ジタンがティナとオニオンナイトと共に、ウォーリア・オブ・ライトを探し始
める−−その数時間前。
 
 ライトは一人、クリスタルワールドにいた。
 
私、は……
 
 見上げた空は、何一つ変わらない。水晶世界の空は見慣れた暗闇を広げるばか
り。いつもと同じ、斑な黒。変化と呼べる変化など、何一つ無い筈なのに。
 知らなければ良かったとは、思わない。
 だが知らなかった自分をこれほどまで後悔した事が、果たしてあっただろうか。
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 
「全ては、私のせい……
 
 心の中で仲間達に詫びる。砕かれた世界、先の見えない未来の中−−それでも
戦い抜いて来れたのは、彼らが居たからだ。
 傷ついた時は庇いあった。不安に押しつぶされそうな時は支え合った。
 戦場では背中を任せ、一時の急速では笑い合い−−彼らがくれたモノは、数え
切れまい。愛すべき、大切な仲間達。胸を張って誇れる戦友達。
 記憶も、自分の本当の名すらも忘れ去った自分が今立っていられるのも、彼ら
のおかげだ。彼らがいなければ生き抜いてはこれなかっただろう。体も、心も。
 それなのに。それなのに自分は。
 
「なんて酷い、冒涜だ
 
 嘲笑する。
 知らなかった事は罪では無い、仲間達ならそう言ってくれるかもしれない。だ
が知らなかった事で、赦される事などなにも無い。
 おかしいとは思っていた。
 何故カオスとコスモスは、永劫とも呼べる時を争っていたのか。何故カオス軍
とコスモス軍の決着が一向に着かないのか。
 よくよく考えてみれば、矛盾は幾つもあった筈。それなのに目を逸らし続けて
きたのは、紛れもなく自身の咎だ。
 何度謝ったとしても、償いきれまい。否、そんな資格すらもはや自分には、無
い。
 
 
 
 全ての悲劇は、自分の存在こそが、招くのだから。
 
 
 
させるものか」
 
 エクスデスの言葉。そして、自らの決意を反芻する。
 昨夜の夢が本当に予知夢だったかは分からない。だがもし−−もしあの男の言
うように、あれが未来の光景に成りうるのならば。
 どんな手段を用いても、阻止する。
 それが唯一できる彼らへの−−最大の恩返しであり、贖いだ。
 
「みんな
 
 剣を抜く。掲げ眼を閉じ−−祈りを捧げる。全ては愛すべき仲間達と、主たる
調和の神に。どうか彼らの明日に幸多からん事を。
 たとえその未来に、自分がいないのだとしても。
 
「すまなかった。本当に、ありがとう」
 
 剣を自らの腹に向け−−一気に、突き刺した。全ての災厄たる忌まわしきモノ
に。激痛と共に噴き出す深紅。流れ出ていく生命の証。
 最期の力を振り絞り−−ライトは深々と腹に突き刺した刃を一息に、真下に引
いた。
 
 
 
 
 
Last angels <語外し編>
0-3・さめない め〜
 
 
 
 
 
 一体、何が起きた。
 どうして、こんな事に、なった。
 
「ライト
 
 ティナは呆然と、血の海の中に膝をつく。服がみるみる赤く染まったが、気に
する余裕など微塵も無かった。それはおそらく−−隣で呆然と佇む、オニオンナ
イトも同じ。
 クリスタルワールドの頂。淡い色の柱は遠目から見ても、紅蓮の色に染め上げ
られていた。
 その中に溺れるようにして、横倒しに倒れている青年−−それは紛れもなく、
自分達が探していたリーダー、ウォーリア・オブ・ライトその人だった。
 青年は虚ろな瞳で、虚空を見つめている。もはやその身に生命が宿っていない
事は、明らかだった。
 
「どうし、て
 
 錯乱一歩手前の頭は、逆に硬直して状況を見つめている。
 ライトの胸から腹にかけて、身につけていた鎧がバラバラに砕け散っていた。
致命傷は明白。大きく引き裂かれた傷口からは、こうして見ている間にも深紅を
溢れ出させている。
 青年の手には、血まみれの愛刀が握られていた。まるで彼が自ら死を選んだか
のような。
 奇妙な事には。これだけ巨大な傷−−その向こうには内臓が見え隠れしていて
もおかしくない筈なのに。
 ライトの腹の中には、何も無かった。白い肋骨が見え隠れしているが、本来あ
るべき筈の臓物が一切消失している。
 まるで何かが体の中から飛び出していったような。
 あるいは怪物か何かに、ごっそりと腑を食われてしまったかのような。
 
「おかしいと、思うべきだった
 
 蒼白な顔でオニオンが言う。
 
「いつも誰より真面目なウォルが夕食にも来ないなんておかしいって。何か
あったって、気付いても良かったのに
 
 実は誰より、オニオンがライトを敬愛していたと知っている。愛称で呼ぶのも、
それだけ彼に近付きたかったからこそ。彼の強さを信頼していたからこそ。
 
「何でどぉして?」
 
 フラフラと歩み寄る少年。まるで母親を失った子供のよう。ああ、すっかり忘
れていた−−この子がまだ、年端もいかない子供であった事を。
 オニオンの小さな手が、ピクリとも動かないライトの銀の髪に触れる。指先は
震えて、視点は定まらないまま。
 その姿を見て、ティナはようやく現実を認識した。戦慄きながら口を開き−−。
 
「ああぁ……
 
 その先は自身の意志すら無視して体が動いた。
 
 
 
「いやああぁぁぁ−−ッ!!
 
 
 
 喉が壊れるほど、絶叫した。何故こんな事に。何故、何故、なぜなぜなぜナゼ
ナゼナゼナゼナゼナゼ。
 
「愚かな事よ」
 
 闇の気配が増えた事には気が付いた。しかし、今はそんな事に気を止める余裕
が無い。自分達を引っ張り、支え、励ましてくれた大切な人。
 光そのものであった人が、死んでしまった。その現実だけがティナの目の前に
はあった。
 何かが音を立てて崩れていく。自分達の真ん中にあった柱が砕けて、折れて。
 もう何も、見えない。
 
「この男も愚かであったがお前達も愚かだな。何も知らずに、そうしてこの男
の覚悟をにするか」
 
 涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。滲んだ視界の中、立っていたのは空色
の鎧の男。カオス軍の精鋭が一人、エクスデス。
 
「覚悟を無にするってどういう意味だよ」
 
 ティナより先に、オニオンが立ち直って尋ねる。彼も自分に負けず劣らず酷い
顔だったが。
 
「分からんか」
 
 エクスデスはウォーリア・オブ・ライトの物言わぬ骸を指差して言う。
 
 
 
「この者は、お前達を救うため自ら命を絶ったというのに」
 
 
 
……!」
 
 
 
 耳を、疑った。
 
 
 
「私はこやつに真実の半分を伝えた。この戦いの意味する事を」
「嘘
「こやつは絶望に墜ちつつも……現実を受け入れた。そしてお前達に希望を遺す
手段を探した。全てはお前達の未来をにしない為に」
「嘘だ
「私は見ていたぞ。こやつが剣を抜き、祈り……自らの腹を引き裂く様を。血の
海の中、激しい苦痛の中で死を迎える様を
「嘘だぁぁぁっ!!
 ついにオニオンが剣を抜いた。その幼い瞳は、憎悪と激情にギラギラと光って
いる。
 
「お前がウォルを死に追いやったのかっお前が、お前がぁぁぁっ!!
 
 爆発した光がエクスデスを襲う。少年は激情のままに、EXモードを発動したの
だ。あまりにも深く、あまりにも悲しい−−力の氾濫。
 大樹が防御を図ったかは分からない。いずれにせよ結果は変わらなかっただろ
う。大柄な魔導士の躯は光の渦に飲まれ−−逃げ場などなく。
 
 
 
……何も知らない、か。哀れな事よ」
 
 
 
 ティナが恐る恐る眼を開けた時、そこには巨大なクレーターが、ポッカリと口
を開けるばかりだった。何も無い。文字通りエクスデスという存在は−−無へと
消え去ったのだ。
 
「はぁっはっ
 
 ノーマルに戻ったオニオンが膝をつく。力を使い果たしたのだろう。息は荒く、
その顔色は紙のように白い。
 
「ライトさんは
 
 呆然としたまま、呟く。
 
「私達の為に、自殺したの?」
 
 ハッとしたように振り向くオニオン。
「違う!違う、違うに決まってる!!そんなのアイツのデタラメに決まって」
「デタラメだとしても」
 どうして自分はこんなにも淡々と話しているのだろう。
 落ち着いてなんかいない。それは誰よりも自覚しているというのに。
 
「何の意味もなく、デタラメを言う筈が無い。やっぱり何か、理由があったの
 
 いつもと同じ毎日が続く筈だった。険しい戦いの中でありながら、それでもな
お笑顔と夢を語り合える日々。
 そんな当たり前の毎日が嬉しくて、幸せで−−ただそんな日々が続く事だけを、
祈っていたのに。
「どうしてこんな事になったのどうして、どうして」
「ティ、ティナ!?
「どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてドウシテドウシテドウシテドウ
シテドウシテドウシテ」
 体が、熱い。力の流出を、衝動を止められない。疲弊した心では何もかもが無
力だった。
 どうしてこんな事になったのですか。
 私達が何をしたというのですか。
 彼が何故、死ななくてはならなかったのですか。
 
「ああああああぁぁぁ−−っ!!
 
 爆発する。
 揺さぶられる。
 駄目だ−−止められない。
 
「ティ
 
 
 
 ザク。
 
 
 
「あ……
 
 暴走したティナの剣が。
 オニオンナイトのほっそりした首筋を、切り裂いていた。
 噴き上がる血飛沫。信じられない−−そんな風に目を見開いたまま倒れていく
小さな体。
 光を無くしていく目と−−目が、あった。
 
 
 
 お前が殺した、と。
 
 
 
 その瞳に、責められている気がした。
 
 
 
「嫌、嫌嫌ァァァァアッ!!
 
 
 
 世界には絶望しか無い。絶望ばかりで染め上げられるセカイ。希望など何処に
在る。全ては崩れて壊れて−−まるでドミノを倒すように。
 狂った世界がまた一つ、狂った結末を迎えた。
 全てを壊し続ける少女の頭上で、神すらも支配する存在が空を食らう。また繰
り返し。またやり直しだと−−嘆くように戦慄きながら。
 
 
 
 未だ幻想に、終わりは見えない。
 
 
 
 
 
〜序章『語外し編』・完〜
→NEXT・第一章『答捜し編』に続く。
 
 

 

勇者は未来が見えなかった。少女は世界が見えなかった。

そしてまだ、哀しい夢は 醒めない。

 

 プロローグ、『語外し編』、終了です。本当の物語はまだ始まってもいません。

 章の名前は『本来のあるべき物語から道を外れていく物語』という意味でつけました。

 外したのは勿論、エクスデスです。彼の行動が結末を決めたようなものなので。

 次章から、いろいろと謎解きが始まります。バッツで始まってバッツで終わる予定。

 いろんな意味で悲惨なシリーズですが、何卒お付き合いいただければ幸いです。