相変わらず脳天気だよね。自分の顔を見るなり言ったクジャに、ジェクトは失
笑を禁じ得ない。
 場所は闇の世界。いい暇つぶしでも無いかとブラついていたところを、彼に発
見されたわけである。
「なんだよー暗い顔しちゃってまぁ。綺麗なお顔が台無しだぜ?」
「茶化さないでくれる?ただでさえ気分が悪くて滅入ってるんだから」
 確かに、クジャの顔色は悪い。元々白い肌が、輪をかけて青白くなっている。
ここのところ連戦続きで疲れたのだろうか。深く追求して欲しくない、というの
が空気で分かったので、ジェクトは何も言わなかった。
 こういう時、プライドが高い奴は厄介だと思う。ティーダだったら、もっと分
かりやすく甘えるか逃げるかしてくるだろうに。
 最近特に、クジャはジェクトに心配かけるのを嫌がる。その理由が分かってい
るだけに、キツい事が何も言えない。
 
どうして自分の気持ちに素直にならないの?
 
 以前ティナとかいう少女に、そんな事を言われたクジャ。
 気にしているのかもしれない。−−毒舌になるのも攻撃的なのも、彼がそれ以
外に防衛手段を持たないからだと知っている。おそらく育った環境が大きいだろ
う。
 この戦場に集った者達は皆、癒えない傷を抱いて此処に在る。この子供のよう
な青年も、また。
「そうか。キツいんなら、ちゃんと休んどけよ。他の奴らには俺から言ってお
いてやるからよ」
「こ子供扱いしないでよね!」
「俺よりずっと年下だろーが。甘えとけ甘えとけ、おーよしよし」
「は、恥ずかしいな!確かに僕は年下だけど、アンタの子供って年齢じゃないで
しょ!二十代だよ僕は!!
 頭を撫でてやると、真っ赤になって反抗してくる青年。でも嫌だとは言わない。
とても死神の名を冠するものとは思えない−−あどけない表情。
 この子は愛情に飢えている。だからその裏返しの矛先を、弟のジタンにぶつけ
るしか出来ない。出逢ってすぐ、ジェクトはクジャの本質を見抜いていた。
 そのせいかもしれない。この子供の顔した美しい死神を−−自分は放っておく
事が出来ない。まるでもう一人、息子ができたかのようだ。
 無意識的にクジャも自分を慕ってくれていると分かるから、尚更。
 
それはそうと聞いたんだけど」
 
 突然声をひそめて、クジャが言う。周囲を見回すあたり、いかにも内緒話のポ
ーズだ。
「アルティミシアが、コスモス軍のスコールとかいう奴をストーキングしてるっ
ホント?」
「ぶっ」
 いきなりのゴシップネタに、危うくジェクトは飲もうとしていたポーションを
吹き出しかけた。汚いなもう、と相手には渋面を作られる。
 
「だ、誰に聞いたよそんな話」
 
 確かに魔女は、あの美貌の若獅子に執着している。何かにつけて彼の事で愚痴
る様はまるで母親か姉のようだったが。
 そんな極端な表現を−−いやあながち間違いとも言えないのがアレだが−−一
体誰が吹き込んだのか。
 
「ケフカ」
 
 ここに机があったら突っ伏したい。さりげなく常識人なジェクトはそう思う。
あの道化は、戦闘能力こそ高いものの、自軍をも悩ませる問題児の一人であった。
 実年齢が幾つかは知らないが、精神年齢は立派なガキだ。彼の仕組んだ悪戯に、
一体何人が被害を被った事か。辛うじて無事なのはセフィロスくらいじゃなか
ろうか。胃が痛い、と以前ガーランドが嘆いていたのを思い出す。
「ストーカーいや、笑っちゃ駄目だけどよ、あのアルティミシアがくくっ」
「ジェクト?何なのさ、気持ち悪いな」
 つまりはこれもケフカの悪戯の一環だ。
「ストーカーは言い過ぎだろ。せめて片思いしてると言ってやれ、な?」
「えーっ!何、ロミオとジュリエット!?
 や、ロミジュリは両想いだろう、と心の中で突っ込む。あのスコールがアルテ
ィミシアを好いているとは思いがたい。
 一応否定してやったつもりだったが、どうにも違う方向に話は飛んでしまった
らしい。似合わない、絶対似合わないよ、とぼやいているクジャを見て、内心で
魔女に謝る。
「そもそもアルティミシアとスコールじゃ年の差ありすぎない?一歩間違えばシ
ョタコンじゃ」
「お前何でそんな言葉ばっか知ってんだよ!!
「ケフカに聞いたんだってば」
「あの道化−−ッ!」
 なんだか凄まじく嫌な予感。知らないうちに山ほどとんでもない知識を刷り込
まれてやしないかコイツ?
 ジェクトが百面相しているのを見、今度はクジャが笑った。
 
「何変な顔してるのさ。面白いなもう」
 
 相変わらず体調は良くないようだが、明るいその表情にほっとする。気がつけ
ばつられてジェクトも笑っていた。
 たとえここが戦場だとしても、日常は確かな平和で。少なくとも、ジェクトは
そう思っていた。おそらくはクジャも。
 自分達が惨劇ばかりの運命の渦中にある事にも、気付かないまま。
 
 
 
 
 
Last angels <答捜し編>
1-2・詠えない 神〜
 
 
 
 
 
 自分にも居たのだろうか−−父親と呼べる人が。ジェクトと居ると思う。無く
してしまった記憶について。
 何気なく歩いていたクジャが辿り着いたのはカオス神殿だった。あえて玉座に
は座らず(なんとなく遠慮もあった)、通路の端にもたれかかる。
 戦闘のたび破壊されるマップだが、驚くほどゴミは落ちていないし埃っぽさも
ない。主のガーランドの几帳面さがそんなところに表れている。
 
「ガーランドか」
 
 気のせいだろうか。遠い昔、どこかで同じ名前を聞いた事があるような。その
顔に見覚えは無いというのに。
 
「正直、分からない事だらけで、脚本の書きようもない
 
 自分達の現状に、クジャもまた疑問を抱きつつあった。イミテーションの力で、
カオス軍は優勢を保ち続けているのに−−一向に決着が着く気配がない。
 それに記憶の事も。自分同様、ジェクトやゴルベーザも、此処に来る以前の事
がよく思い出せないと言う。ただ分かっているのは、自分達の身内が相手方に居
て、彼らと戦わざるおえない状況という事だ。
 自分もまた。敵陣に、弟と呼ぶべき存在がいる。才能に恵まれ、仲間に恵まれ
た−−憎い憎い片割れが。
 ジタンが、憎い。その憎悪は際限なく、胸の底から湧き上がって来るというの
に−−どうして彼がこんなにも憎いのかが分からない。その理由すらも思い出せ
ない。
 
僕の舞台だ。シナリオは僕の手で描く他人に踊らされるなんて冗談じゃな
いね!」
 
 ギリ、と唇を噛み締める。もしこの世界を支配する意志のようなものがあるの
なら−−負けるものか。幕を上げるのも降ろすのも、他人の手などに委ねはしな
い。
 抗って抗って、抗い続けてみせる。策士たる者の誇りにかけて。
 
 
 
−−無理よ。貴様には足掻く力すら無い。
 
 
 
!?
 
 突然何処からか響いてきた声。クジャはハッとして顔を上げる。
 
「誰だ!!
 
 奇妙だ。声はとても近くから聴こえるのに−−その姿は何処にも見当たらない。
神殿の中はひっそりと静まり返っている。
 
−−大いなる意志の前には全て無意味。特に、我が宿主たる存在には
 
「宿主?」
 
 笑い声。それは酷く曖昧に反響し、男か女かも定かではないが。何故か、体の
下から聞こえてくるような感覚を受ける。
 いや、そうじゃ、ない。
 
−−気付いたか?
 
「嘘
 
 呆然と呟く。気づいてしまった−−奇怪な声は、自分の体の中から響いて来る
事に。
 どういう事だ。宿主?何の話だ。一体自分の身に何が起きている?
 
−−時は、満ちた。蛹よ、お前の役目は終わりだ。
 
 声がそう言った途端。
 
 
 
 どくん。
 
 
 
「あっ…!?
 
 腹の中で何かが大きく、胎動した。そして。
 
「かはっ…!!
 
 喉元に熱の塊がせり上がり、激しく咳き込む。胸が熱い。口元を抑えた手にも
足元にも−−紅蓮の花が咲いた。血だ。どうして。
 心臓と腹が、焼け付くように熱い。クジャの動悸と合わせて、別の何かが体内
でどくんどくんと激しく鼓動を刻んでいる。また血を吐いた。ゼイゼイと荒い息
をしながら、ズルズルと崩れ落ちる。
 
 
 
 ドクンッ!!
 
 
 
「−−−ッ!!
 
 絶叫すら声にならなかった。体を抱きしめるようにうずくまるクジャ。まるで生
きたまま内臓を食われているかのよう。自分の中にいる、何か
それが胎動する度、あまりにも強烈な激痛が全身を震わせる。
 
「痛い痛い……やめて
 
 脂汗を流しながら、どうにかそれだけを絞り出す。しかし声はただ嘲り笑うの
み。
 
−−手遅れよ。貴様の躯はとうに我が支配している、助かりはしない。大人しく
我が再生の為の生贄となれ、死神。
 
「あぁっ!!
 
 腹に爪が食い込むほど、強く押さつける。座っている事すらできなくなり、横
倒しに倒れ込む。また激しく咳き込む。今度の血反吐には、内臓の欠片が混じっ
ている。
 自分はここで死ぬのか。
 じゃあ−−何の為に?
 
−−案ずるな。これは悠久の時繰り返されてきた事。貴様は何度も蛹として、我
が新たな器の生贄となってきた。
 
「何の話だ……ッ」
 
−−覚えている必要はない。全ては予定調和。お前以外の者も最終的には皆舞
台から降りるさだめよ。
 
 仲間もすぐ後を追わせてやる。その言葉に、目を見開く。
 
 
 
『そうか。キツいんなら、ちゃんと休んどけよ。他の奴らには俺から言ってお
いてやるからよ』
 
 
 
 薄れゆく意識の中で、ジェクトがそう言って笑った。こんな事になるなら素直
になれば良かった。貴方が本当の父親だったならどれだけ幸せだっただろうか、
と。
 
 
 
『誰かを助けるのに、理由が要るかい?』
 
 
 
 もう一人。憎くて憎くて仕方がなかった筈の弟が、記憶の片隅で笑う。見た事
も無い、自分には向けられた事など無い筈の笑顔で。
 否。否。ジタンは自分にも笑いかけてくれたではないか−−あの神話の終わり
で。身も心もボロボロになり、死を待つだけだった自分に、手を差し伸べてくれ
たではないか。
 この世界に来る前、確かに存在した兄弟の絆。
 どうして、忘れてしまっていたのだろう。どうして自分は弟を憎む事しか出来
なかったのだろう。
 どうして。
 どうして。
 
「嫌
 
 視界が涙で滲む。命が尽きる最期の瞬間に、クジャは己の正体と真実を理解し
た。全てを思い出し、もう戻らない時を悔やんだ。
 彼らも、死ぬというのか。一体どんな咎あっての事だ。彼らが何をしたという
のか。
 
「お前は、何なんだ…!?
 
 心臓が早鐘のように打つ。胸の内側から破裂してしまいそうな激痛。全身を抱
きしめるように押さえ、苦痛に顔を歪めながらも、どうにか言葉を絞り出す。
 
 
 
 
 
−−私は、神龍。
 
 
 
 
 
 その声を、クジャが聞き届けた瞬間だった。
 
 
 
 ぐしゃり。
 
 
 
 何かが潰れるような音と共に−−青年の躯は引き裂かれた。鮮血が噴き上がる。
 死神の瞳が光を失った時、カオスの神殿から何かが飛び去った。
 そしてその様子を−−神殿の主だけが、静かに見つめていたのであった。
 
 
 
 
NEXT
 

 

死神は悟った、全ては最初から終わっていた事を。