泡になって消えてゆく 誰もがこの海で生まれてきたの 思い出して、此処は寒くなんかないわ だから今は、今は この背中に、白い翼は 無いとしても。 5-55:正義の、鉄拳。 もう同じ徹は踏まない。キーパーに戻ったデザームは、その場所からフィール ドを見渡した。豪炎寺は言った−−今度は自分の力だけでゴールを奪ってみせると。一対一の 真っ向勝負はこちらも望むところだ。そしてサシの勝負でも勝てる自信はある。 しかし、宣言通り豪炎寺がゴール前にボールを運べるかどうかはまた別の問題だ。そこまでの技量と駆け引きもまた勝負の内容に含まれる。さっきの攻防で、次 はリカと塔子も徹底マークされるのはあちらも予想済みだろう。さらにはデザームも、ただボールが来るのをゴール前で待っているつもりはな い。これは勝負であると同時に、支配権を賭けた試合でもある。あらゆる手を使 って勝ちに行く−−それが礼儀というものだ。FW 鬼道 MF マキュア メトロン クリプト スオーム ケイソンDFタイタン ケンビル モール ファドラ GK デザーム 無限の壁の陣型は変わらない。しかし配置をあちこちズラした。グレイシアこ と鬼道を軸に、脇をマキュアとメトロンで固める。言うまでもない、ガイアブレ イクの為の布陣だ。しかしただそれだけが理由ではない。グレイシアの予知も封じられてはいるが、 彼の作戦力や観察力は衰えていない。彼が中央にいて皆を率いてくれれば、瞬時 に最善の位置取りを皆に指示してくれるだろう。残り時間は僅か。お互いラストチャンスだ。この最後の一撃を、決めた方が勝 利する。「これがイプシロンの最終戦争…行け!」「Yes, My lord!!」 イプシロンボールからの試合開始。レーゼがタックルしてくるより先に、マキ ュアが決めていた。「メテオシャワー・V3!!」 降り注ぐ隕石。メテオシャワーの怖いところは、隕石の数が多く避けるのが困 難なことだ。避けやすさという点では、当たれば破滅の一発モノの方が楽だろう。 メテオシャワーのような乱発型ドリブル技を回避しようとしたら、自身も相応の ブロック技で応戦するしかない。レーゼはディフェンスがあまり得意ではない。昔からの付き合いだ。デザーム は無論、メンバーの多くが知っている事である。「ぐっ…!」隕石の直撃は免れるも、回避しきれずレーゼが膝をつく。しかし雷門イレブン も馬鹿ではない。メテオシャワーはタメが長く、立て続けに繰り出すのには向か ない技だ。レーゼが抜かれるのも見越して、宮坂が詰めてくる。今春奈はフィールドにいない。シューティングスターは使えないだろう。だが、 彼は足が速く体力があり、広範囲の守備を一手に担う選手だ。「グレイシア!」デザームはフィールドを統括する破滅の魔女を呼ぶ。鬼道は頷き、マキュアと メトロンに合図を送った。ボールを保持したマキュアの眼前、宮坂が必殺技の体 制に入る。「スピニングカット!」「きゃあ!!」 宮坂の足が弧を描き、地面から青い炎が噴き出した。マキュアがその火に巻か れ、悲鳴を上げる。貰った−−宮坂はそう思った事だろう。すぐにその笑顔は凍 ることになるのだけれど。「!ボールがない!?」 戸惑う宮坂の横を、ボールを保持したメトロンが悠々と抜けていく。わざわざ 種明かししてやる必要はない。道理は至極単純明快。気付く奴は、すぐ気付く。サッカーにおいて大切なのは、その実ボールを保持していない時間である−− きちんとサッカーを学んだ者は皆知っている。オフ・ザ・ボールの動き。特にFWは、いかに相手の隙をついてフリーの状態でパスを受けるかが鍵となってくるの だ。今の場合、マキュアは技を受ける直前にメトロンにパスを出していた訳だが。 ただパスをするだけでは、ああも宮坂がボールを見失う結果にはならなかっただ ろう。そもそもマキュアがボールを保持しなくなった時点で攻撃を中止した筈だ。 ボールを保持しない人間への攻撃は本来反則をとられるのだから。 そうならなかったのは、恐らく必殺技の余波で審判もボールを見失った為。−−宮坂は経験は浅いが天性の嗅覚を持つプレーヤーだ。直前までボールの動き に特化して追っていた筈。しかしそんな彼もボールから眼を離す瞬間がある。ディフェンス技を繰り出す 直前だ。スピニングカットならば、地面を蹴って足を振り抜く瞬間、発動者はバ ランスを取る為下を見ざるを得ない。そのゼロコンマ数秒の隙に、マキュアはパスを出したのである。あとは宮坂自 身が繰り出した技がブラインドになって、彼女の足下もまた隠される。宮坂はい つボールが消失したか分からず、大きく迷う結果となったのだ。今までの雷門の戦いを見た観察結果。技の隙は選手のひと呼吸と同じタイミン グだ。デザームは気付き、鬼道にタイミングの指示を任せたのである。司令塔が 二人同時に存在し、かつ土壇場で指示通り動けるだけの能力がメンバーにあった からこその技術である。マキュアだけではない。今のは死角をとってスペースに走り込み、ドンピシャ のタイミングでパスを受けたメトロンも凄いのだ。キャプテンとして誇らしい限 りである。−−どんな人間でも、ターゲットを視界から外す瞬間が必ずある。この見極めは、 マークを外す際も応用が出来る。マキュア、メトロン、鬼道とくれば当然雷門はガイアブレイクを警戒する。三 人が三人ともマークされるのが必然だ。さっきもメトロンには一之瀬がマークに ついていた。ではメトロンはいかにして一之瀬のマークを外したか。同じように、一之瀬がメトロンから眼を離す瞬間を狙って“消えた”のだ。ど んな人間でも、ボールを眼で追う瞬間は対象から視線を外さざるをえないのだか ら。「止めてやる!」メトロンを土門が止めに来た。今度も同じ要領でかわしてやればいい。鬼道が メトロンにサインを送る。「ボルケイノカット!」ボルケイノカットは、スピニングカットと同系列の技だ。威力と属性は違うが、 モーションは極めて似通っている。土門が足を振り抜いた瞬間、メトロンは鬼道 へパスを出していた。マグマが噴き出す。直撃を受けたメトロンがうずくまる。だが、彼の元に既に ボールはない。「くそっ…またか!」土門が悔しげに吐き捨てる。ダメージからなんとか復帰したメトロンがニヤリ と笑った。この作戦を、イプシロンがこの土壇場になるまで使わなかった理由は 二つ。一つはタイミング見極めに必要なデータを集めるまで時間がかかったこと。 一つは、メンバーの受けるダメージが大きい事だ。どんな作戦にも弱点はある。この作戦は難易度が高い上、パスが通っても直前 までボールを保持していた味方はディフェンス技を避けられず、ほぼ直撃を受け てしまう。つまり体力をガリガリと削られていくのだ。最後の最後、諸刃の剣と いっていいタクティクスである。そしてデザームは。雷門がメトロン達を止められず手こずっている隙に−−ゴ ールから離れ、フィールドを駆け上がっていた。今雷門は、メトロン達を止める 為彼らの周りに人員を集中させ、中盤より前が手薄になりつつある。我々にとっ てはまたとない好機だ。「今度こそ止めてやらぁ!スピニングカット!!」 三度目の正直と言わんばかりに、綱海が必殺技を繰り出した。どうにも雷門は この系列の必殺技が好きと見える。自分達からすればタイミングが図りやすくて 願ったり叶ったりだ。青い炎を浴びせられる鬼道。その時にはもう、ボールは大きく後方へ戻されて いた−−デザームのいる、センター付近まで。「デザームぅ!?いつの間に!?」 リカが驚きの声を上げる。今更気付いたところでもう遅い。「勝負だ…円堂守!」一気に踏み込み、センターラインを越える。少しでも距離を詰め−−ギリギリ シュートブロックされない、最適のシュートコースで打ち抜く。「グングニル…V2!!」 進化した神の槍が、雷門ゴールへと迫った。イプシロンの捨て身の攻撃。自らの想いと仲間の魂を込めたデザームの一撃が 襲い来る。円堂はばしりと両の手を叩いて身構えた。−−距離はあれど…文字通りの俺とデザームの一気打ちだ。今までの正義の鉄拳 じゃ、進化したグングニルは止められないだろう。『喩えるなら。…ライオンはライオンでも、まだ子供を見ているような印象なん ですよ。鋭い牙も爪もあるけど未熟な面が否めないっていう』立向居の言葉を思い出す。彼は言っていた。足りないのは経験値かもしれない、 と。『子供のライオンはサバンナで何度も失敗しながら狩りを覚え、一人前になって いく。…ひょっとしたら、究極奥義っていうのは……』「究極奥義は未完成…」ノートにあった記述と、立向居の言葉を重ねる。そこに答えがある気がした。 未完成と目にした時、当初自分達はそのまま“円堂大介にも完成させられなかっ た”と捉えたわけだが−−本当の意味は違うのではないか?この試合。自分は悉くイプシロンのシュートに敗れてきた。だがそのおかげで 奴らのクセと、この必殺技のクセを把握しつつある。基本の型は出来ていたのだ。 だが今までの自分は、パワーが最大限高まったタイミングで拳を振り抜く事が出 来ていなかった。タイミングだけではない。自分が一番力を集めやすいポイントにボールを当て ること。これは綱海が無意識にやっていた事だと聞いている。同時にイプシロン は、円堂がバランスを崩しやすいポイントを見抜いてブチ抜きに来ている事も。今なら、分かる。自分が一番ボールを返しやすいタイミングも、拳のどこにボ ールを当てればいいのかも。−−そういうことか!理解は突然。円堂は自信に満ちた笑みを浮かべ、足を振り上げた。拳にパワー を集約する。−−究極奥義は未完成なんじゃない。経験と鍛錬で果てしなく進化を続ける…だ から、完成して終わりになる事がないんだ!自分が戦い続ける限り。努力し続ける限り。いつまでも期待に答えてくれる必 殺技なのだ。気付いた時、心の中の靄は晴れていた。−−最ッ高だよ、じいちゃん!! 今なら、勝てる!「正義の鉄拳…G2!!」 足を振り下ろし、がつんと拳を振り抜く。シュートを真芯で捉えた。明らかに 今までと手応えが違う。拳で回転を殺しながら、思い切り打ち返した。シュートが帯びていた紫色の光が弾け、金色に変わる。まるで再び太陽が昇っ た事を示すように。「いけぇぇぇ豪炎寺ぃ!!」 帰ってきた炎のストライカーに、最高のパスを。思い出すのは彼と戦った最初 の試合だ。デジャビュなんてものでなく、そっくりそのままの光景。これもまた 何かの奇跡である気がしてならない。あるいは、運命だとか必然だとか−−ああ、 そんな堅苦しい言葉は何でもいい。戻ってきてくれてありがとう。また一緒にサッカーができる、なんて幸せな事 か。「ああ!」 豪炎寺があの時と同じようにパスを受け、走り出した。 決めようか、最後の一撃を。あの日止まった時間、途切れた歴史が、今再び動き出したのだから。 NEXT |
一分一秒を、噛み締めて。