縋っていたのは、誰なのだろう。 戻らない時間。消せない罪。返らない幸せ。届かない−−叫び。 フリオニールはセフィロスという人物について、深くは知らない。クラウドの 宿敵で、考えが読めなくて、物静かで−−残酷すぎる断罪の天使。 けれど、ほんの少しだけ今、分かった気がするのだ。 この英雄はクラウドと同じ傷を持っている。とてつもなく重い何かに縛られて いる。そしてクラウドとは違った方法で、失ったものを取り戻そうとしているの だと。 いつだったかティナが言っていた。セフィロスと彼女が戦う機会があって−− そして何を思ったのかを。
『あの人…なんだかとても、悲しくて』
その時彼女は、泣き出しそうな顔をしていた。
『奪っても…取り戻せないのに』
その意味が、少しだけ。 彼と言葉を交わし、剣を交える中で−−見えた気がするのだ。 自分は夢を持たない、と空虚に告げたクラウド。夢の力が知りたい、と戦いを 挑んできたセフィロス。 二人はそこに同じ景色を見ている。そして確かめたがっている。誰かが語る夢 が、希望が−−ただの綺麗な、絵空事でない事を。抱く夢が、託された誇りが、 無意味などではない事を。 クラウドの亡くしたという友人。ザックスと言っただろうか。フリオニールに 似ているとセフィロスは言う。彼はセフィロスにとっても−−大事な存在だった のだろうか。
「…っ何故だ!」
ガキィン、と剣が鳴った。凄まじい力で押し返される刃。渾身の力で剣を握り 締め、フリオニールは叫ぶ。
「今ので分かった…あんたはただの破壊者なんかじゃない!人間としての心を持 ってる。やり方はどうであれ…何かを必死で護ろうとしてる!!」
そして−−あの仇敵である筈のクラウドを。 とても−−とても大切に想っているという事を。
「なのにどうして、傷つけようとする!自分の心を裏切ってまで、何もかも壊し て…憎まれて!それで一体、誰が幸せになれるって言うんだ!!」
僅かに、セフィロスの力が緩んだ。その隙にフリオニールは剣を弾き、素早く 距離をとる。やはり、強い。ブレイドマスターの名は伊達じゃない。正直−−今 の自分の力では話にもなっていない。 だが、それを承知で叫んでいた。今言わなければ後悔するとわかっていた。
「…この閉じた世界を続ける。たとえどんな犠牲を払ったとしても。そして私を 憎む事で…クラウドが自分を憎まずに済むのなら」
どうして、と。口を開きかけて−−しかし言葉にはならなかった。 冷淡にも見えるセフィロスの顔が、一瞬、泣き出しそうに歪んだから。
「それ以外に……償いようがない」
一閃。英雄の技を、どうにか斧でガードしていた。冷や汗が流れる。なんて重 い一撃だろう。くらったらひとたまりもない。
「夢の力とは…この程度か」
失望した。そう言われているような気がして、悲しくなった。
「…確かに、夢なんて、儚い幻みたいなものかもしれない」
世界が平和でありますように、なんて。分かっている、そんな事−−人が人で ある限り不可能だろうという事は。人は争い、そうする事でしか自らの存在を確 立できないイキモノだから。
「でも!それを信じる事で…その先に繋がる道があるんだ!叶えたいと願う人が 一人ずつ増えていったら……限りなく、夢は現実に近付く!」
真実なのだ。その光を信じて歩む者達の中では−−紛れもなく。
「叶うと信じる気持ち、叶えようと頑張れる気持ち。それがきっと、絶望だらけ の世界を生き抜く支えになるんだ。ザックスがクラウドに伝えて…クラウドが俺 に伝えようとしてくれたのは、そんな強さなんじゃないか!?」
だから、なんだ。皆が自分の夢を応援してくれたのは。叶いそうもない絵空事 を、笑い飛ばす事なく信じてくれたのは。
「だから、俺は願い続ける!必ず…野薔薇の咲く平和な世界を、築いてみせると!!」
ついに、剣が弾き飛ばされた。渓谷の岩壁に叩きつけられ、息を詰める。霞む 視界の中、正宗を振り上げるセフィロスの姿が見えた。
「お前の夢は…“私”には、綺麗すぎる」
そして。 フリオニールの意識は−−途切れた。
Last angels <猫騙し編> 〜2-9・レクイエム S〜
英雄、と。 そう呼ばれる事が、嫌いだった。ただの好意ならまだしも−−まるで自分が神 か何かのように、羨望の眼差しを向けられる。それは時として重く、苦痛だった。 彼らは知らないのだろう。英雄という言葉の持つ意味を。何故自分が英雄など と呼ばれるようになったのかを。
「“俺”は…自分が化け物だと思った事はあっても、神だなんて思った事は無か った…」
自分は民間企業に雇われた軍人だ。それが何を意味するか、分かっていない。 結局のところ、人殺しなのだ、自分は。 戦争やテロ鎮圧にかこつけて、星の数ほど人を殺してきた。世が世なら大量殺 人鬼扱いだった筈。 そうならなかったのは−−自分が殺してきた者達の多くが、世界を統べる“神 羅カンパニー”の敵だったから。戦場において、一人でも多く敵を殺した者が英 雄と呼ばれる。もてはやされる。 もしかしたらそんな世界で自分は−−とっくに擦り切れていたのかもしれない。 来た道を駆け戻りながら、セフィロスは思う。
「俺がなりたかったのは神でも天使でも、ましてや英雄なんかでもなかったのに …」
いつの間にか、一人称があの頃に戻っていた。 情けない。まだ自分にも、こんな気持ちが残っていたのか。弱音を吐く資格も 誰かを愛するも、とっくに失っていた筈なのに。
『だから、俺は願い続ける!必ず…野薔薇の咲く平和な世界を、築いてみせると!! 』
あの青年は−−フリオニールは、同じ眼をしていた。
『俺、あんたみたいな英雄になるんだ!』
夢を追いかけ、死ぬ瞬間まで誇りを捨てなかった−−彼と。 自分も、昔はそうだった? 自分のした事で救われる人がいて、感謝する人がいて−−それを誇りに思えて いた日々があった? 今はもう、分からない。ただ悟ってしまっている。自分はもう、綺麗な夢を見 る事は出来ない。そんな資格もない。夢を観るにはあまりに−−多くの事を、知 りすぎた。 だから。夢を語るフリオニールは眩しくて、輝かしくて−−羨ましいと、感じ た。そして−−一度面影が重なってしまったら、どうにもならなくなった。 セフィロスの手に握られた野薔薇。それはフリオニールから奪い取った夢の証。 忘れられた筈の記憶の欠片。秩序の軍勢の道標。
「殺せなかった…」
本当は、殺してしまうつもりだったのに。クラウドを誘い出す為にはそれが最 善だった筈なのに。 出来なかった。自分にはもうあの青年を−−ザックスと同じ眼をした義士を殺 める事が、どうしても。
「まだ甘えてる、なんて」
駄目なのだ、それでは。 希望を残すな。退路を断て。何の為の−−贖いだ。 次はもう迷わない。迷う事など赦されない。
「“私”は…バッツ=クラウザーを殺す…」
たとえそれが、クラウドを苦しめる結果になるのだとしても。
ベースエリアは、大混戦状態だった。 プライベートゾーンも関係ない。“たわむれの死神”のアルテマの一撃を皮切 りに、次々と攻め込んで来るイミテーション軍団。それも四方から囲むように攻 撃してくる。おそらく気付かないうちに包囲されていたのだろう。 クラウドは舌打ちした。後から後から押し寄せて来る軍団にイラついただけで はない。統率のとれた敵の攻勢と、図ったようなタイミングの悪さにだ。 今ベースにいるのは七人。自分とライト、フリオニール、オニオンナイト、セ シル、ティナ、ティーダ。残るバッツ、スコール、ジタンは前線から戻ってきて いない。 戦力が三人分も欠けているのは、正直痛かった。向こうはそれを狙ったのだろ う。 しかも完全な奇襲攻撃に、こちらはまるっきり連携がとれていない。元々自分 達は寄せ集めの集団だ。個人個人の能力は高いとはいえ、訓練された軍隊ではな い。イレギュラーへの弱さがここに来てハッキリと露呈してしまった。
「全てを断ち切る…!」
超究武神覇斬ver.5発動。 近距離にいた“模倣の暴君”と“見せかけの大樹”の体に、何度もバスターソ ードを叩きつける。砕け散るイミテーション。しかしクラウドが体制を立て直し ている間に、横から“見せかけの旅人”が剣を構えて突進してくる。
「大丈夫か、クラウド!」
刃を受け止めたのは、すぐ傍で戦っていたセシルだった。そのまま押し切って 武器で突き、闇の爆発に巻き込む。 ヴァリアントブロウ。 直撃をくらった“見せかけの旅人”はガラス細工のようにバラバラになった。 「悪い、助かった」 「いいって。…それにしても、まさかこけまで大量に押し寄せてくるなんて…」 心なしかセシルの声も堅い。 おそらく今まで敵がこんな“下手な鉄砲数撃ちゃ当たる”作戦をして来なかっ たのには、訳があるだろう。 無限の軍勢とされているイミテーション。しかし−−これは推測だが、ハイレ ベルな兵隊の製造にはある程度“手間”がかかるのではないだろうか。あるいは 時間も。 だからこそ今まで温存してきたに違いない。それなのに今、溜め込んできた戦 力を捨ててまで攻めて来ているということは。
「向こうも本気、ということか…」
完全に、勝負を決めに来ている。もしかしたらなかなかスコール達が戻って来 ないのも、同じく足止めをくらっているからかもしれない。 逆に言えば、ここを持ちこたえれば向こうはもう打つ手があるまい。逆転もあ りうる。 問題は−−このままだとどうあっても、数で押し切られてしまうということだ が。
「考えてみれば、ベースにいるにも関わらず…僕達もうまい事分断されちゃって るよね。多分オニオンとティナはあっちにいるんだろうけど…イミテーションが 邪魔で全然近付けない」
向こう、とセシルが言う方からは、微かだが声がする。クラウドの、ソルジャ ーの聴覚だからこそ聞こえるのだろう。時折ティナのものと思しき爆発音が響く。 近付けない理由はイミテーションのせいだけではない。自分達が狭い通路で戦 っているせいだ。天井を壊せば活路は開けるかもしれないが−−逆に床が抜けて しまうと大変な事になる。なんせこのベースは次元城エリアの一角にあるのだか ら。 どうすればいい。活路を開く為に、最良の選択は−−。 一瞬。意識を現実から離してしまった事。それがクラウドにとって命取りにな った。 「危ない!」 「え…」 セシルに突き飛ばされる。普段の彼からは想像もつかないほどの力で。 床に叩きつけられ、呻いたクラウドは−−見てしまった。セシルを取り囲む、 黒い球体。あれはまさか−−!
ドンッ!
重い音とともに。黒い爆発が起こって。
「セシル−−ッ!!」
クラウドは、絶望の叫びを上げた。
NEXT
|
英雄の手の中で、野薔薇は甘い夢を見る。