もういっかいナンカイやったって
 思い出すのはその顔なんだよ
 知らない事が罪なのでしょうか
 それで今日も眠れないんだ、嗚呼
 
 
 
 
 
この背中に、
白い
無いとしても。
5-52:者達の、舞踏会。
 
 
 
 
 
 そろそろ潮時だろう。銀髪の青年−−クジャは、携帯を取り出して耳に当てる
(余談だが、この世界は2010年という設定である。あしからず)。何処かではま
だバコンだのドコンだの音が鳴っているが、この部屋に来ないという事はもう敵
の殆どは撤退したのだろう。
 同伴した刑事二人のうち、佐藤美和子という女刑事が豪炎寺夕香の側で声をか
けている。見たところ夕香に怪我はなく、そればかりか殆ど拘束されていた気配
もない。人質のわりに、随分と丁寧に扱われていたようである。
 
−−敵はバーンやうちのチームの下調べ通りだった。少ないタイミングを見計ら
ったから人数は精々二十人そこそこ。…ただ。
 
 思っていたより随分事が上手く運び過ぎている気がする。自分達が突入してき
てすぐ奴らはこちらの動きに気付き、応戦してきた。全員が武装し、自分達の敵
ではないにせよそれなりに腕が立つ者ばかりだろう。だが、その割に彼らの動き
は消極的だった。気付かれないようにしていたが、バレバレだ。
 彼らはどう見ても、自分達の正体も実力も分からないうちに−−撤退を決めて
いた。攻撃してきたのも単なる時間稼ぎだろう。
 
−−どういう事だ?夕香以外にも、人質にされた政治家達も見つかってるし…か
なり重要な拠点だったのは間違いないのに。
 
 人質を失えば政界をコントロールする手段も大きく奪われる。それだけではな
い。これだけの人数を不当に捕らえていたのだ。バレたら今度こそはっきりと、
日本という国が牙を剥く。エイリアの真実も数多く明るみに出るだろう。どう足
掻いても奴らの良いように転ぶとは思えないのに。
 バーンと同じような、二ノ宮への離反者が他にいたのか?そもそも、豪炎寺夕
香を捕らえて豪炎寺修也を脅迫するプランは、誰が考案したものだろう?
 夕香が自由になれば、同時に兄も自由になる。エイリアが敗北する確率は確実
に上がるだろう。ならば何としてでも、夕香を抑えておきたかった筈だ。しかし
実際彼女は、かなり緩い軟禁しかされておらず、彼女のいたアジトを奴らはあっ
さり放棄している。
 これは一体、何を意味するのか。
『もしもし、クジャ?』
「ああ、やっと繋がった。コール長すぎるよフリオニール。困るんだけど」
『すまない。追跡中だったものだから』
 地下なだけに音が割れている。しかし、電話先の相手−−真実の義士・フリオ
ニールの周りがまだ騒がしいのは聞き取れた。クジャは眉を寄せる。まだエイリ
アの使徒が残っていたのだろうか。
 
『悪い。殆どの奴に逃げられた。捕まえられたのは三人だけだ。避難経路は全部
押さえたつもりだったけど、まだ抜け道があったみたいだな』
 
 ワープ技術があるらしいから、道というより転送部屋のようなものかも、とフ
リオニールは言う。
『音が鳴ってるのは、あちこちで皇帝が仕掛けたマジック・トラップが起動して
るせい。…だから言っただろ、やりすぎは危険だって』
『やかましい!おめおめ敵を逃した奴に言われたくないわ』
 別の冷厳な男の声が受話器から聞こえた。この作戦で裏から突入した人間は、
フリオニール以外にもう一人いる。沈黙の暴君、マティウスだ。仲間内では皇帝
や陛下と愛称のように呼ばれる男である。
 マティウスは本来、後方支援を得意とするメンバーである。勿論戦闘能力は申
し分ないが、彼の力は前に出て敵と刃を交えるのには向いていない。にも関わら
ず彼を作戦に起用したのは、ひとえにその力が敵を足止めし“捕縛”するのに向
いているからだ。
 別名、トラップメイカーの皇帝サマ。彼の魔法を恐れ、逃げ出した者達は片っ
端から罠に引っかかる。恐らくエイリアの使徒達と戦いながら、アジトのそこら
中にトラップを仕掛けまくってきたのだろう。
 マティウスのトラップを、一般人が見抜くのは極めて困難であり。抜け出すの
もまた困難である。踏んだら不運と諦めろ、まさに地雷と同じだ。
 にも関わらず三人しか捕られなかったのは−−それだけあちらの撤退の手際が
良かった事を意味する。
『…報告がある。捕まえた奴に吐かせたよ。豪炎寺夕香誘拐事件の真相ってヤツ
をね。…どうやらエイリアの幹部クラスにも、反旗を翻した奴がいるらしい。そ
いつはアルルネシアの手から豪炎寺兄妹を守る為に、夕香を浚ったんだ。だから
今回、雷門に豪炎寺修也の力が必要と知って…あっさりアジトを放棄した。自分
達に夕香を保護させる為に』
「…何それ。どういうこと?」
 フリオニールが説明してくる。聞けば聞くほど驚きの内容に、さすがのクジャ
も愕然とさせられた。
 
「…研崎のおじちゃん、言ってたよ」
 
 夕香が俯いて言う。
「私を浚ったのは、お兄ちゃんを守る為だったって。夕香には分かるの、おじち
ゃんは嘘言ってないよ!ウルビダってお姉ちゃんが言ってた…これは本当はおじ
ちゃんにとってまずい事なんだって」
「…そりゃそうだろうね。これは明らかにアルルネシアを妨害して、エイリアを
負けさせる事に繋がる訳だから」
 アルルネシアに狙われた豪炎寺を救う為、回りくどくも一番安全が確保出来る
手段をとった。夕香の話によれば、研崎という男はお日様園時代からの古株のよ
うだし、瞳子の性格も把握していただろう。
 アルルネシアから豪炎寺を逃がしただけでなく。今この絶妙なタイミングで(も
しかしたらバーン達の動きも彼の計算通りだったのかもしれない)豪炎寺を解放
し、雷門に加勢させようとしている。
 相手があの魔女だ。立場が危うくなるどころでは済まないだろうに。
 
「勇者は陰日向問わず存在する。大人の中にもいたんだ。…研崎って奴も紛れも
ない勇者だったという事だな」
 
 スコールがどこか遠い目をする。ひょっとしたら大国で大統領をやってる実父
を思い出しているのかもしれない。
「今、高木から連絡があった。不動産屋に紛れこんでいたエイリアのエージェン
トは二人とも取り押さえたらしい。まあ、高崎の奴はとっくに伸びてたから簡単
だっただろうが」
「私達に出来る仕事はここまでですね」
 鬼瓦の報告に、佐藤は頷いた。
 
「あとは…信じるしかないわ。豪炎寺君と、雷門の子供達を」
 
 そうだ、とクジャは思う。この舞台の主役は大人でもなければ自分達でもない。
何の力もないはずのサッカー少年達が、強大な魔女に立ち向かい、悲劇を打ち砕
く物語なのだ。
 脇役は退場しよう。あとはただ、主役のヒーロー達が劇を成功させてくれる事
を祈るのみ。
 
「お願い、クジャのお姉ちゃん!」
 
 誰がお姉ちゃんだ!と普段ならキレたところだが。すがりついてきた夕香の潤
んだ眼が真剣そのもので、野暮なツッコミは出来なかった。
 
「お兄ちゃんや研崎のおじちゃんを、助けて!」
 
 悲痛な叫び。彼女もまた、幼い身で葛藤し、何かと戦っている。自分の弟を思
い出し、クジャは微笑んだ。
 
「大丈夫。…心配しないで」
 
 夕香の頭を撫でて言う。
「もう誰も…犠牲にさせたりしないから。…鬼瓦刑事」
「ああ」
 鬼瓦は携帯を取り出す。クジャは繋がったままの自らの電話に話しかけた。
「流れは分かってるね、フリオニールに皇帝。…フリオ、感動して泣いてたりし
ない?」
『な、泣いてなんか…』
「相変わらず涙もろいんだから。…僕達の仕事はまだ終わってないよ。残ってる
資料かき集めないと」
 あとは、ボロクソにしてしまった地下施設の“お片付け”である。次からもう
ちょっと自重して戦おうと思う、クジャだった。−−出来るかどうかは別として。
 
 
 
 
 
 
 
 鼓動が早い。息が切れる。でもそれはけして、疲れているせいではない。
 豪炎寺は待っていた。この日を、この瞬間を。そして見ているしかない恐怖か
ら、試合会場を一時でも離れた自分を恥じた。浜辺にいた自分の携帯に、入って
きた連絡。それは待ち望んだ時が満ちた事を意味していた。
 
『エイリアが…否。研崎が夕香ちゃんを浚ったのは、お前さんが行方をくらます
のを狙っての事だったんだ』
 
 鬼瓦の言葉を、脳内で反芻する。
 
『…お前も、お前達も。見えない所で誰かに守られて、支えられてそこにいる。
それは忘れてはならんことで、同時に誇るべきことだ。お前達はけして、一人で
戦ってるわけじゃない。大人の中にもたくさん、君達の味方はいる。それを、忘
れてくれるな』
 
 忘れない。自分が、自分達が此処にいる意味。知らないうちに救われていた命。
助かっていた魂。想いと一緒に胸に抱いて、豪炎寺は坂を駆け下りる。
 悲しい事が、たくさんあった。何が悲しいのかも分からないくらいたくさん、
あった。イプシロンのこと。風丸のこと。そして、鬼道のこと。正直な話、自分
が加勢したところで何を変えられるかは分からない。何も変わらないかもしれな
いし、強大な力を前に、どこまで対抗出来るか分からない。
 それでも。
 諦めず、立ち向かうことは出来る。だから円堂は諦めていない。だから自分達
は今までも奇跡を起こしてこれたのだ。
 あと少し。
 あと一歩。
 ここから、世界は変わる。否−−変えてみせる!
 
 
 
 
 
「円堂−−−ッ!」
 
 
 
 
 
 フィールドに飛び込み、吠えた。試合のスコアは2対3。雷門の一点ビハイン
ド。満身創痍で倒れ、あるいは膝をついている仲間達。そして円堂が振り向く。
その眼が、見開かれる。
 ごうえんじ、と震える唇が動くのが見えた。
 
 
 
「待たせたな」
 
 
 
 この感激を、感情を。言葉にして表す術を、豪炎寺は持っていなかった。叫ぶ
ことも騒ぐこともできず、ただ胸の奥に押し込めて−−一言。
 ありがとう、待っていてくれて。
 ありがとう、信じてくれて。
 
「豪炎寺…」
 
 くしゃり、と。一瞬円堂の顔が歪んだ。彼の感情も丸めた紙のようになってい
るかもしれない。色々と集めすぎて、想いすぎて、いっぱいになってまた溢れ出
る。
 
 
 
 
「いつもお前は遅いんだよ!」
 
 
 
 
 笑顔で言い放たれた。確かに、とつい苦笑する。なんだか、初めて一緒に戦っ
たあの日のよう。相手はまたしても、強大な敵。けして生易しい敵ではない。
 それなのに、何故だろう。円堂の顔を見た途端、胸につかえていた最後のモノ
が、消えた。勝てないかも、なんて不安が消し飛んだ。
 絶対に、なんとかなる。できる。今はっきりそう思う。
 
 
 
 君と一緒なら、怖いものなんてない。
 
 
 
「豪炎寺君」
 
 フィールドの手前。隣に立つ瞳子監督が言う。
 
「何が起きても…立ち向かう覚悟はある?」
 
 それは何を意味するのか。しかし、それだけの覚悟が必要なのはもう、分かり
きっている。瞳子の横顔を見つめ、豪炎寺は断言した。
「あります」
「なら、行きなさい。奇跡を起こすのよ…豪炎寺修也!」
「ありがとうございます!」
 瞳子のGOサインと同時に、ユニフォームを身に纏って駆け出した。スパイクに
はもう履き替えてある。
 
「頑張れよ、煉獄の召喚士サマ」
 
 背中で聖也の声を聴いた。煉獄−−ああある意味似合いの称号かもしれない。
 いざ行かん。仲間達の待つ戦場へ。
 ここからまた、時が動き出す。
 
 
 
NEXT
 

 

貴方がホントに在ることの証明を。