みんなの部屋の大掃除が終わったら、正座で説教三時間。
 バッツの部屋のあまりの凄まじさに、フリオニールは固く決意する。ついでに
膝の上に漬け物石を五六個乗っけてやろうか。丈夫が取り柄の旅人、多分これ
くらいやらなきゃ効果がない。
 そもそも、どうしてあんなジャングルよろしく部屋を散らかせるのか。いや、
散らかすだけなら分からなくもない。何故片付けずに放置できてしまうのか。
あんな状態、自分だったら三秒でギブアップだ。
 しかも、よもやあの人類最悪の敵と同居していただなんて!想像しただけで鳥肌
モノだ。この世の全てのブラックGを繊滅できるなら、二三回皇帝の罠に引っかか
っても構わないとすら思う。
 あの黒くて脂ぎった虫は、何億年も前から生息している、いわば人類の先住民
だそうだが。死んでも敬いたくないと思っているのは自分だけではあるまい。
 とりあえず、片付けと第一次説教は同時進行で行われた。たまにバッツが逃げ
ようとするので、杖でひっぱたいた上ストレートアローをぶっ放してやった。
そのたびにまた散らかったわけだが、それは全てバッツに片づけさせた。逃げ出す
方が悪いのである。
 そんなこんなで、彼の部屋を見られる状態にするまでで軽く四時間。自分が言い
出した事なのであれだが、こんなペースでは先が思いやられる。流石にバッツほど
部屋が汚いメンバーはいないだろうが。
 既に太陽は真上にある。不本意ながら、そろそろお昼休憩にしなければならない。
 ただ、順番からすると次はティーダの部屋。彼の部屋でそう時間をとられる事も
あるまい。そこまでやってから一度切り上げよう、とフリオニールは決めた。
 
「ほんとバッツの後だと、君が天使に見えるよ
 
 心の底から言うフリオニールに、さすがのティーダも苦笑い。
「あははお疲れ様ッス」
「まだ終わりじゃないけどな。次のジタンも相当難敵だ」
 バッツがターゲットにされた事で、彼も相当焦っていた。おそらく自分が行く
までに、いかにしてクローゼットの中をごまかすか、必死で考えているのだろう。
とっくにバレバレだが。
「ティーダの場合はあえて言うなら武器の管理だな。剣は倒れないようにちゃ
んと固定しておけよ。あとボール。転がったら危ないから」
「うっす」
 素直に言う事を聞くティーダ。
 彼の部屋は、バッツと比べるまでもなく綺麗だ。お調子者だの空気読めないだの
言われる彼だか、意外に几帳面で器用な一面もある。親の教育がしっかりしていた
のもあるだろう。
 本当に。バッツもいい大人なんだから、ちゃんと見習って欲しい。遠出の際の
装備まとめは完璧なのに、その差は一体何なんだと言いたい。
 
「ん?これは何だ?」
 
 ふと見た先。棚の上に、ボール大の水晶が置かれている。ただの水晶でないのは、
はめ込まれたスイッチと水面のように揺らぐ光で分かる。しかし見慣れないだけで
なく、用途も分からない。
 
「あーフリオニールの世界には無かったんスね」
 
 ティーダはそれを持ち上げ、両手で構えてフリオニールの方を見た。そしてスイ
ッチを押す。
 かしゃん、と音がして、一瞬眩しい光が発せられた。
 
「スフィアカメラ。元の世界から持ってきたんスよ。こうやって人や景色に向けて、
記録を撮れるんス。ほら」
 
 ちなみにポラロイドカメラ。超便利。ティーダは言いながら、カメラの下から
出てきた紙を渡してくる。
 眼を丸くするフリオニール。そこにはびっくりした顔の自分が映っている。
 便利な機械があるものだ。そう言うと、これは機械とは違うんスよ、とティーダ
が笑う。
 何でも−−星の命を宿した結晶で、他にも様々な機能を持ったスフィア
あるという。
「このカメラでみんなの集合写真も撮ってみたいなぁと。はは、スコールあたり
嫌がりそうだけど」
「確かに」
 笑うティーダに、ほっとする自分がいた。
 
「良かった元気そうで。最近ティーダ、悩んでるみたいだったから気にしてた
んだ」
 
 言わない方が良かったかもしれない。その一言で、夢想の笑顔が一気に曇った
から。
 
「そんなに分かりやすいんスかね、俺」
 
 普段の彼らしからぬ、暗い声で。フリオニールは悟る。どうやら自分の予感は
外れていなかったらしい、と。
 
 
 
 
 
Last angels <詞遺し編>
3-2・桃源
 
 
 
 
 
 そのエリアは、夢の終わりと呼ばれている。
 ティーダいた世界の断片らしい、というのは薄々気付いていたが。詳しい事は
フリオニールも聞けずにいた。この場所に来るたび−−彼は泣き出しそうな顔を
する。もしかしたら無意識だったのかもしれない。
 
「この場所さ」
 
 フリオニールを連れてきたティーダは言う。
 
「何に見えるかな。フリオには」
 
 質問の意図が読めない。しかし彼の真剣さは伝わってくる。段差に腰掛けながら、
フリオニールは考えた。
 所々崩れ、飛び飛びになった足場。元はひと続きになっていたのだろうと予想
できる。まるで巨大な化け物にでも襲われたかのような壊れ方だが、自分が見た
時はから既にこの状態。とすれば壊れたのは元の世界での事なのか。
 足場は真ん中の水場と足場を囲むようにして形成されている。上空から見ない事
にはハッキリしないが、扇くらいの角度だけ残ったドーナツ型になっているのでは
ないか。
 段差は、腰かけるのに丁度いい高さ。よく見れば色分けとコーティングされた
形跡もある。
 そして、ティーダが得意なあの球技−−。
 
「ブリッツボールの試合会場だったのか?ここ」
 
 まるで兵どもの夢の跡。
 
「うん。俺、此処で試合してたんだ。でもって」
 
 ティーダは言う。笑って、事も無げに。
 
 
 
「試合中に化け物が襲ってきて、全部ぶっ壊されちゃった」
 
 
 
 夢想、と呼ばれる青年。その顔を、フリオニールはぶしつけにならない程度に
見つめた。
 まるで巨大な化け物にでも襲われたかのような壊れ方−−自分の感想はドンピ
シャリだったのか。それも試合中に、なんて。
 どれほど怖かっただろう。
 どれほど−−悲しかっただろう。
「フリオニールにはさ、夢があるんだよな」
「あ、ああ」
「俺の一番最初の夢はさ、ブリッツボールで世界一になる事だったんだ。親父が
有名だったから、その反抗でもあったけど」
 そういえば、ティーダの父であり今はカオス軍にいるジェクト、彼もブリッツ
ボールの選手だったらしいと聞いている。それもキングと呼ばれた超有名選手だ
った、と。
 フリオニールが知っているのはその程度の知識だが。父親が有名なのに、同じ
業界で食っていくのは大変だったかもしれない。どうせ親の七光りだと、心無い
罵声を浴びせる人達もいたのだろう。
 
「俺の夢はって今更語るまでもないけどさ」
 
 ベンチに座り直して、告げる。
 
「野薔薇の咲く景色が見たい。そんな平和な世界を作りたい。子供みたいな夢
だけどさ」
 
 終わりの見えない戦い。絶望のギリギリで、誰もが希望を手にしようと走って
いる。それぞれ戦う理由は違うのだろう。それでも何かを必死で守る仲間達−−
その背中に、より強く願うようになった。
 いつか、剣も銃も必要ない、誰もが裸足で自由に駆け回れるような。そんな世
界が見たい、と。その為に自分のできる事をしたいと。
 いつ隣にいる人の命が消えるかも分からない戦場。だからこそ、皆が心から笑
って過ごせる場所が欲しい。
 
「だから俺は必ず、終わらせる。この戦いを」
 
 その為に戦い続ける。それが文字通り茨の道だとしても。
 眼を閉じればそこにある。青い空の下、風に揺れる野薔薇。その下で笑い合う
仲間達の姿が。
「戦いが終われば、夢はきっと現実に近づく。俺の夢だけじゃないティーダの
夢だって叶えられるようになるかもしれない」
「そうッスかねぇ」
「そうだよ。確かにスタジアムは壊されちゃったかもしれないけど君の故郷が
復興すれば、またブリッツボールだってできるさ。そうしたら
「フリオニール」
 まるで遮るように、ティーダに名前を呼ばれた。彼は笑っている。形だけでは
ない、心からの笑顔だと分かる。
 それなのに、どこか。
 
「俺も応援するッスよ。フリオニールの夢。だからこの戦い、絶対に終わらせる
ッス!」
 
 どこか−−儚い。
 理由も分からないのに、本能が何かを感じている。胸が、痛い。
 何故?
 
 
 
「できる事なら俺もその景色、見たかったな。野薔薇の咲く、平和な世界」
 
 
 
 その意味が理解できるまで、数秒を要した。
 
……え?」
 
 我ながら間抜けた声だ。フリオニールは頭の隅で思う。
 
「何、言ってるんだティーダ。その言い方だとまるで
 
 野薔薇の咲く景色の中に。彼がいないかのようではないか。
 そう口に出す事が出来なかった。言えば現実になってしまうような気がして。
 でも。
 
「俺も親父も、だから。俺達自身が誰かの見てる夢だから」
 
 現実は現実。どれほど願っても、逃れようなく。
 
の中には、存在出来ないんスよ。だって初めから幻なんだから」
 
 返す言葉が、無かった。ティーダが何を言っているのか分からない。
 質の悪いたとえ話ならやめてくれ、とか。そういう冗談は嫌いだ、とか。怒る
事も出来なかった。
 さっきの笑顔の訳に、気付いてしまった自分がいる。
 
「でも俺は戦いを終わらせたい。フリオニールの夢を叶えたい。この願いがあ
る限り、俺は幻なんかじゃないから」
 
 その為に最期まで頑張りたいんだ、と。笑うティーダの顔を−−フリオニール
は見る事が出来なかった。
 痛い。痛い。気が狂いそうなくらい、痛い。何故だ。どうしてだ。何故。
「でも、このままじゃ戦いは終わらない。永遠に繰り返しちゃうんスよ」
「え?」
「やっぱり、覚えてないかぁ」
 困ったように頭を掻くティーダ。いつもの彼と何ら変わらない自然な仕草。そ
れが逆に、痛みを助長する。
 自分も戦士だ。体の痛みなら慣れているしある程度我慢もできる。でも、自分
はけして強くなどない。能力ではなく、精神が。
 心の痛みには、どうやって耐えればいいのだろう。
「まぁ、そうだろうと思ってたし。俺が覚えてんのもたまたま皇帝が俺を選んだ
からってだけだし」
「皇帝!?
 何故今その名前が出てくるのか。反射的に身を乗り出したフリオニールを、彼
は慌てて止めてくる。
 
「おおお落ち着いて!皇帝のおかげで俺、真実を知れたし覚えてられたってだけ
だから!!
 
 ますます意味が分からない。訝しく思っていると、ティーダはすっと立ち上が
っていた。
 何かを決意した顔で。
「わざわざフリオにさ、こんな場所まで来て貰ったのには訳があるスよ」
「訳?」
 ふわふわと、二人の間を光が飛んでいく。まるで魂がさ迷うように。
 
「最後かもしれないだろ」
 
 静寂の中。ティーダの声が緩やかに渡っていく。
 
「だから、全部話しておきたいんだ」
 
 それは多分。夢の終わり、その始まり。
 
 
 
 
NEXT
 

 

終わりの為の物語、始まりの為の終焉。