夢は、嫌いだ。 過去を、潜在意識を垣間見れば見るほどに−−思い知らされる。自らの浅まし い願望を。そして、消え逝くばかりの幻を。 涙の跡を無理矢理隠して立ち去るアルティミシア。皇帝はその後ろ姿を見送り ながら、ポツリと呟く。
「…共犯者、か」
的を射た物言いだ。ジェクトなどには真正面から言われた−−あれはお前の女 では無いのか、と。違う、と答えると幻想は眼を丸くして問う。じゃあどんな関 係なのかと。 確かに自分とアルティミシアは、傍目からはカップルに見えるのかもしれない 。気付けばいつも隣にいて、二人にしか分からない会話を繰り広げている。誤解 を招くのも致し方ないだろう。
「恋人などと…我々はそんな甘い関係ではない…」
親友、と言った方がまだ近い気がするが、それも正しくは無い。自分達の間に は利害もあるし、無条件の信頼があるわけでもない。信頼の代わりにあるのが、 信用だった。 彼女は皇帝を裏切らない。絶対。何故なら自分達は“共犯者”−−一蓮托生だ からだ。同じ運命を生き、同じ苦痛に喘ぎ、同じ誓いを立てた存在。 ただ一人、彼女だけだったのだ。皇帝の味わってきた“闇”を理解できたのは。 アルティミシアも同じだったから。ゆえに、自分達は互いの手をとって此処に いる。 独りきりだったら、耐えられなかったかもしれない。正気と狂気の狭間。削ら れていく記憶への失望と、無理矢理背負わされる記憶への絶望に。 プライドの高い皇帝は、それが分かっている自分を恥じていた。自分は独りで 生き、独りで全てを統べるべき支配者であるというのに。 誰かを気にかけるような“弱さ”など捨てろと−−とうに失われた筈の記憶の 中で、誰かが叫ぶ。その声が今の生き方を躊躇わせている。もはやそれが“誰” なのかも分からないというのに。
「過去など、棄てればいい。亡くした方が楽に決まっている…」
情けない。そうやって何度自分に言い聞かせてきた事か。 もはや思い出せぬ、幸せだった過去の夢。おそらくアルティミシアが見ていた のはそんな“悪夢”だったのだろう。魘されながら彼女は必死に手を伸ばし−− たった一人の名を呼び続けていた。
『行かないで…スコール…』
彼女とあの獅子との間に何があったのか。それはもはや魔女本人にも語りよう の無い事である。それでも、アルティミシアはあの青年を想っているのだ。記憶 が無くても、自覚すら怪しくても−−魂は確かに、何かを覚えている。 それが少し−−ほんの少しだけ、羨ましかった。 彼女は自分と同じ運命を歩みながら、それでも違うのだと−−気付いてしまっ た自分がいる。彼女はまだ“想い”を覚えている。名前を覚えている。それに比 べて、自分は。
「皇帝…か。皮肉な呼び名だ」
“棄てられた”と思っていた過去。しかしそれは自分の意志ではなく−−世界 の意志によって“棄てさせられていた”ものだった。 何処にも行けない。何処にも還る事の出来ない、恐怖。自分を失い続ける絶望。 それから逃れる為に足掻き続けて−−どれほどの時を得たのだろう。 皇帝は再び歩き出す。今回もまた−−無駄かもしれぬ“抵抗”を始める為に。 諦めてしまえば、それが最期だと、知っていたから。
Last angels <猫騙し編> 〜2-4・カンタービレ E〜
自分の取り柄は、ひたすら突き進める事にあると思う。 それゆえの短所も自覚しているが。仲間が考えすぎて足踏みをしている時、背 中を押すのが自分の役目と知っている。大事な仲間達は、逆に自分が走りすぎて いる時、力強くストップをかけてくれるから。 餅は餅屋。適材適所。“躊躇わず”照らす太陽−−そんな存在になる事が、テ ィーダの目標である。
「シュート!」
だからどんな敵にも、恐れないフリくらいはして、突っ込んでいく。弾き飛ば されたイミテーションの数体が、聖域の壁に激突し、砕け散った。なかなか順当 なペースである。
「おーいのばらー!大丈夫っスかー?」
あちらで敵と格闘しているフリオニールに向けて、叫ぶ。
「あのなぁティーダ!その呼び方、なんとかなんないのか?」
言いながら弓を取り出す。狙うは今まさにワープして来ようとしている“見せ かけの大樹”。
「当たれ!」
光が収束し、放たれる。フリオニールのストレートアローだ。矢は大樹を射抜 き、その向こうで攻撃の構えをとっていた“うつろいの騎士”をも貫通する。 ひゅう、と口笛を吹くティーダ。相変わらず見事な腕前。ウェポンスペシャリ ストの名は伊達じゃない。 あの弓とか剣とかカッコイイなぁ、今度借りてみようかな、と考える。人生、 好奇心を忘れたら絶対損。これ教訓。 接近して来た“まやかしの少年”の高速ヒットをかわし、剣を構える。そのま ま空中へ飛び上がり、相手が見失った一瞬の隙をついてクイックトリック。イミ テーションは一撃で消滅する。 丁度その瞬間にフリオニールもダブルディフィートを決め、近くにいた“かり そめの魔女”や“うたかたの幻想”を撃破していた。 どうやら全ての敵を片付けたらしい。秩序の聖域に静けさが戻ってくる 「ふぅ、どうにか終わったらしいな」 「余裕っす!」 「元気だなティーダ」 安堵の溜め息をつくフリオニールに、ティーダは笑顔でガッツポーズ。事実、 数は多かれど、一体一体のレベルは低かった。正直自分か義士か、どちらか片方 だけでも事足りたのではないかと思う。 しかし、“探索や前線に出る場合、必ず二人以上で行動するように”、がリー ダーの厳命。それが最弱の相手であっても用心に越したことは無いから、と。 猪突猛進を自覚するティーダでも、それが正論である事は理解できる。ゆえに、 文句の一つも垂れる事なく此処にいるのである。組んだ相手が、仲間内でも特 に親しいフリオニールであった事も大きい。
「しっかし、敵のレベルが低いと、なかなかいい素材落としてってくれないッス ね。再起シリーズなんてまだ砂しか持ってないし…」
モーグリショップはぼったくりだし、と。図らずも同じ頃、クジャが同じ愚痴 を零していたのだが、そんな事をティーダが知る由もない。 高価な素材を手にする為には、それだけ戦闘の激しい場所に赴かなくてはなら ない。 かといって禁断の領域に行くのは、いくらお気楽なティーダでもごめんだ。以 前遊び半分でジタン、バッツと共に赴いた時は、開始五秒で引き返す羽目になっ た。我ながら逃げ足の速さは神業的である。 でもって、ウォーリア・オブ・ライトとクラウドの二人に、延々と説教されたと いうオチ。あれは精神的にも肉体的にもかなりクる。正座で三時間はあんまりだ。 「まあ、無理して集めに行っても仕方ないさ。とりあえずベースに戻ろう。とり あえず最低限のルートは確保できたわけだし」 「はー…仕方ないッスね…」 と言いつつ、この提案は有り難かった。ここは水場である。先程の戦闘で大き く水しぶきを浴びてしまい、シャツがびしょびしょになってしまったのだ。 水中球技をやっているだけあって慣れているものの、気持ちのいい事ではない。 日が暮れれば気温も下がる。今のうちに着替えてしまいたい。 しかし−−ティーダのそんなささやかな希望は、来訪者により邪魔だてされる 事となる。
「相変わらず脳天気な虫けらどもめ…」
瞬間、フリオニールが素晴らしく嫌な顔をした。その表情だけでも、声の主を はかるには充分である。
「何の用だ…皇帝」
闇と共に現れた男に、あからさまな嫌悪を乗せて義士が問う。派手な衣装を身 にまとった暴君は気分を害した様子もなく、ふんと鼻を鳴らす。 「嫌われたものだな。どうせ私の事などろくに覚えてもいないくせに」 「何…?」 「考えても無駄だ。お前一人に真実を伝えたところで無意味だったのは、過去に 実証済みだからな」 何を話しているのかサッパリ分からない。二人は顔を見合わせる。 実証済み?何がだ? それに−−真実? 「だが…同時に二人の人間に伝えてみた事はない。しかも片方は極めて暴走率の 低い素材…試す価値はある、か」 「ちょっと待てよ!何の話だ、一人で納得してんなよ!!」 第一印象から変わらない。やっぱコイツムカつく、と思いながら、ティーダは 口を挟む。
「安心しろ。今日はお前達を消しに来たわけではない…一つ実験をしに来ただけ だ」
微妙に話噛み合ってないんですが。ってか俺達の質問はスルーですか。そうで すか。 ティーダは年相応にむくれたくなる。 それに実験って。モルモット扱いされているようで、腹立たしい。 「お前達は…この世界に疑問を感じた事はないか?」 「は?」 その感情も、皇帝の始めた話により吹っ飛ぶ。
「お前達は何も覚えてない筈だ…。コスモスに召喚されるまで、自分達が何をし ていたか。この戦いがいつ始まったのか。そして…イミテーションの精製により 常に我々が優勢でありながら、どうして戦いが終わる気配がないのか」
感情ではなく、理屈と常識で考えてみろ。皇帝は静かに言う。普段の皮肉な口 調がナリを潜めている。 だから、気付いた。皇帝は、焦っている?いつものような毒を吐く余裕すら無 いほどに。 それに、その言葉の意味。考えれば考えるほど−−頭から血の気が引くのを、 感じていた。
「何が…言いたい?」
フリオニールも理解したのだろう。明らかに顔色が悪い。 「その理由を教えてやろうと言っている。尤も、私とて全てを知るわけではない がな」 「俺達は敵だぞ。そんな真似をして、お前に何のメリットがある?」 言外に、また誑かすつもりかと警戒するフリオニール。
「全てを知らない…と言っただろう?そしてこれは実験だとも」
その反応も予想通りだったのだろう。怒るでもなく、支配者は言葉を続ける。
「私も真実が知りたいのだよ。そして呪われた運命を解放したいだけだ。これは 交換条件。私の知る常識を与える代わりに…お前達もお前達で、事の真相を探れ と言っている。我々ではコスモスサイドの深い事情まで知るのは困難だからな… 」
何だろう。違和感を感じる。その理由にすぐに気付き−−気付けた自分自身に 驚くティーダ。 皇帝。この男は策士だ。最大の武器はその高い魔力と戦闘能力ではない。明晰 な頭脳と、敵を翻弄する“言葉”そのものであると知っている。 だが今の皇帝は−−あえてその武器を封じているように見える。彼なりの最大 限の努力で、出来る限りティーダ達に警戒を抱かせないよう、言葉を選んでいる ように見えたのだ。 「…話、聞いてもいいと思うッス」 「ティーダ…?」 「もし何かまた企んでるようなら、その時は遠慮なくぶっ潰せばいい。でも…」 これは俺の勘だけど、とティーダは続ける。
「この人…嘘は言ってない気がするッス」
わざわざ危険を犯してまで、このプライドの高い男が取引を持ちかけたのだか ら。 ティーダの言葉に、皇帝は笑う。小さく−−まるで安堵したように。
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暴君は夢を否定する。それが自衛と知りながら。