捜し人は簡単に見つかった。ウォーリア・オブ・ライト。彼は次元城の城壁に 腰掛けていた。 珍しい。兜を外している。フリオニールはティーダと顔を見合わせる。 肩まで届くセミロングの銀髪が、風にそよいでいる。柔らかくて綺麗な髪ね、 と以前ティナが誉めたら、癖っ毛なんだと苦笑されたのを覚えている。
「ティーダ、フリオニール。もう少し気配の消し方を勉強した方がいいな」
声をかけるより先に来る返事。フリオニールは肩を竦める。相変わらず手厳し い。自分達もけして素人ではないが−−ハッキリ言って彼のレベルが高すぎるの だ。
「あなたが凄すぎるんだ。まあ、努力はするけど。…ところで、此処で何を?」
歩いてないのを散歩と呼ぶのは難しい。義士の疑問に気付いてか、少し考え事 を、とライトは答える。
「尋ね人があった。セシルの兄のゴルベーザだ。少しばかり話をしていた」
何よりまずゴルベーザについて訊こうとしていた義士は、何だか先手を取られ た気分になる。
「ああ、うん…オニオンから聞いた。何だったんだ、用件は?」
ひょっとしたら、兜を外したのは彼に敬意を払っての事だろうか。挨拶の時、 被り物を外すのは一つ礼儀である。 ライトがゴルベーザに対し、一目置いているのは知っていた。敵軍にも関わら ず度々仲間に助言を与えてくれる魔人に、感謝している事も。 「死ぬな、と」 「え?」 「お前は生きなければならない、と言われた。護る為には生きろ、と。私が生き る事で防げる悲劇もあるのだと」 目を見開く。隣ではティーダが同じ顔をしていた。 まさかゴルベーザは、皇帝が自分達にしたのと同じ忠告を、彼にしたのか?
「情けない事に、私は言われるまで気付かなかった。お前達を命懸けで護る盾に なろうとは誓っても、共に生きる事で護ろうとは…思って無かったんだ」
傲慢で、身勝手だった。勇者は自嘲の笑みを浮かべる。
「…死んでもいいと、思っていた。この命を賭けて世界を救い、仲間を護れるの なら…。本当は、その先を考えるのが怖くて逃げていただけのに」
光の戦士。迷い無く突き進める、皆のリーダー。強き心を持った、仲間達の支 柱。フリオニールもまた少なからず彼をそう評価していた。 違ったのに。彼もまた傷を抱えた、脆い一人の人間だったのに。 ひょっとしたら、ずっと無理をしていたのかもしれない。無意識にあらゆる重 荷を、自分達も彼に背負わせてしまっていたのかもしれない。
「私は自分の名前も、正体も何も分からない。使命を果たしてしまったら、その 先に生きる目標なんてないんだよ…。だから世界を救って…その代価に、死にた がっていたのかもしれない。命懸けで守った結果だと理由をつけて…」
そんな自分のエゴで。身勝手で。 遺された者達がどうなるかなんて、考えてもみなかったのだと。 青年の声が静かに、義士の心に染みていく。
「護りたいモノがあるなら、最後まで責任を持って護り抜くべきで。大切に思っ てくれる誰かがいるなら、精一杯私は私を愛さなければならなかった。…今なら、 分かる。知る事ができて、良かった。取り返しのつかない後悔をする前に」
初めて聞く、勇者の本音。弱さと、痛み。フリオニールは目を閉じる。この感情 はなんだろう。うまく言葉にできないけれど。
「…そうだよ」
ああ、そうか。嬉しいんだ。
「俺は、あんたを尊敬してた。いつだってあんたの存在は大きな目標で、支えで …。でも、一個だけ。失望してた」
護るばかりで、どうして護られようとしない?愛するばかりで、どうして愛さ れようとしない? この人はただ、押し付られるばかりだった。自分から押し付ける意志が無かっ た。
「あんたが、自分自身を大事にしてない事が、凄くショックだったんだ」
それはまるで、誰の事も信じていないかのようで。彼を愛する、全ての仲間達 と、その絆すら。
「…あんたの“先”は、空っぽなんかじゃないッスよ」
ティーダが笑う。太陽のように、眩しい笑顔で。
「今の先に未来があるんス。今っていう思い出がアンタの中にあるなら…きっと この先にいる未来でも、自分を積み重ねて生きていけるッスよ」
そうだ。空っぽになんか、させない。今ハッキリと誓った。 この人は、死なせない。ゼロになんかさせない。 共に生きていく、未来の為に。
「…ありがとう」
ライトは小さく微笑み−−何かを思い出したように、あっと声を上げた。 「そうだ、お前達…私に何か用があったんじゃないのか?」 「おっとっと…そうでした!」 転ぶ真似をするティーダ。しかしすぐ真剣な顔になる。 「俺達、皇帝に会ったんスよ!あいつ、世界の真実を調べろとか俺達に言って… で、忠告してきたんス。このままだとお前んとこのリーダーが…ライトさんが死 ぬって。食い止めなきゃ大変な事になるって!」 「…なんだと?」 眉をよせる勇者。どういう意味だ−−と彼が尋ねかけた、その時だ。
「ライトさんっ!」
セシルが真っ青な顔で、走ってきた。明らかに尋常でない様子に三人が立ち上 がった瞬間−−そう遠くない場所から、爆発音が響いてきて。 誰もが瞬時に、状況を悟る。
「カオスの連中の奇襲だ!凄い数のイミテーション…ベース全体で、囲まれて る!!」
Last angels <猫騙し編> 〜2-7・シンフォニア W〜
時間は、フリオニール達が襲撃を受ける少し前に遡る。 スコールはジタン、バッツと共に、ガレキの塔エリアの掃討作戦に出ていた。 カオス陣営のベースに、比較的近い場所である。ここを制圧しておけば、進軍が 比較的楽になるのだ。 果たして戦闘自体は、ものの一時間足らずで終了した。数は多かれど三下ばか り。ティーダ&フリオニール組と似たような状況である。 ただし彼らと違ったのはその後。バッツが“この付近を探検しよう”と遊び半 分に言い出したのが始まり。ジタンが便乗し、スコールの制止も聞かず、二人で 遊び始めてしまったのである。
−−お前ら…一体年はいくつだ…。
スコールは呆れてものも言えない。なんだかんだで一時間以上無駄にしている。 何で帰るのが遅れたんだと、後で確実にリーダーに説教くらうのが目に見えて いる。 現在、そのシッポ触らせろーとバッツがジタンを追っかけている状態。まるで 小学生の鬼ごっこである。少なくともバッツは成人している筈なのに。 「いーじゃねーかよ、減るもんじゃないし!ほれ、ふかふか〜」 「やーめーろっ!ティナと同じ事言うなキモイ!!レディ以外に触られるのは、精 神的にいろいろ減るんだよっ」 確かに、猫も犬も尻尾を触られるのは嫌がる。ジタンもそうなのだろう。もし かしたらジタンの兄のクジャが普段シッポを隠してるのは、触られたくないせい かもしれない。 って、今はそういう事ではなくて!
「お前ら、いい加減に…」
なんでバッツより年下の自分が保護者代わりなんだ。 不満たらたらだが、仕方なく促そうとした注意は−−ジタンの素っ頓狂な声で かき消される。
「何だこれぇ?」
今度は何だ。スコールはうんざりしながら近付く。 ジタンとバッツが見ていたのは、ガレキの塔の中に設置されているフラスコの 一つだった。
「すっげぇなぁ…今にも動き出しそう」
興味津々でバッツ。 確かこのエリアは、ティナの世界から流れて来たカケラだった筈。このあまり 趣味の良くない塔の製作者はケフカであり、世界中のガラクタを寄せ集めて作っ たものだという。耐震構造も何もあったものじゃない。道理でアッサリ壊れてし まうわけだ。 本来、半透明なフラスコの中には何も入っていない筈だった。これは何かを保 存する為のものでなく、魔導の注入実験に使われていた器具の一部である−−テ ィナにはそう聞いている。 しかし今、そのフラスコの中には人形が入っていた。ティーダそっくりの顔に、 一瞬ドキリとする。
「イミテーション…何故…?」
他のものと比べて本物によく似ている。素材が硝子細工なのはごまかしようが ないので、見間違える事はないけれど。 恐らく相当レベルの高い素材だ。少なくとも、エキスパートクラス以上の。イ ミテーションの強さは、その容姿の精巧さに比例する。 スコールの顔を、嫌な汗が伝った。さっきバッツは、今にも動き出しそう、と 言った。お約束ではないか、動き出したら怖いものほど−−予想した通りになる なんて。
「おい、見ろ!あれっ…」
焦ったようにジタンが指差す先。そちらにも見慣れたフラスコがあった−−中 身の入った、フラスコが。 中ではセフィロスと同じ顔をした紛い物が、微笑んでいる。
「アレとかあっちのとか…さっきまで空じゃなかったか…!?」
どくん、と一際大きく心臓が鳴った。冷や汗で背中が気持ち悪い。体が震える。 脚が動かない。−−認めたくない。 ヤバい。 ヤバい。 ヤバい。 全身が警鐘を鳴らしている。 危険だ。逃げろ。早く、早く、早く−−!
「逃げろ−−ッ!!」
スコールがかつてないほどの大声で叫ぶのと。 目の前のフラスコが砕け散るのは−−同時だった。
強化されたイミテーション軍団。スコール達が襲われる様を、階下から眺めて いた人物がいた。 この塔の主−−ケフカ=パラッツォである。
「ツマンナーイ…」
今回の作戦は、全面的にセフィロスの指揮下で行われた。彼が上奏した戦略と 戦術、自分にはよく分からないが−−どうにもガーランドのお気に召すものだっ たようで。
「考えてみりゃ、あいつ元軍人だっけ…?こーゆーセコい手得意なんだよなぁ。 あー何かムカつくー!」
策士と言えば、真っ先に皇帝やクジャの名前が上がるが−−奴はもっととんで もない気がする。汚い事とは無縁です、といったお綺麗な顔で、一体どれだけ破 壊してきたのか。殺してきたのか。 ああ、だからか。だから彼は“英雄”だったのか。 戦争においては−−一人でも多く敵を殺した者こそ、ヒーローになるのだから。
「どーせなら澄ました顔してないで、もっとド派手に破壊を楽しんじゃえばいい のにさー」
退屈だ。 本当ならイミテーションだけでなく、真っ先に自分が壊しに行きたいのに。出 来ればあんな鼠どもでなく−−自分の“大事なオトモダチ”である、彼女を。 しかしセフィロスに厳命されている。自分が行くまで、“イミテーションのみ で”スコール達を足止めしろ、と。 自分が着いた後、コスモス陣営のベースに攻め入り、暗闇の雲に加勢しろと。 その時は好きなだけ破壊していいと言われていた。
「早く来い早く来い早く来いーッ!ったくどいつもこいつも」
セフィロスは彼らの奇襲に乗じて、やる事があるらしい。何をする気なのやら。
「ほんと、あいつは結局なーにがしたいんだか…」
考えが読めない。それがまた、ケフカを苛立たせる原因だった。
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勇者もまた、一人の弱い人間だったから。