クラウドは冷静で、頼りになるよ、と。 以前セシルに言われた時−−否定の言葉を飲み込んだ自分。 冷静なんじゃない、そう見せて、理想の自分を演じてるだけ。本当はただの 臆病者なんだ、と。言う事が出来れば、どれだけ良かっただろう。出来なかった のは、そうやって築いてきた自分の評価が崩れるのが怖かったから?いや、それ だけではない。 本音を見せれば、露呈てしまう気がしたのだ。クラウド=ストライフという人 間が、どれほど壊れた人物なのかを。 何かの比喩表現では、ない。クラウドには自覚があった。自分は多分重度の精 神疾患を患っている、と。 躁鬱と呼ぶべきなのか?それはよくわからない。だが本来この手の患者が症状を 自覚しているのは稀である。クラウドとて最初は否定し続けた。自分は“正常”な 人間だ−−と。 おかしい、と認めざるおえなかったは、相応の出来事があったから。 とても怖い夢を見た気がする、と思って飛び起きてみると、部屋の中が凄まじ い有り様になっていたり。それだけならまだいい、目覚めたら嵐のようになった 部屋の中、傷だらけの仲間達に必死で押さえつけられていた事もある。 あとは、突然理由も分からないのに気分が沈む。それも半端なく、自殺衝動す ら抱くほどに。 一人である時はまだ、アルコールでごまかしがきいた。酔いつぶれてしまえば 嫌な気分も、思い出してしまいそうな悲しい記憶も消しされた。 しかし仲間達といる時にも稀にそんな“発作”が襲ってくるのだ。死にたいと、 訳も分からず考えてしまう自分。必死になるうち頭が真っ白になり−−気がつく と、仲間の腕を捻りあげていた事があって。 多分、真っ青になったクラウドを心配して声をかけてくれたのだろう。それな のに、見事クラウドからは前後の記憶が消失しているのだから、笑えない。 かつて自分の身に何が起きたのか。分からないが、理解せざるおえなかった。 自分は思い出すのを恐れている、と。思い出してしまえば、きっと壊れてしまう と知っている。今ここにある幸せも、仲間達の笑顔も、自分の心さえも−−守れ なくなるだろう、と。 そうだ。今が幸せすぎたから、怖かったのだ。この天国のような場所から、一 気に叩き落とされる瞬間が。 失いたくないがゆえに、臆病になる。そして臆病になってでも守りたかったもの がある。 それなのに。
「あ…」
ガレキの塔。その錆びた床いっぱいに広がる、紅い紅い海。そこに倒れたまま ピクリとも動かない−−旅人と、盗賊。 酷い、酷い死に様だった。彼らの顔が苦痛に歪んでいるわけではなく、原型を 留めないほど四肢をバラバラにされていたわけではないが。 それが逆に、クラウドにとっては残酷だった。いっそそれが彼らの遺体だと分 からなければ良かったのに。 腕と尾を千切られ、体中をズタズタに切り刻まれたジタン。脚を切り離され、 上半身を滅多刺しにされて死んでいるバッツ。 ああ、もう。生きて、ない。もう動かない。 もう彼らは、笑ってくれない。
「あ…あぁぁぁぁぁっ!!」
自分の声かと思うほどの絶叫。惨い殺され方をした仲間の姿が、疲弊したクラ ウドの精神にトドメを刺した。髪をかきむしり、ただ叫ぶ。喉の痛みももはや感 じる事ができない。 夢だ。夢だ。こんな、こと。
「人形のお前では、所詮何も守れはしない」
静かなテナーバス−−クラウドはようやく、目の前の宿敵の存在を思い出した。 セフィロスは笑っている。どうして?バッツとジタンが、こんな有り様で死ん でいるのに。 いや。 死んでいるから?
「お前が…」
喉がひきつる。セフィロスの手に握られた正宗に、べったりと血がこびりつい ているのが目に入り。 答えを得るには、それで充分だった。
「お前がぁぁぁっ!!」
鬼の形相で、クラウドはセフィロスに切りかかっていた。 その瞬間、兵士の中で最期の破片が砕け散った。残ったのは無。何もない、深 い闇だけ。 クラウドがそれに気付く事は、永遠に無い。気付いた英雄は一瞬だけ苦悩に満 ちた表情を浮かべ−−すぐ再び、微笑みの仮面を被っていた。
Last angels <猫騙し編> 〜2-17・メタル C〜
セシルの身に、一体何が起きたのか。オニオンが答えを弾き出すより先に、血 塗られた聖騎士が動いていた。 エアダッシュ。はっとした時、少年の目の前には、セシルの少女のように綺麗 な顔があって。
「天に舞え…っ!」
空中から、叩きつけるように剣を振るう。パラディンアーツ。オニオンはとっ さにガードして防ぐ。弾き飛ばされる互いの体。ガードしたのはこちらなのに− −腕が痺れてカウンターもままならない。 渾身の一撃。ゆえに、気付く。セシルは−−本気だと。
「くっ…当たれっ!」
とりあえず動きを止めなくては、話もできそうにない。とっさに放ったサンダ ーはあっさりかわされてしまう。素早さではこちらが圧倒している筈なのに−−!! 「導きよ!」 「ぐぁっ」 セシルの剣が閃いた。スラッシュだ。今度はガードが間に合わず、しかし体を 後ろに倒す事で致命的なダメージは回避する。それでも右肩と左上腕が切り裂か れ、血が吹き出す。 再び刃を引くセシル。まずい。第二撃が来る−−ッ!
「離れてっ!」
窮地を救ったのはティナだった。彼女の放ったブリザラが、セシルをガードご とふっ飛ばす。
「やめて、セシル!私達はあなたのお兄さんを殺してなんかいないわ!!」
どうやらセシルは、自分達がゴルベーザを殺したと思い込んで暴走しているら しい。彼女もそこまでは悟ったのだろう。どうにか止めようと、必死で叫んでい る。 しかし。 ゆらり、と立ち上がった彼は、普段の温厚な彼からは想像もつかぬほど−−憎 悪に歪んだ顔で、少女を睨みつける。その威圧感は、ティナはおろかオニオンや 暗闇の雲すらたじろがせるほどで。
「嘘だっ!!」
鬼気迫る表情に、声に。反射的に少年は一歩、騎士から遠ざかっていた。
「君達でしょう…さっきの魔法。あの大爆発は」
再び声色が静かなものになる。先程からのギャップが、逆に恐怖を抱かせた。 激情を無理矢理押し殺した声。闇より深い、憎悪を煮えたぎらせた、声。 これは一体、誰だ。 こんな彼は知らない。自分の知るセシルは優柔不断で、物静かで、でもとても 温厚な優しい大人で−−。
「兄さんはあの爆発から、僕を庇って死んだ」
知らない。 知らない。 こんな、世界の全てを憎むようなセシル=ハーヴィなんて−−。
「人殺し!!」
絶叫。その言葉がオニオンの心を抉る。 素早く暗黒騎士にジョブチェンジした彼は、荒々しく剣を地面に突き立てた。 ダークフレイム。闇の焔がティナ目掛けて走っていく。
「ティナっ!」
ジャンプした途端、暗闇の雲との戦闘で負った左足首の火傷が痛んだ。しかし 構ってはいられない。とっさに彼女の元へ走り寄り、二人で転がるようにして攻 撃を回避する。 「がっ…」 「オニオン!」 完全に避けきることはかなわなかった。傷を負った左足を、闇の焔が掠める。 激痛に、歯を食いしばって耐えた。今気を失うわけにはいかない。こんな所で、 倒れるわけには。
「教えてよ。…聞こえなかったかな、君達の誰?あの魔法で、兄さんを殺したの は」
それとも君達三人とも犯人かな。 淡々と言葉を続けるセシル。 違う、ティナは関係ない−−オニオンはそう告げようとしたが、痛みのせいで うまく声が出なかった。その間にティナの方が叫ぶ。 「違う!確かにあの魔法は私達の戦いによるものだけど…それにゴルベーザさん が巻き込まれてしまったのは事故よ!殺そうとしてなんて…」 「事故なら死んでも仕方ないって?だから自分達は悪くないって?」 「そんな事言ってない!!」 「同じだろ」 騎士の冷えた眼差し。それが、暗黒の仮面ごしで尚分かる。 向けられる悲しみと怒りと−−絶望の深さも。
「失望したよ。仲間だと、思ってたのに…兄さんだって、敵陣営にいながら、ず っと僕達を助けてくれてたのに」
震える声。涙で滲んだ、悲しみ。喪失感が全ての事実を曇らせてしまう。 彼の愛する−−兄の意志すらも。
「君達は兄さんの命を、その程度に思ってたわけだ」
違う。違うよセシル。 段々と力をなくしていくティナの訴え。感受性の高い彼女は、あまりに強いセ シルの感情に圧されてしまっているのだろう。
「この世界に召喚されて、やっと兄さんと分かり合えたと思ったのに…。今度こ そ一緒の道を歩めるって、そう思ってたのに…!」
暗闇の雲がややぎょっとした表情を浮かべた。驚きの意味は違えど、多分自分 も同じような顔をしているのだろう。 召喚前の世界。自分自身のルーツ。コスモス陣営の者は誰も覚えていない筈だ った−−否、誰もがそう思い込んでいたが。 その口振り。まさかセシルだけは覚えていた?彼と兄が元々存在していた、世 界の記憶を。
「兄さんのいない世界なんて、意味がない」
再び、パラディンの姿になるセシル。その瞳がギラリと暗い光を放った。
「僕に赦しを請うなら、兄さんを…返せっ!!」
剣を手に、突進してくるセシル。それを阻んだのは、意外にも暗闇の雲だった。
「勝手に話を進めるでないわ…!」
放たれる波動球を、剣でさばくセシル。その動作が、オニオンとティナに彼か ら距離をとるだけの猶予を与えた。
「その小僧はわしの獲物。人の真剣勝負に横から水をさす無礼、貴様それでも 騎士か…!」
そこにあった感情は、憤り。オニオンは目を見開く。彼女が自分に対して持っ ている感情の八割は単純な興味だと思っていた。そのも間違ってはいないだろう し、楽しみを邪魔されれば機嫌を損ねるのも当然の事。 それなのに、何故だろう。その怒り方はまるで。
「暗闇の雲…そういえばあなたはカオスサイドだったね」
そういえば居たんだ、と言わんばかりのセシルの態度。暗闇の雲の表情がさら に険しくなる。
「兄さんはずっと光の道を歩みたがってた。それなのにお前達が、無理やり兄さ んを闇の側に引きずりこんだ」
もはやセシルの論理は一本の筋も通っていない。完全に正気を失いつつある騎 士に、オニオンは背筋が冷たくなるのを感じた。 光と闇の境界線。それは実に曖昧なものだ。先程暗闇の雲とも話したが。 その線引きは、カオスに召喚されたかコスモスに召喚されたか。ただそれだけ で決まる。罪があるとすればそれは神達にであり−−暗闇の雲はまったく関係な い。
「兄さんを返せないなら…償って!」
ライトニングアッパー。光の連続攻撃が暗闇の雲を襲う。舌打ちして距離をと る妖魔。
「くそっ…」
どうすればいい。どうしたらいい。悩むオニオンは知らなかった。既に世界が、 滅びへの道を選んでいたことに。 そのセシルの姿は、いつかの世界の己を同じであることに。
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望まぬ惨劇は、聖者すらも黒へと染める。