何がおかしいのか。幼子のように無邪気に笑うケフカに、クラウドは眉を寄せ
る。
 
「何の用だ、ケフカ」
 
 尋ねたのは殆ど社交辞令に近い。このタイミングでカオスサイドの人間が現れ
た。目的など八割型確定している。
 尤も、混沌の軍勢が一枚岩で無い事も周知の事実。特にケフカのような気分屋
は、なんとなく気になった程度の動機で行動していてもおかしくはない。
 だから、念のため告げる。
 
「悪いけどこっちは急いでるんで。暇つぶしなら余所をあたってくれ」
 
 そう簡単に行く筈ないだろう、と。クラウドの冷静な部分が笑う。
 見つけた、とこの道化は言った。つまり自分達を捜していたという事。
 
「クサい青臭い〜!三文芝居なんて見飽きてんだよ僕ちんは!!まあでもでも、
今の君達の匂いは嫌いじゃないね〜
 
 挑発に乗るな。見た目に反し短気を自覚しているクラウドは、どうにか不快感
を堪える。
 
「血の匂い!仲間同士で殺し合いでもしたのかなぁ?たまんないねぇっ
 
 怒りで目の前が真っ赤になる。無意識のうちにバスターソードに手をかけてい
た。
 お前に何が分かる!オニオンが、ティナが、ティーダが、皆が、自分達が−−
どれほど苦しんだかもしれないで!!
 しかし攻撃体勢に入るすんでのところで、フリオニールの怒声がクラウドの頭
を冷やした。
 
「貴様!何故それを知っている…!!
 
 そうだ。ケフカに言いようはまるで−−ついさっき、その目で惨劇を見ていた
ような。
 オニオンナイトの暴走は、そもそも彼がウォーリア・オブ・ライトの遺体を発
見してしまった事に起因する。それも、コスモス陣営の仲間を疑いたくなるよう
な場所で。
 そうだ、何故気付かなかった?
 オニオンが暴走した事で、特をしたのは誰か。決まっている。自分達と敵対す
るカオス陣営だ。オニオンは仲間を疑い、皆の疑心暗鬼を招き、結果は自滅行動。
 こちらの軍は壊滅的打撃を受けた。ティナを除けば現状、秩序軍で生き残って
いるのは−−自分と、ここにいるフリオニールのみ。もはや勝敗は決したも同然。
 もしや、ライトを殺し、悲劇の引き金をひいたのは−−。
「お前があの人を殺したのかっお前がオニオンを狂わせたのかっ!?
「ヒャーハッハッハ!!
「答えろケフカ!!
 道化は何も言わない。ただただ、狂ったように笑うばかり。頭に血が上りそう
になるのを必死で抑える。
 冷静になれ。平静を保て。クラウドは必死で己に言い聞かせる。
 ここで怒りに我を忘れて力を暴走させたらどうなるか。自分もオニオンの二の
舞になるだけ。それこそ彼の死を無駄にするだけだ。
 それに−−知っている。もっと前から自分は−−悲しい結末を、知っていた。
自分を失い、心を壊して、精神を崩壊させて−−その先にはただ絶望しかな
い事を。
 知っていたのだ、自分は。
 
 
 
『クラウド俺を、殺せ』
 
 
 
 そうなってしまった、大切だった筈の人の事も。
 
 
 
「フリオニール、先に行け」
「は!?
「こいつには聞かなければならない事がある」
 クラウドの頭脳が、この状況での最善策を瞬時に弾き出していた。
 その決断には幾つも理由がある。フリオニールだけでも無事に逃がしたい。ケ
フカから詳細を聞き出したい。何より−−この、心の壊れた狂人と、1対1で向
き合いたかった。
 壊れようは違うかもしれない。けれどその姿にはデジャヴュを覚える。いつか
何処かで大切なモノを亡くした−−自分自身を見ているかのようで。
 この男と対峙する事で、自分もまた何かを乗り越えられる気がする。
 そして。
 あの日あの瞬間、護れなかった友達を。今度は−−今度こそは。
 
「お前は少し熱くなりすぎている。こういう役目は俺の方が適任だ」
 
 冷静沈着なサブリーダー。皆にそう思われている事を、クラウドは知っていた。
本当は違うと分かっているが−−今は自身のそのイメージを利用させて貰う。
 けしてクールになれるタイプではないフリオニール。本人も自覚している事だ
ろう。こんな言い方をすれば彼は否定出来まい。我ながら狡い手段だが。
「安心しろよ。情報を引き出したらすぐ追いかける」
「し、しかし
「嫌な言い方だが手負いのお前が先に逃げてくれた方が、俺も自由に動きやす
い。真っ当な意見だと思うけど」
 案の定フリオニールは返事に詰まった。クラウドはさらに言葉を叩き込む。
 
「夢を叶えるんだろう。俺一人で生き残ってもどうしようもないが二人でなら
まだ道はある」
 
 いつしか義士の夢は、自分達の光になっていた。
 先の見えない闘いの中、それでも信じる事ができたのは−−彼が教えてくれた
希望があったから。
 
 
 
「夢を、抱きしめろ。そしてどんな時でも、戦士の誇りは手放すな」
 
 
 
『夢を、抱きしめろ。そしてどんな時でも、ソルジャーの誇りは手放すな』
 
 
 
 生きろ、フリオニール。
 
 
 
「生きろ」
 
 
 
『クラウド……お前は、生きろ』
 
 
 
 逡巡した後−−フリオニールは頷いていた。必死で泣くまいとしながら。
 
「分かった。……先に行って、待ってる!」
 
 怪我のせいでスピードは遅かったが、義士は全速力で駆け出した。一度もクラ
ウドを振り返る事なく。振り返ればもう走り出せなくなると−−本能的に悟って
いたのだろう。
 ティナもこんな気持ちで自分達を送り出したのだろうか。
 これが普段通りの闘いなら−−けして負け戦などでは無かった筈。1対1。ゴ
ルベーザとティナ、ケフカとクラウド。実力は拮抗している。
 しかし、普段通りなどとは呼べない現状。裏があるのが明白なこの状況。
明らかに分が悪いのは、自分達の方。この闘いの果てには、もしかしたら誰も生
き残る事が出来ないかもしれない、と。
 
「それでも俺には俺のプライドと、理由がある」
 
 だから、喩え勝負に負けたとしても−−自分の心にだけは、負けない。クラウ
ドはバスターソードを抜いて、構える。
 その様子に、ケフカはつまんなーい、と口を尖らせた。
 
「何でぇ?いつもならそろそろトチ狂ってくれる頃なのに。お前まだ正気なん
だ?」
 
 表現は違うが。奇しくもそれはゴルベーザが、ティナに問うたのと同じ言葉で
あった。
 その意味を、クラウドが知る由は無いのだけども。
 
 
 
 
 
Last angels <答捜し編>
1-8・倒れない 士〜
 
 
 
 
 
 月明かりに、雷鳴が轟く。
 
「ビリビリ〜!!
 
 ケフカのサンダガを、身を翻す事で避けるクラウド。カオス陣営は皆くせ者揃
いだが、中でもケフカは厄介な相手である。真正面から飛んでこない、変則的な
魔法。その癖を読み切るのは至難の技である。
 魔導師相手に、遠距離戦を挑むのは愚の骨頂。ケフカの場合は中距離はもっと
危険。ならば多少のダメージは覚悟してでも、距離を詰めていく他ない。
 セフィロスのような英雄にはなれなかった。軍属とはいえ、いつも日の当たら
ない場所にいたあの頃。劣等感に悩み、羨望と嫉妬の狭間で揺れ−−それでも敬
愛する人たちに囲まれ。幸せだったあの日々を思い出す。
 何故だろう。どんなに頭を叩いても蘇らなかった記憶が−−今は急激に回復し
つつある。まるでリミッターが外れたように。蘇る景色はまだ断片的なものだけ
ど。
 縁の下の力持ちだったかもしれない。舞台ではいつも、台詞すらない脇役だっ
たかもしれない。けれど。
 軍にいたあの頃の努力が、経験が、確かに今の自分に生きているのを感じる。
常人より遥かに高い身体能力、星を救う旅の中で磨かれた五感と魔力。そして心
の強さと弱さ。
 自分にはそれだけの力がある。そう信じる事が出来る。
 
「はっ!」
 
 エアダッシュで一気に近付いていく。ケフカの懐に入ってしまえば、勝ったも
同然。押さえ込めば腕力だけで押し切れる。動けない程度にダメージを与えて、
尋問すればいい。聞き出すのだ−−この世界の真実について、彼を知る全てを。
 道化の放つファイガをかわし、クラウドは凶斬りを放とうと刃を振りかぶる。
 だが。
 
「一体、何処へ逃げるつもりだ?」
 
 ぞくり。
 普段のケフカからはほど遠い−−低く重い声色。放たれた冷たいオーラに不覚
にも−−気圧された。
 
「逃げる場所などありはしない。所詮此処は神すら支配する者どもの実験場
ェスの盤上。我々駒はボードの上から逃れられないというのに」
 
 至近距離で、放たれるブリザガ。とっさに大剣を盾代わりにて防いだ反射神経
は、我ながら神業だ。
 次の瞬間、ケフカは弾かれたように顔を上げ−−形容し難い声で高笑っていた。
喉が潰れたような、裏返り、高く高く−−捻れた狂笑。それはとても−−悲し
い声で。
「敵も味方も関係なーしっ!気に入らないモノガタリは全部全部僕ちんがぶっ壊
す!そうぶっ壊そうっ!!結果が見えた世界なんかつまらーん!!もはや壊す以外に
価値なんてぬぁーいっ!!
「待てっそれはつまり
 ゴルベーザの言葉を思い出す。一刻も早く世界をやり直したい、その為に自分
達を殺しにきたと魔人は言った。
 つまりケフカも同じ目的なのか。自分達を殺す事で、また世界を最初からやり
直そうと?
 
「お前は本当にそれでいいのか!?確かに時が巻き戻れば、死んだ誰かともまた
会えるかもしれない。犯した罪もやり直せるかもしれないでも!」
 
 時は戻らないからこそ。人の命には限りがあるからこそ。
 人は今を精一杯生きられる。前に進める。
 終わりが無い、昨日に戻るばかりの時間なんて−−そんなの。
 
「悲しすぎる!誰かを失った痛みも、誰かに貰った笑顔も、全部無かった事に
なるなんて!!俺は消したくない大切な人を失った悲しみも、みんなが託してく
れた想いも!!お前には無いのか、けして手放したくない、限りのある時間が…!!
 
 クラウドの叫びに。
 ピタリ、と。道化が笑い声を止めた。
 
「要らないんだよ、全部」
 
 淡々とした口調。しかし−−かすかにその声は震えていて。
 
「要らない。不幸になるばかりな未来も、壊れた過去も。必要なのは今だけ。だ
から繰り返す。そうすれば何度でも彼女と巡り会える。たとえそれが敵同士であ
ったとしても……ぁ」
 
 ひぃっとその喉が引きつった声を上げた。目まぐるしく変わる態度、声、口調。
明らかに正気を失い、人格が破綻した者のそれ。
 ケフカの表情が恐怖と後悔に引きつり、眼が見開かれ、口が戦慄きながら開き
−−。
 
「ああああああっ!!ティナ、ティナ、ティナ、ティナぁぁっ!!ごめんごめんご
めんごめんっゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサ
イゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイッ!!
 
 壊れた機械のように謝罪を繰り返す道化。クラウドが呆然と立ち尽くした−−
その時。
 
「そろそろ、幕引きよ」
 
 女の声。背中に衝撃。
 
「あ
 
 クラウドが最期に見たものは。泣き叫ぶケフカの背と、無表情で立つ暗闇の雲
の姿だった。
 
 
 
 
NEXT
 

 

兵士は託した、いつか何処かの友の言葉を。