先手を打たれた。屈辱に、皇帝は歯噛みする。
「この私とした事が…!」
まさかセフィロスが動くだなんて。 彼がガーランド側に着いたのは予想外だった。当然だ、彼は“契約者”−−記 憶を受け継いでいる筈がない。だからずっと中立的立場であり、不確定要素の“ 異端児”として扱ってきたのだ。 そして記憶を受け継げたら受け継げたで、セフィロスがガーランドに賛同する 事など有り得ない筈だった。そう−−彼が自らの意志で“契約”したのでなかっ たら。 セフィロスが敵に回る。それは皇帝が最も恐れていた事の一つ。彼が契約の力 を宿している事を除いても−−その力はあまりに強大すぎる。ハッキリ言おう、 このカオス陣営で最も高い戦闘能力を誇るのは−−セフィロスであると。 彼が力ばかりを振り回すデクならばまだ良かった。しかし最も恐ろしい彼最大 の武器は−−その知略にあるのである。過去軍隊にいたという、その経験を、集 団戦でいかんなく発揮する。そして、個人の戦いでは彼そのものが恐ろしい殺戮 兵器と化すのだ。 「せめて、義士と夢想に全てを教えておくべきだったのでは?」 「本気でそう思っているのか?」 口を挟んできたアルティミシアに、忌々しげに吐き捨てる。彼女は少し迷い、 やがて、いいえと首を振った。
「その場合、別の事態を招いた可能性がありますから。“光を戦士を死なせるな ”ならば彼らも従うでしょうが、“光の戦士を殺せ”となると…」
そう。ただでさえ好ましく思われていない自分だ。あからさまに警戒されて、 話そのものを切り捨てられた確率が高い。となれば自分の行動そのものが無駄に なってしまう。 だから。フリオニールとティーダに、事実のみを教えて真実を伏せた。彼らが ライトの傍で護りに入るように−−つまり最終的に、彼らがライトの死に立ち合 うように。そうなれば否応なく−−彼らは真実を知る事となる。流石に自分の目 で見た景色は信じざるおえまい。 これは賭だ。その後彼らの両方−−もしくはどちらかを、星の体内にあるライ フストリームに落下させる。そして無理矢理だが、今回の記憶を継承させた上で 死を与える。必ずしも記憶を引き継げるとは限らない上、真実を知った上でその 人物がどう出るか不確定なのが問題だが。もはや他に手はあるまい。 無論、本当にライトの死の運命が回避できるなら万々歳だ。それができればそ の時点で−−この輪廻の鎖は断ち切られる。出来ないから苦労してきたのだが。 皇帝は確かに、ティーダ達に嘘はついていない。自分もまた知らない事があり、 輪廻の鎖を断ち切りたいのだ、と。それは本当だ。 ひとつだけ間違いなのは、“自分はまだ真実について何も知らない”と思わせ た事。 なぜなら皇帝は、この世界を繰り返す者の正体まで、既に把握している。そし てあえて言わなかったこと。ライトの死が招くのは悲劇だけではない。むしろ、 “彼の不可解な死で、輪廻が保たれている”という事を。 「ライトより先にあの二人に死なれては計画が狂う…。それに不用意に死人が出 ればまた虫けらどもが“発狂”するかもしれん…」 「では、どうすると?」 皇帝は素早く思考を回転させる。考えろ。今ならまだ打つ手もある。最悪の結 末を免れる方法が。 現在、動かせる駒は−−。 「ジェクトとクジャをけしかける。奴らも自分の獲物がセフィロスや暗闇の雲に とられては面白くないはず。アルティミシア、お前はスコールの元へ向かえ。あ との判断は任せる」 「分かりました」 魔女が消えるのを見送り、皇帝は毒づく。セフィロスの狙いが読めない。自ら 望んで“契約”するなどと−−一体何の為に?
「私も出陣せねば…。あとはエクスデスがどう出るか、だな」
ゴルベーザは、セシルを護りに走る筈。問題はセフィロスが、どこまでこちら の手を読んでくるか、である。
Last angels <猫騙し編> 〜2-8・マーチ F〜
倒しても倒してもキリがない。溢れかえるイミテーションの数に、フリオニー ルは舌打ちした。 ザコもいるが、半分以上がストレンジクラス以上の難敵。それも妙に統率のと れた動きをしてくる。まるで何者かの指示を受けているかのような。
「そこだ!」
斧を投げ、敵を絡めとるリードアックス。直撃を受けた“うたかたの夢想”の 体がこちら側に吹っ飛んでくる。そのまま槍を振り下ろし、その身を粉々に砕く。 が、そこで安心してなどいられない。 背後に回りこんできていた“たわむれの盗賊”の脇腹に蹴りでカウンターをく らわせる。吹っ飛ぶその小柄な体にサンダーの一撃。感電しながら、紛い物たち が次元城の階下に墜落していく。 「ここを突破して、オニオン達と合流する。全部を相手にしようとするな、一点 集中だ!」 「イエッサー!」 ライトの指示に軽快な返事をして、ティーダが大地を蹴る。かがんだ姿勢から 高速ダッシュで展開するソニックバスターだ。
「シュート!落ちやがれっ!!」
“幽玄の少女”が悲鳴を上げてバラバラに砕け散る。しかし休む間もなく、“ うつろいの騎士”と“いにしえの武人”が突っ込んでくる。キリがないー!と叫 ぶティーダ。
「これだけ統率がとれてるとなれば…どこかに指揮官がいるとみて間違いない。 となれば、頭さえ叩けば瓦解する筈…!」
指揮官。作戦を立て、イミテーション達に的確な指示を与えて操っている司令 塔。 思ったのはフリオニールだけでは無いだろう。おそらくそいつは同じイミテー ションなどではなく−−。
「随分頑張るんだな」
頭上から、声。
「あそこだ!」
ライトが指差す先。次元城の城壁の上に−−その男が立っていた。 片翼の天使、セフィロス。 日の光を浴びて、風になびく銀の長髪がキラキラと光っている。怜悧な絶世の 美貌に薄く笑みを浮かべ、刃を握るその姿は絵画の一ページのよう。 見惚れていたかもしれない。ここが戦場でなければ−−そして、彼が自分達の 敵で無かったのなら。 「お前が司令官か…!」 「駄目だ、ライトさん!!」 反射的に飛び出していこうとすり勇者を、フリオニールはすんでのところで止 めていた。
「何故止める?奴さえ叩けば連中を瓦解させられるかもしれないのに…」
正しいだろう。そして彼が真っ先に飛び出そうとしたのも、ただの特攻ではな い。おそらく知っているからだ−−セフィロスと互角に戦えるのが、自分だけと いう事を。 でも。
「言った筈だ…あなたは生きなければならないと!」
ここで彼を行かせるわけにはいかない。たとえセフィロスに勝つ事ができても、 相討ちでは意味が無いのだ。 「俺が行く!俺がセフィロスを倒すまで、あなたとティーダでここを守って欲し い…!」 「しかし!!」 「俺は死にたくなんかない!!」 言い募る勇者に、フリオニールはハッキリと告げた。
「俺は生きる為に戦うんだ!絶対生きて帰る、そう決めた!!」
信じてくれ!高く高く、叫ぶ。
「あんたに足りなかったものが何か…今なら分かる筈だ!」
その言葉が決定打だった。勇者は目を見開き−−そして、頷いた。 「分かった。…約束だ」 「こっちは俺に任せてくれッス!ライトさんは絶対俺が守るッスよ!!」 「ありがとう!」 フリオニールはジャンプして、壁を駆け上った。その向こうで不敵な笑みを浮 かべる英雄。まるで予想通りだったというように。 そしてそのままきびすを返し、走り出す。追わせようというのか、自分に。
「待て!」
軽やかに、飛ぶように城壁の上を駆けていく堕天使。明らかに誘っている。本 気で走られたら、あっという間に引き離されていただろう。 一体、何が目的だ?
ぐわん。
ある程度走ったところで、全身を奇妙な浮遊感が包み込んだ。きぃん、と耳鳴 りが強くなり、フリオニールは顔をしかめる。どうやら次元城エリアを抜けてし まったらしい。歪んだ空間の狭間を通り抜ける際特有の感覚だった。 トン、と。 舞い降りたのは月の渓谷。確かセシルのいた世界の断片だった筈。静かな谷。 煌々と輝く美しい月。そこに邪悪なものの気配は、ない。 無い筈なのに。
ドクン。
「−−っ!」
額に汗が浮かぶ。何だろう−−いつだったかこの場所で−−とても辛い出来事 があったような。
『夢を、抱きしめろ。そしてどんな時でも、戦士の誇りは手放すな』
唐突に、脳裏に浮かんだ言葉。誰かが自分に言った言葉。 誰が?とても大切な事だった気がするのに−−どうして思い出せないのだろう。 どうして、コスモスは−−。
「秩序の女神も、残酷な事をする」
はっとして振り向く。すぐ傍に、セフィロスが立っていた。
「あの男から聞いたのだろう?お前達の記憶が欠落しているのは……コスモスの せいだと」
あの男−−皇帝の事だ。セフィロスは知っているのか、自分達が彼から情報を 得た事を。
「コスモスはお前達の心を護る為、最低限の知識を除き全ての記憶を消した。 それがお前達の為だと信じて」
それがどれほど残酷な事かも知らないで。 セフィロスの声には、嘲りと−−後悔の響きが、あった。まるで何かを重ねる ように。取り戻せない何かに想いを馳せるように。 「過去は確かにあった現実。記憶は消せても、記録に残るものでなくとも…けし て無かった事にはならないのに。何も覚えていなくとも…“覚えていない何か” にお前も気付いている筈だ」 「それは、どういう…」 「表層の記憶は消せても、体と心に刻まれたトラウマは消えないということ。き っかけさえあれば、すぐに顔を出す」 フリオニールは気付く。声も姿も雰囲気も違うのに−−似ていると。 まるで感情を押し殺したかのような口調が、トーンが−−セフィロスは、似て いた。あの冷静な兵士に−−クラウドに。 「忘れていた分、トラウマが発現した時の反動は計り知れない。その時どれほど の傷を負うか…その痛みは味わった者にしか分からない」 「それって…」 反射的に口に出していた。
「クラウドの事、か?」
セフィロスは答えなかった。ただ何かに想いを馳せるように、瞳を閉じただけ で。
「…星の記憶が教えた。私は直に見てはいないけれど、前の世界」
此処で、クラウドはお前に想いを託して−−死んだ。
「え…?」
目を見開く。前の世界−−つまり自分達が死ぬ前の輪廻か? 此処でクラウドが、死んだ? 「クラウドが遺した言葉は、かつてクラウドの友が死の間際に託した言葉だった。 ずっと悔いてたんだろう…彼を、ザックスを護り切れなかった事を」 「ザックス…?」 「お前は、似ている。ひたむきに夢を追って、真っ直ぐで、傷つきやすいところ が。だから、重なった」 多分それは−−クラウドだけではないのだろう。セフィロスが自分を見る眼は、 どこか悲しくて。
「教えてくれ」
ハッとして、構える。セフィロスが臨戦態勢に入ったのが分かった。正宗が真 っ直ぐフリオニールに向けられている。
「知りたい。夢の力、というやつを」
それは、かつてクラウドが自分に言ったのと、同じ言葉だった。
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誰もが答を知りたがった。足掻くように、もがくように。