その爆音を聞いていたのは、当事者達だけではない。
「な、何だ何だぁ!?」
丁度コスモス陣営のベースに到着したところだったジェクト。この幻想がここ まで後発組となったのには訳がある。 一つは、ジェクトにはカオスの命が下っていたかった事。正確にはカオスの意 を取り次いだガーランドが、彼には何も伝えなかった、というのが正しい。 否、伝えたのだ。ただし−−全く別の命令を捏造して。 これが二つ目の理由。輪廻の運命すら知らないジェクトとクジャ、この二人は 行動の全く予想できないイレギュラーである。ガーランドからすれば、余計な行 動を起こされて、作戦に支障をきたしてはたまらない。少なくとも彼らはともに、 自分の“獲物”にはこだわりがある。 ゆえに幻想と死神の二人にはわざと、遠方のモンスター討伐を命じたのだ。事 態に気づいても、彼らの行動が間に合わないように。 ガーランドの目論見は八割方成功していた。誤算があったとすれば、彼らが予 想以上に早く、現場に駆けつけてしまった事である。 二人が派遣されたエリアは、禁断の領域に極めて近く、モンスター達の強さが 半端ない。ゆえにたった二人では、すぐに片付けられない筈だった。 策を破ったのは皇帝である。手こずる二人の助太刀をして(普段の彼からはお およそ想像のつかない事だが)、ガーランドの予想より遥かに早い時間でエリア を制圧。 さらに彼らに情報を与えた。ガーランドがセフィロスに命じて、コスモス陣営 のベースを襲わせた事。それにより二人の宿敵たるティーダとジタンが窮地に立 たされているから助けに行け−−と。 彼らはまさしく、皇帝が予想した通りの行動をとったと言える。 ジェクトはティーダの元へ。クジャはジタンの元へ。全速力で飛んでいった。 ただし、暴君の策が及んだのはここまで。そこから先が吉と出るか凶と出るか はまだ分からない。もしクジャとジェクトをけしかけた事で、さらに犠牲が増え るとしたら−−それは即ち、この世界もまた破滅する事を意味する。 暴君が知る、“世界が巻き戻しを始める”法則。 一つ。コスモスかカオスが死ぬ。 二つ。彼らの操る駒、どちらかの陣営が全滅する。 そして三つ目は。 ある両陣営合わせて、ある一定以上の数の死人がでる事。残念ながらこの正確 な数はまだ明らかとなっていないが。 この時点で既に三人が死亡している。ジタン、バッツ、ゴルベーザ。乱戦状態 である今、既に赤信号は点灯していると言っていい。兄の死に我を失っているセ シルに加え、ジタンの死を見て、クジャが冷静でいられるとも思えない。 とうに破滅へのカウントダウンは始まっている。惨劇へのフラグも。 そして、ここから先どれほど少なくとも。あと“三人”は死ぬ事が確定してい るのだ。それもまたこの閉じた世界におこる、絶対の法則なのだから。
「ティーダ!光のあんちゃん!!」
庭先で戦っている二人を見つけ、ジェクトは近付いていく。流石に数の減って きたイミテーション。しかし残っているのはどれもエキスパートクラス以上のも のばかり。 そして、二人に歩み寄るジェクトは気付いた筈である。ただ満身創痍なだけで なく−−ウォーリア・オブ・ライト。彼の様子がおかしい事に。
凍りついた歯車はまだ、動き出さない。 そして一度転がり始めてしまった石は、止まらない。
運命は、加速し続ける。
Last angels <猫騙し編> 〜2-16・ノクターン K〜
どうして自分はこんなに冷静なんだろう。 まるで他人事のように、クジャは自らを観察していた。それほどまでに目の前 の光景は非現実じみていたから。 そうか。人間はパニックを通り越すと、こんな風に“冷える”んだ。 現実を受け入れられない。受け入れたくない。そんな時脳が心を守る為に、人 を一瞬の乖離状態に導く。どこか別の場所へ遠ざけてしまう。 要は現実逃避じゃないか。そんな事、本来なら許せなかった筈だ。プライドの 高いクジャならばなおのこと。 そこまで頭が回らなかったのは−−自らの感情に、整理がついていなかったか ら。
「ジタン…そんな所に寝て、何してるわけ…?」
皇帝の言いなりになるようで癪だったが。自分の宿敵を誰かに奪われるのは遠 慮願いたい。ゆえにジタンのいるであろうガレキの塔に赴いたクジャ。しかし、 そこで見たものは。
血の海に沈み、ピクリとも動かない、ジタンとバッツの姿。
鋭い刃物か何かで切り裂かれたのか。ジタンは全身に深い傷を刻まれていた。 さらに彼の右腕も、自慢の尻尾も切り落とされて近くに転がっている。仰向けた その眼は堅く閉じたまま。 バッツもバッツで酷い有様で、左足の膝から下がなくなっている。上半身には いくつもの刃物でメッタ刺しにされたような傷。こちらも既に息がない。 この二人は親友同士だった。そして同じ任務に駆り出されていた、と皇帝から 聞いている。 となれば一緒にやられた、と。そう考えるのが自然だ。しかしだったら何故、 二人の死に方に微妙に違いがあるのだろう。 頭の隅でどこか冷淡に考えながら−−正気を失っていく自分に気付く。気付き ながらもどうしようもない。止める気にもならない。 何もかもがもう、どうだっていい。
「…言った筈なんだけどな。君を殺すのは僕だって」
憎かった。自分に無いものを、たくさん持っている彼のことが。いつも幸せで、 笑っている弟が。憎くて、大嫌いで。ずっと消し去りたくて。 −−憎い?本当に?
『二人を繋ぐのは、嫉妬か』
「そっか…あぁ、そういう意味だったんだ」
以前ゴルベーザに言われた言葉の意味。今、やっと分かった気がする。
「嫌いなのに、死んで欲しかったのに。何で涙が出るんだろうって思ったら」
どうして“憎い”と思ったんだろう。その感情の出所がずっと分からなくて、 でも分かるのが怖くて。 違ったのだ。自分は弟が、ジタンが羨ましかった。当たり前のように光に認め られ、陽の当たる場所を歩ける彼が。人として愛され、愛する事のできる彼が。 だからゴルベーザに見抜かれたのだろう。彼も光に焦がれた一人で、同じよう に敵方に弟がいるから。多分同じように弟を妬んだ事があって−−しかしそれを、 乗り越えて立っていたから。
「僕は…君になりたかったんだ」
否、それが叶わなくても。 彼と当たり前のように、兄弟として生きれたら。当たり前に愛して、愛された なら。 多分それ以上に、欲しいものなんて無かった。 でも不器用で、歪みきっていた自分は、そんな自分の心すら分からなくて。た だ何処から来るかも分からない憎悪に身を任せて、嫉妬の感情を覆い隠しそうと した。そして、傷つけた。否定しようと必死になった。 それでどうして、関係が修復できただろう。どうして愛する事ができただろう。 自分は、結局。
「認めないよ…こんな幕引き」
血で服が汚れたが、構わなかった。動かないジタンの体はまだ温かくて、また 涙が出た。
「君には、帰るべき場所があるんでしょう…?」
何でこんなところで、死んでるの。 その一言は口に出来なかった。その時点で認めてしまうと分かっていた。弟が もう、生き返らないという事実を。
「おやおや〜?誰かと思えば」
聞き覚えなんて嫌というほどある。けれどその実、その声を不愉快だと思った 事は一度もなかった。それに気付いたのはたった今だけど。自分が彼に対してそ んな風に思っていた事に、驚いたけど。 「ケフカ…」 「いっやぁ〜僕ちんも今用事を片付けて、たった今出発しようとしてたんですけ どね。まさかあなたが来るなんて〜」 そうか。やっと、分かった。自分がこの、子供に戻ってしまったような壊れた 道化を、嫌いになれなかった理由。 重ねていたのだ。それはそれは身勝手な感情で。ジタンとは似ても似つかぬ彼 を−−弟の代わりにしていた。 幸せな未来を夢に見て。求めようともしなかったのに。
「一回だけ、訊くよ」
多分、自分はもう狂ってる。自分でそれが分かるくらいには。
「ジタンを殺したのは、キミかい?」
道化は笑う。 笑うばかり。
「YESと、受け取るよ」
クジャはエアダッシュで一気に距離を詰め、そこからホーリースターを放とう とする。だがケフカは破壊の翼を出して、威力を相殺した。 憎い。今度は自分の感情で、思う。 ジタンを殺したケフカが憎い。勝手に早死にしたジタンが憎い。自分達を閉じ 込めた、茨の鳥籠のようなこの世界が憎い。そして。 何一つ守れない、自分自身が−−憎い。
「あーそびましょっ♪」
スキップするような動作で駆けていく道化。その先には、スコールが脱出した 際の(勿論クジャはそんな事知らないが)穴。
「待てっ!」
ケフカを追って、クジャも塔を飛び出す。 その場にいた−−もう一人の存在に気付かぬまま。
ケフカとクジャ。二人の気配がなくなったのを見届け、セフィロスは物陰から 姿を現した。 自分の姿が見つかっては厄介だったのだ。今はクジャの相手をしている暇など 無い。まさかクラウドより先彼が現れるとは。けしかけたのは皇帝かアルティミ シアだろうが。 あの様子なら、クジャはうまく暴走してくれそうだ。既に正気は失っている− −怒りに任せての暴走とは、少し違うけれど。まるで、いつかのクラウドのよう な壊れ方だった。 格下扱いされがちだが、潜在的な魔力だけ見ればクジャは自分と肩を並べる。 下手をすればカオスやコスモスに次ぐ。今までその力を持て余し、無意識にリミ ッターをかけていたようだが。 狂気に墜ちた人間は加減を知らない。全力で、ケフカを殺しにかかるだろう。
「…迷ってなんかないさ」
頭の中で響いた二人の声。幼い少年と穏やかな女性の声に、俯いたまま答える。 フリオニールの言葉。 バッツの言葉。 最後までその眼は死んでいなかった。諦める事なく、立ち向かって、抗って。 自分に本音でぶつかってきた。 まるで彼のように−−ザックスのように。 それに対して自分は?ただ逃げ出しただけではないのか−−彼らの言葉から。
『それで一体、誰が幸せになれるって言うんだ!!』
『それで一体、誰が幸せになれるってんだよ…ッ!!』
「幸せ、なんて…」
傲慢な考え方と分かっている。それでも自分は、クラウドさえ最終的に幸せに なってくれればそれでいいと思う。たとえその過程でどれだけ彼を苦しめようと も。 生まれて来た事。それそのものが自分の罪だった。自分の存在は誰もを不幸に すると気付かされてしまった、あの絶望。 他に希望なんて、ないから。
「待っていた。クラウド…」
足音。呆然と立ち竦む兵士の気配に振り向く。 さあ、今一度仮面を被れ。 最後まで演じきる。闇に墜ちた、偽りの英雄を。
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死神が奏でるは、絶望の夜想曲。