人と、そうでないモノの境界線は何だろう。
 闇の存在と光の存在、それらを隔てたモノは、一体。
 オニオンナイトは考える。今まで自身が武器としてきた頭脳で。経験と判断で。
そして−−自らの一番強い気持ちで。
 
「僕の情報じゃあ、アンタとエクスデスは人外の生物だって聞いてたんだけど。
セフィロスだって人間だし、クジャは種族が違うだけで中身は人間だし」
 
 情報の出どころはゴルベーザである。流石の彼も、仲間の能力まで自分達に話
はしなかったけれど。
 
「でも戦ってみて分かったよ。アンタも人間なんだって」
 
 暗闇の雲。その顔から笑みが消えている。しかしそれはオニオンの言葉に憤っ
たわけでは無さそうだ。多分自分はある意味で彼女の地雷を踏んだのだろう−−
明らかに動揺していた、妖魔。
 
「わしが人間だ、と。何を世迷い言を」
 
 再び戻ってきた彼女の笑みは−−しかしぎこちないものだった。
「わしは意志など持たぬ存在よ。世界に光と闇の氾濫が起きし時現れる暗闇の雲
人間どもの悪しき意志の具現化。お前達のような脆い生き物と一緒にするな」
「アンタの望みは、世界を無に返す事、なんだって?」
「その通り。それこそが我が本能、我が存在理由
「嘘だ」
 オニオンナイトはキッパリと言い放った。
 
「それが本当なら、アンタが興味なんて感情、抱く筈がないと思うけど。興
味深いってさっき自分で言っただろ。それに」
 
 暗闇の雲に殺意はある。オニオンナイトを殺す為に襲ってきているのも分かる。
 だが。
 
「ただ全てを滅ぼしたいだけのヤツが躊躇ったりするもんか。身体はあっちこ
っち痛いけど、僕はまだまだピンピンしてるよ?」
 
 それは多分−−彼女の本心では、ない。
 
「僕も興味があるね。アンタの正体と、この戦いの真実ってヤツに!」
 
 高く剣を掲げ、スペルを詠唱するオニオン。暗闇の雲の頭上に、無数の剣が出
現する。煌きの剣雨。当たれば大ダメージは必至。
 しかし彼女も冷静だった。上から来る技には上へ対処できる技で弾くのが効果
的。ガードでは防ぎきれない可能性がある。
 暗闇の雲の前後左右、四カ所に出現する魔力の球。そこから真上に放たれる波
動−−高射式波動砲で、オニオンの必殺技を相殺する。
「やるじゃん」
「ナメるな小僧。所詮子供、我が力は止められん!」
 言うなり、ダッシュで近寄って来る妖魔、そのまま彼女は両手に光を集める。
広角式波動砲。魔力に満ちた赤紫の光の壁がオニオンに迫る。
 素早く反対側へ飛び退き、回避する少年。代わりに巻き込まれたイミテーショ
ン数体が砕け散る。
 
「お前は知恵を武器にする戦士だろう。ならば分かっている筈この戦い、もは
や対局は見えた。それだけ傷つきながら、何故また立ち上がろうとする?」
 
 さぁてね。
 声には出さず、口元だけで笑みを作る。出せなかったのだ−−避けきれなかっ
た波動に、左足首を焼かれた激痛で。
 煙を吹き上げる脚。焦げて敗れた服の間からは、爛れた真っ赤な皮膚が覗く。
中度〜重度の火傷。あと少しで二度と脚が動かなくなるところだった、と少年は
どこか他人事のように分析する。
 
「愚かな事よ。目覚めの後に待つのはいつでも、絶望だけ」
 
 一瞬、彼女の瞳に陰が落ちた。
 それは−−知るモノの眼だ。
 
「アンタは知ってるんだね。その絶望ってヤツを」
 
 息を呑む気配。多分彼女にも自覚が無かったのだろう。
 オニオンの言葉一つ一つに揺れ、動き、何かを押し隠すような気配を見せる。
それはとても、心の無い妖魔の姿とは思えない。
 
「多分、僕の知らない事も、あんたはたくさん知ってるんだろうね。確かに僕は
まだ子供だから」
 
 どんなにもがいて見せても、越えられない壁がある。守りたいと願うのにいつ
も護られて、救われて。
 それは罪ではないか、悪い事ではないかと、思い悩んだ事もあった。ゆえにわ
ざと年不相応に大人びた振る舞いをしてみたり、自分に自信があるフリをして突
き進んだりした。
 けれど。
 
「でもそんな僕だからこそ、探せる光もきっとある。見える景色がある筈だっ
て気付いたんだ」
 
 自分が誰かも分からないまま。本当の名前すら名乗れないまま。終わり無い争
いに怯えて、それを隠して強がって、空回りして、傷つけて傷ついて。
 そんな自分を変えたい。そう願った時、取り巻く世界もまた、変わったのだ。
 
「僕が見つけたのは、みんなを守る力だ!」
 
 だから、戦う。
 この終わりが見えない戦いを終わらせる為に−−真実を手にする為に。
 暗闇の雲が笑った。どこか吹っ切ったような笑い方だった。
 
「できるのか?」
 
 
 
 
 
Last angels <猫騙し編>
2-14・ブルース 
 
 
 
 
 
 分からない。彼は、彼らは、何故戦おうとするのだろう。暗闇の雲は目の前の
少年を見つめて、思う。
 確かにこの戦場に召喚された段階で−−自分達は光(闇)の軍勢を討ち倒せ
と刷り込まれる。それが神々かガーランドか、ガーランドに指令を下す何者かなの
かは分からないが−−誰もが多かれ少なかれ、戦いを望む意識を植え付けられる
のは事実だ。
 しかし。
 ただ本能だけで戦い続けられるほど、人は強くない。自分やエクスデスのよう
な魔物はまだいい。が、カオス軍もコスモス軍も、大半の者が生身の人間
のだ。
 どれだけ言い訳じみていても、矛盾だらけだとしても−−誰もが戦いに、理由
を欲しがる。大義名分を得なければ迷いを捨てきれない。ましてや、こんな終わり
の見せぬ戦争なら尚更。
 繰り返す戦いの輪廻。その中で暗闇の雲は幾度となく見てきた−−理由に惑い、
戦う言い訳を探し歩く者達の姿を。
 特にコスモス軍はそう。
 悪の軍勢を滅ぼし、世界に平和をもたらす為に−−なんて。かっこつけのB級
ヒーローみたいな理由を、信じていられた頃は良かった。
 しかし記憶は消されても、身体や魂が学んでいる事実はある。次第に彼らは自ら
の在り方に悩み、一部の者は自分の力と罪にすら怯えるようになった。
 当然だ。これは、戦争。自分達がやっているのは−−殺し合いだ。
 敵を倒すたび、一人一人がいわれなき罪の十字架を背負う。人殺しの汚名を、
自らの意志で負ってしまう。耐えきれずに自害する姿も、自分は目撃してきて
いる。
 
「逃げ惑え!」
 
 追尾式波動砲、発射。使い物にならなくなった脚を引きずりながらも、必死で
攻撃をかわしていくオニオンナイト。だが怪我で鈍った身体は思い通りには動か
ない。
 波動を浴びた柱が砕け、石や硝子の破片が降り注ぐ。少年の華奢な背を切り裂
く破片。鮮血を撒き散らしながら転がる小さな身体。
 それでも−−彼は激痛に呻きながら、立ち上がる。そして剣を構える。
 何故戦う?何故抗う?
 傷つきながら、怯えながら、それでも何故。
 
「くだらない正義感は捨てろ
 
 気がつけば。まるで彼を制止するような言葉を口にしていた。
 
「守るものなしに立ち上がれぬ坊やが。分かっているのだろう、お前がそこまで
必死に未来を探そうとする理由。それはお前自身が空っぽだからだと」
 
 ぴくり、と。攻撃しようと構えていたオニオンナイトの手が止まる。
 
「あらゆる記憶を奪われる閉じた世界。戦い続けるしかない閉じた未来。お前は
自らのアイデンティティを、他者に頼らなければ確立する事が出来ない。なんせ
 
 そうだ。彼とウォーリア・オブ・ライト。この二人は。
 
「自らの真名すら、忘れ去ってしまったのだからな」
 
 向こうでイミテーションの相手をしていたティナが、ハッとしたように少年を
見た。
 ずっと、不思議だったのだ。
 自分の名前も分からない。記憶もない。あるのは血塗られた未来と嘘つきの神
ばかりで。
 どうして立っていられるのだろう。どうして絶望せずに戦い続けられるのだろ
う。他者はおろか、自分自身の正体すら分からないのに。
 
……うん。そうだね」
 
 顔を上げる、少年。
 浮かべた笑みは−−あまりにも、年不相応なもの。全てを悟った者の、微笑。
 
「僕は自分が誰なのかも分からない。辛うじてオニオンナイトの称号だけを
記憶してたからそれを名乗った。もしかしたら本当は、なんて存在は何処
にもいないのかもしれないね」
 
 分かっていて、彼の図星をついた筈なのに。暗闇の雲は悟った。自分は彼の−
−最も深い傷を抉ったのだと。
 どうしてそんな感情を抱くのか分からないまま−−ただ後悔にとらわれた。
 分からない。分からない事だらけだ。
 この少年に関わると−−自分が本当は誰なのかすら、分からなくなる。惑わさ
れる。迷って、しまう。
 
「だから、多分存在理由が欲しかったんだ。僕という人間が此処にいるっていう、
存在証明と一緒に」
 
 だから守ろうとしたのか。だから強くあろうとしたのか。
 大切な少女を、敬愛する勇者を−−護る事で、証を立てようと。
 謎が一つ、解けていた。オニオンナイトが護る事にひたすら拘り続けてい
た訳。それは、何も持たない彼が唯一、自分を証明出来る手段だったから。
 そのを−−奪われる事を、恐れ続けていた。時に気が狂ってしまうほど。
 護れなくなったら、そこでもうはいない事と同じだから。
「だから、戦うんだよ。気付いちゃったからさ僕は空っぽだって。最初から何
も無かったんだって」
「お前
「護る。大切な人の命を、願いを、明日を。そうすればきっと、僕は僕を赦せる。
僕はこの世界で生きてていい存在なのだと!」
 溢れそうになった涙を乱暴に拭い、オニオンは剣を大地に突き立てた。膨大な
魔力の放出。少年の力が地面に流れ込む。
 
「吼えろっ大地!」
 
 まずい、と思うやいなや、ジャンプして足元を触手でガードしていた。クエイ
ク。襲いかかる激しい地割れ。下級魔法にも関わらずなんて威力だ。
 砕けた床の細かい破片が、暗闇の雲の身体を傷つける。痛みに顔をしかめなが
らも空中で体制を立て直し、再び地面に降り立つ。
 
「護る事が存在理由か」
 
 レーゾンデートル。
 自分は、どうなのだろう。何故生きるのか、戦うのか。
 世界を無に返す為に生まれた妖魔である筈の自分。しかし、その先にあるのは
本当に、自分の望む世界なのだろうか。
 そもそも何故自分は今、望みなんてものを考えている?
 そんなもの、ある筈がない。
 ある筈がない、のに。
 
「面白いならばその護る力とやら、わしに示してみせるがいい」
 
 確かに−−これは興味。
 この少年が望む、守り続ける未来を見てみたい。それは妖魔としての本能
ではなく。
 
「見せてやるよ僕の力を!」
 
 次で決めるつもりだろう。オニオンの魔力が膨れ上がる。暗闇の雲も迎撃の構
えをとる。
「フレア!!
「零式波動砲…!!
 ぶつかり合った二つの力は爆発し−−周囲を巻き込んで、大きく弾けた。
 
 
 
 
NEXT
 

 

何もなくても、何も分からなくても、生きた証は確かに此処に。