一番最初の世界では。 カオスもコスモスも、同じ未来を信じていた。 相手とその軍勢を倒せば、自らの望む世界が手に入る筈だ、と。 ゆえに必死で戦った。カオスを、コスモスを倒し、自らの世界を手にする事が 使命と信じて。それが他者に押し付けられた宿命と知らぬまま。光の氾濫も闇の 氾濫も、あらゆるモノの破滅を招くと気付かぬまま。 そう、二柱の神の戦いは。どちらがが勝つ事は赦されぬ戦いだったのだ。 雌雄が決しても、望みは叶わない。全ての時は白紙に返され、闘争は繰り返さ れる。 神々は絶望した。それでも戦うしか無かった。戦い続けていればいつか、相手 の神に“完全な死”を与えられるかもしれない。そして自分の“真の願い”を叶 える事が出来るかもしれないと。
神々は戦う。 互いの“真実の願い”は、同じ“平和”であると分からないままに。
「本当に愚かだったのは、誰か…」
カオス神殿で一人。濁った空を見上げ、ガーランドは呟く。 この終わり無く続く闘争の中。本当の意味で真実を知っているのは、自分だけ なのかもしれない。 神々も“事実”としてなら理解しているだろう。だが、彼らはどう足掻いても 創物主の意志から逃れる事は出来ない。 戦い続けても、戦いを止める事など出来ないと。本当はとうに気付いていなが ら、まるで何かに縋るように闘争を続けている。 認めてしまえば、何も遺らない。 今までの戦いが、犠牲が、覚悟が、涙が、血が−−何の為にあったか分からな くなってしまう。それが、怖いのだ。そしてこれから自分達は何を信じて生き抜 けばいいのか−−未来は完全に形を失ってしまう。 諦められない。たとえそれが偽りの希望でも。 神々の本能に刻まれた“戦い続ける本能”が闘争を助長する。秩序と混沌は覇 権を争い続けるべし−−それが“神さえ超えた神”の望みであったから。 ある世界でアルティミシアが言った言葉がある。コスモスの正体は、終わり無 き闘争を楽しむ死神だ−−と。無論秩序軍の彼らはそれを否定したが−−。 間違ってはいないのだ。ただその“闘争を望む”心が、彼女自身の意志でない だけで。 血塗られたエデン。閉じた戦場。 その最中、神の操る駒は幾度となく入れ替わった。たった一度だが、大半の駒 が総入れ替えになった事もある。 何度繰り返しても終わらぬ戦いに、戦士達が精神に異常をきたし始めたのだ。 初めは微かな予兆だったが、最終的に殆どの駒の心が壊れ−−彼らは真の闇へと 突き落とされてしまった。 世界の狭間に溶けた彼らは、もう二度と人として生きられまい。既に体も心も 魂も、元の姿すら忘れてしまうほど形を無くしてしまっている。 その“狭間に墜ちたなりそこないの魂”こそ、後にイミテーションを生み出す 為の素材となるのである。
「あの二人もまた、最大の被害者だな…」
あの二人−−シャントットとガブラス。 彼らは駒の総入れ替えが発生した時、唯一狭間に溶けるのを免れた戦士だった。 シャントットはコスモスの駒として。ガブラスはカオスの駒として。自らの戦い に高いプライドを持ち合わせていた彼らは、その強い精神力で絶望を耐え抜い たのである。 しかし。その強き心が−−神竜の目に止まり。 既にギリギリの精神状態だった彼らは神竜の術中に落ち−−僕として、操られ る事になってしまう。彼らは最後まで抵抗していた。ひょっとしたら−−今も尚 必死で抗い続けているのかもしれない。 ガーランドは全てを見てきた。何もかも最初から全て、だ。カオス軍としてガ ブラスの同僚だったにも関わらず、またあらゆる記憶を受け継いでいるにも関わ らず精神崩壊を免れているのは、神竜の加護があるからに他ならない。
「何故いつの時代も創物主は、光と闇を争わせるのか…」
全ては一枚のカードの、裏と表に過ぎない。光が差せば当たり前のように影が できる。両者を切り離す事など、最初から不可能だというのに。 無間地獄のような世界に囚われていたガーランドを、救い出してくれた神竜。 恩人たるかの者に逆らうつもりは毛頭無い。それでもただ、思うのである。 駒の総入れ替えが起きたのは一度だけだが−−その実、カオスの駒とコスモス の駒は不変ではない。 ティナやセシルがカオスの駒だった事もあった。ジェクトやゴルベーザがコス モスの駒であった時もあった。正直今のメンバーで−−大半の者達が両方の陣営 を経験している。例外は自分とウォーリア・オブ・ライトのみ。 光と闇に差は無いのに、どうして宿命だけが加速するのだろう−−と。 シャントット達の悲劇以来、コスモスとカオスは自らの力で、戦士達の記憶を 封じるようになった。彼らの心を護る為だ。破壊神たるカオスの力は弱かった為、 度々記憶を受け継ぐ者が現れたが。 しかしそれゆえに、一層輪廻のさだめは強固なものとなった。記憶がなければ 誰も、過去の教訓を生かせないのだから。 全てはガーランドの望むまま。惨劇は打ち破られる気配すらない。
『お前は、本当にそれで幸せなのか……?』
いつかの世界でライトが言った言葉。蘇ったその声を、ガーランドは無理矢理 振り払う。気付いては、いけない。気付いてしまったら自分は。
「これでいい。わしは…」
それでも。 幸せだと−−口にする事だけが、出来なかった。
Last angels <猫騙し編> 〜2-6・ロンド G〜
フリオニールがティーダと共にベースに戻って来ると、不機嫌極まりないクラ ウドと出くわした。あからさまに全身からブラックオーラを垂れ流し、眉間に皺 が寄っている。普段皆に散々KYだと揶揄されるティーダすら、反射的に一歩引 いたくらいだ。 しかしだからといって、自分を盾にするのはやめて欲しい。神業的スピードで 背中に隠れた彼に溜め息をつく。
「…どいてくれ。部屋に戻る」
すみません、目が怖いんですが。声がいつもより三割増しに低いんですが。 プリザガをくらったごとく凍りついたフリオニール、その横を早足で通り過ぎ ていくクラウド。よく見るとその服のあちこちに、どっかで見たような黄色い羽 根がくっついている。
「……何があった」
近くにいたオニオンとティナに尋ねる。オニオンはやや気まずそうに目線をそ らし、ティナもやや困った顔で口を開く。 「その…クラウドが綺麗好きなのは知ってる、よね」 「ああ」 「さっきクラウドがバッツの部屋の前を通りかかって…ドアにチョコボの羽根が 挟まっているのに気付いたんだって」 あ、何だろう。 今の言葉だけで、既に展開が読めたような。
「あれっと思って試しにドアを開けたら…中から凄い大量の羽根がドサドサと…」
あー。フリオニールはその様子を想像し、溜め息をついた。 バッツの部屋は汚い。それはもう、凄まじく。特にコロシアムで手に入れた素 材や、召喚獣の羽根をコレクションして溜め込むので、常にジャングルと化して いる。今回もまた土砂崩れを起こしたのだろう。 それで前にもこっぴどく説教(主に自分とライトでだ)したのに、全然懲りる という事がない。ブラックGが沸いたらどうしてくれる。 「たまたまクラウドが羽根に埋まっちゃったところに、私とオニオンが居合わせ てて…その…つい笑っちゃって…」 「それだけか?」 「えっと…」 オニオンを見るティナ。少年はといえば、ちょっとからかっただけじゃん、と むくれている。 「金髪チョコボがほんとにチョコボまみれになっちゃったー…って、言っただけ だもん」 「……見事に地雷踏んだな、お前」 「えー?」 あのクラウドの髪型は、確かにチョコボに似ているのである。しかも金髪。前 に同じネタでからかったバッツが、ブレイバーをくらって悶絶していた。オニオ ンは知らなかったらしい。 幼少時からあの髪型でネタにされる事が多かったのかもしれない。記憶はなく ても案外こういう感情は覚えてたりする。 紳士な一面もある彼だ、いくら腹が立ったとはいえ、子供のオニオンに怒りを 向ける事は出来なかったのだろう。となればその矛先は。 「死んだな、バッツ」 「ちーん。なんまいだぶ」 「やめろティーダ。……洒落になんない」 手を合わせるティーダに一応ツッコミは入れる。そしてラストエクリサーの用 意をしておくべきかと真剣に考える。いや、もういっそフェニックスの尾か。 そのバッツは今、ジタンとスコールと共に前線に出ている。まだ帰ってきてな かったのは幸せだったのか不幸だったのか。
「と…そうだ、今ライトさんいるか?ちょっと報告があるんだけど」
危うく流されるところだった。本来の用件を思い出し、尋ねるフリオニール。 まさかもう“イベント”が始まってるなんて事は−−。内心気が気でない義士 の心をよそに、オニオンは脳天気な声で、いるけどーと返事をする。
「いつものお散歩コースじゃない?もうちょっとしたら帰って来ると思うけど」
あそこか。 ベースのすぐ側にある次元城エリアは、皆の絶好の散歩&お昼寝スポットにな っている。真マップではないので、突然足場が消失することもない。ティーダや ジタンなどはしょっちゅうブリッツボールの真似事をして遊んでいる。 「そういえば、ゴルベーザが尋ねてきてさ。ウォルに逢いに来たみたいだけど」 「ゴルベーザ?セシルの兄の?まさか…通したのか?」 「うん。あの人なら問題ないと思ってさ。今までも結構助けて貰ってるし」 一応カオスサイドの人間なのだが、その警戒心の無さはいかがなものか。まあ オニオンの場合、ゴルベーザへの信用もさることながら、ライトへの絶大な信頼 あっての判断だろう。客観的な目で見ても、コスモス陣営の中で最も戦闘能力が 高いのは、彼だ。 だからこそ分からないのである。そのライトが何故死ぬ事になるのかが。自殺 する理由は見当たらない。他殺にしても、そう簡単に彼を殺せるとは思えない。
「しかし、どうしてゴルベーザが…?」
ライトに何の用があったのだろう。彼が“イベント”に関わっているとは考え にくいが。 「分かった、ありがとう。ちょっと行ってくる」 「早めに帰ってきてね。今日の食事当番フリオだよ」 「分かってるって」 苦笑するフリオニール。一部メンバーが壊滅的に家事ができないので、食事当 番などは必然的に“できる”メンバーで回される。 特に料理はフリオニールとクラウド、ティナの分担が圧倒的に多い。自分も家 事が嫌いじゃないので、喜んで引き受けている。 「今日はクラムチャウダーッスね?腹減った〜」 「さっき昼食べたばっかだろ」 ティーダと共に目的地に向かいながら、思う。 平和だ。くだらない事で笑って、くだらない事で喧嘩できる。これから先に悲 劇が待つとは思えないほど。 それでも、自分達は目を逸らしてはならない。 生きて、守りあって、前に進むからこそ。自分達の“幸せ”がある。それは確 かな事実なのだから。
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彼らは考える。幸せの定義と、その重さを。