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その光景はまるでスローモーションのように、バッツの眼に映った。
「じ、た…」
迫る凶刃。イミテーション達の相手に必死になっていた自分は気付かず。ジタ
ンに体当たりされて初めて、自分と、そして彼が置かれた現状に気付いた。
墜ちた英雄、セフィロスの八刀一閃。
バッツの目の前で、小柄な盗賊は切り裂かれていった。バッツの顔に、体に、
大量の血飛沫がかかる。ジタンの体はまるで、ダンスを踊るように宙に舞った。
そして。
血の雨が止んだ時。バッツの目の前に転がっていたのは。
右腕と尾を切断され、全身をズタズタにされ−−血の海に沈む、親友の身体。
「あ…」
動かなければ。彼の傍に、行かなければ。
回らない思考の中、立ち上がろうとして−−それが出来ない事に気づく。何だ
ろう、下肢に力が入らない。身体のバランスが、おかしい。
緩慢な動作で、自らの脚を見たバッツは、気付いた。ジタンに庇われたものの、
自分もまたセフィロスの一撃を避けきれていなかった事に。
見下ろした先。バッツの左膝から下が−−無くなっていた。
「はっ…ああぁぁぁ−−ッ!」
一瞬遅れて襲ってきた激痛に絶叫する。痛い。痛いなんてもんじゃなく、痛い。
消し飛ばされた切断面から、白い骨が覗いていた。繊維がびらびらと垂れ下が
っている。血が、止まらない。
「くっうぅ…じた、ん…」
涙が出た。自分がこれだけ痛いのだ−−直撃をくらったジタンはもっと痛いだ
ろう。立ち上がる事すらままならぬ身体。這いずるように旅人は、ピクリとも動
かない親友に近付く。
仰向けに倒れ、痙攣する身体。まだ生きている−−かろうじて。あと何分、何
秒の命かも怪しいけれど。
「バッ…ツ……」
その唇が、震えた。囁くようなレベルの声。すぐ傍にいるバッツだけが聞いて
いた。
「…無、事か……」
馬鹿じゃないのか。普段馬鹿だ馬鹿だと言われている分、思い切り怒鳴り返し
てやりたかった。
無事な筈がない。脚は千切れてしまったし、腕の骨には罅が入っているし。何
より−−眼が、心臓が、痛くて熱くてたまらない。
どうして庇ったのだ。二人でスコールを待つと、約束したではないか。
「まだ、死ぬんじゃ…ねぇ、ぞ」
しかし全ての言葉は。
「スコー、ル…待つんだ。生きて…俺達、みんなで、生き…残るん……だ」
その一言の前に、溶けて消える。
「お前…」
ジタンは、自分の命と引き換えに、バッツを助けたわけじゃない。
生きる為だ。一緒に生き残る為に、助けようとしたのだ。犠牲なるつもりだっ
たんじゃない。生きたくて、生きたくて、共に生きたくて−−身体が、動いた。
「…んだよ…俺よりよっぽど、ジタンのが馬鹿じゃんか…」
みんなで生き残る、のに。
当の本人が死んだら本末転倒ではないか。
「うっせぇ…馬鹿」
バッツの方に伸ばされた、小さな左手。利き腕の右手はもう、彼には無い。そ
の手を旅人は握り返す。
「死なねーもん…俺、生きる…何回、だって」
ああ。そうなのかもしれない。
いつか帰る場所。限られた時間を精一杯生きた命が、最後に辿り着く場所は。
自分も、ジタンも同じなのかもしれない。そしてまた生まれ変わって、巡るの
かもしれない。
そうだといい。自分はそう、信じたい。
−−そうだ。思い出したんだ。
あれはいつの世界?いつの時間?
あの時も自分は−−目の前で、ジタンを死なせてしまった。夢なんかじゃない。
あれは確かに現実だった。
クリスタルワールド。魔法を浴びて無残に散った命。横たわる躯。自分は何も、
出来なくて。
でも、こうしてまた会えた。結末は違うようで同じだったかもしれないけど。
けれど、逢えたのだ。命はまた、巡った。だから。
「ああ……そうだな」
今度もまた逢える。そして次に逢った、その時は。
「またな。…ジタン」
今度は一緒に生きよう。もう二度と、こんな悲しい別れ方はしない。させない。
護って、みせる。
ジタンは安堵したように、小さく笑った。そのまま瞼が下ろされて、握った手
から力が抜けて。
バッツの頬を涙が伝った。彼の魂は、大いなる星の生命に今、帰ったのだ。
「俺も同じ場所に、帰れるかな…」
そしてまた。巡り会わんことを。
今度こそ掴む為に。幸せな、未来を。
Last angels <猫騙し編>
〜2-12・ララバイ B〜
本当なら。
旅人が盗賊に別れを告げる時間など、無かった筈なのである。ここな戦地。今
まで二人を苦しめていたイミテーション軍団はまだまだ数が残っている。
何よりジタンの命を奪った凶刃は−−セフィロスは二人の目の前から去っては
いなかった。ジタンの姿しか見えていないバッツ。現実の見えていない彼もまた
すぐ、友の後を追わされる筈だった。
そうならなかった理由は−−二つ。
まず何故イミテーションがすぐに彼を襲わなかったのか?
それはセフィロスが意図的に、人形達を後ろに下げたからだ。二人を殺すのは
自分でなくてはならない。イミテーション相手では、クラウドの憎悪が行き場を
失う可能性がある。
つまりセフィロスは本来なら、ジタンを殺してすぐ(彼が先に死んだのは計算
違いだったにせよ)、バッツのことも始末するつもりだったのである。
そもそもバッツがこの状態で生きているのは非常にマズい。傷の深刻さからし
て、放置しておいてもいずれ失血死は免れられないだろうが−−それまでの僅か
な時間が問題だ。
実際、今までの観察結果からして、死に瀕したり仲間の死で精神的に追いつめ
られた時、記憶が戻りやすい傾向にある。ガーランドはそう言っていた。
だとすれば、彼より先にジタンを殺してしまったのは手痛いミスと言える。目
の前で仲間を惨殺され−−バッツが暴走、そうでなくとも記憶に影響が出る可能
性は否定できない。
殺さなければならない−−一刻も、早く。
倒れたジタンにすがりつくバッツ。セフィロスはその背後に舞い降り−−正宗
を振り上げた。獄門、その技の構えで。
それなのに。
「−−ッ!!」
振り上げた姿勢のまま−−英雄は動けなくなっていた。正宗を握る手が震える。
額に汗が浮かぶ。鼓動が、うるさい。
フラッシュバック。
思い出した。思い出して、しまった。
あの絶望しか無かった世界。抗ってももがいても、どれほど泣き叫んでも止め
られなかった凶行。上がる焔。歩くたび増える死体、死体、死体。
抵抗、できなかった。
逃げる場所など何処にもなくて、自分の身体も心も身動き一つとれなくて。
あの湖でもそうだ。望んでなどいない。発動してしまった、クラウドの生きる
星を滅ぼす魔法。それを止めるべく祈り続けた“彼女”。
やめろ、と叫ぶ声は届かず、身体に埋め込まれた災厄が笑って。
刃は、振り下ろされてしまった。
重なる。仲間の手を握りしめ、最期を看取るバッツの背中が。あの時自分が殺
めてしまった彼女の背中に−−重なって。
できない。
あの時は自分の意志では無かった。でも。あの時と同じ罪を、今度は自分の意
志で重ねる?
言い訳だ。今更何だ。もう既に引き返す道など無いではないか、だってもうジ
タンを殺してしまったのに。殺すと決めたのに。もはや迷う資格なんかない。そ
んなもの、は。
「……セフィロス、つったよな、あんた」
びくり。情けないくらい、身体が震えた。バッツが振り返る。その瞳に宿って
いたのは怒りと、憎しみと−−それを遥かに上回る、悲しみ。
「あんた、何の為に戦ってるんだ。これは一体…何の為の戦いなんだ」
あとからあとから溢れる透明な滴。青年の涙はあまりに綺麗だった。負の感情
を滲ませてなお、汚れてはいなかった。
「何回だって、世界は繰り返す。死ねばまた忘れて、また殺し合って、何度も何
度もこんな想いばっかして傷ついて…。本当にそれでいいのかよ。それで一体、
誰が幸せになれるってんだよ…ッ!!」
みんな悲しいだけじゃないか。
みんな苦しいだけじゃないか。
青年はそう言って、血を吐くような声で泣き叫ぶ。セフィロスの心を抉りなが
ら。
どうして。この青年といい、フリオニールといい同じことを言う?
幸せ、なんて。そんなもの。
「お前…思い出したのか…」
セフィロスだけが、ガーランドから聞いていた。自ら望んで“契約者”になっ
たセフィロスには、何も隠す必要が無かったのだろう。
ガーランドが秘匿とした、バッツとオニオンナイト、その二人の記憶の内容。
うちバッツのそれは−−粛正後に起こる、世界の真実。前の世界、バッツは偶
発的にだが神竜の粛正すら免れて生き残った。その際、神竜自身とあの二人の従
者に対面し−−駒として知ってはならない真実を耳にしてしまったのだ。
即ち。この世界そのものが、神竜の手による巨大な実験場であること。
駒が全て消えれば召喚主たる神も消滅する。そして勝利者側の生き残った駒も、
全員粛正の光を浴びて全滅する。
この戦いに、終わりなどない。そう。神竜の司る輪廻を−−断ち切らない限り
は。もしバッツが全て思い出して、その事実に気付いてしまったら−−。
しかし今セフィロスの頭から、それらの思考は消し飛んでいた。涙を流し、訴
えるように叫ぶ青年。その顔と言葉が−−墜ちた英雄を躊躇わせている。
「俺達が戦う理由って何だ。光とか闇とか…そんなの後付けだ。人間だろ、光も
闇も全部抱えて生きてるに決まってるじゃないかっ!」
揺れる。揺らされる。
やめろ。それ以上−−言うな。
「たくさん罪を犯したかもしれない。傷ついたかもしれない。でもさ…俺達みん
な同じように苦しんできたんじゃないか。どうしても闘わなきゃいけなかったの
かよ。一緒に…」
言うな。自分は。
私は−−俺は。
「みんなで幸せになる方法、考えても良かっただろ!奇麗事かもしれないけど、
でもっ…。あんたにだっていないのか、一緒に生きていきたい奴が!!」
嫌だ。気付きたくない。
気付くわけには。
ガッ。
「かは…っ」
セフィロスは目を見開く。突如として飛んできた、いくつもの氷の破片。それ
がバッツの肩に、腹に、腕に突き刺さり、喉笛を掻き切っていた。
頸動脈を切られて噴水のように吹き上がる血。糸の切れたマリオネットのよう
に倒れた旅人、その向こうで−−笑っていたのは道化。
「いやぁ〜危なかったですねぇ。本当に思い出すなんて」
ケタケタ。おどけたようにスキップして近付いてくるケフカを、セフィロスは
呆然と見やる。
「あなたが来た後は自由にしていい、って聞いてましたけど?マズかったかなん
」
「…いや……」
感情に整理がつかない。何かとても大切なモノが今、手のひらをすり抜けた気
がする。
しかしもう、旅人の言葉の続きを聞く事は叶わない。彼はただ虚ろな眼で、セ
フィロスを見上げるだけだった。
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再び巡り合う事を信じて、旅人は舞台を下りた。 BGM 『Be alive for XXX』 by Hajime Sumeragi