知らない、知らない事が聞こえるんだ 知らない、知らない僕はまだ知らない それでも今はこれでいいんだって ただ本当に、そう思うから
この背中に、 白い翼は 無いとしても。 5-53:見参、焔のストライカー。
踏みしめる芝の感触が、なんだか懐かしく感じる。試合をしていなかった期間 は、そう長いものではないというのに−−それだけ今までの自分が、サッカー漬 けだったという事か。 サッカーに恐怖する者がいて。サッカーに涙する者がいる。それもまた紛れも ない事実だけれど。 自分はサッカーに救われた。同時に、現在進行形で救われてもいる。それもま た、真実なのだ。
「円堂。…みんな」
豪炎寺は仲間達を見回し、言った。
「勝手にいなくなって…迷惑をかけて、すまなかった。ここまで頑張ってくれて、 本当にありがとう」
メンバーも随分変わった。新しく加わった仲間がいる反面、いなくなってしま った仲間もいる。 辛い事も悲しい事もたくさんあって−−それでも立ち向かい、立ち上がってき た雷門イレブン。単純な戦力という意味でなく。彼らが一番辛い時、傍にいられ なかった事が悔しくてならない。 実質、瞳子に追放されたような形となった豪炎寺だが。離脱が豪炎寺の意志で あることはもう、皆が知っている事実だろう。−−鬼道が話しているならば、間 違いなく。 だから自分は最初に、謝らなければならなかった。感謝する気持ちと、同じほ どに。
「もう…縛るものは何もない。俺も魔女と戦いたい…鬼道や風丸や…エイリアの 連中を救う為に」
それでも、無駄な事は何一つ無かった。独りで見つめ直す時間も必要だったと、 今なら分かる。
「もう一度。俺をお前達の仲間にしてくれないか」
もし仲間達が、こんな自分を赦してくれるなら。自分は迷い無く、皆の為にシ ュートを決めると誓おう。罪悪感はある。畏れも皆無ではない。けれどフィール ドで自分の仕事を誰より忠実にこなす事こそ、仲間達への報恩である筈だ。
「何言ってんだか」
ポン、と。土門が豪炎寺の肩を叩いた。 「今も昔もお前は仲間だ。信じてたぜ、戻ってきてくれるってな」 「土門…」 「豪炎寺さんが帰ってきてくれるなら、百人力っす!」 ぐっ、と拳を握って壁山。
「一緒に見せてやるっすよ。雷門の底力って奴を!」
無論、誰に見せてやるかなど言うまでもない。ニヤニヤと笑みを消さないアル ルネシアを、豪炎寺は見やる。今に見ていろ。その鼻っ柱、自分達が叩き折って やる。
「うち知ってるで。雷門の炎のエースストライカー、豪炎寺修也!ま、うちは直 接会ったの初めてやけどな」
そして、初対面のリカも。 「仲間の仲間はうちにとっても仲間!みーんな友達や!歓迎すんで!!」 「…恩に着る」 明るくて良い子だな、と素直に感心した。鬼瓦からも“諦めの悪い最強の大阪 娘でムードメーカー”と聞いていたが、まさしくその通りなのだろう。大変な時、 彼女の明るさで皆が救われる事もあったに違いない。
「さぁて、豪炎寺がいるならいくらでも戦いようがあるな」
ニヤリ、と笑う一之瀬。 「ポジションをちょっと弄るぞ。春奈はそろそろ体力キツいだろ。下がってくれ」 「お見通しですか」 「伊達に君の右腕はやってないさ。後は任せておいてくれ」 一之瀬に言われ、春奈が肩を竦めた。
FW 豪炎寺 緑川 MF一之瀬 音村 宮坂 リカ DF立向居 土門 綱海 塔子 GK 円堂
配置が大きく変わった訳ではないが−−リカをMFの位置に下げ、守備の要で俊 足の宮坂をセンター付近へ。さらには、FW右に緑川を動かし、残る左サイドに豪 炎寺を配置。 なるほど、悪くない陣型だ。
「作戦は…とにかく責めて責めまくる。豪炎寺の復帰は向こうにとってもインパ クト強いからな。徹底的にマークしてくるだろうけど…これくらいでもイケる か?」
ぴ、と一之瀬は指を三本立てる。仮に三枚でつけられても振り切れるか、とい う意味だろう。豪炎寺は頷く。 「やってやるさ。…それ以前に三人も詰められるようなヘマはしない」 「頼もしい限りだね。…そんでもって豪炎寺にマークが集中すればレーゼが手薄 になる。さらに相手がまた中央から抑えこみにかかってきたら、リカと塔子が一 気にサイドを駆け上がる!」 トン、と紙を弾く一之瀬。どうやらリカと塔子の連携必殺技でもあるらしい。 「綱海はさっきまでと同じ。ボールとったら即ロング」 「はいよ」 「…円堂がさっき言った通りだ。こっからが本番!逆転劇、見せてやろうぜ!」 勿論っ!と。力強い声があちこちで上がった。最後に円堂がシメる。 「ブチかますぞ、雷門!!」 「おうっ!」 パシッと互いの拳を突き合わせ、メンバーが散っていく。イプシロン側も軽く 作戦会議をしたようで、同じタイミングでポジションへ戻っていくのが見えた。
「…今日から、味方同士だ」
隣に立つレーゼが、一瞬苦い顔をして−−豪炎寺と戦った奈良シカTVの試合を 思い出したのかもしれない−−ぎこちない笑みを浮かべた。 「思う事はいろいろあるだろうが。仲良くしてくれると…助かるな」 「当たり前だろう」 「…え?」 豪炎寺の即答に、きょとんとするレーゼ。なんだ、そんな顔もできるんじゃな いか。そうしてると普通の子供にしか見えない。 かつて。戦った時には、見えなかったこと。威圧感と恐怖で霞んでいたものが、 今なら見える。
「リカが言ってくれたこと。…俺も同じ気持ちだ。仲間の仲間は俺にとっても仲 間。こっちこそ、よろしくな」
出逢いは最悪だったかもしれないが。紆余曲折を得て今隣にいて、手を繋ぐこ とができる場所にいる。それはとても、素敵な事だ。
「…豪炎寺修也…か。我々にとっても貴様は要注意人物だった。実力は認めよう。 …だが、今更たった一人で何ができる?」
デザームが眼を細めて見てくる。初めて映像や写真でなく、イプシロンの主将 を間近で見た。背が高く、GKというだけあって肩がある。しかし、それでも手や 腰はまだ未発達で大人になりきれていない。身長も成人女性である瞳子には及ば ないだろう。 放つプレッシャーは確かに子供と呼べるようなものではないけれど。彼もまた、 自分達と同じくらいの年の少年に過ぎなかった。大人達が策謀を巡らせなければ、 あるいは自分達と同じように、陽の下でサッカーが出来ただろうに−−。
「…俺一人じゃない。みんなで、お前達に勝つんだ」
あらゆる感情を飲み込み、豪炎寺は口にする。今必要なのは、同情や憐憫では ない。
「最後に勝つのは、最後まで諦めず…本当のサッカーをした奴なんだ」
ちらりと、豪炎寺はグレイシアを見る。自分の知る鬼道の面影を残しながらも、 生ける屍に−−破滅の魔女に変えられてしまったかつての友を。鬼道もこちらを 見たが、すぐに興味無さそうに視線を逸らされてしまった。 今、彼と直接言葉を交わす事に、意味はないのだろう。だったら、自分はこの 試合に集中するだけだ。それが鬼道を救う早道でもあるのだから。
「よく聞けイプシロン。本当のサッカーを思い出さない限り…」
笛が鳴る。レーゼがボールを蹴っていた。 「勝ち目がないのは、お前達の方だ!」 「!!」 真っ先に立ちふさがってきたデザームを、豪炎寺はひらりとかわした。否、正 確には体を捻りながら飛び越えたのだ。砂浜の特訓で学んだこと。身につけたこ と。それは足場の悪いフィールドでの戦い方だ。 どんなに地面が悪くとも、空気に変わりないのならいくらでもやりようはある。 空中戦を制する者が、サッカーを制する事になるだろう−−と。
「レーゼ!」
滞空中に、豪炎寺はボールを蹴っていた。ボールは一足先に前へ駆け込んでい たレーゼの元へ向かう。
「いかせない」
グレイシアそれを阻止せんと動く。しかしパスを受けたレーゼの動きは早かっ た。
「真・ワープドライブ!!」
進化を重ねたワープドライブ。飛び越せる空間や距離もかなり長くなっている。 グレイシアがタックルしようとしたレーゼの体はすり抜け、彼の遙か後方に出現 した。 「豪炎寺をマークしろ!奴に決めさせるな!」 「Yes, My lord!」 デザームの指示が飛び、メトロンとスオームが豪炎寺に迫る。面白いほど一之 瀬の計算通りだ。彼らが自分に集中し、さらにレーゼからボールを奪おうと他の メンバーが動く。そのせいで彼らは、右サイドを駆け上がるリカと塔子に気付い ていない。
「はぁっ!」
マキュアのスライディングを受ける直前、レーゼはパスを出していた。豪炎寺 ではない。最前線に上がっていたリカへ。 「くっ…!だが、そいつのシュートなら私にも止められるわ!」 「それはどうかな!」 身構えたモールに、リカの後ろから追走していた塔子が叫ぶ。 「見せてやらあ!これがあたし達の連携技!!行くぜリカ!!」 「ほな!!」 二人が手を繋いで、舞い上がる。可憐な少女達の背後に、麗しい揚羽蝶が羽根 を広げた。誰もが見惚れるその刹那。豪炎寺はここぞと言わんばかりに、マーク を振り切って駆け出す。 彼女達の必殺技は美しいばかりではない。威力も申し分ないものだ。
「バタフライドリーム!!」
蝶が羽ばたきながら、ゴールへ向かう。さすがに危機感を感じ、シュートブロ ックに走ろうとするケンビルの進路をレーゼが塞ぐ。 「まだだ!」 「!」 豪炎寺はシュートの軌道上に飛び出した。ルール上の隙。キーパーと1対1に なる位置でパスを受けると、オフサイドを取られてしまうが−−シュートならば 別。シュートにシュートを重ね、威力を増加させる行為は、たとえキーパーと1 対1になってもオフサイドの対象には、ならないのだ。 大地を蹴り、宙を跳ね、回転しながら威力を溜める。炎を巻き上げた足がボー ルを捉え、バタフライドリームにさらなる力を与える。
「シュートチェイン…」
さあ、唸れ。
「ファイアートルネード…改!」
レーゼのおかげで、シュートブロックできるイプシロンの人材が軌道上からい なくなっている。危機感から冷や汗を流しつつも、モールが必殺技を繰り出した。
「負けない…負けるわけにはいかないのよ!私達にも守りたいものがあるんだか ら…!ドリルスマッシャー!!」
少女の手に、銀色のドリルが具現化され、シュートに向けて打ち出される。だ が、豪炎寺にはもう勝敗が分かっていた。リカ、塔子、自分の三人の力が合わさ ったシュートを、サードキーパーに過ぎない彼女一人で止めようというのは−− あまりに無謀というもの。 鋼鉄のドリルが、まるで悲鳴のような声で鳴き、粉微塵に砕け散った。
「きゃあああっ!」
吹き飛び、のけぞったモールの顔の上をボールが通過する。笛が鳴った。3対 3。再び等雷門が追いついたのだ。
「…さあ、デザーム。キーパーに戻って貰おうか」
豪炎寺はくるりと振り向き、デザームに挑戦状を叩きつけた。 「試合を精一杯楽しもう。今度は俺一人で魅せてやる。俺と勝負しようじゃない か、デザーム」 「…面白い」 失点したというのに。心なしかデザームの声も弾んでいる。
「豪炎寺修也…これは潰し甲斐がありそうだ」
さあ、一緒に踊ろうか。
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本当は寒かったんだ。