「セシル!何処だ、セシル−ッ!」
 
 ゴルベーザは必死だった。
 自分とした事が−−この展開を読み違えるだなんて。
 カオスとコスモスは戦争中。そうとも、分かっていたではないか。カオスの一
存一つで、いつ爆発してもおかしくなかった。逆も有り得ない話ではない。そし
てもし、どちらかが本気で戦争を仕掛けてしまったら−−全ての思惑は水の泡と
なってしまう。
 コスモス陣営のベースに引き返すのは簡単だった。普段なら張られている筈の
結界も警備も、全く意味を成していなかったのだから。
 呻く。遠くからでも分かる。城のあちこちから上がる火の手、続く爆音−−庭
を埋め尽くす勢いの、凄まじいイミテーションの数。
 まずい。これでは、セシルやライトを守るどころの話ではない。いつ誰が死ん
でも誰が消えても、何も把握できなくなってしまう。それは即ち−−今回もまた、
自分は真実から遠ざかってしまう事を意味する。
 駄目だ。それではまた、何も掴めないまま世界が終わってしまう。
 
「駄目だ絶対に!」
 
 最低でも、セシルだけは助けなくては。そして、最悪ライトの死を回避できな
いとしても−−その原因を突き止める。彼の死に立ち会えたなら、分かるかもし
れない。
 そうすれば、次の世界に生かせる。この記憶を引き継ぐ事さえ出来たなら。
 ゴルベーザには分かっていた。自分が自分として生きていられる時間は−−も
はやそう長くはないと。
 この世界に閉じ込められてから、どれほどの月日が経過した?どれほどの悲劇
を繰り返してきた?
 全ての記憶を引き継いでないゴルベーザでさえ−−限界を感じつつある。体の、
ではなく心の限界を。諦め、絶望、それに伴う狂気から必死になって精神を守
っている。
 負けてしまえば、その先にあるのはだ。あのケフカのように−−壊れた
狂人となり果てるだけ。
 もう、一刻も無駄にはできない。この世界の結末がどうなるとしても−−何も
得る事のない終末だけは、避けなければ。
 
「ティーダ!ウォーリア!!
 
 庭先で戦っている二人を見つけ、声をかけた。ウォーリア・オブ・ライトの方
は気付いたようだが、次々襲ってくるイミテーションに余裕が無いのか返事が無
い。
 とりあえず話の出来る状態にしなければ。手のひらに闇の力を集め、解き放つ
ゴルベーザ。
 ナイトグロウ。闇の輪に焼かれ、吹き飛ばされた三体のイミテーションの上に、
激しい雷が降り注ぐ。
 
「悪い、助かった」
 
 礼を言うライトの顔色は青白い。呼吸もどこかおかしい。酷い怪我でもしてい
るのだろうか−−確かに全身傷だらけだが。
 
「しかし、あなたはカオス陣営だろう。この騒ぎはあなた達が起こしたものでは
ないのか?」
 
 暗に、自分達への加勢はまずくないか、と尋ねてくる勇者。
「私は何も知らん。エクスデスに、ここが襲撃を受けているらしいから弟を助け
たければ好きにしろ、と言われたから駆けつけただけだ。そもそも私はカオスに
もガーランドにも背信を疑われている。信用されずに、話が来なかったとしても
不思議はない」
「だが話から察するに、エクスデスも襲撃には参加していないんだな?」
「ああ。それとこれは私の予測だが、皇帝とアルティミシア、クジャ、ジェクト
も不参加の筈だ」
 つまりこの奇襲は、残るメンバー−−ガーランド、暗闇の雲、ケフカ、セフィ
ロス。この四人の誰か、もしくは全員の差し金という事になる。
 しかし少なくとも前の世界まで、セフィロスは何も知らない、いわば中立的立
場だった筈。ならば彼は今回も参加していないのでは−−。
 
「セフィロスならさっき見たッスよ。フリオニールが追っかけてったから、多分
今はベースの近くにいないだろうけど」
 
 ティーダの言葉に、またしても予測が外れたらしいと悟る。
 
「フリオニールが離脱したとして今城にいるのは多分、私達以外にはオニオン
とティナ、クラウド、セシルだろう。バッツとジタンとスコールは、まだ帰投し
てなかったからな」
 
 戦力が減っている隙をつかれたのだろう。ライトは苦々しく呟きながら剣を振
る。切り裂かれる虚構の英雄。傷口からガラス細工のように罅が入り、砕け
散っていく。
「セシルなら多分、北の塔付近だ。さっきそっちから闇の火柱が上がるのが見え
た」
「セシルもきっと苦戦してる。セシルは頼むッスよ!」
 どうやら自分の目的はとうに見抜かれていたらしい。すっかり味方扱いだ。
しかし、今はその配慮に甘えるとしよう。
 
「感謝する」
 
 ゴルベーザは敵を蹴散らしながら、教えられた方へと進んでいく。ただただ弟
の無事を祈りながら。
 
 
 
 
 
Last angels <猫騙し編>
2-13・オペラ 
 
 
 
 
 
 勝てない相手とは戦わない主義なんだ、と。以前オニオンナイトは仲間にそう
話した事がある。
 勇猛と無謀は、違う。自分の実力以上の思い上がりが招くのは自滅だけ。それ
らはオニオンが、戦いの中学んできた事である。
 多分、召喚前の世界に、その持論のきっかけがあったのだろう。だろう、とい
うのは、自分には記憶が無いからだ。聡明な少年はとうに気づいていた−−この
世界は矛盾だらけである、と。
 誰が本当の事を、誰が嘘をついているかも分からぬ世界。主たるコスモスの言
葉さえ、本当の意味では信じていない。ただ、信じているフリをしているだけで。
 そんな世界だからこそ。貫かなければならないのは自らの誇り。そして揺るぎ
ない覚悟だ。
 勝てない相手とは戦わない。それは同時に、勝てない相手を限りなく減ら
す為努力する、自らへの戒めでもある。勝敗を決する実力の定義など曖昧な
もの。最後に勝負を決めるのは魔力の高さでも腕力の強さでもない−−オニオン
は仲間達にそう教えられた。
 負ける勝負なんかしない。だから。
 どんな相手だろうと必ず勝つ。そして、大切な人を守り抜く。
 
「集え、星達っ!」
 
 ティナから少し離れたのを見計らい、周囲を取り囲むイミテーション達に向け
プチメテオを放つ。360°、回転しながら敵を一掃していく−−つもりだっ
たが。
 バラバラになった紛い物達の屍の中から、まだ動き出す影もある。ゆらり、と
立ち上がったたわむれの死神に舌打ち。やはりエキスパートクラスの敵はそ
う簡単にやられてはくれない。
「どこを見ているのだ!」
「わっ」
 技を放った直後。その隙を狙って暗闇の雲が突進してくる。そう、イミテーシ
ョンばかりに気を取られているわけにもいかない。ただでさえ難敵のコイツを、
紛い物達と一緒に相手にしなければならないなんて−−最悪だ、本当に。
 痛みの触手、それが右脇腹を掠める。肋骨が嫌な音をたて、一瞬息が詰まった。
ああもう少し体を鍛えなくては、体格のせいとはいえ格闘戦に自分は弱すぎる。
 
「氷の、息吹っ」
 
 苦し紛れに放ったブリザドはあっさりとかわされた。しかし暗闇の雲と距離を
とることに成功し、ほっと息をつく。
 女のティナより体力が無いなんて、もはや笑うしかない。このザマでは彼女の
騎士なんて名乗れる筈もない。痛む脇腹を押さえながら、状況分析を始めるオニ
オン。
 敵軍10人、その大まかなデータは頭の中にインプットされていた。
 この奇襲攻撃、けして行き当たりばったりなものではない。スコール達が不在
の隙を的確につかれたと言ってもいい。
(さらに補足するなら、コスモス陣営の要たる光の戦士が、遠からず使いものに
ならなくなるから、というのも計算に入っていた。それによりオニオンナイトか
ティナが暴走し、陣型を乱すだろうことも。無論オニオンがそんな事を知る由は
ないのだが。)
 そして戦い始めてから自分が、この付近で見たカオスの手の者は二人。この暗
闇の雲と、フリオニールが追っていった(偶然だがオニオンナイトはそれを目撃
したのである)セフィロス。
 これだけの時間走り回っていて、この二人しか目撃していないという事は−−
この奇襲には彼らしか参加していないのかもしれない。英雄と妖魔、やや違和感
を感じる組み合わせだが。
 いや、妖魔がいるのだ、道化も参加していると考えた方がいい。彼らは共に計
画に乗っている可能性が高い。
 仮にそうだとすれば。陣頭指揮をとっているのは、今目の前にいる暗闇の雲で
はなく、ましてやケフカであろう筈もなく−−セフィロスという事になる。
 消去法に近いが。暗闇の雲は軍隊で司令塔に立つタイプではない。むしろ集団
戦はあまり得意ではないだろう。ケフカは論外、彼は楽しみの為ならどんどん我
が道を突っ走ってしまう典型。
 セフィロスはかつて軍にいた、と。それだけはどうにか覚えていたクラウドか
ら聞き出していた。となれば、組織としての武力にも慣れている筈。
 
−−でもそのセフィロスは、フリオニールに追っかけられてどっか走ってったん
だよな
 
 となれば彼は今、この近くにはいないのかもしれない。既にフリオニールを倒
して戻ってきていない限りは。
 指揮官不在。これが人間の集団なら、多少は混乱も期待できるのだけど。残念
ながら敵の殆どは痛覚すら無視するイミテーション。そういった動揺は期待でき
そうにない。
 
−−でも何もかも不利ってワケじゃない
 
 カオス軍の連中はアクが強すぎる。一枚岩にはほど遠い。おそらく、今回の奇
襲も全員が同意しての事ではない。となれば自らの獲物をとられて面白くない奴
もいるのではないか。
 例えばジェクト。息子との決着をこんな形でうやむやにされてはたまらない筈。
あとは弟バカなゴルベーザも、陣営を無視してセシルを助けに走るだろう。
 果たして彼らの行動が吉と出るか凶と出るか。
 
「悲しみの水泡よ!」
 
 少女の声と共に、オニオンのすぐ傍に上がる水柱。今まさに迎撃しようとして
いたかりそめの獅子まやかしの少年が消し飛ぶ。
「ありがとうティナ!」
「雑魚は私に任せて。あなたは自分の敵に集中して!」
 あ、ティナがザコって言った、ザコって。
 微妙なギャップを感じ、オニオンは内心で苦笑い。
 
「うん。分かった!」
 
 剣を構え、暗闇の雲に突進する。少年の突撃に、妖魔は怯む事もなく笑みを浮
かべる。
 ガキンッ、と堅い音と共に、刃は触手で受け止められた。
 
「興味深い生き物よ
 
 美しい女性の顔をした魔物。オニオンナイトに定められた好敵手。倒すべき闇
の化身。
 それなのに−−何故だろう。彼女と対峙する事に、不思議と不快感は抱かない。
 
「伝説の、オニオンナイトか。何がお前をそこまで突き動かす?」
 
 何度か斬り合い、距離をとる二人。
 ああ、そうか。
 気付く。この妖魔には、殺意はあっても支配欲が破壊欲が感じられない。その
眼あるのは純粋な興味と−−。
 何だろう、この感情。
 
「不思議なのは、アンタの方じゃない?」
 
 そうだ。噛み合わないのだ、彼女の本質と。
 
「僕アンタが人間にしか見えないんだけど」
 
 暗闇の雲。
 その妖魔の瞳が、見開かれた。
 
 
 
 
NEXT
 

 

光と闇、相容れない筈の歯車に今、少年は手をかけた。