ガレキの塔。ガラスの城。ひび割れた虚空、閉じた世界。
 積み木はまた崩される。再び積まれるその為に。
 
「ちょっと待て…ちょっと待てよ!一体、何でそんな事が…しかもガーランドが
…」
 
 声を荒げるフリオニール。
 死んだ?皇帝と、エクスデスまで?
 
「ガーランドと決まったわけじゃねぇ…ただあの斧系の刀傷は、奴の技によく似
てんだよ」
 
 ガシガシと頭を掻くジェクト。どうやらこの男は、そういった洞察力に長けて
いるらしい。
 いや−−今大事なのはそんな事ではなく。
 
「味方だろ…!?何で仲間内で殺し合うような真似…」
 
 そこまで言ったところで、あきれたように睨まれた。言葉にしなかったのがせ
めてもの優しさだろう。フリオニールはややムッとしたが、向こうの言い分が正
しい事は分かっている。
 自分が言えた台詞では無い。分かっている。つい先程まで内紛で死人まで出し
たのは−−コスモス陣営の方なのだから。
 しかし−−果たして自分達と同じ状況だったのか。フリオニールはあのガーラ
ンドという男について、深くは知らない。戦いの権化だ−−と彼自身が自らを皮
肉ったほど、血で血を洗う争いに傾倒しているというくらいだ。
 どうにも彼が、身内の死で暴走するタイプには見えないのだが。
 
「奴らも死んだって事は…もうこの世界で生き残っているのは…」
 
 青ざめる。この短時間で、一体何人の人間が死んだのだ!?
「ガーランドの野郎なら何か知っている筈だぜ。…奴を問い詰めれば…」
「呼んだか?」
 はっとしてフリオニールは振り向く。闇の世界、その入り口。黒紫に透き通る
階段を、ゆっくりと降りて来る人影は−−。
 
「ガーランド…!!
 
 ぎょっとする。猛者は全身に返り血を浴びていた。黒い鎧を着て尚その色が分
かるほどに。
「クラウドとティナは、それぞれ暗闇の雲とゴルベーザが片付けた。ゴルベーザ
は相打ちだったようだがな…。セフィロスも死んだ。ケフカは暗闇の雲が始末す
る手筈。これで残る駒は我々と雲のみ…」
「始末って…どうして仲間まで…!!
「それが慈悲というものよ。神龍の粛正で消えるよりは遙かに安楽な死だからな
…」
 粛正!?神龍!?
 問い返そうとした瞬間。大地が大きく揺れ、フリオニールの体は地面に叩きつ
けられていた。
 
「かはっ…な…なにが…」
 
 揺れは断続的に続く。どうにか立ち上がろうとするものの、脚を負傷している
フリオニールは膝をつくだけで精一杯だ。
 
「始まったのだ、粛正が…。楽に死にたければ自害する事だ」
 
 バキンッ。凄まじい音とともに、闇の世界を構成する柱が崩れてくる。その真
下にはジェクトの身体が。
 よろけながらもどうにか逃げようとする幻想に、猛者は大剣を向けた。うまく
動けずにいる彼に、襲いかかる炎。
 
「ジェクトっ!!
 
 ジェクトの身体が炎に飲まれる。その上に幾つも降る瓦礫。高笑いを上げるガ
ーランド。
 
「さぁ、古き物語を終わらせようぞ…!新たな輪廻を始める為に!!
 
 床が、柱が、空間が崩れていく。ガーランドの身体も瓦礫の中へと消えていっ
た。地震が酷くなる。ついには大地が割れ−−フリオニールもまた、地割れに飲
み込まれた。
 
「あああぁぁぁ−−!!
 
 分からない。何が起きているのか。どうして自分は死ぬのか。仲間達は何故死
んだのか。
 どうして。どうして。どうして。
 やがて遙か下の大地に叩きつけられ、フリオニールは全身から、真っ赤な血の
花を咲かせた。そして二度と、動く事はなく。
 最期まで正気を保ち続けた義士は、死の瞬間まで問い続けていた。そして願っ
ていた。
 せめてこの運命の、真実を知りたかった−−と。
 
 
 
 
 
Last angels <答捜し編>
1-10・終われない 沌〜
 
 
 
 
 
 これが粛正か。
 月の渓谷で、暗闇の雲はまだ満月を見上げていた。大地を揺るがす胎動にも動
じる事なく。
 暗闇の雲に膝まくらされるように、ケフカが眠っている。否、眠っているよう
に見える。実際のところ、もうその身体は冷えつつあった。
 
「絶望に墜ちたのは…一体誰だったのか…」
 
 呟く。もはやその声を聞く者は誰もいないのだが。
 クラウドとケフカを片付けたら、自害するようにと命じられていた。神竜の与
える“終焉”の重さを、最もよく知るガーランドだからこその命だろう。それは
通常の死より、遙かに苦痛を伴うらしい。
 
「あの男…戦いの権化と言いながら、結局情を捨てきれていないではないか…」
 
 自分も人をどうこう言えないけれど。ケフカの髪を撫でながら、苦い笑みを浮
かべる。
 自害は、しない。その苦痛に満ちた粛正とやらを−−受けてやろうじゃないか。
無性に、自らに罰を与えたくて仕方がない。何を悔いているのか、まだ目を逸
らしたい自分がいるのに。
 
「何を期待しているのだ…わしは」
 
 突如、南の空に光が射した。混沌の黒でもなく、秩序の白でもない−−毒々し
いまでの赤い光が。光は急激に強さを増し、恐ろしいスピードで世界を浸食して
いく。
 全てが血の色に沈んでいく。暗闇の雲は眼を閉じる。間を置かずその魂もまた、
裁きの光に食い尽くされていったのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 体中が痛い。まるで全身をハンマーで殴られているかのようだ。
 誰かが近くで話している声がする。聞き覚えの無い声。一人は子供、一人は男
性。一体何を話しているのか。
 
「驚きましたわ。まさか粛正を逃れる駒が出るだなんて」
「興味深い話ではある。この男は偶然にも、ガーランドやゴルベーザの眼すら欺
いたのだ」
「いかがします?このまま消して差し上げてもよろしいのですが」
「いや、決めるのは神竜様だ。まずはご意志を仰ごう。いずれにせよ、この実験
結果は貴重だからな…」
 
 段々意識がハッキリしてきた。どうやら自分はゴツゴツした岩の上に寝かされ
ているらしい。
 頭が異様なまでに重い。だが起きなければきっとマズい事になる−−バッツ=
クラウザーはかつてないほど努力して、その瞼を持ち上げた。
 
「こ、此処は…」
 
 まだ視界がぼやけている。赤と黒で構成された景色−−それが炎の赤と冷えた
溶岩の黒であると理解するまで、しばし時間を要した。
 混沌の果て。悪魔を象ったデザインの玉座には見覚えがある。その背後では耐
えず紅蓮のマグマが吹き出し、まるで焦熱地獄のような光景を描き出す。
 いや実際、地獄に来てもおかしくなかったな−−とバッツは苦く笑う。クルス
タルワールドでゴルベーザの攻撃を受け、崖下に転落した時−−自分は死ぬもの
と思っていた。実際、今も全身の骨が軋みを上げている。叩きつけられた激痛も
思い出せる。
 なのに。どういう訳か自分は未だ生きている、らしい。少なくともこの痛みは
現実、だ。
 
「あら、目覚めましたのね。お尻の青いボウヤ」
 
 トコトコと、子供がこちらに歩み寄って来た。否、子供だと思ったのはその体
躯の小ささゆえである。
 実際は子供ではないのかもしれない−−彼女の大きな眼と尖った耳は、明らか
に人間のそれとは異なっていた。
 
「運の悪い男だ。ゴルベーザに殺されるか、大人しく粛正で死んでいれば…何も
知らずに済んだものを」
 
 甲冑を身に纏った男が、ふんと鼻を鳴らす。反論したのはバッツの側に座った
少女(?)だ。
 
「あら、そうかしらガブラス。このボウヤはむしろ運が宜しいのではなくて?神
竜様自らに、裁いて戴けるんですもの」
 
 それにしても、今回は面白い結果になりましたわね、と。彼女はお嬢様口調で、
ガブラスと呼ばれた男に話しかける。
「今回は間違いなく、カオスの軍勢に軍配が上がると思ってましたのに。ガーラ
ンドの計算違いですわね〜。半端な慈悲で、味方を片付ける事を優先するからで
すわ。本当に、お馬鹿さん!」
「そう言ってくれるなシャントット。しかし…これは一応コスモス側が勝った事
になるのか?」
「じゃなくて?このボウヤが生き残ったせいで、結局先に混沌の軍勢の方が全滅
してしまいましたもの。で、駒が全て消えた事で、召喚主のカオスも消滅。あち
らの方々は不本意でしょうけど」
 こいつらは一体、何の話をしている?
 バッツは混乱の極みにあった。自分達コスモス軍が勝利した?カオス軍が全滅
した?
 そんな馬鹿な。先程まであれだけの内乱状態にあった秩序の軍なのに。しかも
バッツが知る限りでも既に四人もの人間が死んでいたのだ。あの戦況をどうやっ
てひっくり返した?
 
「どちらにせよ同じ事だろう。カオスが勝とうとコスモスが勝とうと…結局は全
てが巻き戻る。このゲームに真の意味で勝者などいない」
 
 ガブラス、と呼ばれた男の発言に目を見開く。
 
「待て…それ、どういう事だよ…っ」
 
 二人が振り向く。構うことなくバッツは続けた。
 
「どっちが勝っても同じとか…このゲームに真の勝者とか、結局巻き戻すとか!
訳わかんねぇよ!!だったら…だったら俺達は何のために戦い続けて来たんだ…!?
 
 一気に喋ったせいで傷に響いた。おそらく両脚が折れているのだろう。立ち上
がる事は愚か上半身を起こす事も叶わない。
 息も苦しい。胸がズキズキする。多分肋骨や鎖骨もあちこちイカレている。
 
「言葉の通りですわ。あなた方は所詮、何度も使い捨てられる駒に過ぎませんも
の」
 
 小馬鹿にした眼で、シャントットというらしい少女は倒れたままのバッツを見
下ろす。
「どちらの軍が勝っても…最終的には神竜様が粛正を下し、全ての駒を消す。そ
して時間を戻し死んだ駒を全て蘇らせ、また戦わせる。最初からこの戦い、終わ
る筈がないんですのよ」
「な…」
 
 絶句した。ではセフィロスの疑問は。ゴルベーザの話の意味は。
 
「シャントット、ガブラス、喋りすぎだ」
 
 突如、場の威圧感が増した。シャントットとガブラスが、玉座に向かって膝を
つく。服従の姿勢。
 現れたのは、本来のこの場所の主ではなかった。金に輝く一尾の龍−−それが
台座の上に浮かんでいる。
 
「申し訳ありません神竜様。しかしこの者はまた記憶を消される身です。大した
問題にはなりませんわ」
 
 そうか。シャントット達の言う事が本当なら−−決着がついた今、再び時は巻
き戻される運命にある。自分もまた、殺され、全てを忘れてしまう。
 そう−−全て。
 
「嫌だ…!」
 
 死ぬ事がない。忘れてしまう事が。
 皆がどんな想いで闘ってきたのか。どんな想いで仲間に刃を向けたのか。あの
涙の意味を、笑顔の意味を。
 忘れてしまったら、何の為に。何の為にあの痛みがあったのか、分からない。
 
「忘れない…。忘れるもんか!俺は、絶対…!!
 
 バッツは絶叫していた。
 
「仮に忘れたって、何度でも思い出してやる!無駄になんかさせない!!
 
 二人の従者が笑った。無意味だと。
 
「我が力には逆らえぬ…」
 
 神竜が鳴いた。辺りが金の光に包まれる。バッツは意識を失う寸前まで叫び続
けた。
 忘れない。忘れない。
 皆の生き様を無駄にするものか−−と。
 
 
 
 
〜第一章『答捜し編』・完〜
→NEXT・第二章『猫騙し編』に続く。
 
 

 

混沌と秩序、闘争と悲劇の物語。

旅人の誓いを、少女の祈りを、兵士の覚悟を飲み込んで、全てはまたゼロへと還る。

 

 これにて第一章『答捜し編』完結です。すみません、どうしても後味の悪い展開が続いております…。

 『答捜し編』はそのまんま、みんなが真実を捜し始める話という意味で名づけました。

 章が進むにつれ、段々といろんな謎が明かされていくかんじです。ちゃんと伏線回収せねば。

 ちなみに当初一章につき、三話程度で終わる予定だったんだから阿呆です。十話ってあんまりだ。

 次の第二章なんか全部で二十二話もあるんですからもうどうしようもないですね。ああ。