命の海。優しい夢。儚い現。零れた詞。 あらゆる概念が飛び交い、思念が行き違うその場所で。 俺が見たのは、聞いたのは、“全て”という名の真実だった。 瞳を閉じる。 目裏に浮かぶのはたくさんの笑顔と、たくさんの涙。 たいせつな、ひと。 うしないたくない、ひと。 みんなみんな、大事だった。 本当は全てをこの手で抱きしめていたかった。 なんて傲慢。だから罰を受けたのかもしれない。 全てを手に入れる代わりに、俺はきっと全てを失うのだろう。
『考える余裕なんて、無かった』
まだ俺が、世界という名の現実を知らなかったあの日。 黒髪の美しい彼女は言った。
『逃げるか、戦うか。選ぶだけでみんな精一杯だったのよ』
あの言葉の意味が、今ようやく分かった気がする。 今の俺にできることも同じ。ただ選択することだけ。
「それでも、俺は…」
愛する人達。大切な仲間達。 ごめんなさい。 あなた達を救う為に、俺はあなた達を傷つける。 彼が彼を守ろうとしたように。 真逆の目的で、俺は俺の道を選ぶ。 許してくれなんて言わないから、どうか。 あなた達の幸せを、祈る資格だけ自分に下さい。 たとえその始まりが、悲しいものであったとしても。
Last angels <詞遺し編> 〜3-1・前途多難〜
その日、大半の面子が思った筈だ。さぁどうやって此処から避難するか。そして 難を逃れるか。ああ、たまたま偵察任務でいなかったライトとオニオンの二人が 羨ましすぎる。残った八人中、少なくとも五人か六人は思っていたことだろう。 ジタン=トライバルもその例に漏れない。しかし残念ながら自分とバッツに逃 げ道が残されていないことは明白である。 普段怒らない奴ほど、本気でブチキレた時は怖い。ほんと怖い。それぞれ意味は 違うが、戦闘中にケフカや皇帝に出くわして、地の果てまで追っかけられた方が まだマシかもしれないと思う。 自慢の逃げ足も、今回ばかりは役立ちそうにない。
「あああ…こんな事になるなら、真面目にやっときゃ良かった…片付け」
頭を抱えてうずくまる。隣でセシルに、ご愁傷様、と微笑まれた。 絶対面白がってる、このヒト。ジタンはますますオドロ線を背負う。 通路の向こうではバッツの悲鳴が断続的に上がっていた。時折物が壊れるような 音と、フリオニールのものと思しき怒声が響いてくる。
事の起こりは約十分ほど前。
冒険者であるバッツ。彼は世界各地を旅して集めた珍しい羽根の数々を、コロ シアムでの戦利品と一緒にコレクションしていた。同じフェニックスの羽やチョ コボの羽でも、色の種類は相当豊富らしい。 珍しいお宝が大好きなのは盗賊の性である。自分にも見せてくれ、とジタンが 頼み、バッツが了承したのがそもそもの発端。 自分もけして人の事は言えないが−−それでもバッツよりはまだマシだと思う。 彼の整理整頓能力は壊滅的だった。同じくジャングル組であるジタンすら、ドアを 開けた途端絶句させられたくらいである。 当然、そんな有り様で目的の品がすぐ見つかる筈もない。それどころかジタン は入室する事すらかなわなかった。 真面目に足の踏み場が無かったのである。部屋中に着替えと日用品、謎の羽根 飾りと装備品が散らばり、ベッドの上まで浸食している。これで今までどうやっ て生活してきたのだろう。 アレもない、コレもない、とバッツがそこら中を引っ掻き回している中。ジタ ンは大人しくドアの前で待機していた。時折シッポの毛づくろいをしながら。 で、だ。既に展開の読めた読者様もいるだろう。 出てしまったのである−−アレが。全国津々浦々の主婦達、その永遠にして最 大の敵。通称−−ブラックGが。 床を凄まじいスピードで黒いモノが駆け抜けた−−と思った次の瞬間。二人は 揃って絶叫していた。 「わーっわーっ飛ぶ飛ぶ飛ぶ飛ぶっ!!」 「顔面っ!顔面だけはマジ勘弁してっ」 「あああ足元にも来た足元にもっ」 「やめてやめてマジやめてーっ!」 「そっち行ったそっち!ジタン、エアマスターだよな!?空中戦得意だよなっ!?」 「ざっけんなよバッツ!てめえの不始末だろてめえが何とかしやがれ−−っ!!」 「何とかできないから困ってるんだろーっぎゃあっ」 「って部屋の中でフラッド使う馬鹿があるかぁぁッ!!」 こんな具合に。 パニクった二人は事態を悪化させた。主に元凶たるバッツの方が。 人類史上最悪の敵ブラックG、正式名称ゴキ●リ。一匹見かけたら五十匹はい ると思え、とは誰の言だったか。パッと見ただけでも五匹はいたから、実際の数 は−−考えるだけでおぞましい!! その騒ぎに、他の面子が気付かない筈もない。特に真っ先に到着したフリオニ ールは自分の顔面に飛んできた黒い物体を見て−−完璧にプッツンしたのである。 熱血漢な彼だが、見た目に反して意外と気長である。皇帝が絡んでくれば多少 事情は違うのだが、特に仲間に対して本気で怒る事は滅多にない。 逆に意外と導火線が短いのはスコールとセシル。セシルなど、笑顔で三割り増 しの毒舌を吐いてくれるからたまったもんじゃない。前にそれをくらったクラウ ドはショックで丸一日部屋に引きこもった。 フリオニールは基本怒らない。年長者として説教する事はあるが、クラウドや ライトに比べればかなり優しい。多少の事なら苦笑いで流してくれる。 ゆえに。本気でキレたら誰にも止められない。ことに家事マスターの彼は掃除 にうるさいのである。よもやコスモス陣営のベースでブラックGを発生させるな ど、とても許せる事では無かったのだろう。 ましてはバッツは以前にも土砂崩れを起こして、彼とライトに説教されている のだ。その反省が全く生かされてないとなれば、いくら彼でもキレたくなるだろう。 激怒したフリオニールは、バッツだけでなく全員の部屋の大掃除敢行を宣言。 勿論拒否権はない。修羅の形相になっている彼に、異を唱える勇気は誰にも無か った。セシルはむしろ面白そうなので黙認したクチのようだが。 まずは元凶のバッツの部屋から始まり、南の部屋から順に片付けていくつもり らしい。ジタンの部屋は次の次だ。 しかしどうやって片付けさせているのか。怖くて覗きにもいけない。絶対フリ オニールは杖で旅人をひっぱたいている。たまにストレートアローをぶっ放して いるような爆音がするのは−−気のせいだと思いたい。 「今後、絶対フリオだけは怒らせないようにする…」 「まぁその心がけは大事だけどね」 落ち込むジタンの隣でセシルが言う。
「バッツが生贄になってるうちに、自分の部屋ある程度片付けておいた方が懸命 じゃない?」
まったくもって正論。しかし、実際のところジタンの部屋もなかなかのカオス である。バッツとの違いは、パッと見ただけでは分かりにくい事。自分の場合問 題は見えない場所なのだ。 バッツが「とりあえず寝れりゃいい」的に部屋中を散らかすのに対し、ジタン は「とりあえず隠しとけ」なタイプ。要は後で片付けるからと言い訳して、面倒 な品はみんなとりあえずクローゼットやベッドの下に押し込んでしまうのである。 そしてそのまま放置。ぶっちゃけ、忘れてる。
「いろいろ積もり積もって、収納スペースがカオスになってんだよ…。一時間や 二時間じゃ絶対終わんない。むしろ散らかして終わる」
その状態で番が回ってきたらどうなるか。義士の怒りに火に油、むしろファイガ にダイナマイト。 …嫌すぎる。たった十六年の人生、こんな所で終わらせてなるものか!
「あの調子じゃあ、三時間はかかりそうな気がするけどね…」
チラリと轟音ゾーンを一瞥してセシル。
「かもな。でも問題はその次がティーダの部屋って事なんだよ…」
KYだのお調子者トリオの一角だのと散々言われるティーダだが、このへんは 意外と几帳面である。普段の素行からは考えられぬほど部屋は綺麗。 つまり、ティーダの部屋では十分とフリオニールを足止めできない、とジタン は踏んでいるわけで。バッツの部屋の始末がついたら、もう次は自分の番が来る くらいに考えておいた方がいい。 残り三時間と仮定して。さぁどうする自分。コマンドは三つだ。ピコピコピン!
A.とりあえずベッドの下だけでも退治しておく。 B.逃げる。この際ゴルベーザあたりに匿ってもらう。 C.フリオニールに一発くらわせて掃除を強制終r
「無理無理無理無理ッ!」
Cなんて論外だ。絶対後で殺される。Bもまずい。多分Cと対して結果は変わ らない。下手すりゃ勝手に部屋を物色されてアレやらコレやらが見つかってさらに キレられる。 無難なのはAだが。たかだか三時間でどうにかなるなら、そもそも今の状況自体 が起こってないわけで。
「でも他にどうしようもないよな…。セシル、俺自分の部屋片付けてくるよ」
トボトボと自室に向かおうとしたジタン。しかし。
「ぎゃあっ!」
背を向けた途端、セシルに思いっきりシッポを引っ張られた。 痛い痛いマジで痛い!!シッポちぎれる!!
「駄目だよ。僕、今からキッチン掃除始めるつもりだから。ジタン先手伝って」
素晴らしきかな、聖騎士スマイル。対してジタンは思いっきり顔をひきつらせ る。
「あんた鬼だ…」
しかし予想に反して。フリオニールはティーダの部屋でも、それなりの時間を 過ごす事になるのである。 正確には彼の“部屋”ではなく、その理由は掃除関係では無かったのだが。
結果的に。前の世界の結末は、ガーランドの思惑を外れなかった。バッツもオ ニオンも、記憶回復の兆しこそあったが、仲間に情報を渡される前に始末できた。 やや皇帝派の行動が不明瞭だったが、現時点ではさした問題でもないとガーランド は考える。 しかし。何もかもが順調だったかといえばそうでもない。 一つはセフィロスが大量消費してくれたイミテーション。確かに彼の知略には 自分も舌を巻いたし、皇帝派の行動をうまく阻害できたのも彼のおかげと言って いい。 ただし。百年かけて貯めた貴重なストックを、あの英雄はものの見事に使いまく ってくれたのである。あの戦いだけで戦力の半分は消えてしまった。効率の悪い事 この上ない。 おかげでしばらく、イミテーション構築の為時間をとらなくてはならない。強い 紛い物は創造に時間がかかるのだ。今の戦力でも戦えるが、万が一という事もある。 そしてもう一つの困り事は−−。
「ガーランド」
やはり来たか。猛者が振り向いた先には、暗闇の雲が立っていた。いつになく 険しい表情で。 「わしの言いたい事は分かっているな」 「…ふん」 オニオンは、仲間には何も話していたい。しかし−−この暗闇の雲には語った のだ。例の記憶を。
「何故お前があんな真似をしたか、わしには分からぬ。だが…」
その先の返事は容易く察せられた。
「今後はもうお前に、協力するつもりなどない。わしは、わしの道を行く」
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破滅の記憶が、再生の崩落を呼ぶ。