とりあえず落ち着け。フリオニールに諭され、ティーダはどうにか平静を保っ た。 しかし、納得できたわけではない。頭の中はゴチャゴチャで、自分自身の感情 すら纏まらずにいる。 「でもフリオ!あんな作り話されて…アンタは腹立たないんスか!?」 「作り話…本当にそう思っているのか?」 「……っ」 分かっている。皇帝は−−少なくともさっきの彼は、嘘をついていない。嘘 をつかない。そう言ったのは自分だし、それ以外にあの奇妙な感覚は説明がつか ない。 だが。彼の語った話はあまりに−−突拍子が無さ過ぎて。
「正直、俺はあの男を信用していない。だがあいつの言う事が正しいなら…俺達 の記憶がおかしい事も、全部辻褄があってしまう」
心底嫌なのだろう−−あの男の言葉を信じる事が。しかしフリオニールの顔は 嫌悪感以上に、戸惑いに満ちている。 何故なら分からないから。自分が全部あれほど皇帝を憎んでいるのか、彼を宿 敵として追っているのか−−。 分かる。ティーダもまた、同じだと気付いたから。父親であるジェクトが、ど うしてこんなに赦せないのか。その理由を思い出そうとしても−−この世界に来 る前の物語は、何一つ頭に浮かんで来ないのだ。 戦いを終わらせる。皆が皆口々にそう言い、終わらせる為の戦いを繰り広げて きた。 だが誰も、“何故戦いが終わらないか”に疑問を持たなかったのである。それ も、何者かの意志で操作されてきた結果だとしたら。コスモスとカオスの背後に いる、もっと強大な影であるとしたならば。
『戦いの歴史は数え切れぬほど。だがお前達の記憶は、コスモスの手で意図的に 消されている。死の前の記憶も、召喚される前の記憶も』
何故コスモスがそんな真似を、と反論しようとしたティーダは先手を打たれる。
『それがコスモスの慈悲だからだ。何度も惨劇を繰り返す世界に対し、発狂せず 理性を保つのは至難の技。残酷な記憶を消す事で、コスモスは貴様らの心を守っ ているわけだ。これなら納得できるだろう?』
しかし、コスモスの手が及んでいるのは、そこまで。あとは彼女の意志ではな い、と暴君は告げる。
『女神に出来たのは貴様らの心を守る事のみ。神々も所詮、大いなる意志の操る 歯車の一つに過ぎん。終わり無き闘争を食い止める力はコスモスにすら無い…』
では何故、世界は繰り返すのか?その大元を断ち切ればいいのではないか?そ う尋ねるフリオニールに、皇帝は首を振る。原因が分からないから問題なのだと。
『ただ一つだけ。世界が巻き戻る法則は、以下の条件のいずれかが満たされた場 合ということだ』
一つ、コスモスかカオスのどちらかの神が死ぬ。 二つ、コスモスかカオスの駒が全滅する。 三つ、駒の生き残りが一定の数(おそらく六人前後)を切る。 四つ、世界が巻き戻されてから、一定時間が経過する−−。
『そして…世界の巻き戻しを早める原因。仲間内の疑心暗鬼を高め、“記憶”と いうリミッターが外れ…惨劇を招く最大の要因。この“イベント”はどの世界で も必ず起こる…。つまり…』
ティーダは唇を噛み締める。信じたくない。ふざけるなと叫びたい。だが−− もし“それ”が本当に起こってしまったなら。
『私の話が信じられないなら好きにするがいい。しかし、もし私の預言通りの事 が起きたならば…信じざるおえまい?』
実行犯はお前じゃないのか、などとガンつけても仕方がない。どちらにせよ自 分達のすべき事は決まっている。 「ティーダ…悲劇は…必ず俺達で食い止めよう!」 「…勿論ッスよ」 起こさせない。 皇帝の預言通りには、させない。
『世界が終わる前に…特定の人間が必ず不可解な死を遂げる。うち一人はお前達 のリーダー…ウォーリア・オブ・ライトだ』
あの人は絶対に、死なせない。
Last angels <猫騙し編> 〜2-5・カプリチオ S〜
目的の為なら、手段は選ばない。 たとえどれほど犠牲を払おうと、他の全てを捨てようとも−−自らの願いを、 叶える。 くしくも皇帝とセフィロスは、まったく同じ事を考えていた。ただし、その方 向性は真逆。皇帝が輪廻を断ち切る事を目指し奔走する中、セフィロスは彼らの 企みを阻止する為に動こうとしている。
「…忘れていた。自分で望んだ事だったのに」
星の体内。セフィロスは浮かんだ岩石の上に腰掛け、想いを馳せる。 繰り返す輪廻、その長い長い年月−−自分は自らの“役目”を忘れて生きてい た。それは必然。カオス陣営の中でも、セフィロスが大半の記憶を失っていたの は、偶然などではないのである。 “契約者”は、副作用として記憶を奪われる。理由はおそらく、記憶があった のでは“任務”に支障をきたすからだ。全てを知って尚背負うにはあまりに重い、 重すぎる役目。 だからこそ。セフィロスは自ら役目を名乗って出たのだ。あの一番最初の世界 にて、ガーランドから真実を聞き出した時。あえて罰を受け、輪廻の裁きを受け ると決めた。 本来ならば白羽の矢が立った筈の−−“彼”の、代わりに。
「苦痛には慣れている…。この程度、あの頃の地獄に比べたなら…」
何故全てを思い出したのか、それはハッキリとは分からない。ガーランドも驚 いていた。自分が取り戻す筈の無い記憶を得て、さらにはその上で輪廻の継続を 望んだ事に。 望むに決まっている。もはや自分の叶えたい願いなど−−たった一つしか無い のだから。その為に全てを受け入れ、ガーランドと−−否、あの“神すらも支配 する者”と契約を交わしたのだから。 記憶を取り戻せた原因は、自分が前回の世界で、薄々真実に勘づき始めていた 為。そして、偶然ながら前回の死の間際で、瀕死のままライフストリームに落下 した為かもしれない。 記憶を失っている間、ずっと疑問に思っていたこの世界の真理。全ての謎が解 けた今、自分は本来の目的を取り戻す。 その為には、まず。
「全ての駒を利用して…奴らを追い詰める」
ゴルベーザや皇帝が、影で動き回っている事は知っている。彼らがまたコスモ ス陣営に接触し、この閉じた世界における“絶対の法則”を覆そうとしている事 も。 無駄な足掻きだ。彼らはまだ肝心な事実を見誤っている。情報量に大きく差が ある以上、アドバンテージがどちらにあるかなど明白だ。おそるるに足りない。 しかし、今回皇帝の最初の企みが成功している。コスモス陣営のフリオニール とクラウドが彼の話した“真実”を受け止め、冷静に対処しようとしているから だ。 あまり好ましい展開ではない。彼らが“イベント”を回避できるとは思えない が−−万が一その場に遭遇されると、“閉じた世界の鍵”の秘密に気付かれかね ない。 既に同じ秘密を、かつてオニオンナイトに見られている。これ以上口封じの対 象を作るのはゴメンだ。 となれば。彼らが“冷静”にライトを守る余裕を無くせばいい。発狂までとは いかずとも、連中をかき回して厄介事を増やすだけで、充分に効果がある。
「カオスから久々に出撃命令が出た。ガーランドからも、バッツ=クラウザーと オニオンナイトの一刻も早い殺害を命じられている…」
好都合だ。 この二つの命を大義名分にして、コスモス陣営に堂々と攻め込める。 幸いイミテーションの手駒には事欠かない。自分は元軍人−−それも一時は英 雄とすらもてはやされていたソルジャーだ。 階級的にも、実質准将クラスの権限を与えられていた。前線に出るだけでなく、 司令官としてこなしたミッションも多い。つまり−−多人数での戦闘指揮も、 十八番。 オニオンナイトは暗闇の雲が始末をつけるだろう。だから自分が狙うのは、あ のバッツという旅人の方。
「コスモスの者達は絆を重んじる。仲間を殺されれば簡単に動揺して我を失う。 特に…私が首謀者と知れば、クラウドは必ず単独で追ってくるだろう」
ライトがリーダーなら、クラウドはサブリーダー。彼がいなくなればコスモス 陣営の統率力は落ちる。 頼みの綱であるライトも、“イベント”によって近い未来命を落とす。“イベ ント”発生直前にはもうまともに前線に出てこれない体調になっている筈。 ライトもクラウドも動けなければ、彼らの指揮系統は成り立たなくなるだろう。 そうすればこちらが勝ったも同然だ。
「ライトが死ぬ頃には私も動けなくなるだろうが…問題はない」
クラウドが自分を追って来てくれれば、条件はクリアしたも同然。やって来た クラウドを戦いで長時間足止めできるのがベストだが、最悪の場合−−クラウド が対面するのは自分の“死体”でも構わない。 よもやここにきてセフィロスが死んでいるとなれば、クラウドも少なからず混 乱する。場合によっては−−そのまま“発狂”して、自滅行動を起こすかもしれ ない。
「さすがに…それは嫌、だな」
セフィロスは知っていた。オニオンナイト、ティナ、クラウド−−この三人が 何故ダントツで暴走率が高いのかを。 特にクラウドの事は、自分もけして無関係ではない。彼は覚えていないだろう が−−クラウドは召喚前の世界でも、幾度と無く発狂し暴走行動を起こしていた のだ。
「私の…いや、俺のせい、だ……」
何度後悔しても、しきれる筈が無い。絶望で死ねるなら、自分はとっくに死ん でいる。あの日あの村で−−自分が絶望に負けて。クラウドの世界を巻き込み、 全てを破壊してしまった。 自分さえ強かったなら。自分さえいなければ。クラウドの人生が狂う事は無か った。あの男の生体実験に晒される事は無かった。
あの太陽のような青年が死ぬ事も、クラウドの心が壊れる事も−−無かったの に。
後悔は後でいくらでもできる、なんて。 一体誰が、言ったのだろう。
「此処は閉じた世界かもしれない。結末は惨劇で締めくくられるかもしれない… でも」
見たのだ。普段は無愛想な兵士が−−あのコスモスの仲間達に囲まれて、確か に笑っている姿を。 いい仲間だ、と思った。特に、あのフリオニールという青年は、どこかが似て いる。クラウドの親友であり、死ぬまで夢と誇りを忘れなかった、“彼”に。 今、彼は幸せなのだろう。 それがたとえ、いつか終わる夢だとしても。儚い儚い、幻のような日々だとし ても。 クラウドの幸せがこの場所にあるのなら−−自分はそれを、守り抜く。彼にと ってあまりに残酷すぎたあの世界に、引きずり戻す必要はどこにもない。 コスモスが何故、死の前のみならず召喚前の世界の記憶まで消したのか。きっ と彼女は分かっていたのだ、この世界に集った戦士達は皆が皆−−抱えて生きる にはあまりに重すぎる過去と傷を背負っているのだと。 輪廻が続く限り、クラウドも彼らも、過去の傷を思い出さずに済む。
「だから、私は…」
クラウドの幸せを護る為に、クラウドを傷つける。 矛盾していると気づきながら。セフィロスはそれ以外に、自らの罪を償う方法 を、知らなかったのだ。
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信じるにはあまりに、英雄は全てを知りすぎていた。