返しに強い。中盤両脇に足の早い
宮坂と一之瀬を置いたのもそれを狙ってのこと。ボールを奪ったらサイドが素早
く駆け上がる。イプシロンはサイドを捨ててきているから、反応はかなり遅れる
筈だ。
 ただ懸念もある。この陣型は一人一人が周りの動きをよく見て、瞬時に判断し
ポジショニングをしなければならない。例えば綱海がロングシュートを狙いに前
のめりになる位置まで動いたら、その隙間を塔子が埋めにいく必要がある。
 またその塔子も、場合によっては最後列から最前線まで走って貰う必要がある。
イプシロンからゴールを奪える残り僅かな可能性。相手がモールならば。そして
リカ一人ではなくリカと塔子の二人ならば、光明があるというもの。
 無論彼女がいなくなった分のカバーが必要だ。問題はそれを担う綱海の経験不
足。こればかりは彼がいかに高い身体能力を持っていつもどうにもならない。
 
−−デザームのシュートがスゴいのはもうみんな分かってる。でもそれ以外は何
も情報がない。
 
 ただ、これみよがしに彼を中央に据えて、真ん中から突破してくる気満々なの
だ。ドリブルが弱いとは到底考えられない。また、イプシロンの他メンバーはと
ことんデザームをサポートして動く筈だ。
 加えて問題なのは、デザームのグングニルがロングシュートだということ。い
つどこからでもフィールドをブッた切れる。その上ゴール前から打ってあの威力
だったのだから、その距離が詰まれば詰まるほど自分達がブロックするのが難し
くなってくる。ましてや円堂の正義の鉄拳は未完成なのだ。今の状態ではとても
単独で止めきれまい。
「…音村さん。デザームからボールが離れたら、マークに着いてくれますか」
「分かった。…でも」
 音村はじっとイプシロンを見据えて言う。
 
「なかなかその隙を見つけるのは、難しそうだよ。僕じゃ見抜くことは出来ても、
フィジカルじゃデザームの足下にも及ばない」
 
 やはりそうか。しかし、春奈は考えを変えるつめりはなかった。どのみちデザ
ームと体格・スピードではり合えそうな聖也は引っ込んでいる。ならば当たり負
けしても、そのわずかな隙を突ける音村に頼むしかない。
 
「一瞬でも…隙が作れれば儲けものですから」
 
 だがこちらの攻撃が問題だ。デザームの張る前線を突破する手段が、今のとこ
ろ春奈に見つけられないでいた。サイドから上がられるのは向こうも承知してい
る筈だ。
 考えるしかない。可能性はいつだってゼロではないのだ。諦めた時自分達は絶
望に負ける。だから戦う。それを教えてくれた人を、この手で救う為にも。
 
 
 
NEXT
 

 

僕に恋をしてくれるかい。