予感はあった。 とりあえず援軍をと走ってはいるが−−果たして“向こう”もそれが可能な状 態かどうか? 「迂闊だったな…」 らしくもなく舌打ちするスコール。 自分とジタンとバッツ。三人がベースを大きく離れたのを見計らっての襲撃。 しかし確実性を狙うなら何故、襲って来るのがイミテーションばかりだったのだ ろう。 確かにレベルの高いイミテーションばかりだった。それでも、オリジナルに及 ぶべくはないのである。確実に自分達の息を止めたいのなら、カオスの精鋭達が 出向いてくるのが普通ではないか? 考えられる可能性。それは。 −−狙いは自分達だけではない、ということ…。 むしろ本当に狙われたのは本陣の方かもしれない。フリオニールとティーダが 帰投していたとしても、戦力は七人。自分達三人が抜けた穴は大きい。 だとすればカオスの精鋭達は、ライト達のいる本陣に奇襲をかけている可能性 がある。自分達三人が応援に来れないよう、足止めして。 実際、どうにかスコールだけが脱出できたものの、まだ完全に逃げ切れてはい ない。さっきから追ってくるイミテーションの何体かを必死になって振り切って いる状態だ。 大群になって追って来ないのは、ジタンとバッツが残っているから。 もし仮に三人でガレキの塔を脱出できていたとしても。その場合あのエリアに いた紛い物達も迷わず全員で追って来ただろう。 そして振り切れずに本陣まで引き連れて行ってしまったなら−−それこそ敵の 思う壺。 −−どうする。戻るべきか、進むべきか…。 一番最悪なのは、スコールの予想通り本陣が襲撃を受けていて、そのまま足止 めをくらってしまうパターン。増援どころかスコール本人すらジタン達を助けに 戻れなくなったら、踏んだり蹴ったりもいいところだ。 だが。今戻れば−−ジタンとバッツの覚悟を無駄にする事になる。 信じて進むしか、ない。そして少しでも早く仲間を連れて−−それが出来るく らいに事態に収拾をつけて−−彼らを助けに戻る。 たとえ絶望的な可能性だとしても、自分は。 「何処へ行くつもりです?」 こんな時に。本日二度目の舌打ち。 秩序の聖域で、スコールは足を止めた。否、止めざるおえなかった。 スコールの進路を阻むように、立ちふさがった影があったから。 「どけ、アルティミシア。今お前に関わっている暇はない」 タイミング最悪。いや、むしろワザと−−か。 −−俺の道を、邪魔するな…!! 迷う事なく魔女にガンブレードを向ける。焦っている自分を自覚したが、どう しようもない。一刻の猶予もないのだ。こんな事をしている間にも、バッツは、 ジタンは。 「本来なら…通してあげるべきなんでしょうね。少しでも“確率”を上げるなら」 「な?」 「あなたも私も、セフィロスとガーランドの策に嵌ったのよ」 予想外の言葉に、戸惑いを隠せない。セフィロスとガーランド?首謀者は彼ら なのか? いやそもそも−−もしや自分達への奇襲攻撃は、カオス陣営全体の総意ではな かった? 「もうこの世界も…駄目かもしれない。それでも、私は…まだ、諦めるわけには …」 「待て!一体何の話をしている!?」 まるで言葉が繋がらない。その物言いは、これから世界が滅ぶかのようではな いか。それもアルティミシアの本意ではなく。 「スコール…此処を通すわけにはいかない。そして来た道を戻る事も許さない」 薄々気付いてるんでしょう?魔女は無感動に告げる。 「前も後ろも血みどろの戦場。行けばあなたに待つのは死、だけ」 ここに来てスコールは違和感に気づく。 いつも自分の前に現れる時、妖艶に、見下したように自分達をせせら笑うアル ティミシア。 しかし今日の彼女の顔はまるで−−氷のよう。あらゆる感情を殺した美しい能 面。いや−−殺そうとして何かに耐えているかのような、そんな瞳。 「まるで俺を死なせたくない、と言っているかのようだな、アルティミシア」 笑い飛ばすだろうと思っていた魔女は−−小さく瞳を揺らすに留めた。まるで スコールの言葉を肯定したかのように。 何も言わずただ−−その漆黒の羽根を広げ、魔法の矢を構える。 尋ねたい事は山ほどあった。腑に落ちない事も、疑問も。しかし今何を問おう と魔女は口を開くまい。それを直感で悟っていた。 だから。 「俺は…他の道を進む気はない。邪魔するものは全て排除するまで!」 必ず助けに戻る。その約束を果たす為、守る為。 獅子は剣をかかげ、魔女に切りかかった。 Last angels <猫騙し編> 〜2-11・ポルカ Z〜 額がヌルヌルする。生温い感触が気持ち悪い。 どうやら先程壁に叩きつけられた際、破片で額を切ったらしい。流れてきた血 が目に入り、ジタンは顔をしかめた。 「血だらけの顔じゃぁレディにモテないよな…。ってか傷が残ったらどうしてく れるんだっつの」 そのボヤキが聞こえでもしたのか。それがどうしたと言わんばかりに“虚構の 兵士”がバスターソードを振りかぶる。あのポーズには見覚えがあった。クラウ ドと実戦訓練で戦う際、何度もやられている厄介な技。 回避行動を繰り返すジタンの頭上から、小型隕石の雨が降り注ぐ。メテオレイ ン。避けきれない、と思った直後、足に走る激痛。隕石の破片が幾つも左足に刺 さり、ブーツが血まみれになっている。 幸い骨に罅は入ってないようだからまだ動くが−−既に全身ボロボロだ。血を 流しすぎて目眩がしてきた。 「まだだっ…こんな所で諦めてたまるかっ…!」 痛みに歯を食いしばり、ダイダルフレイムを放つ。“虚構の兵士”の左足が燃 えて千切れ飛んでいった。 これが人間相手なら痛みで動けなくなるだろうに、痛覚のないイミテーション 軍団は壊れた体で死ぬまで攻撃を仕掛けてくる。 すぐ側では、下半身を粉々に砕かれた“幽玄の少女”がまだ戦おうともがいて いた。仲間と同じ顔をした存在の、無残な姿。精神的に受ける苦痛も大きい。 「ジタンっ生きてるか!?」 フラッド。大地から吹き上げる水流で“いにしえの淑女”を天井に叩きつけた バッツが叫ぶ。 「バーカ、死んでたら返事なんざできねぇっつの!」 だからお馬鹿キャラ扱いなんだよ、と言ってやると、ひっでぇと大袈裟な嘆く 声。 「競争すんのはどう?先に敵を全滅させた方が勝ち!」 「勝負として成り立つのか、それ。分担がかなりいい加減だぞ」 「じゃあスコールが来るまでに全滅!」 「俺とお前の勝負になってねーって」 まだ大丈夫。まだ余裕があると−−お互いそう思っていたかった。傷だらけに なりながら、敵を倒しながら、二人は軽口を叩き合う。 「んーじゃあスコールとの勝負にしちまうか?」 「絶対不参加って言うだろ。いて…っ!このやろ、シッポ踏みやがった!」 「あはは、イミテーションもジタンのシッポが気になるんだよ、後で俺にも触ら せろー」 「だから!レディ意外は嫌だっつったろ!!」 “いにしえの武人”の痛烈な一撃。みしり、とバッツの左腕から嫌な音。苦痛 に顔を歪めた彼の様子からして、骨が折れただろう。いや、まだ動かせるあたり、 罅が入ったレベルか。 援護に入ろうとしたジタンは、“たわむれの盗賊”に道を阻まれる。自分と同 じ顔の紛い物が醜悪な笑みを浮かべて挑発してくる。 お生憎様。今の自分にはそこでカッとなれるほどの“余裕”がない。ソリュー ション9を使って、背後に迫っていた“かりそめの獅子”ごとイミテーションを 粉砕する。 「顔まで血だらけだなージタン」 「うるせぇ。バッツだって右半身ひっでぇ火傷」 「メルトンはキツかったなー。ティナはよくあんな魔法簡単に使ってたもんだ」 「だな。あー…ちょ、目が霞んできたかも」 「お…もうギブアップか?」 「お前だってフラフラじゃねーか」 泣きたい。自分はまだまだ無力な、幼い子供だ。ジタンは必死で感情を押し殺 した。今涙を流したらきっと叫びだしたくなる。迫り来る絶望に、耐えきれなく なる。 生きたい。生きたい。 死にたくなんか、ない。でも死ぬのが怖いなんて口にしてしまったら−−一緒 に戦ってくれているバッツも、信じてくれたスコールも、きっと後悔させてしま う。 ああ−−思い出した。どうして今になって思い出せたんだろう。 クジャが自分を憎んでいたのは、ジタンが“あの男”に選ばれた嫉妬だけじゃ ない。劣等感の裏返しもある。でも、それだけでもない。 彼は−−あの悲しい“兄”はただ、生きていたかったんだ。死にたくないのに 時間は待ってはくれない。まだ当分“先”のあるジタンが羨ましくて−−愛され たくて、愛したくて。 ずっとこんな気持ちを抱えて生きてたのだろうか。ただ生きたくて、当たり前 のように生きたくて生きたくて。 「…もう、いいよ」 「ん……」 「勝負。なぁバッツ…生き残ったら勝ちで、いいじゃん」 「じゃあー両方生き残ったら?」 「その時は」 ジタンの背中に“かりそめの魔女”の矢が突き刺さった。 バッツの脇腹を“うたかたの幻想”の拳が抉った。 「その時は…二人とも勝ちで、いいじゃん」 生きたい。 「みんなで、生きるんだ」 世界は残酷かもしれない。 綺麗なモノだけ拾って、集めて、眺めて生きていけるほど、優しくなんかない。 自分は、自分達はそれを知っていた。世界を救い、大切な人たちを救い、自分を 救う旅の中で。同時にたくさんの醜いモノを見て、目を背けられない現実に気 付いてたんだ。 理不尽に奪われる命がある。 理不尽に生み出される命がある。 生きる事に希望を見いだせずに絶たれる命がある。 それでも生きたいと、閉ざされた未来の中でもがく命が、ある。 人はみんな平等だなんて大嘘だ。誰もがスタート地点から違う。どんなに足掻 いても叶わない望みもある。手を伸ばしても届かない幸せがある。 それでも、ジタンは思う。 世界はきっと、美しい。 醜くくもがいて、争って、傷ついて−−人は痛みを知るからこそ、誰かを精一 杯愛せるのだと。限りある時間を笑って泣いて、怒って、叫んで、罪を犯して、 間違えて、また立ち上がって。 その想いをまた誰かが受け継いで。 それが多分−−生きるということ。 それが多分、命なんだと。 「あ…」 不意に、目の前に膨れ上がった闇。しかし現れたその姿はまるで−−天使が迎 えに来たかのよう。 事実その男は−−自分達を迎えに来たのだろう。苦痛に満ちた生から、解放さ れた死へ。 ジタンは走り出していた。 銀髪の天使が刃を振り上げる。その先にはバッツ。彼はイミテーションの群に 囲まれて動けず、その存在にも気付いていない。 「バッツ−−!!」 生きたいと願った筈なのに。小柄な体で力一杯、旅人を突き飛ばしていた。 「ジタンッ!!」 世界が回る。変わる。終わる。 それが必然であるように。 NEXT |