世界がまた一つ、壊れていく。 他の誰にも聞こえずとも、ゴルベーザの耳には届いていた。蜘蛛の巣のようにひび割れた空間に限界が来て、ガラガラと崩れ落ちていく、その音が。 血まみれでピクリとも動かない弟。その亡骸を抱きしめながら−−自らを蝕む黒い感情を自覚する。『兄さん、お願い…』 死の間際。涙に塗れた瞳でセシルは告げた。『あの子を、憎まないで…。止めてあげて』 自分はその“あの子”に殺されたというのに。彼はあまりに優しすぎた。それ が彼の甘さであり弱さであり−−他の誰にも持ち得ない強さだっただろう。 ゴルベーザはその全てをひっくるめて、弟を愛していた。かつていた世界の記憶は残っていないが−−その頃もきっと自分は、彼の優しさに救われてきたのだろう。 事実この輪廻に捕らわれてからも−−いつだってセシルは自分を助けようと奔走してくれた。敵である筈の自分を。光にも闇にもなれぬ、罪深い兄を。 何度無惨な死を遂げても、何度残酷な運命を前に倒れても−−その強さが変わる事は無かった。そんな弟に−−自分も恩を返し、報いたい。それがゴルベーザの唯一の願い。 この呪われた運命に、終止符を。世界の真実を探り、あるべき時を取り戻す。 微力な自分に出来る事などたかが知れている。それでも出来る事をしたい。ゆえにコスモスと接触し、フリオニールに“野薔薇”を−−戦う理由を与え。喪わ れた記憶を緩やかに取り戻す術を模索してきたのだ。 けれど。 その全ては−−弟と共に歩む、未来の為で。「悪いな…セシル」 まるで聖母のような手つきで−−弟の身体を、地面に横たえる。穏やかな死に顔。眠っているかのような美しい面に向けて、語りかける。「お前のいなくなった世界に…私はもはや興味など無い」 全ての行動原理たる弟の存在。彼が死んだ時点で、ゴルベーザの世界もまた死んだに等しい。 弟の退場した舞台に何の意味があるだろう。 こうなった以上、自分のやるべき事は一つだ。 一刻も早く、この無意味な世界を終わらせる。この世界が滅びればまた次の世界を始められる。たとえ忌まわしい輪廻だとしても−−それでまた弟に逢えるなら。彼が生まれ変われるのなら。「何をするつもりです、ゴルベーザ」 立ち上がった自分に、話しかける声があった。振り向かずとも分かる。敬語を使う女性は一人しかいない。「アルティミシア…分かっている筈だ。私が何の為に行動してきたかなど」 弟の骸を見下ろし、呟くように告げる。 時を司る魔女。彼女は自分以上にあらゆる世界を知っているのだろう。彼女がしてきた事は明白だ。今まで敵対してこなかったのは、自分と彼女の最終目標が同じだったから。 でも、今は。「貴方は私達の側だった筈。ここに来て我々を失望させる気ですか?」「失望?何がだ。私は変わらん。今までもこれからも。時の鎖を絶つべく抗い続けるのみだ…ただし」 振り向く。そこに、いつもの笑みを消したアルティミシアの顔があった。「この無意味な世界を、終わらせてからだがな…」 その言葉を放った途端、彼女はあからさまな嫌悪感と殺気を、その美しい面に載せた。 分かっている。自分の今からやろうとしている事は、彼女達の目的から大きく外れる事を。そして自分が行動を起こせば必ず彼女は止めに来るだろうという事を。「無意味かどうかなど、お前が決める事ではない…」 いつもより数段低い声になる魔女。「確かに世界の命運は決しましたが…まだ実験は終わっていない。あなたにブチ 壊されては迷惑なのですよ。それとも何か?一時の情に流されてまたしても時を無駄にすると?」「情に流される事の何がいけないっ!?」 激昂した。自分にもまだこんな激しい感情が残っていたのかと、ゴルベーザ自身が驚くほどに。 呪われた運命への絶望。セシルをむざむざと殺されてしまった悲しみ。弟をまたしても守れなかったという無力感。何より愚かな自分自身への怒りが爆発する。 半ば八つ当たりだ。彼女の言動は苛立たしいが、けして間違ってはいないと知っている。世界はまた繰り返す。一時の喪失に、そのたび心を揺らされていては保たないという事くらいは。 それでも止める事が出来ない。自身の感情に歯止めがきかない。「私にはもうセシルしかいないんだ!本来生きていた世界の事も、自分自身の罪すらも分からない!!呪われた輪廻を繰り返す世界で、セシルの存在だけが私の光 なんだ…!!お前達には分かるまい。分かってたまるか!!情も涙も失って、お前達の ように…自分の幸せしか考えない者と一緒にするな……っ!!」 はっとする。その瞬間魔女の瞳から全ての色が消え−−ゴルベーザは己の失言を悟った。そして後悔した。自分は今彼女に何と言った? 激情にかられたとはいえ、言っていい事と悪い事がある。なのに、仮にも同じカオス陣営の仲間に、自分は−−。「全ては弟の為…か」 一瞬だけ。アルティミシアの表情が、泣き出しそうに歪んだ。すぐにまた微かな色は消えてしまったけれど。「無様ね、ゴルベーザ」 瞬間、彼女の魔力が爆発する。全ての想いを、嘆きを、絶望を飲み込まんとするかのように。Last angels <答捜し編> 〜1-5・赦せない 魔人〜 クリスタルワールドは、一瞬にして戦場となった。 ウォーリア・オブ・ライトを殺したのは誰だ、と。喚きながら自分達を襲ってきたオニオンナイトは、明らかに正気を失っている。「氷の息吹っ!!」 不意打ち。 少年が第一激として放ったブリザドをもろにくらって、フリオニールが吹っ飛ばされる。オニオンは攻撃の手を緩めようとはしない。そのまま距離を詰め、義士の首筋に刃を突き立てようとする。「やめろっオニオン!落ち着けって!!」 ただの牽制じゃない。あれは殺す気だ! 絶叫に近い声をあげながら、ジタンはオニオンに向かっていく。腕力なら自分の方が上だ。羽交い締めにしてしまえば動けない筈。 しかし少年はジタンの意を悟ったのか、素早くフリオニールから離れ、距離をとる。その眼は憎悪にギラついていたが、判断は冷静なようだ。 だからこそ分からない。何故彼がこんな風に暴走しているのか。まさか何者かに操られているのか? イミテーションでないのは確か。目の前にいる彼は本物だ。いくら精巧な紛い物でも、本物と見分けがつかなくなるほど、容姿も声も能力も真似する事はできない。 そもそも気になるのは−−何故彼がたった一人でここにいるのかと言う事。「話を聞かせて、オニオン!ライトさんが殺されたってどういう事?どうして私達を疑うの?セシルは一緒じゃないの!?」 ジタンが口を開くより先にティナが叫んでいた。まさしく自分が聞きたかった 事だ。 彼はセシルと共にライトを探しに出た筈である。何故一人だけで戻ってきたのか。それもあんな返り血にまみれて。 まさか彼は−−。「しらばっくれないでよ」 少年は冷たく言い放った。ティナに対するものとはとても思えぬ、氷のような声。「あんた達の誰かが、ウォルを殺したんだろ?ベースのすぐ近く…カオス陣営や 強いイミテーションが入って来れる筈ない場所だ。レベルの低いイミテーション相手ならウォルが負ける筈ない…つまり」 反射的に二本の短刀をクロスさせる。ガンッと何かがぶちかる音と共に腕が痺れた。 冷や汗をかく。威力十分のブリザガ。もしガードが間に合ってなければ今頃−−。「ウォルを殺せたのは…俺達の誰かしかいないじゃないかっ!!」 まずい、と思った時には遅かった。ジタンがオニオンの相手をしている間に、彼の背後に回り込んでいたスコール。 しかし、その行動はオニオンの計算の範囲内だったらしく−−振り向く事もしないまま、バックステップで彼に体当たりを食らわした。 地面に叩きつけ、呻くスコール。その一瞬が命取り。そう、速さと小回りを武器にする少年が相手では。「流剣の舞…」 青年の身体の上を、刃が猛スピードで駆け抜けた。「かはっ…!!」 スコールが苦痛に眼を見開く。全身から血飛沫が上がる。力を失い、ガンブレードが消滅する。もがくように獅子の手が宙を掻き−−。「スコール−−ッ!!」 クラウド、ティナ、バッツの絶叫。ジタンはただ呆然とその様を見ていた。目の前に起きている、コレは何だ。一体何が起こっているのだ。 ダメージから立ち上がれずに呻くフリオニール。ショックからへたり込むティーダとバッツ。慌ててスコールに駆け寄るクラウドとティナ。 駄目だ、と。己の冷静な部分が告げていた。あるいは盗賊としての本能か。 あの出血量。零距離攻撃。 無理だ、助からない。スコールは、もう。「何だよ…これ…」 茫然自失としていたティーダが顔を上げる。その瞳は−−濁ったまま。「何してんだよ、お前ぇぇぇ−−ッ!!」 水で形作られた剣を振りかざし。怒りも露わにティーダがオニオンに襲いかかる。すぐ様ドッジロールの要領で攻撃をかわした少年を、夢想は忌々しげに見つめる。「何でだよ…何でだよ何でだよ何でだよ!!スコールが何をした!?俺達が何をた!? 何一人でトチ狂ってんだよ、俺達が仲間を殺すわけが…っ」 「嘘だっ!!」 ティーダの言葉を遮り、今度はオニオンが絶叫する。「嘘だ嘘だ嘘だ!だって…だって…っ!」 その大きな瞳に、みるみる涙が溜まっていく。「だって!誰かに殺されたんじゃなかったら…何でウォルがあんな酷い死に方… っ!!何でだよっ!!何でいつもあの人ばっかり…あの人ばっかりあんな目に遭わな くちゃいけないの…っ!」 血を吐くような声だった。怒りに我を忘れかけていたティーダですら、動きを止めるほどの。「護るって決めたのに!あの時護って貰った分今度は僕が護るって…護らなきゃ いけなかったのに、誓ったのに!!せめて仇を…それも出来なかったら僕は何の為 に生きてるか分からないっ!!あの時、どうして死ねなかったのかっ…」 泣き叫ぶ。泣き喚く。 聞く者の心を鷲掴みにするような声で。“あの時”?一体何の話だろう。彼とライトの間に、一体何があったというの か。錯乱している少年の言葉はあまりにも支離滅裂で、要領を得ない。 ただ、彼がこんな状態になってしまうほど−−ライトは酷い死に方をしたらしい、と。分かったのはただ、それだけ。「だから…だから僕は倒さなきゃいけないんだっ…戦わなきゃ…勝たなきゃっ」 「…っ!!」 とっさに反応の遅れたティーダ。その脇腹にオニオンの剣が突き刺さる。襲いかかる激痛に歯を食いしばりながら、ティーダも刃を振り上げていた。 幼い少年の肩口から、紅い色がほどばしる。 地獄絵図。ジタンはフォローに走る事も出来ないまま−−その景色を見て呟いた。「悪夢だ…」 NEXT |
動き出す魔人、全ての無意味を終わらせる為。