それは、いつの物語だっただろう。 これは夢だ。それが分かる事に、アルティミシアは自嘲する。 幸せな夢と不幸せな夢。どちらの方が残酷なのだろう。眠りの中、潜在意識の中に潜む真実。現実とは異なり、されど偽りとも違う束の間の幻。 一瞬でも、嘘でもいいから、幸福な瞬間を夢に見たいと人は願うのだろうか。夢ならば逢えるかもしれない。長い年月の中に失った人にも、戻らない至福の時にも。 逆に悪夢を見たいと願う者はそうはいまい。夢を見ている間は、確かに自分にとっての恐ろしい“現実”なのだから。 けれど−−魔女は思う。束の間の悪夢よりも−−幸せな幻の方が、余程残酷なのだ、と。『…どうした。置いていくぞ』 お願い。お願い。消えないで。 どれほど切に願っても、朝になれば夢は醒めてしまう。その笑顔は、霧の向こうに溶けてしまう。『お前は……生きろ』 何度その微笑みを目にして、手を伸ばして、触れる事すらできなくて。終わってしまった夢に、何度絶望しただろう。 ああ、こっちが現実なんだ、と。そしてこの“現実”では−−彼の“笑顔”など、見れる筈もないのだと。少な くともその優しさが、自分に向けられる事など無いと知っている。 ついうたた寝をしていたパンデモニウム。柱の影に座り、うずくまる。 こんな姿、誰にも見せられない。これでは魔女でも戦士でもない、ただの女ではないか。「何も、覚えないくせに…。一番無様なのは私…か」 記憶など、無い。夢の中の景色も、世界も、自分は覚えてなどいないのに。 アルティミシアは両腕で、護るように身体を抱きしめる。何も分からないのに、知らないのに−−その感情だけが、溢れて出て止まらない。あの景色の中、“自分”は確かに彼に愛しさを感じていて−−その想いが“今”の自分にも、確か に残っているのだ。「悲しんでいる?魔女の、私が?」 彼を想っているのに。その想いが届かない事が、彼に憎まれるしか出来ない事が−−辛い、なんて。 馬鹿げている。上げようとした笑い声は、嗚咽になった。見下すように笑いながら、アルティミシアは泣いた。何も分からない自分を、矛盾した感情ばかりの心を。嘲り、憎み−−嘆いて。「…思い出せない事を嘆くか、アルティミシアよ」 もしかしてずっと見られていたのだろうか。通路の向こうから現れた皇帝に、魔女は乱暴に涙を拭って顔を上げる。「…悪趣味なのは、ファッションセンスだけでは無かったのですね」 「それだけ言える元気があれば問題ないな」 分かっている。この男が、自分に気を使ったのだという事に。「肝心な記憶ばかり、抜け落ちていく。分かっていても、耐えきれない瞬間もあるだろう。恥じる事でもあるまい」 お前もそうなのか、と。尋ねようとして、魔女は口を紡ぐ。答えは分かりきっている気がしたから。「忘れるな。我々は共犯者だ。私としてはいざという時、お前が使いものにならないのは困るんでな」「そうね。…お互いに、ね」 素直でないのも含めて、ね。小さく笑みを作るアルティミシア。 自分達は共犯者。つまりは一蓮托生。独りでない事を忘れるな、と。 彼は元の世界で、どんな人間だったのだろう。彼も無くした記憶を、夢に見る事があるのだろうか。 瞼を閉じる。まだ、脳裏には焼き付いていた。 彼が−−スコールが微笑んで手を差し伸べる、その姿が。Last angels <猫騙し編> 〜2-2・ファンファーレ U〜 歪んだ青空の下。次元城エリアの一角が、コスモス陣営の溜まり場になっている事を知っている。 というのも、しょっちゅう仲間に内緒で、弟がゴルベーザに会いに来るのである。やや信用しすぎではないかという程、セシルは兄にいろんな話を聞かせてくれた。流石に作戦や戦闘に関わる話は避けていたが、一応は敵同士。これはマズかないかとちょっと頭が痛くなる。 まあ、弟に関する問題はひとまず置いておく事にして。 セシルの情報から、だいたいこの時間、彼らが何をしているかくらいは把握していた。先程会ったオニオンナイトに試しに用件を話したら、やや訝しげにしながらも殆どノータッチで通されてしまった。セキュリティが甘すぎやしないだろうか。 オニオンの言った通り。果たして彼はそこにいた。ウォーリア・オブ・ライトは次元城の外壁に腰かけ、一人考え事をしている様子である。「何か用でも?」 ゴルベーザが声をかけるより先に返事があった。歴然の猛者なだけあって、気配には敏感らしい。しかも“誰か”を尋ねなかったあたり、相手がゴルベーザだ という事も分かっていた模様。 が、それにしては。「警戒しないのか?一応、私とは敵対関係にある筈だが」 仮にも自分はカオス陣営。もう少し気にしてくれてもいい気がする。鎧は身に付けているものの、その背中は酷く無防備だ。このまま後ろから攻撃されたらどうするつもりなのか。「君はこの陣営のリーダーだろう。私が君を殺すつもりで此処に来ていたら、どうする気なんだ」「貴方はそんな卑怯な真似はしない。第一殺すつもりなら、無駄話に時間を費やす事もしないだろう。とっくに戦闘になっている」 セシルから聞いたのか。自分の性格は見抜かれていたらしい。気まぐれに言葉遊びをするクジャやケフカ、言葉も武器の一つである皇帝やアルティミシアならともかく。ゴルベーザは無駄話を嫌うタイプである。 長話をするのは、その必要があるからだ。意味の無い嘘はつかないし、価値のない言葉遊びもしない。時間とは、限りある貴重なものなのだから。「…信頼してくれるのは有り難いが。仮にもカオスの兵を相手にその対応はどう なんだ」「すまない、無礼だったか?」「いや…そういう意味ではなく…」 まさか本気で分かってないのか。ウォーリア・オブ・ライト。実は天然の疑いあり。ゴルベーザは心のメモに書き足す。「セシルの兄だから、というだけではない。貴方には恩がある。以前、進むべき道に迷っていたオニオンに、貴方は助言をしてくれただろう」 それ以外にも、貴方のアドバイスに救われた者は多い。ライトは振り向く。元々あまり表情が変化しない彼だが−−その顔には小さく笑みを浮かべている。「私で仕方ない。どうして貴方が我々の陣営にいないのか。貴方からは闇を凌ぐ、 強い輝きを感じるのに」 もしやこの勇者は気付いているのだろうか。闇と光−−その狭間で生きざるおえない、ゴルベーザの本質を。 ちくり、と胸が痛んだ。自分が前の世界で何をしたか、ライトは知らないのである。これだけの信頼を得ながら、自分はオニオンを救えなかった。セシルの死という悲劇に、一刻も早く世界を終わらせる為−−バッツやティーダを殺し、ティナを傷つけた。 あの時の選択を今悔いてもどうにもならないが。重すぎる罪悪感が、ズシンと背中にのしかかる。自分は狭間を歩む−−しかし紛れもない混沌の殺戮者だ。 しかし次の彼の言葉は、魔人の予想のさらに上を行った。「いや、貴方だけじゃない…。貴方の仲間の中にも、光の気配が感じられる者達 がいる」「…!」 「時々疑問に思う。我々を光と闇に隔てたものは何なのかと。光と闇…その片方 だけを持ち合わせた存在など、いないのではないかと。私とて光の戦士などと呼ばれてはいるが…当然のように闇を抱えた人間でもある。弱さも醜さも、ある」 「君は…」 「我々は、どうして戦う事になったのだろうな…」 ゴルベーザは悟った。この青年は本能的に−−この世界の真理に近付きつつある。この世界の本質を、この戦いの本質を、光と闇の本質を−−繰り返される輪廻の中で理解しつつあるのか。同時に。彼は自らの称号の重さを知りつつも、自らの“闇”を認める強さを持 っている。“闇”の中にあってなお灯る“光”を見いだす力を持っている。 「…なくしては、ならない」 「?」 今、理解した。 この勇者を−−むざむざと死なせてはならないと。 それは争いの火種になるからだけではない。彼の、存在自体が重いのだ。彼の理論は、光は、そこにあるだけで秩序の仲間達の導になるだろう。あまりにも貴重なその心−−けして無にしては、ならない。「私からお前に警告しにきた。これから起こる悲劇を防ぐ為に」 悲劇?とライトが眉をひそめる。ゴルベーザは続けた。「光の戦士よ。お前は生きなければならない…何があってもだ。護りたいものが あるのなら、生きて守り抜け。命を粗末になどするな」 そうだ、生きろ。彼が死ぬというルールZ−−これが覆れば活路は開ける。時の鎖。輪廻の謎を解く為の手段が、見つかるかもしれない。「まるで…私が自殺でも考えているかのような物言いだな」 「気を悪くしたなら謝る。しかし、これは一つの預言だ。真面目に考えて欲しい」 やや眉をひそめた勇者に、ゴルベーザは静かに語る。記憶の無い彼に−−ましてや彼自身が死んだ後に起こる悲劇について、詳しく話す事はできない。ならば別方向の正論で攻めるしかない。「考えてみて欲しい。もし今君が死んだら、君の仲間達がどうなってしまうかを。 君の存在はコスモスとは違った意味で、彼らの精神的支柱になりつつある」「それは買い被りすぎだろう。私もまたコスモスに呼び出されただけの、一人の人間にすぎない」「君はそう思っていても、他の者まで同じとは限らない。特に…あの幼いオニオ ンナイトなどは」「……」 思うところがあったのか、返ってきたのは沈黙。 オニオンとライトの間に、一体何があったのかは分からない。だが、少年の勇者に対する姿勢は、ただ自分達のリーダーであるというだけの青年に対するものとはかけ離れている。 尊敬どころか、崇拝に近い。敵側のゴルベーザですら気付いたのである−−他のコスモス陣営の仲間ならとうに知っていてもおかしくない。「彼は君の事を、父親か母親のように慕っている。いずれ変えていくべき姿勢だとしても今この段階で君がいなくなれば…彼が受けるダメージは計り知れまい」 それだけではない、とゴルベーザは続ける。「悲しむ者がいるなら、君は君自身を精一杯大事にしなければならない。光の戦士よ。君ならどうだ?仲間の誰かが君の為に死んでしまったら。同じ苦しみを、仲間に与えたいと願うか?」 戦は悲しい。死ぬ者も、遺される者も。自分はけして忘れはしない−−あの震えが来るほどの恐怖と喪失感を。セシルが死んだ瞬間の、言葉にも出来ないほどの痛みを。 だから。 ゴルベーザは、セシルを守り、自分自身も生き抜くと決めていた。たとえどんな茨の道であろうとも。「そうだな」 ふっと勇者は笑みを浮かべた。「セシルにも同じ事を言われた。やはり兄弟だな」 目を丸くするゴルベーザに、また青年は笑うのだった。 二人は知らない。 そんな彼らの姿を−−じっと見ていた英雄がいた事を。NEXT |
獅子の笑顔は、魔女にはあまりに遠く儚く。