唖然とした。 それでもフリオニールは必死で、バッツが持ってきた情報の意味するところを 考えようとする。 ああ、自分は本当に頭脳労働に向いていない。考えなくてはと思えば思うほど 思考はこんがらがって−−何も見えなくなってしまう。 混乱。困惑。錯乱。呆然。
「…もう一回、訊くぜ」
いつになく固い口調で、バッツが問う。
「俺達がいつからこの世界にいるのか…覚えてる奴、いるか?」
誰も答えない。否、答えられない。 コスモスの導きで召喚されし十人の戦士。この場に揃っているのは全員ではな いが−−この問いには、残る三人も返答に悩んだだろう。 いや、セシルなら少しは参考になる意見が聞けたかもしれない。彼には敵側と はいえ兄が−−己のルーツたる者がいる。しかしオニオンナイトとウォーリア・ オブ・ライトはどうだ。彼らは自らの本名すら知らない−−名乗れない存在なの だ。 欠落した記憶。少し考えればすぐ気付けた筈である。 「イミテーション…確かに、この戦いが始まった頃はいなかったような…」 「えぇ!?最初からいたッスよ!?ってかいなかった時なんて思い出せないッス!」 自信なさげに呟くジタンに反論するティーダ。既に二人の証言が食い違ってい る事実。何故か。 フリオニールも考える。イミテーションは−−確かに、最初からいた存在では ない気がする。だがティーダの言葉も間違いではない。思い出せないのだ−−イ ミテーションがいなかった頃の戦いなど。 「フリオニール」 「な、何だ?」 突然クラウドに話を振られて、つい素っ頓狂な声をあげてしまった。そんなに 驚かなくても、と溜め息をつかれる。
「今のバッツの話を聞いて思った。お前の夢のことだ」
夢。その一文字で通じる。気付けば自分達の合言葉にもなっていた−−野薔薇 咲く世界、その理想。 しかし何故今その話が出て来るのか。 「ちょっと真剣に考えて。…お前はどうして野薔薇の咲く世界が見たいと…思う ようになったんだ?きっかけになる出来事や人物があったんじゃないか?」 「あ…」 クラウドの言いたい事が分かった気がした。 夢のような夢。しかし他のメンバーと比べれば随分と具体的な理由だった。戦 いを終わらせたい−−それは目標であり願いであり、しかし理由とは違う。 己の夢が、一部のメンバーの“理由”にもなった事をフリオニールは知ってい る。それは誇るべき事。以前にも増してフリオニールは夢を追う為、現実に立ち 向かうようになったと言える。 だが。その“夢”の理由を−−誰も知らない。何故なら恥ずかしがったフリオ ニールが何も語らなかったから。 そして今、ハッとさせられる。 「……どうして?」 「え?」 「どうして、だ?分からない…分からないんだ。どうして俺は野薔薇を…いや、 その言葉が大事なのか…先なのはどっちか…」 「フリオニール?」 語らなかったのでは、ない。 自分は語れなかったのだ−−夢のきっかけも、付随する筈の思い出も、フリオ ニールの中に無かったのである。 どうして分からない?どうして分からなかった? どんな行動にも必ず理由があり、原因がある。自分が夢を追うなら、どれほど 漠然としていようとそこに理由があった筈である。 野薔薇の咲く平和な世界が見たい。 ならば自分はどこかでそんな場所を見たか−−そんな話を聞いたのではないか。 震える拳を開く。念じると同時に掌の上に現れた、一輪の赤い薔薇。 綺麗な綺麗な、理想を具現化したような華。 自分は、知らない。知らないのだ。この花以外に野薔薇を−−その色を。 それなのにこの花を見るたび、夢を願う気持ちだけが鮮やかに蘇る。その気持 ちが何処から来るかも分からないまま。
「…やっぱり、そうなのか」
予想通りの反応だったのだろう。クラウドの顔は冷静で、しかし心なしか青ざ めている。
「俺も、思い出せない。自分がいつからこの場所にいるのか、此処に来る前自分 がどんな人生を歩んで来たのか。そして…セフィロスを本能的に仇敵と見なして いる理由。みんなもそう。自分の名前しか分からない…中には自分の名前も分か らない者もいる…そうだな?」
淡々とした口調は相変わらずだったが−−僅かに声が震えている。 沈黙。皆が皆、事態の異常さに気付き−−しかしまだ信じきれずにいる、そん な表情。当然だ。認めてしまえばあまりに、その現実は重い。
この世界は、何かがおかしい。
「“気付いてるか”と“知ってるか”…。エクスデスはセフィロスにそう言って いたんだな、バッツ?」 「え?あ、ああ…」 スコールの言葉に、バッツが頷く。 「これは俺の推測だが。気付いている…とは即ち“この世界の異常に気付いてい るか”という問いかけ。“知っているか”…は、この世界の真実を把握している かどうかの意ではないか?」 「それが何か…」 「あ」 今まで考えこんでいたティナが顔を上げる。 「エクスデスは分からないけど。少なくともセフィロスは…この世界がおかしい 事に気付いてたって事だよね。でも、何故私達の記憶が消されているのか、戦い が終わらないのか…その理由は、知らないんだ」 「ご明察。これは何を意味すると思う?」 つまり異変の原因は−−カオス側が仕組んだ事ではないのか。少なくともセフ ィロスは無関係だった。それを聞き出そうとしていたのならエクスデスも−−無 関係とは言わずとも、核心には関わっていない? ハッキリしたのは、カオス軍が一枚岩では無いという事。おそらくカオス軍の 一部−−エクスデスなどは、自分達の知らない重大な情報を握っている可能性が あるという事。
「口を割らせるしか無い…か。そう簡単に行くかなぁ」
お宝盗むのは得意だけど、情報盗むのは苦手だなあ、とジタンが頭をかく。
「簡単じゃなくてもやるしかないだろ。いや…その前にコスモスに話を聞くべき か。俺達の召喚主だ、何も知らないって事は無いは…ず…」
クラウドの言葉は、半端なところで途切れた。訝しく思ったフリオニールは彼 の視線の先を見て−−言葉を失う。 クリスタルで出来た柱の上。ゆっくりと歩いてくる、小さな人影。オニオンナ イト。 彼の存在自体には、何ら問題がない。友軍であり、幼くも大切な仲間。しかし 今自分達の前に姿を現した彼の姿は−−。
「ねぇ、訊きたいんだけど」
赤。朱。紅。噎せかえるような血の匂い。 全身を紅蓮に染め上げ、虚ろな瞳で少年は告げる。普段の快活な彼からは想像 もつかぬほど、暗い声で。
「誰?…ウォルを殺したのは」
Last angels <答捜し編> 〜1-4・捜せない 義士〜
どうしてこんな事に。 声を上げて泣きたい。泣きたいのに、泣けない。滲んでいく視界、上がる息。 血の滲む唇を噛み締めて、セシル=ハーヴィは一人走り続けていた。 普段と変わらない筈だった日常。此処は戦場なのだ−−いつ何が起きてもおか しくない、明日誰が生きていて死ぬかも分からない戦場。なのに。 毎日が幸せすぎて、忘れてしまっていた。その油断がこの結果を招いたのだ。 悔しい。憎い。他の誰でもなく、自分自身の愚かさが恨めしい。 何が騎士だ。自分は何一つ、大切なものを守れやしない。尊敬するリーダーも、 幼い戦士も。どうして今も昔も無力なままなのだろう。 強くなる。護る。悲しい罪は繰り返さない。あの日“彼女”に−−誓いを立て た筈なのに。
「兄さんっ…何処…?」
伝えなければ、兄に。また他力本願かと笑われるかもしれない、呆れられるか もしれない。それでも、もう−−自分には時間が、無い。 オニオンナイトと共に、いなくなったウォーリア・オブ・ライトを探しに出た。 あの体調では、そう遠くに行けるとも思えない。主にベースの近くを中心に捜 索したのだ。 ライトは見つかった。しかし−−その時は既に、物言わぬ骸と化していたので ある。 あの光景を、どうして忘れる事が出来るだろう。夥しい血の海。彼の鎧は砕か れ、胸と腹は切り裂かれ−−虚ろな瞳はもう何も映していなかった。 妙な事には、これだけ凄惨な傷を晒していながら、内臓がまるで飛び散ってい ない事。まるで化け物に、ごっそりはらわたを食い尽くされてしまったかのよう に。 悲鳴を上げるセシルの横で、オニオンナイトは呆然と立ち尽くしていた。そし て、言ったのである。
『誰が、殺したの?誰がウォルに、こんな酷い真似…』
彼はまだ幼かった。しかしその年齢に不釣り合いなほど聡明だったのだ。ゆえ に、起きた悲劇。 セシルより先に、理解したのだろう。ライトが死んでいたのはベースエリア内。 カオス陣営が易々と入って来れる筈がない。結界も貼られていた。 となれば。
『セシル。君 が 殺 し た の ?』
犯人はコスモス陣営の誰かしか、有り得ない。
違う。自分は殺してなどいない。 セシルが叫ぶより前に−−オニオンの剣が一閃していた。細い刃はセシルの右 肩から左腹までを斜めに切り裂き−−セシルは声も上げられないまま倒れたのだ。 おかしい。いくら彼が幼くても−−問答無用で仲間に切りかかるほど、愚かな 子供ではない。なのに、何故。 ライトの死を確認した途端、少年は豹変してしまった。仲間の死はセシルにも 少なからずショックな事であったが−−それを踏まえても、その激変ぶりは異常 だ。 倒れたセシルには目もくれず、オニオンはエリアを出ていった。何処に行くつ もりかは分からない。が、今の彼を放っておいたら何をするか分かったもんじゃ ない。 けれどセシルには、彼を追う気力など残されていなかったのである。 身体を痙攣させながら、どうにかポーションを口にして、僅かばかりダメージ を回復させる。どうにか立ち上がれたものの、流した血の量が多すぎる。 致命傷を治すには、ポーションだけではあまりに力不足だったと言えよう。否、 もはや自分の受けた傷は、蘇生魔法でも使わない限り助からないと分かってい た。 走れば走るほど削られる命。止まらない鮮血。それでもセシルは立ち止まるわ けには行かなかった−−兄を見つけるまでは。 この世界の異常。オニオンナイトの豹変。ライトの変死。それらは何か関係が あるのかもしれない。 多分兄は、何かを知っている。もしかしたら何故自分達の記憶が欠落している のか、その理由も把握しているかもしれない。 この命が尽きる前に−−最期に一目、兄に逢いたい。逢って、事の顛末を伝え、 自分の想いを託したい。とうに限界を超えているセシルの身体を動かすのはただ その一念であった。 闇の世界に足を踏み入れる。見慣れた大柄な背中が視界に入る。兄さん、と叫 んだ声は掠れて、僅かに空気を震わせるにとどまった。 それでも。
「せ…セシル!?」
自分は神に感謝したい。兄の所まで辿り着かせてくれたこと−−この声が届い た事を。 セシルは血まみれで微笑んだ。倒れながら、それでも心からの笑顔で。
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義士の目の前で今、惨劇が幕を開ける。