どれだけ悲劇を繰り返しても、空は変わらず青いまま。
 雨が降ってくれた方が良かったのかもしれない。そうしたらこの想いも、隠し
きれたのだろうか。
 抜けるように青い、歪んだ青空はただ。ただ虚しさを誘うばかりで。
 
「ちくしょ手加減できたかったし」
 
 はぁ、と溜め息をつくジェクト。EXモードを解いて辺りを見渡してみれば、
何やら周囲が凄い有り様になってしまっていた。
 岩石と隕石に埋もれ、そうでない地面は穴だらけ。エクスデスだけでなく、
たまたま襲ってきたイミテーションの数々も派手に巻き込んだらしい。
辺り一面に、その断片と思しき破片が大量に散らばっている。
 
「だから嫌なんだよアレ使うの」
 
 力の加減が出来ず、暴れまくってしまう。おまけに記憶の大半が飛ぶ。確かに
威力はとんでもないが、口を割らせたかった相手を容赦なく叩きのめしてしまう
のはいただけない。
 それに、戦いを楽しみたいジェクトからすれば、勝っても達成感ゼロなのはか
なりつまらない。
 そうなる理由。前の世界の記憶を失っていた自分には、どうしても分からなか
ったけれど。
 戦いの中で思い出してきた。自分の力、究極召喚の意味、そして自分と息子の
正体を。
 残酷な話だ。どうして皇帝はティーダを選んだのか。彼は何も知らなかったの
だろうが、それでも。
 時の鎖をほどけば、自分達はおそらく−−。
 
「おい、ティーダ!終わったから出てきていいぞ」
 
 と、今はそんな事よりも。
 さっきのEXバースト。息子が巻き込まれていたのでは洒落にもならない。
呼びながら、ティーダがいた筈の壁の後ろを覗き込む。しかし。
 
「いねぇ!?何処行きやがったあいつ!?
 
 うっかりそのへんの瓦礫に埋まってる−−という事は無い筈だ、多分。では
一体何処へ?
 自分の意志で離れたならまだいいが、もし何者かに連れ去られていたとすれば
−−。
 
「ジェクト
 
 突然背後からかけられた声に、ばっと振り向く。反射的に剣に手を添えながら。
 そして、ティーダがいない事に気付いた時以上に、驚愕する事になる。
 
 血まみれの、美しい死神がそこにいた。
 
「クジャお前、どうして」
 
 ジタンを追っかけていった筈では無かったのか、とか。何故此処にいるんだ、
とか。その血は一体何だ、とか。
 聞きたかった事の全ては−−その表情を見て吹っ飛んだ。
 彼は、泣いていた。
「ジェクト助けて。助けてよ
「何だよ一体、どうしたっていうんだ
「みんな死んじゃうんだ。みんないなくなる。ジタンもいない、ケフカもいない、
僕ももう
 何が起きたの。何でこんな事になったの。
 譫言のように繰り返しながら−−ジェクトにすがりついて、クジャは涙を流し
た。細い肩が震えている。ジェクトにできたのはただ、その肩に手を添えてやる
事だけで。
 パニックになりそうだ。ジタンも、ケフカも死んだ?一体どうして。それに。
 突然、クジャがうずくまり、激しく咳き込んだ。
 
「お、おい!」
 
 まき散らされる赤。彼の服を汚していた血が誰のものかを悟る。そして、青ざ
める。
 その症状は−−死の直前のライトと同じ−
 
「死にたくない。でも、生きてたくない
 
 こんな地獄、耐えられない。嗚咽するその声が胸を抉る。
「何の為に戦ってるのか、何の為に生きてるのかもう分かんない。分かんない
クジャ」
 泣きたくなった。ジェクトはそんな自分を誤魔化すように空を見る。いっそ
雨なら良かった。全てを洗い流してくれれば、どんなにか。
 
「何の為の戦いか?教えて差し上げてもよろしくてよ」
 
 唐突に響いたのは、童女のような声。振り向くとそこにいたのは−−長い耳に
大きな目、黒い鼻を持つ、幼子のような少女。しかしその纏う空気はけして無知
な子供などではなく。
 
「あなた方は駒にすぎませんわ。被験体No.19クジャ、No.20ジェクト」
 
 まずい。冷たい汗がジェクトの背中を伝う。この相手、ヤバすぎる。EXバー
ストなしで勝つのは難しい。しかしこちらは先程までの戦闘で満身創痍な上、究極
召喚は先程使ってしまったばかり。さらに、今は手負いのクジャもいるのだ。
 
「この戦いの全ては神竜様の実験。そろそろ今回の舞台も幕引きさぁ、退場して
下さいまし」
 
 駄目だ。
 この勝負−−負ける。
 
 
 
 
 
Last angels <猫騙し編>
2-21・アンサンブル 
 
 
 
 
 
 夢の中で、誰かが歌っていた。とても懐かしい声。でもとても、悲しい声で。
 焦げ茶の髪の少女が泣いている。どうして泣くの。何が君を悲しませるの。
笑っていて欲しくて−−その肩を抱き寄せるけれど。
 ふと気付く。自分も泣いている事に。これでは励ましにならないではないか。
彼女が泣くなら、せめて自分は笑ってなければ。そうだ、笑顔の練習、したんだ。
 
『うん。頑張るから、ね』
 
 違う。頑張って欲しいわけじゃない。ただ幸せになって欲しかっただけなんだ。
 たとえ、自分がいない世界でも。
 
 
 
 ああ。本当は。君と生きていきたかったな。
 
 
 
「ん
 
 瞼が重い。微睡む夢の奥底から、意識がゆっくりと引っ張り上げられる。背中
が痛い。ゴツゴツとした岩の感触−−ベッドの上で無い事は明らかだ。
 
「って、何処で昼寝したの俺っ!?
 
 気付き、ティーダは慌てて体を起こした。そしてその先に立つ人物と目が合い、
驚きすぎてまたひっくり返りそうになる。
 
「目覚めて第一声がそれか。気楽なものだな」
 
 あからさまに呆れた声で言う皇帝。何で彼がいるのだろう。昼寝でないなら何故
自分は此処に−−というか此処どこ?
 どうやら星の体内エリアのどこからしい。浮かぶ隕石のような足場。周りを巡る
ライフストリーム(どうやら幻光虫と同じものらしい)。
 そもそも自分は眠る前まで何をしていたのだっけ?
 軽くパニックになるティーダに、皇帝は溜め息をつく。何だか憐れむような
眼差しを向けられて、ややムッとする。
「さっさと思い出せ。まさか何も覚えてないとか言うんじゃないだろうな?」
「何をッスか」
 トン、と軽く杖で足場を叩き。暴君は告げる。
 
「見たのだろう?真実を」
 
 一瞬。
 世界が凍りついたような錯覚を受けた。事実、今の自分はそんな顔をしたのだ
ろう。カチカチと奥歯が鳴る。全身が震える。冷たい汗が吹き出す。
 そうだ。思い出した。思い出してしまった。
 
「あんた知ってたんスか。あの人が
 
 怖い。名前を、口に出したくない。そうすれば現実だと−−認めてしまう気が
して。
 でも。
 
「あの人があんな風に、死ぬって。知ってて俺達に、教えたのかよ」
 
 駄目だった。名前を伏せても−−胸を抉るような痛みは、どうしようもなかった。
自分の言葉で思い知ってしまった。
 自分とジェクトの目の前で彼は−−ライトは。
 
「全てを知らない、と言っただろう。私が知っていたのは、どの世界でも必ず勇者
が死ぬ運命にあるという事実だけ。骸も見た事が無かった。だからお前に立ち会っ
て貰ったまで」
 
 嘘だ、とティーダは思った。それは直感でしかないけれど。
 この男はライトの末路が惨いものであると、その死が現時点では防ぎようの無い
ものであると知りながら−−自分とフリオニールに情報を与えたのだ。全ては
自分達に、その先の選択を強要する為。
 
「ズルいよ、あんた」
 
 いや、分かってはいるのだ。自分はそれを知らなければならなかった。それ以外
に手段は無かった。分かってはいても、心は悲鳴を上げ続ける。
 
「もう引き返せないじゃんか
 
 知ってしまったら、知らなかった頃には戻れない。何も選ばず、何も知らず、
ただ仮初めの平穏に溺れていた日々には−−帰れない。
 選ぶしか、ないではないか。知れば自分は逃げられなくなると知ってて、この
男は。
 
馬鹿者。この私が何も知らないと思ったか」
 
 暴君は俯き、目を閉じる。
 
「私とアルティミシアはもう百年は前から、その逃げ道の無い地獄の中にいる」
 
 彼らしからぬ、消え入りそうな声だった。ティーダはハッとして顔を上げる。
 そうだ。あの情報を自分達に与えたという事は、皇帝はずっと前からこの閉じた
世界を理解していた事になる。終わり無く続く、地獄にも等しい輪廻の世界を。
おそらく、アルティミシアもまた。
 
「俺忘れちゃうんだろ?この世界で死んで次の世界になったら全部。どうす
ればいいんだよ。記憶、なくしちゃったら無意味だろ」
 
 そうだ。この世界でようやく、自分は真実の一端を知れた。しかしまた世界の
巻き戻しが始まったら、記憶は消されてしまう。コスモスはそれが自分達の心を
守る手段だと思っている。しかし、それでは。
 
「それは
 
 皇帝が口を開きかけたその時だった。
 
 
 
「捜したぞ。輪廻に刃向かいし愚か者ども」
 
 
 
 ぐおん、と空間の歪む音がした。闇の道が開く。緑色の世界に穴が空き−−二
つの人影が現れる。
 
「既に、二十人の戦士のうち十四人が死亡。蛹も全て羽化し、条件は整った。直に
また粛正が始まる世界でこれ以上どう足掻くつもりか」
 
 一人はガーランド。大柄な体に重たい鎧を身に纏い、大剣を携え。貫禄すらある
声で笑い声を上げる。
 蛹?まさかライトの事だろうか。しかし全て羽化とはどういう意味か。ま
るであんな死に方をしたのがライトだけではないかのようではないか。それ
に、十四人が死んだ?どういう意味だ。誰が。どうして。そんな馬鹿な。
 
「神竜様のご意志のままに。お前達二人を、断罪する」
 
 錯乱一歩手前のティーダを、もう一人の男が冷たく見下ろす。見慣れない男だ
った。ガーランドと同じように鎧で身を固めているが、彼よりずっと細身である。
感情の無い、切れ尾の瞳がじっとこちらを見つめている。短い茶髪。整った顔立ち
は、若く見えるが年齢不詳だ。
 誰なのだろう、彼は。感じ取れるのは闇とも光ともつかない、曖昧な気配。そ
して、底の知れぬ威圧感だけ。
 
「まさか自らの従者まで使ってくるとは神竜も相当焦りを感じていると見える」
 
 二人の強者を前にして、しかし皇帝は全く揺らがなかった。笑みすら浮かべて
いる。
 
「この百年どれほどの死と、屍と、絶望を越えて来たと思っている。世界で唯一
の皇帝となる男この私が、今更死を恐れるとでも?」
 
 そして、思いもよらぬ行動に出た。呆然と佇むティーダ−−その体を、思い切り
突き飛ばしたのである。
 
「え
 
 正確には。
 突き落としたのだ。星の体内の足場から−−その下の、ライフストリームの中
へ。
 
「うわあああっ!!
 
 完全に不意を突かれた形となった。真っ逆様に転落していくティーダ。
 
「選ぶがいい、夢想よ。この閉じた世界でなお、希望を求めるというのなら」
 
 ティーダが最後に見たのは。ガーランドと謎の武人、二つの刃に貫かれ、血飛沫
を上げる皇帝の姿だった。
 
 
 
 
NEXT
 

 

逃れえぬ選択肢に、夢想は今墜落する。