あの技には、見覚えがあった。 ブラックマテリア。クラウドがずっと追い、追われていた仇敵−−セフィロスの技。 セフィロスが来ている。そしてこれだけ用意周到な奇襲攻撃−−既視感は、本能的に感じていたのだ。軍にいた頃、自分達は近しい場所にいたのかもしれない。 鮮やかな前頭指揮、舞うように敵をなぎ倒す天使−−ああ、確かに、微かな記憶が 残っている。「セシル!セシル!!しっかりしろっ!」 全身から血の気が引く。自分を庇い、もろに不意打ちをくらったセシル。粉塵が晴れた時、そこには魔法による火傷と裂傷でボロボロになった騎士の姿があった。「クラ、ウド…無事…?」 馬鹿野郎、自分の心配しやがれってんだ!クラウドがもう少し短気な性格だったらそう叫んでいたかもしれない。しかし、 幸か不幸かクラウドは訓練された元軍人であった。 説教は後だ。そう思いながら素早く駆け寄り、青年の怪我の具合を見る。 中度以上の火傷。浅いが数の多い裂傷。何より問題なのは、セシルの右大腿部に突き刺さった瓦礫の破片だった。骨も大動脈も貫いている。このままでは、何かの弾みで破片が抜けた場合、大出血を起こしてショック死しかねない。 それに助かったとしても、ちゃんと脚が動くようになるかどうか−−。「敵を前にして、余裕だな」 一気に、自分の中に吹き荒れる怒り。振り向いた先。爆発で崩れ落ち、吹き抜けた天井の向こうに−−残酷な堕天使の姿があった。「諦めろ。そいつはもう助からない」「黙れ…」 「怒りの真似事か?自分では何もできない、人形のお前が」「黙れ…っ!!」 人形。 その言葉に−−目の前が真っ赤になる。 これはただの怒りではない。憤りでもない。憎悪と−−恐れ、だ。「クラウド。お前は何の為に戦う?戦い続ける訳…語れるだけの理由が、お前に あるのか?」「どういう意味だ」 ふっと。セフィロスの唇が嘲笑の形に、緩やかな弧を描いた。「お前は所詮、流されるだけの人形だ。他人に理由を与えられなければ、何もできはしない…」 英雄は優雅に、正宗を握らない右手を翻した。 クラウドは眼を見開く。セフィロスの手のひらの上に現れたもの−−その紅い一輪の薔薇には、見覚えがあった。 そうだ、あれはフリオニールが持っていたもの。 いつ、どこで手に入れたかも分からないと彼は言っていたけれど。その花が思い出させてくれるのだ、と彼は笑っていた。 何故その夢を持ったかも思い出せない。けれど叶えたい気持ちは、この薔薇の輝きと共に蘇る。 いつか野薔薇の咲く景色を。温かな風が渡る平和な世界を。その為に、自分は戦い続けるのだと。 そんな彼が大事に護っていた夢の証−−それが何故、セフィロスの手に?「セフィロスッ!お前…フリオニールに何をした!?」 まさか。まさかフリオニールは既に。「これで私を追う理由が出来ただろう?」 激昂するクラウドに、セフィロスは動じる気配すらない。その声には何の揺らぎすらも感じられない。「私を追って来い、クラウド。ガレキの塔で待っている…」 その姿が黒い靄に包まれ、陽炎のように揺らめいた。「待てっ!」 慌てて手を伸ばすも、掴んだのは空気だけ。セフィロスは既にこの場を去ってしまっていた。 ガレキの塔?まさか−−スコール達の元へ行ったのか? フリオニールと同じように、スコール達の事も傷つけるつもりか。奪うつもりなのか。どうして?セフィロスはそこまで−−自分を憎んでいるというのか? 分からない。だが確かな事が一つ。 これ以上−−あの墜ちた英雄に、奪わせてはならない。「フリオニールは…死んでなんか、ないよ…」 「セシル!」 激痛に顔を歪め、荒い息をしながらも−−セシルはハッキリと、告げた。「あいつが死ぬもんか…。僕は、信じてる。フリオニールの夢…その、強さを」 信じてる。 その言葉が重く、強く−−クラウドの心に染み入った。 そうだ。仲間を心配しすぎたら、それは彼らの強さを疑っている事も同じ。 自分の眼で確かめるまでは、諦めない。フリオニールはきっと生きている。彼の夢の力は、そう簡単に奪えはしない。「だから、行って…クラウド。フリオニールの夢の証を…取り戻して」 「しかし…セシル、今の状態のお前を置いていくわけには…」 「僕なら、大丈夫」 体中、傷だらけの騎士は。荒い息で、ガクガクと震える体を叱咤して、歯を食いしばりながらも−−クラウドの目の前で、立ち上がった。 破片の食い込んだ脚は痛みをも通り越しているだろう。火傷で熱を持った体は意識をも揺さぶっているだろう。 それでも、彼は微笑んだ。「まだ、闘える。信じてくれる人が、いる限り」 一瞬の逡巡。そして−−クラウドは大きく一つ、頷いた。頷く他無いと知った。「……分かった。だから」 絶対に、死ぬな。 言い残し−−クラウドは大地を蹴って走り出す。熱くなる目頭。泣き出しそうな顔を見せるわけにはいかない。セシルが倒れる姿を、自分は見てはいけない。 走る。風を切り裂きながら、空を滑りながら。 自分は前に進まなければならない。たとえこの道の先に、絶望しか無いのだとしても。 Last angels <猫騙し編> 〜2-10・バラード S〜 独りでも、闘っていける。自らの貫く孤高の決意−−そこに誇りを抱いていたスコールにとって、その決断 は屈辱だった。「…増援を。この数は…とても三人だけでは対処しきれない」 悔しい。ダッシュで突っ込んできた“幽玄の道化”をファイガで牽制し、スコ ールは唇を噛み締める。 完全に情報ミスだ。まさかこの付近に、ここまで大量の伏兵が潜んでいただなんて。 それも先程までのような、レベルの低い雑魚ばかりなら問題なかった。しかし先程から現れるのは皆、エキスパートクラス以上の強敵ばかり。 完全に囲まれている。ジリジリ狭まる包囲網。殺気を感じ反射的に回避行動をとれば、スコールのすぐ横の壁にめりこむ盾。“偽りの勇者”のソードスラスト だ。 接近されるとマズい相手。それは常日頃のオリジナルとの特訓で嫌というほど思い知らされている。その上離れたら離れたで、今度はシャイニングウェーブが飛んで来るのだから厄介極まりない。 本来なら空中戦を挑むのがベストな選択だが−−そのエキスパートたるジタンは今“まやかしの妖魔”の乱打式波動砲から逃げ回っている。とても頼れる状態 ではない。 仕方ない。相性は悪いが文句は言ってられない。「決める!」 ヒールクラッシュ。相手の右肩にかかとおとしを決め、地面に叩きつける。 攻撃する暇を与えるな。カウンターをくらう前にケリをつけろ。言い聞かせながらリボルバードライヴを発動。イミテーションの胸元目掛けて突進攻撃を繰り出す。 相手が人間だったなら−−まだマシだったかもしれない。致命傷でなくとも、痛覚やダメージが行動を阻害する。 だが今回自分達が闘っているのは紛い物の人形。胸に穴を空けた状態で、ヨロヨロと立ち上がる“偽りの勇者”に辟易する。 もしかしてカオス連中は、そこまで想定した上でイミテーション軍団を送り込んだのだろうか。しかも自分達三人しかいない場所に。「見事策にハマったっぽいな…俺達」 「ごめんジタン、スコール。俺が探検しようなんて言い出すから…」 「便乗したんだから俺も同罪だって。まさかこんな事になるなんて予想してなかったし…」 ジタンとバッツの会話を聞きながら。スコールは二人と背中合わせに立ち、 ガンブレードを構える。 この場所に問題があったわけではないかもしれない。いくら何でも最初からこれだけの数の敵が潜んでいたなら、自分達とて気付いたはず。そもそも最初、フラスコはどれも空だったのだ。 となれば相手は、自分達が油断する隙を狙っていたとしか思えない。不用意に三人だけで敵地をうろついていたから。一気に−−ここで自分達の始末をつけに来た、と。「で、スコール。さっきの話だけど」やっとの事で“まやかしの妖魔”を倒したジタンが、やや息を切らしながら話 かけてくる。「アンタの言う通り。ここを俺達だけで切り抜けるのはちょっとキツい。逃げられたとしても、このエリアにこれだけ敵を残しておくのは今後に響くだろ」 そう。そもそも自分達はこのエリアの制圧の為に赴いたのだ。敵を増やして逃げ出したのでは後々困る。 それに−−ジタンも気づいているのだろう。 明らかに勝負を決めに来ている相手。貴重なエキスパートクラスのイミテーションまでこれだけの数動員しているのだ。裏を返せばこいつらを纖滅されると−−向こうは後が、ない。 逆転勝利の大チャンス。逃す手は無いだろう。「俺に仲間を呼びに行け…と?」 「一番冷静に話が出来るのはスコールじゃね?」バッツもジタンと同意見だったらしい。旋風斬を決めて“見せかけの大樹”を 吹き飛ばし、にかっと笑う。わざと余裕を見せているのだと、スコールには分かっていた。「しかし…」 自分が一時的にでも抜ければ、残る二人の負担は大きく増える。ベースに行って、仲間を呼んで戻って来るまでに−−持ちこたえられるのか、たった二人で。「行けっ!」 珍しく煮え切らない態度のスコールに、バッツが−−これも滅多に無い事だ−−声を荒げる。「離れていても、支え合う事はできる。そう言ったのはスコールだぜ!」 その言葉が、背中を押した。「……そうだな。俺は…お前達を、信じる」 もしかしたらこの決断を、後悔する時が来るかもしれない。 けれど少なくとも今は思う。ここに残って三人で惨めな屍を晒したなら−−そんな後悔すら出来なくなるのだと。「よし来た!いくぜ!!」 バッツが天井近くまで飛び上がる。 敵が現れた時点で、ガレキの塔の出入り口は鍵がかかり、閉じ込められた形となっていた。となればどこかの壁に穴を開けて飛び出すしか無い。「破邪の光だ!」 セシルの力を借りた、バッツの技が炸裂する。パラディンフォース。聖なる光の魔法がガレキの壁にぶつかり、破裂する。 真っ白な閃光。上がる粉塵。人一人ならば十分に通れる大きな穴が空いた。向こう側には青い空が覗いている。「行ってくる!必ず生き残れっ!!」 スコールは飛び出した。一度だけ振り向く。イミテーションの群に囲まれながら、それでも諦めを知らずに奮闘する旅人と盗賊の姿が見えた。 仲間なんて、いらない。分かっている、自分がそんな強がりを言い続けた理由を。ただ傷つくのが怖かっただけなのだと。 しかし、覚悟の無い力では何も守れないと知ったから。獅子は駆ける。彼らが教えてくれた想いと、託してくれた“幸運”を胸に抱い て。NEXT |
断ち切れぬ絆と誇りを抱き、獅子は荒野を駆け抜ける。