護りたかったもの。護れなかったもの。手に入れたもの。手放したもの。 もしかしたらそこに差など無いのかもしれない。いつか何処かで無意識に選ん だ選択肢。切り捨てた道筋。選ばれなかった可能性の果てにもまた、異なる明日 はあったのだろう。 それは今より良い未来だったのか、そうでなかったのかは分からない。後悔ば かりの現実。何を悔いればいいのかも分からない今。それでもティナは、思うの だ。 どれほど悔やんでも嘆いても。自分は今という瞬間を誇らなければならないの だと。救われた心があり、生かされた命があるのならば。たとえ儚い一瞬一瞬だ としても、精一杯生きなければならない。 それが報恩。彼らへの、己自身への。
「…お前は、不思議な戦士だな、ティナ」
ゴルベーザはどこか眩しそうにティナを見た。
「敵も味方も関係なく、その心に触れてくる。救おうとする。…それが本当のお 前という事か。何度運命に道筋をねじ曲げられようと、時には狂気に身を落とそ うとも…。何度でもまた立ち上がる強さ。私には…眩しすぎる」
私は、どんなに足掻いても光にはなれない、と。小さく呟いた声は消え入りそ うで。
「残念だが…お前の期待には沿えんな。……セシルのいない世界など、虚しいだ けだ。例え呪われた運命から解き放たれる事が出来ても、愛する者がいなければ 無意味…」
“ティナ、大好きだよ。愛してるよ”
記憶の片隅で、誰かが囁いた。慈しみに満ちた優しい声。一体あれは、誰だっ たのだろう。白い靄がかかったように何も思い出せない。蘇るのは、声ばかり。 それでも、気がついた。ずっと孤独に生きていた筈の自分は−−それでも知っ ていたのだ。愛する事を。愛される事を。 そうだ。この不確かな世界で、自分は確かに愛していたのだ。あの少年を、オ ニオンナイトを−−姉のように、恋人のように。 なんて馬鹿なんだろう。愛する者がいない世界。皮肉にもゴルベーザの言葉が、 想いを自覚させた。オニオンが死んだ、今になって。
「だから、私は全てを白紙に返す」
ハッとして顔をあげる。ゴルベーザが一気に臨戦態勢に入ったのが分かったか ら。 「オニオンナイトを殺したのは私の自己満足…しかしそれだけが目的ではない。 彼もまた駒の一人であるからだ。神々の遊戯、そのうちの秩序の女神が操る駒… 」 「どういう、意味…?」 「知る必要はない。知ったところでまた記憶は失われるのだから」 膨れ上がる殺気と魔力。嫌でも理解させられた−−ゴルベーザはオニオンナイ トだけではない、ここにいる全員を消す気だと。 「駒が全て消えれば勝敗は決する。混沌か秩序…いずれかの駒が全滅するか、統 治者たる神が滅んだ時。全ての時は巻き戻され、再び闘争を繰り返すのだ」 「時が…巻き戻される…!?」 一体ゴルベーザは何の話をしているのか。 しかし−−ふと思い当たる。バッツが持ってきた情報。終わらない闘争。欠落 した記憶。その原因がもし−−彼の言う通りなら。
「一刻も早く世界をやり直す。そして…セシルを生き返らせる。その為に」
横に飛んだのは無意識だった。条件反射。さきほどまでティナが立っていた場 所で、重力球が爆発する。
「お前達には全員、死んで貰う」
ゴルベーザのグラビデフォース。間一髪のタイミング。つ…とこめかみを嫌な 汗が伝う。 「逃げろ、ティナ!危険だ!!」 「!!駄目、バッツ!!」 盗賊刀を手に、魔人に飛びかかるバッツ。リードインパルス。ジタンの能力を 真似た彼の技だ。当たれば大きくゴルベーザの魔力を削る事が出来ただろう。 しかしゴルベーザはワープしてバッツの刃をかわす。勢い余って体制を崩す旅 人の身体。その隙が命取りだった。 魔人の右手が、つんのめったバッツの身体に伸びる。そのまま胸元に強烈な一 撃見舞う。
「が…っ!!」
吹っ飛ばされたその身に追い討ちをかける。ゴルベーザが放った三基の兵器か ら光線が発射され、青年の身体を射抜いていた。 迎撃システムのコンボ。なすすべなくくらったバッツの身体はクリスタルの足 場に叩きつけられ−−。
「ぐぅ…まだ、終われるか…っ…あっ」
火傷を追い、全身から煙を上げ尚、立ち上がろうと踏ん張った足。その先には、 何も無かった。バッツの眼が見開かれる。クリスタルの断崖絶壁。足を踏み外し、 ボロボロの旅人は谷底に落下していく。
「バッツ−−!!」
クラウドが伸ばした手は宙を掻いた。悲鳴が長く尾をひく。ティナはその姿を 呆然と見送るしか無かった。
「まずは一人…。さぁ、次はどうする?」
ゴルベーザが不適に笑う。ティナはさっと周囲を見回した。既に事切れている スコール、ジタン、オニオンナイト。虫の息のティーダ。谷底に転落したバッツ。 ほぼ無傷なのは自分とクラウドだけだ。フリオニールはオニオンナイトから受 けたダメージが残っている。ティーダを入れれば四対一だが−−こちらは満身創 痍の状態だ。
「……クラウド」
これも、一つの選択。ティナはクラウドに呼びかけた。彼はきっと怒るし納得 しない。それがわかっていながらも自分は。
「フリオニールを連れて、逃げて。ここは私が食い止める」
自分はこの道を、選ぶ。 これ以上、悲しい後悔をしない為に。
Last angels <答捜し編> 〜1-7・戻れない 秩序〜
「何を馬鹿な事…!正気か!?」
思った通り、フリオニールが猛反対してきた。仲間思いの彼だから。仲間を囮 にして逃げるような真似は絶対に出来ない−−そう反論してくるのは目に見えて いた。 けれど、とティナは思う。 違う、そうじゃない。自分は彼らを逃がす為の生け贄になるわけじゃない。 ただ、けじめをつけたいだけだ。自己満足で、傍迷惑なワガママ。もう戻らな い幸せ、もう戻らない大切な人達−−それでも。
「約束を、果たしたいの。護るって、約束を」
どうか。どうか。
「お願い。私にも…護らせて。私も誰かを護れるんだって…証明したいの。自分 自身のけじめの為に」
そして、いつも支えてくれた二人に−−報恩を。身勝手な願いと知りながら、 願う。どうか生きて、生き残って欲しい、と。 本当はティーダも助けたかった。しかし彼はもう、動けるような状態ではない。 非情すぎる選択だが、彼を連れて逃げるのは相当難しい。
「でもっ!君達を置いて逃げるなんて…っ」
言い募るフリオニール。クラウドの眼も迷っている。 二人の背中を押したのは、意外な人物だった。 「ふたり、とも…行って!」 「!!」 もはや立ち上がる力も残っていないティーダが、それでも半身を起こしてゴル ベーザの足を拘束していた。
「俺が勝手に暴走したせいで…ジタンを死なせちゃった…。俺のせいで迷惑かけ て、みんなを傷つけて…」
もう明らかに時間の残っていない、彼。その一言が、兵士を動かした。
「頼むよ!最後に…償いくらいさせてくれ!!……生きろッ!!」
きびすを返し、クラウドが駆け出す。フリオニールの強引に引っ張って。義士 の制止の声も聞かずに。コスモス陣営でも一番腕力のあるクラウドだ。彼が力づ くになれば義士は逆らえないと知っていた。
「ありがとう…クラウド。……ごめんね…」
一番辛い役目を負わせた。言葉にしなくとも、戦友達を心から大事思っている 彼。だからこそ−−選択したのだと知っている。仲間の為に何が最善か、軍属だ った彼は本能的にも理解していただろう。 二人の姿が小さくなったところで、ティーダが最後の攻撃を仕掛けた。倒れた まま、掴んだゴルベーザの足にフラタニティを突き立てようとする。
「甘い!」
易々と最期の足掻きを受けるゴルベーザではなかった。振り下ろした右手をテ ィーダの頭に叩きつけ、動きを止める。そのまま地表を進む兵器から光線を発射 −−ティーダの身体は為す術なく弾き飛ばされていた。
「−−ッ!!」
悲鳴すら上げられず血に伏せた夢想はもう動けまい。再び溢れそうになった涙 を、ティナは全力で堪えなくてはならなかった。 一番苦しかったのは自分ではない。痛いのも自分じゃない。ここでまた泣いた ら−−自分を信じてくれたクラウドになんと言い訳すればいい。 悲しみを、絶望を押し殺し。ティナは涙をいっぱいに溜めて−−微笑んだ。嘲 りの笑みより、嘆くだけの涙より−−その顔が最も相手にダメージを与えると知 らないまま。特に、ゴルベーザのような相手には。
「甘いのは…お互い様ね」
何故ならまた、彼は見逃した。自分がクラウドとフリオニールを逃がすのを。 最終的には結局追いかけて、始末をつけなければいけない対象にも関わらず。
「みんなの夢…私が護ってみせる」
それは己自身への誓い。少女はキッと魔人を見据え、メルトンの構えをとった。
「離せよ!離してくれ…っ!!」
フリオニールの絶叫。それが、次第に泣き声混じりの懇願に変わっていく。ク ラウドは唇を噛み締めてその声に耐えた。耳を傾けてはならない。聞いてしまえ ば後悔したくなってしまう。そんな事−−自分には赦されないと知りながら。 かなりの距離を走り−−月の渓谷まで来たところでようやく彼の手を離す。軍 人のスピードと体力に付き合わせたのだ。いくら鍛えているとはいえフリオニー ルは息が上がっていた。もう来た道を戻る事もしない。 本当は彼も気付いているのだ。今戻る事が何を意味するのか。 「何でだ…何でだよ…」 「フリオニール…」 「何で…くそっ何でっ…!」 どうして。何故。それはクラウドに向けた言葉であり、ティナに向けた言葉で あり、彼自身に向けた言葉であり−−理不尽すぎる全てに向けた言葉であっただ ろう。 ほんの少し前まで笑い合っていた仲間達。平凡な休息の時間だった筈なのに。 どこで歯車は狂ってしまったのか。 失う。失う。失うばかり。あの時だって−−。
「あの、時?」
無意識に頭に浮かんだ言葉。あの時?いつの話だ。今自分にあるのは“この世 界”の記憶だけの筈。そもそもバッツに指摘されるまで、自分達の時間がおかし い事にも気付いてなかったのだ。 コスモスに召還される前の事も、これより“前”の世界の事も。そう、ゴルベ ーザの発言からクラウドは徐々に現実を認識しつつあった。そこにはまだ予測の 範疇である事も含まれる。 自分達は幾度も繰り返される時の中、閉じ込められた存在なのではないか−− と。戦いに終わりが見えないのは、時間が巻き戻されるせいではないかと。
「みんなで生き残らなきゃ…意味無いじゃないか!だって俺の夢は…!!」
悔しげに地面に拳を叩きつける。フリオニール。その姿が−−誰かに、重なっ た。 ああ、この記憶は。そうだ。 思い出し、た。
「みーつけた☆」
場違いに明るい声が木霊したのは、その瞬間。クラウドの目線の先には一人の 男が立っていた。 いかにも愉快げに笑う−−道化の姿が。
NEXT
|
秩序の者達は知っていた、だからこそ、走るしか無かった。