長い夢を見ていた 僕も君もみんな 当たり前と信じてた 全てが崩れ落ちる夢 この背中に、白い翼は 無いとしても。 5-58:君を救う、たった一つの。 音村を乗せた救急車が遠ざかっていく。最初は綱海も付き添いに同行しようと したようだが、キャン達に断られた。彼にはまだやる事があったからだろう。デザームは静かに仲間達を振り返る。魔力の暴走が収まり、皆疲れきってへた りこんではいるが、どうにか無事であるようだ。最低限の条件はクリアされた。 ほっと一つ、息を吐く。「くそっ…俺達あの女にまた…記憶を書き換えられて…!最悪だ」「どうしようもなかった事だ。お前達が悪いわけじゃない」「デザーム様…」悔しさに涙ぐむメトロンの頭を撫でるデザーム。彼らが無事であったならそれ 以上の事はない。無論まだ、完全な無事とは言い切れないが。本来ならここにいるメンバー全員が、命を落としていた筈なのだ。操られた事 は腹立たしいが、彼らが命を拾えた事は素直に有り難いと思う。 残る問題は、ただ一つ。「…そんな予感はしてたんだよな」 聖也がアルルネシアを見て吐き捨てる。「てめぇ、本気で勝つ気なんかなかっただろ。いつもと同じ。どんな結末になろ うと楽しめる仕掛けが働けば、それで良かったんだ」「正解。さすが長い付き合いなだけあるわねぇ」「嬉しくねぇよ」 アルルネシアはニヤニヤと嗤いながら、聖也の言を肯定する。「そもそもね。…イプシロンの洗脳を完全に解く方法なんて、最初からたった一 つしかないのよ。あたしは装置の製作者だし、一時的にスリープモードを働かせ る事くらいは出来るんだけどね。だから約束を破った事にはならないわよぉ?実 際一時的にとはいえ、イプシロンの洗脳…もとい記憶は元に戻ったんだから」確かに。アルルネシアは嘘を言っていない。洗脳が完全に解ける、も一時的に 解く、も。洗脳を解いたという意味では同じだ。『【この試合に雷門が勝ったら、イプシロンの洗脳はちゃぁんと解ける。魔女の夜会のルールとして、織り込み済みよ】』 アルルネシアが言った赤き真実には抵触しない。実際皆は今正気に戻っていて、 瞳からも赤い光は消え失せている。 つまりだ。もし試合に負けても、イプシロンの魔力が暴走して大量の被害が出るからよし。 それを防がれても、洗脳を完全に解くにはまた犠牲が必須になるからよし。その 三段構えだったというわけだろう。「あたしは愉しめればそれでイイの。どんな形になろうと…誰がナニをやろうと。 あなた達の誰かは必ず苦しむ結果になるわ。…音村君は被害を食い止めたけど、 彼がああなった事で…あなた達も少なからず負い目を感じてるんじゃなくて?」よくご存知で、と。皮肉と罵倒を吐き散らかしてやりたい気分だ。自分達のせ いで音村をあんなボロボロにしてしまった。イプシロンの面々は誰しもそう思っ ただろう。うなだれる仲間達の姿に、言いようのない怒りがこみ上げる。あの忌々しい魔女をこの手で殺せたらどんなにいいか。そうすれば全てカタが つく。皇帝陛下−−否。愛する義父も、目を覚ましてくれる筈だ。悪夢はこの魔 女が現れたせいで始まったのだから。しかし。自分の力ではどうあってもアルルネシアには勝てない。デザームは研 究所でそれを嫌というほど思い知らされた。あの時、もしデザームの死因が、グ ングニルによる部屋の崩落によるものでなければ−−アルルネシアの手で直接殺 められていたら。自分がこうして正気を取り戻す事も、無かっただろう。そうだ。問題はそこなのだ。アルルネシアは死者を何度でも蘇らせ、使役する 力を持つ。それが自ら手を下した死者なら尚更強固に縛り付けられる。下手に戦 ってアルルネシアに殺されでもしたら、全てがまた堂々巡りだ。 デザームの予想が正しければ。方法があるとしたら、一つだけだろう。「あなた達も知っての通り。イプシロンを洗脳し能力を高めるにあたって、あた しはこの子達の身体にマイクロチップを埋め込んであるわ。デザームの心臓に埋 めたチップが、イプシロン全員の脳に埋めたチップに連動してるの。チップの動 力は鼓動。つまりデザームが生きている限り、イプシロンの子達の記憶は上書き され洗脳され続けるという事よ」「それだけじゃないだろう」 レーゼが忌々しげにアルルネシアを睨む。「…仮にデザームが死んでも、お前の魔法は解けない。お前がデザームを生き返 らせたら、また全ての苦労が水の泡。堂々巡りになる」「そゆこと〜。この子達はいつまでも、あたしの素敵な玩具って事よね」「冗談じゃない…!」「ふふふ…その憎しみに満ちたカオ…ゾクゾクするわあ!でもノンビリしててい いのかしら?言ったわよね、あたしはイプシロンを操るチップを一時的にスリー プさせただけよ?スリープが解除されればまた洗脳状態に戻る。選択の時間は短 いわよぉ」「−−−ッ!!」 どうするのかしら、どうするのかしら!と。アルルネシアは嬉しそうに踊り回 る。吐き気がするほどの狂気。このままでは、雷門の頑張りも、イプシロンの誇 りも、全て無に帰してしまう。「嫌だ…」 クリプトが膝をついて、呆然と呟く。「やっと…やっと本当のサッカーを思い出せたのに!また忘れるなんて…自分を 見失うなんて嫌だ…!!」 「死んでも終わりにならないなんて…そんなのってない…」スオームが泣きそうな声で言う。そんな仲間達の悲痛な声が、ますますアルル ネシアを面白がらせる。デザームは唇を噛み締めた。自分が命を絶つ事で皆が解放されるなら喜んで死 んでやる。だが、自分が死んでもまた生き返らせられるなら全く意味がない。な らどうすればいい。人間には所詮、魔女に抗うことなどできやしないということ なのか?「方法は…ある。たった…一つだけ」「何だって!?」 皆が絶望に沈みかけた時、聖也が重い口を開いた。救いを見つけたと言わんば かりに、円堂が飛びつく。「何なんだよ、その方法って!?教えてくれ、聖也!」 藁にも縋りたい心境は皆同じだっただろう。だが聖也の顔は暗く沈んでいる。 その顔に−−デザームは自らの予想が的中していたのだと確信した。「…イプシロンの洗脳を解くには…デザームの心臓に埋められたチップを完全に 破壊すること」 ざぁ、と。吹き抜ける風。 聖也は眼を閉じて、言った。「そして…アルルネシア以外の魔女が魔術師が、デザームを殺す事だ。そうすれ ば支配権はデザームを殺した者に移るから…もう、アルルネシアに蘇生されるこ とは、ない」デザームは一つ、息を吐いた。やはり、それしかないか、と。そもそも正気を 取り戻した時点で覚悟していたことだ。必要とあればこの場で命を絶つつもりで いたのだから、今更畏れはない。ただ、ショックはあった。結局自分は、自分の 力だけでは運命を変える事が出来ない。魔法を使う者達の、手を借りるしかない のだ。「ちょ…ちょっと待てよ。それ…おかしいだろ!?」 やがてデザームとは別のショックから言葉を失っていた円堂が、真っ青な顔で 叫んだ。「それじゃどっちみち、デザームは死ななくちゃいけないってことか!?そんなのってない…絶対おかしい!なんで…デザーム一人犠牲にしなきゃいけないん だ!?」 「そ、そうよ!無茶苦茶だわっ!」 モールが頭を抱え、金切り声を上げる。「嫌よ…もう嫌。絶対嫌!何で二回も…デザーム様が死ななくちゃいけないの!?やっとまたサッカーが出来たのに…あたし達また…デザーム様を失わなきゃいけ ないの!?嫌よ…嫌嫌嫌嫌ぁっ!!」 ズキリ、と。彼女の声が胸に突き刺さる。二回も。そうだ仲間達は既に一度、 目の前でデザームに死なれているのだ。自分は、自分の死んだ後のことは何も分 からないけれど。きっとその時もこんな風に−−彼女達に涙を流させ、その心を ズタズタに引き裂いてしまったに違いない。自分は、キャプテン失格だ。確かにあの時のデザームは瀕死の状態だったし、 それ以外に道は無かったけれど−−身勝手に彼らに重荷を背負わせ、心に傷を負 わせてしまった。少しでも何かを守れたかもしれないなんて、自分はそう信じた かっただけだ。本当は分かっている。自分は結局自分の為にしか生きていなかっ たという事が。 本当は。こんな結末を迎えずに済むなら−−それ以上のことは無かったのに。「他に…方法はないのかよ!?」 地面を踏み鳴らし、塔子が叫ぶ。「誰も悪くない…悪いのは全部アルルネシア一人だろうが!なのに何で、こいつ らばっかりこんな目に遭わなきゃならねぇんだ!お前魔女だろ!?なんとかしろよ、なぁ!?」 「出来るもんならそうしてる!」「!!」 胸倉を掴んで詰め寄ってきた塔子に、聖也が悲痛な叫びを上げた。「でもな…アルルネシアの呪いは強固すぎる!魔女の力を持って…重すぎる対価 を払ってやっと打ち消せるレベルなんだ!!誰が好き好んでこんな事言うかよ!!俺 だってもう…ガキどもに死なれるのはたくさんだってのに…!!」 泣きそうな顔だった。彼もまた−−苦しんでいるのだろう。超えられない運命、 変えられない悲劇に。 ああ、音村にも変えられなかったのだ−−この結末だけは。「…私の覚悟は出来ている」 だから、デザームは言った。「これだけの試合が…最期に出来たのだ。負けはしたが、最高の一戦だった。も う未練はないさ」「本気で…言ってるんですか」「ああ」 動揺しきった声で問いかけてくる立向居に、デザームは笑ってみせる。「…まあ、欲を言うなら。もう一度…宇宙人なんかではなくて…一人の人間とし て。あの頃のようなサッカーができたらとは、思ったがな」 もう二度と。幸せすぎた頃には戻れない。「そんな…ここに来て……こんな事って」春奈が、一之瀬が、秋が。呆然と呟く。彼らにも申し訳ない事をしたと思う。 鬼道と、エイリア学園の皆と、サッカーと。その全てを救う為奔走してきた彼ら にとって、自分達の手で犠牲を出さなければならない事がどれほどの悲しみか− −屈辱か。それこそがアルルネシアの狙い。魔女は今、迷い、悲しみに暮れる子供達を見 て喜悦に腹を膨らませている。醜悪なその嗤いをグチャグチャにしてやれたらど れだけ気分が晴れるだろうか。 ざっ。結論が出ないまま、フィールドに再び闇が降りようとした時。誰かが芝を踏み しめる音がした。デザームはそちらに顔を向け−−目を見開いた。デザームだけではない。イプ シロンも雷門も、フィールドに降り立ったその人物を驚愕の眼差しで見つめる。「ゼル…」車椅子から立ち上がったゼルが、しっかりした足取りで歩いてくる。その瞳は もう濁っていない。 彼は自らの意志と力で−−現実へと、帰還したのだ。「デザーム、様…」ゼルはデザームの前に立ち、名前を呼ぶ。言いたい事はたくさんあるのに、何 から言えばいいか分からないといった様子で。「…いえ。やっと全部、思い出したんだ。…治兄さん」 やがて泣き出しそうな笑顔で、彼は言った。「戻ってきましたよ。貴方との約束を、果たしに」 NEXT |
いつか僕等も同じ空に還るその日まで。