カオス神殿の広間に集う面子は決まっている。 この会議も果たして何度目になるのやら。暗闇の雲は周囲を見回した。 自分。ケフカ。ガーランド。この三人で話す事は決まっている。ケフカが退屈 し出して気紛れな茶々さえ入れなければ、今日もいつもと変わらず順当に終わる だろう。 「どうやら前回の記憶は受け継げたらしいな、暗闇の雲」 「いつもと変わらぬ。今回は少しばかり思い出せる量が多いだけだ。前回の世界 の後半しか覚えておらん」 後半。それも世界の崩壊が始まる頃からだ。コスモス陣営がまた壊滅しそうだ という知らせを受け、ケフカと共に、逃げ延びた義士と兵士を待ち受け。 兵士を殺害し、道化を殺害し、世界の終わりを迎えた−−覚えているのはそれ だけだ。しかも相変わらず、“粛正”に関わる記憶は完璧に抜け落ちている。 ひょっとしたらこれも、ガーランドや神竜が手を回した結果なのだろうか。
「充分。説明の手間が省けて助かる。…本題に入ろう。今回の世界…悪いがやっ て貰う仕事が増えた」
仕事、という言い方をするからに、何か輪廻の構造を揺るがしかねない要素で も見つけたのか。 何であろうと、自分は与えられた役目をこなすのみ。世界を輪廻という真の闇 で覆い続け−−不確定に満ちた絶望の“外”への可能性を排除する。それ以外に 興味などない。
「オニオンナイトとバッツ=クラウザー。この二人を早急に始末する」
思わず。はっとして、暗闇の雲は動きを止めていた。 「狂気に近付けば近付くほど、コスモスの駒は過去の記憶を取り戻しやすい。こ れは今までの世界でも実証されて来たこと。だが…それがどれほどの確率かは、 今まで実証できずにいた」 「それが前回の世界で変化があった。オニオンとバッツ…あの二人には取り戻さ れると面倒な記憶がある。だからその前に退場して貰おう、と?」 「話が早い。その通りだ、暗闇の雲よ」 沈黙する。あの少年を−−あらゆる現状よりも優先して、殺害せよと。 何故だ。一体ガーランドは、何をそこまで警戒している?むしろ彼の存在は、 コスモス陣営瓦解の鍵。終盤まで生きていてくれた方が都合良かった筈だが。 それらの要因を無視してでも封じたい、あの二人の記憶。一体彼らが何を忘れ ていると言うのだろう。
「出来れば…理由を訊きたいものだな。仮にもあの小僧は、わしの宿命の相手だ 」
向こうはその“宿命”の理由も覚えていないだろうが。 それでも感じる因縁があるからこそ、自分に対して闘志を燃やす。己の主義を 曲げてでも。
「言っておくがわしが期待しているのは、あやつが“輪廻に関わる情報を知って いるから”などといった、具体性の無い答えでは無いぞ?」
お前に協力するからには、オニオンの持つ“記憶”の内容まで話せ、と。 ガーランドは口を閉ざす。やはり自分達にすら−−いや、もしかしたら“暗闇 の雲”だからこそ−−話したくない事なのだろう。結局のところ、輪廻に関わる 全ての真実は、この男と神々、神竜のみが握っているのである。所詮“協力者” どまりの自分達相手に、カードを切りたくないのも分かる。 しかし、ここで引き下がるわけにはいかなかった。何故自分がそこまであの少 年に拘るのか−−分からないながらも、下手に出たくないのだと本能が告げる。 暗闇の雲がさらに食い下がろうとした、その時だ。
「その話…私も混ぜて貰えないか」
現れたのは、自分達にとって長年“イレギュラー”要素だった彼。カオス陣営 の異端児−−セフィロス。 英雄は妖艶な笑みを浮かべて、告げる。
「同じ筈だ。私の目的と…お前達の目的は」
Last angels <猫騙し編> 〜2-3・ワルツ C〜
どいつもこいつも、隠し事のし過ぎた。どうにも面白くない−−暗闇の雲はや や不機嫌だった。 会議はセフィロスの登場により、強制終了となってしまった。正確には、あの 場から自分とケフカは追い出されたのである。セフィロスとどうしても話さなけ ればならない事がある。お前達は先程の件を片付けろ−−と。ガーランドは矢継 ぎ早に言って話を終わらせた。 結局、オニオンナイトの持つ“都合の悪い記憶”についても聞けないまま。間 が悪い事この上ない。 しかし−−意外だったのは。セフィロスが現れ、協力を申し出た事に−−ガー ランドが驚愕を露わにしていた事。確かに彼の立ち位置は、長いこと“中立”で あったが。
『私は“契約者”だ。そして何故自らその任を負ったのか…ガーランド、お前は 知っている筈』
セフィロスがその言葉を言った途端、だ。ガーランドは今回の話を打ち切って しまった。平静を装おうとしていたものの、明らかに動揺した様子で。 あの片翼の天使は、クジャやジェクト同様、何も覚えていない人間だった筈で ある。元の出自。死の前の世界。ただし輪廻の事実には薄々気付いていたようで、 長い間独自に真実を調べていたフシがある。 だがあの様子。ただ調べた情報で確信を得たにしては−−。
「もしやセフィロスが記憶を取り戻したから、ガーランドは驚いたのか?」
あれは、“気付いた”者の顔ではない。“知った上で”覚悟を決めた者の顔だ。 今までのセフィロスとは、違う。 しかし、それはそこまで不思議な事なのか。自分達カオスの駒は、コスモスの 者達とは違う。大半の者が、記憶をある程度継承しながら此処まで来ている。今 まで彼が全てを忘れていた事の方が、余程珍しい事だと言える。 分からない。残念ながらデータ不足だ。暗闇の雲は一息ついて、アルティミシ ア城で腰に下ろす。隣ではケフカがさっきから、暇だ暇だと騒いでいる。ちょっ と煩い。“仕事”の前だ、少しくらい休ませてくれてもいいではないか。 文句の一つでも言おうと口を開く。 「ケフカ、いい加減に…」 「道化ぇぇッ!」 またこのパターンかい。さっきから自分の話は遮られてばっかりだ。暗闇の雲 の言葉は、見事上階からの怒声にかき消される。 穴の開いた螺旋階段を、器用に滑り降りて来る銀髪の人影。彼は暗闇の雲とケ フカの前にスタッと着地。ツカツカと歩み寄ってくる。 いかにも“キレてます”なポーズだ。
「僕のティアラ!!昨日の晩パクってっただろお前ーっ!」
びしっ、と道化を指差して、クジャは怒鳴る。対しケフカはちょっとだけ考え る素振りを見せ−−思い出したのか、ああ!と手を叩く。 「そんなぁ、ケチくらい事言わないで下さいよ〜。いいじゃないですか、髪飾り の一つや二つや三つ」 「ざっけんなよケフカ!!ただの髪飾りじゃないんだよ、ラミアのティアラだぞラ ミアの!!あれ手に入れる為に僕がどんだけ苦労したと思ってんのさっ」 そういえばケフカも髪飾りは装備できたんだっけ。一気に蚊帳の外になった暗 闇の雲は思う。 しかし一つや二つや三つって。随分違うぞ、そのへんは。
「面倒な素材ばっかり請求されるし…!額だって素材のティアラ代入れたらどん だけかかってると思うんだ!!」
確かに。モーグリショップはかなりぼったくりだ。独占禁止法も何もあったも んじゃないから、いくらでも高い額をふっかけられる。どんなに高額でも他にア テが無い以上、コスモス陣営もカオス陣営も同ショップを利用する他ない。 それに素材だって、手に入れるには何回もコロシアムに向かわなければならな い。ラミアのティアラなんぞは貴重素材のオパールを三つもブンどられる。あれ はインビンシブルに乗らなければ入手できないというのに。 「いいじゃない〜大丈夫ですよう、ぼくちんが大事に使いますから!!」 「言葉通じてないわけっ!?人のモン盗んどいて開き直ってんじゃないよ!わかん ないなら死ねっ…てああ!今着けてんじゃん、返せっ」 「いーやーだーイヤだったらイヤだっ☆」 「殺すよマジでっ!アルテマ降らせるよっ!?」 ぎゃいぎゃいと騒ぎながら、追いかけっこ(のつもりなのはケフカだけだろう が)を始める二人。まるっきり子供だ。 明らかに悪いのはケフカだ。粗方また面白半分でクジャの部屋に侵入したのだ ろう。貴重なティアラを盗まれて怒るのは仕方ない。 が、その対応はどうなのだ。クジャの導火線の短さは今に始まったことでもな いが−−流石に大人げなさすぎではないか。 その実ケフカの方が彼より年上であることは忘れて、思ってみたり。
「第一、盗むだけじゃ飽きたらず!窓は五寸釘で打ちつけるわ、風呂に金魚と鯉 は泳いでるわ、ドアの前にイミテーションの見張り立てるわ、天井に油性ペンで ラクガキするわ…挙げ句に部屋の中にマジックトラップ仕掛けるって!悪戯の範 疇超えてるよ…!!」
…前言撤回。同情する。 暗闇の雲はこっそり合掌。ケフカの気まぐれかつ手のこんだ悪戯には、自分も 被害に遭っている。風呂に金魚と鯉ならまだマシだ、自分の時はワニが寛いでい た。一体どっから連れて来たのか。 彼の素晴らしき悪戯の数々には、カオス陣営のメンバーの大半が被害に遭って いる。カオス本人すら数に入る。先日、部屋をゴキ●リだらけにされたガーラン ドが情けない悲鳴を上げていたのは、記憶に新しい。 ちなみに例外が約一名。セフィロスである。天然すぎて、悪戯の被害に遭った 事にすら気付かず、一発でケフカに飽きられた。大物すぎる、英雄。
「…何でわしが、ガキどもの世話をしなければならんのだ…」
ぶつくさ言いながらも、妖魔は重い腰を上げた。全力で放置してやりたいがそ うもいかない。 そろそろクジャが見境なくホーリースターをぶっ放す頃だ。このままでは城が 全壊して、主のアルティミシアにまで喧嘩を売る羽目になる。 ああめんどくさい。そう呟いて、こちらに駆け戻ってくる二人を待った時。ガ シリ、と後ろからケフカの頭を掴む手があった。 「何やってんだお前ら」 「ジェクト!」 どうやらクジャを探しに来たらしい。ジェクトは呆れた様子を隠しもせず、死 神と道化を見比べる。バカ力で頭を掴まれているケフカは、離せ離せーっと幼児 のように手足をバタつかせている。 「かくかくしかじか、以下省略!」 「なるほど。…ほらよ」 見事説明をすっ飛ばしたクジャに、ジェクトは苦笑い。ケフカの髪からティア ラを外し、クジャに投げる。キャッチしたクジャはようやくホッと息をついた。 まったく、溜め息をつきたいのはこっちだ。脱力する暗闇の雲。 「あーぼくちんのーっ」 「お前のじゃねぇっつの!」 「はいはいガキども、喧嘩タイムは終了なー」 「「ガキじゃないっ!!」」 最後の台詞は見事な二重奏を奏でた。 「ちゃんとクジャの面倒を見ておけ、保護者」 「それを言ったらあんたがケフカの保護者だな」 残念ながら否定できない。頭の痛い暗闇の雲。再び口喧嘩を始めた死神と道化 を宥める幻想。 微笑ましいなんて。思った自分に驚いていた。 何故だろう。自分でも分からないが。 彼らといると忘れそうになるのだ。自分が世界を無に帰す為の妖魔−−暗闇の 雲である事を。
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妖魔にとって、護りたいものが、確かにそこにあった。