全てが必然であるのなら。きっと全ての舞台に、理由があるのだろう。 それがどれほど歪んだ喜劇でも。
「何だ…これ、は」
その有り様に、スコールはただ呆然と立ち尽くした。 ジタンとバッツに追いかけまわされた庭。クラウドやティナの作ってくれた弁当 を広げた屋上。ライトやセシルと読書に耽っていた居間。オニオンやティーダに 特訓に付き合ってとせがまれたホール。フリオニールの夢を聞いた、廊下の窓際。 全部、全部、全部。見る影もない、瓦礫の山となり果てていて。
「嘘だ…」
歩く。歩く。そのたびにガラスを踏むようなジャリジャリとした音が鳴った。 それらは全て、破壊されたイミテーションだと気付く。これだけの数の模造品達 が、ホームに攻めいって来たというのか。 庭先では、クジャとジェクトが血の海に沈んでいた。全身を魔法の風で切り刻 まれて。またすぐ側では、胸と腹を大きく切り裂かれたライトの遺体と。魔力の 炎に焼かれたと思しきエクスデスの骸が転がっている。 ホールでは、ティナがジェクトと似たような傷を負って事切れていた。彼女の 場合は首が千切れかけていたが。 崩壊した通路では、瓦礫に押しつぶされるようにして埋まっているゴルベーザ。 その隣の訓練場では、聖騎士姿で、血まみれになって死んでセシル。暗闇の雲に 抱きしめられるようにして冷たくなっているオニオンナイト。
「何でだ…」
ここで一体何が起きた?ただカオス陣営が攻め行っただけにしては、おかしな 点が多すぎる。どうしてコスモスの者もカオスの者も、無残な骸となって転がっ ているのだ。 どうして。どうして。出会うのは皆、死体ばかりなのか。
「みんな、死んでる…!?誰も生き、て…」
吐き気に襲われ、口元を押さえた。分からない。分からない分からない分から ない。生きている人間は誰もいないのか。もしや、もう、この世界には−−。
「スコール…!?」
発狂しそうなほどの絶望の中。その声は天の救いのように響いた。二階からよろ けつつも降りてくる人影。フリオニールだった。満身創痍だが、生きている。 生きた人間が、いた。不覚にも涙が出そうになる。
「フリオ、ニール…」
安堵した途端、足の力が抜けてしまう。座り込んだ床は破片まみれで痛かった が、そんな事を考える余裕などなく。
「良か、った…。もう誰も、生きてないのかと…」
本気で情けない。完全に声が泣いている。どんなに強がっても、まだまだ子供な 自分を思い知らされる。 「一体何があったんだ…。俺がいない間に、まさかこんな悲惨な状態になってる なんて…」 「こっちが聞きたい。フリオニール…話してくれないか。俺も、聞いて欲しい話が ある」 フリオニール曰く、ここにイミテーションの軍を率いて攻めて来た首謀者はセ フィロスらしい。フリオニールは彼を倒すべく追いかけたが、返り討ちにされて しまったそうだ。何故トドメは刺されなかったのかが謎だが。 また、スコールも自分の状況を話した。バッツ、ジタンと三人で向かったガレキ の塔。そこで大量のイミテーションに遭遇し、スコール一人が援軍を求めてここ まで走って来た事。途中でアルティミシアの妨害を受けたが、どうにか切り抜けた 事。
「ジタンとバッツの所へ、戻ろう」
迷う事なくフリオニールは言う。今なら彼らだけでも助けられるかもしれない、 と。
「しかし、そんなボロボロの体では…」
反対に躊躇するスコール。自分も万全の体調ではないが、フリオニールはさらに ギリギリだ。セフィロスにやられたのだろう、全身刀傷だらけで血まみれだ。 「足手まといかもしれない。分かってる。でも…傷ついてる仲間を見捨てられ ない!だからスコールも此処まで走って来たんだろう!?」 「フリオニール…」 「それに…これ以上。これ以上はもう、失いたくない…!!」 それは、二人に共通する願いだった。未だに心は現実を受け入れられていない。 まだどこかで悪い夢を見ているような気がしている。 それでも。前に進まなければならない。守りたいモノが、交わした約束がある のなら。立ち止まる暇など、無い筈である。
「そうだな。わかっ…」
ザクッ。
言葉が、最後まで紡がれる事は無かった。息が、出来ない。胸が焼けるように 熱い。スコールは恐る恐る、自分の体を見下ろした。そして−−胸元から、巨大 な刃が突き出している事に気付く。
「がっ…」
剣が抜かれる。真っ赤な液体が口と胸と背から吐き出された。フリオニールが 何がを叫んでいる。驚きと、絶望に満ちた表情で。 体が倒れ、床に叩きつけられる。もはやスコールにはその衝撃を感じる事もか なわなかった。瞼が重い。目が開けていられない。
「ジタンも、バッツも、セフィロスも死んじゃった」
暗闇の中、最期に聞いたのは。聞き慣れた、しかし虚ろな口調の兵士の声。
「アンタ達も、俺の敵なんだろ?」
Last angels <猫騙し編> 〜2-22・ラプソディ X〜
思い出せない。自分は何がしたかったのだっけ。 クラウドは緩慢な動作で首を振りながら、バスターソードを担ぎ直す。
「そうだ。うん。仇を討とうと思って」
ジタンも、バッツも、フリオニールもやられたから。自分は仇を取らなければ と思ったのだ。でもあの英雄も死んでしまったから、じゃあその仲間を倒そう、と。 −−ジタンと、バッツと、フリオニール?あの英雄? 誰だっけ、それは。困った、さっきからいろいろな事が思い出せない。
「−−ッ!」
目の前で叫んでいる人がいる。何を言ってるのだろう。煩い。こっちは忙しい のに。 二人一緒にいるのが厄介だと思ったから、とりあえず不意打ちで一人を減らし た。叫んでるヤツは手負いだから簡単に殺せる。大丈夫、自分はソルジャーなの だから、一般兵なんて怖くない。
「とりあえず、敵は殺さなきゃ」
刃を軽く振るっただけで、相手は吹っ飛んだ。脆い。だからハイデッガーに使 い捨てられるのだ、一般兵は。だからといってお粗末なあの男のやり方に賛同な んて出来なかったけど。 早く任務を終えて本社に戻らないと。あの人も呆れるし、あいつにだって心配 をかける。
「邪魔しないでよ。大人しくしてれば早く終わるって言ってるのに」
血まみれな青年。やっぱり彼は敵だ。そんなにも仲間の血を浴びて。一体何人 殺したのだろう。 仲間。ああ、誰だったっけ。 そもそもあの人とか、あいつ、とか――ううん、ボケるにはまだ早いと思う自分。 まだ十代でそれはないでしょう。まああの人は二十四でもあの天然ぶりだったけど さ。あはは。 青年が叫ぶ。クラウドが大剣を振り下ろす。悲鳴が上がる。相手がまた転がる。 青年の声は、届かない。
何故、クラウドが自分を襲っているのだろう。何故、クラウドがスコールを刺 したのだろう。
「クラウド!やめてくれ!一体何があったって言うんだっ」
明らかに様子がおかしい。定まらない目線。落ち着きの無い動作。妙に多い独 り言。何より、普段の彼からすれば随分と幼い口調。 認めたくないが、認めるしかない。 クラウドが−−狂った。
「うるさいって言ってるんだけど」
バスターソードが一閃。どうにか剣でガードしたが、傷だらけの足では踏ん張り がきかない。弾かれ、受け身もとれずに転がる。 全身の傷に響き、フリオニールは呻く。どうにか体を起こした時には、クラウド が再び刃を振り上げていた。
「うぁっ!!」
急所を避けるべく体を捻るだけで精一杯。左肩が切り裂かれで血が吹き出して いた。あと数センチズレていたら、頸動脈をやられて即死だっただろう。 失敗しちゃった、と。クラウドは困ったように頭を掻いている。まるで遊びで 苦戦する子供のよう。こんな彼は知らない。何故、こんな事に。 いや。予兆なら、あったのだ。 クラウドはそれを必死に隠そうとしていた。けれど多分、秩序軍の全員が気付 いていただろう。彼にPTSDと思しき精神疾病がある事を。ケフカのように目立つ ものではなかったが、どこか壊れたところがある事を。 でも、この青年は必死で隠していたから。それで仲間と絆を失う事を恐れてい ると知っていたから。誰もが知らないフリをした。自分達にとってもクラウドは 大切な仲間だったから。 必死で、壊れそうな心を保ち続けていた兵士。その精神がついに、限界を越え てしまったのか。 何が起こったか?いや、それは既に彼の口から語られているではないか。
「バッツとジタンも…死んだのか。クラウドは、君はそれで…」
もう。生き残っているのは自分と彼だけと言うのか。フリオニールは、もう動 かないスコールを見る。彼は二人との約束を果たそうと此処まで走ってきたのに。 もう、待ち人は、いない。 重い重いバスターソード。振り回すにはやや不適な筈だ。しかしクラウドはそれ を手放さない。落ちている他の剣には目もくれず。 それが彼の、最期の真実だと、思った。
「思い出したよ…クラウド」
セフィロスが言っていた。かつての世界で、クラウドはフリオニールに想いを 託して死んだのだと。 今になって、やっと思い出せた。クラウドは、命懸けで自分を助けてくれた。 自分なら夢を繋げる。フリオニールを信じて、戦ってくれたではないか。 あの世界もまた。先も前も悲劇にまみれた世界だったかもしれない。けれど、 無くしたくない記憶が確かにあったのだ。守る覚悟を決めて、自分達を逃がして くれたティナとティーダ。絶望に沈んだ自分に、生きろと背中を押してくれた クラウド。
「頼む…お前も、思い出してくれ…」
刃が太股を切り裂いた。悲鳴を上げて義士は転がる。それでも、痛みに耐えて また立ち上がる。今度は腹を突かれた。血が飛び散り、クラウドの顔にもかかっ た。
「お前は、俺の夢を…信じて。想いを託してくれた」
逃げる場所など、何処にも無かったかもしれない。行けども行けども地獄ばか りで、その先に一筋の光も見えなかったかもしれない。 それでも、生きろと。共に夢を叶えようとクラウドは言ってくれた。いつかみ んなで見ようと約束した景色。野薔薇の咲く平和な世界を実現しよう、と。
「信じてくれ、クラウド。俺は君の、敵なんかじゃない」
手を伸ばす。どうかこの声が、想いが、届くようにと願って。
「クラウドがあの時言ってくれた言葉、今度は俺から返すよ」
兵士の濁った瞳が、少しだけ揺れた気がした。彼は絶望に墜ちて、身動きとれ ずにいるだけだ。怯えているなら教えればいい。迷っているなら伝えればいい。 自分は、彼の味方は、此処にいるのだと。 祈るような気持ちで、フリオニールは微笑む。
「夢を抱きしめろ。そして、どんな時でも、戦士の誇りは手放すな」
信じて。 思い出して。 君の誇りを。強さを。
「−−ッ!」
世界が赤に染まる。刃は、振り下ろされた。倒れながら、その命尽きる瞬間ま で、義士は仲間に手を差し伸べていたという。 青年は最期まで祈り続けた。 次に目覚める世界が、少しでも彼に優しい世界であるようにと。
〜第二章『猫騙し編』・完〜 →NEXT・第三章『詞遺し編』に続く。
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義士が最期に嘆いたのは、己の悲運ではなかった。
屍の中、独りぼっちの兵士を想って、涙を流した。
BGM 『Dream of The red rose』
by Hajime Sumeragi
どうにか第二章『猫騙し編』が完結であります。何でどんどん長くなるんですか(汗)
…今までである意味最悪のバッドエンドな気が。特にクラウドファンの皆様すみません!
ちなみにこの章タイトルである『猫騙し』。騙す猫と騙される猫、の意味があると前に書きましたが。
これは夢想と義士を利用した暴君のことであり、兵士に嘘をつき通した英雄のことでもあります。
クラはこの章で最期までセフィの策にハマったわけですから…ね。
そして彼が最期どうなったかはあえて描写しません。いずれにせよ結末は同じなので…。
次回は夢想・義士・獅子メインで第三章『詞遺し編』をお送りします。…今度は全三十二話ですよどうしよう。